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冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


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第二十一の手 手紙? 読んでません

 窓辺からやわらかな朝の光が差し込んで、暗い室内が明るくなりはじめると、ベッドの上のテオを照らした。

 薄いレースのカーテンが、ふわりと風に舞いおどる。


「ん……」

「テオ、目が覚めたの?」


 昨夜までの苦しそうなこの子の寝息が忘れられず、じっと様子を窺うように寝顔を見つめる。


「ちょっとごめんね」


 うっすら汗をかいた額にそっと手を当ててみれば、昨夜よりも明らかに熱が引いているのがわかった。

 表示される数値も、昨日のように真っ赤に点滅していない。


「……よかった」


 ほっと息を吐き、心の底から安心した。

 まだ油断はできないけど、テオは確実に回復に向かっている。

 

「母しゃま?」


 か細い声が聞こえて、テオがふにゃりと甘えるように、こっちへ手を伸ばしてくる。


「もう苦しくない? よく頑張ったね」


 その小さな手をそっと包み込むと、指先はまだ少しだけ熱かったけど、しっかりと私の手を握り返してきた。


「マリネ……!」

「はい、奥様。ここにおりますよ」


 振り返って声をかけると、部屋の隅に控えていた彼女も、ほっと胸をなでおろしていた。

 そんな温かな空気のなか、バタバタと誰かが走る音が聞こえてくる。


「お、奥様っ! 起きていらっしゃいますかっ!?」


 メイドのひとりが慌てた様子で扉をノックし、その音が部屋の中に響いた。


「静かになさい。坊ちゃまはまだお眠りになっているんですよ?」

「あっ! も、申し訳ありません……ですが、これが届きまして」


 マリネに注意されて、咄嗟に口元を隠した彼女の手には、一通の封筒が握られていた。


「マリネ、大丈夫よ。それでどうしたの? そんなに慌てて」

「あ……はい、こちらが届いておりました」


「手紙? 実家からかしら」

 

 受け取った封筒には、裏にレオニスの名前が小さく書いてあった。


「もしかして、何かあったとか?」


 手早く開封すると、中から現れたのは妙に丁寧な筆跡の手紙が一枚。

 確認しても、他には何も入っていない。


 一読して、ふっと鼻で笑ってしまった。


「……あ、あの」

「ありがとう、あなたも仕事に戻っていいわよ」


「は、はい」


 不安そうに私の顔色をチラチラとうかがう彼女は、それでもテオを起こさないようにそっと部屋を出て行った。


「奥様?」


 マリネが心配そうに声をかけてくれたけど、私はもう一度文面を読み直して、たまらず手紙をくしゃりと丸めかけた。


 『そちらは元気にしているだろうか、特に変わりはないか? 何かあれば報せてほしい』


 は? 今さら何言ってんの、この人。

 お互いに干渉しないって言ったのは、そっちでしょうよ。


 思い出した怒りで、指先にまた力がこもる。


「……はあ、馬鹿馬鹿しい」


 そう思うと、握り潰す気も失せて手を止めた。

 結局ぐしゃぐしゃのまま、手紙をテーブルに放り投げてしまった。


「テオの食事を用意してもらえるように伝えてくれる?」

「は、はい。あの……」


 私の一挙手一投足を、ポカンと口を開けて見ていた彼女は慌てて返事をした。


「……どうかしたの?」

「い、いえ……坊ちゃまのお食事、すぐにご用意いたしますね」


「ええ、お願い」


 関わるなと言ったんだから、そうさせてもらう。

 それに、今はそれどころじゃないっての……。


 また寝入ってしまったテオの顔を覗き込んで、大きく息を吐き出した。


 その日の夜は熱もすっかり下がって、テオは隣で小さな寝息を立て、穏やかに眠っていた。

 楽しい夢でも見ているようで、その寝顔は少しだけ微笑んでいる。


「こんなに小さいのに、頑張っててえらいね」


 この笑顔を守るには、私はどう動けばいいの?


 不安が夜空ににじむ月光のように、心に満ちる。

 ふいに、私の袖をつまむ気配がした。


「母しゃま……だっこ」


 ずっと熱に浮かされていたからか、声は少しだけかすれていた。

 私はそっと微笑みながら、布団の上からテオの身体をやさしく抱き上げる。

 

「はいはい、だっこしようね……母しゃまにも、ぎゅーってして?」


 私がそう囁くと、安心したように小さく身を寄せる。

 その小さな重みを感じながら、腕に力を込めた。


「奥様……」


 後ろで様子を見守っていたマリネが、そっと声をかけてくる。


「坊ちゃまのお加減は良くなりましたが……まだ、油断は禁物かと思われます」

「そうね、私もそう思ってる」


 テオを抱きなおしながら、静かにうなずいた。

 この屋敷のどこかには敵が潜んでいて、それを忘れたら、すぐに取り返しがつかなくなる。


「何か異変があれば、すぐ知らせてくれる?」

「はい……」


 私たちは顔を見合わせ、小さくうなずき合う。


「あの……それと、旦那様からのお手紙ですが、お返事は書かれないのですか?」

「書く気にもならないわ、その必要もないでしょ? それに、今は大事なものがあるんだから」


「そ、そうでございますか……失礼いたしました」


 レオニスからの手紙なんかに、煩わされている場合じゃない。

 私はテオをあやしながら、すぐに手紙の存在を記憶の中から消した。


 数日後もいつもと変わらず、朝の光がそっと差し込み、すうすうと寝息をたてるテオを優しく照らす。


 呼吸は落ち着き、顔色も以前よりずっと良くなった。

 私はテオの額に手を当て、改めてほっと胸をなでおろす。


 順調みたいだけど、またいつ体調を崩すか分からない……早く誰の仕業か調べないと。


 自分がいた場所と比べて、ここの医療はずいぶん遅れている。

 この子を守るためには、どんな些細な兆候も見逃してはいけない。


「奥様……」

「え!? またなの?」


「あの……はい。旦那様からまたお手紙が届いておりました」

「……はあ、めんどくさい」


 こうやって、レオニスから手紙を受け取るのは何回目だろう。

 いつもと同じ飾り気のない封筒で、差出人の性格を表しているようだった。

 

 小さくため息をつきながら開封すると、やっぱり彼の筆跡で、短い文章だけが綴られている。


 『ふたりとも元気にしているのか、安否が気にかかる。どうか、一筆だけでも返してほしい』


 読んで、思わず口元が歪んだ。


 今さらなに焦ってるの、自業自得でしょうに。

 あ……何か企んでるんじゃないでしょうね?


 返事は必要最低限でいい。

 私はテーブルの端にあった便箋を引き寄せ、『問題ありません』の一文だけを書いて、使用人に預けた。


「これを、そのまま届けておいて」

「は、はい……!」


 その後も、嫌がらせのように手紙は毎日送られてきた。

 日によっては、一日に数通届くこともあったぐらい。


 一体どうしたの……でも、返事なんて期待しないでほしいけど。

 私は今、とっても忙しいの!


「これ、また出しておいてくれる?」 


 そのたびに私は、最低限の返事だけを淡々と書き続ける。

 封を開ける前から内容が予想できて、苦笑いすら浮かんでいた。


「奥様……やっぱりおかしいです」 


 ノエルがお休みをもらっていたある日、私たち3人は納品物の確認を続けていた。

 部屋に据え付けられた小さなテーブルには、たくさんの帳簿が広げられている。


 ニコラスがまた何か気付いたようで、マリネも手を止めのぞき込んでくる。


「どうしたの?」

「最近、この商人から仕入れる品だけ、以前より増えてるみたいなんです……」


「……この商人だけ?」

「はい。以前はこんなに大量の品を取り扱っていなかったはずです」


 マリネはのぞき込んだニコラスの帳簿を指でなぞる。


「……そう言われれば、たしかに。彼の言う通りでございますね」


 私はふたりの言葉に耳を傾けながら、彼女の指の先を目で追った。

 その商人の過去の納品記録には、少額の取引しか記載されてない。


「……もしかして」


 これまでも不自然なすり替えを何度も目にしてきたけど、結局誰の仕業なのか、そこまではつきとめられなかった。


 それが、この商人を通してだとしたら。

 依頼したのが誰なのか、どこから手を伸ばしてきているのか、辿っていけば分かるかもしれない。


「マリネ、ニコラス。これからは納品物だけじゃなく、この商人と誰が会話したのか記録しておいて」


「はい!」

「承知いたしました」


 次の手を打たれる前に突き止めたい。

 ふたりの頼もしい声に、私は小さくうなずいた。


 まだ肌寒い空気がふいに身体を包み込み、思わずブルッと震えがくる。

 それは冷たさのせいなのか、それとも恐怖からなのか……迫りくる危険を本能的に感じ取っていたのかもしれない。


 絶対に防いでみせる、必ず犯人を見つけ出してやるから――。

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