第二十の手 もう戻れないってあなたは知らない
【レオニスSide2】
「いやもう、テオ坊ちゃんに慕われて優しく微笑む奥様とか、正直惚れますって!」
目の前で腕を組んだカイルが、やたらと真剣な顔で何度もうなずいている。
なんで、コイツが率先してしゃべってるんだ。
「……彼女は私の妻だ」
なんとなく腹が立ってそう言うと、カイルは意外そうな表情で俺を凝視する。
隣に座っていたルディは、小さく笑った。
「まぁ、最初に奥様に冷たく当たったの、旦那の方ですもんね?」
「ぐっ……」
ルディの不躾な言葉にそのまま黙り込むと、焚き火の光だけがチラチラと彼らの横顔を照らしていた。
「……これまで聞いていた話と実際に目にしたエリシアが、どうしても結びつかない」
そもそも自分は、彼女について何を知っていた?
信じたのは噂だけ……結婚してからも自分の目で確かめようとせず、最初から決めつけていた。
「……たしかに俺は、彼女のことを知ろうとしなかった。あの子――テオからも逃げていたのは認める」
ぽつりとつぶやくと、隣に座っていたルディが、声を潜めて問い掛けてくる。
「でも奥様には、変な噂があったんでしょう?」
「……ああ、そうだ」
「男を取っ替え引っ替えしてるって。それで王子との婚約も解消されたって聞きましたよ?」
「それ、俺も聞きましたけど、そんな風には見えなかったがなぁ……」
カイルのように、俺も疑うべきだったのかもしれない。
「……俺はどこかで、間違えたんだろうか?」
「それなら、今からでも奥様のことを知ればいいんじゃないですかね」
ふと思いついたように、あっけらかんとカイルは言う。
「お前なぁ……簡単に言うな」
「奥様も坊ちゃまも、本当は帰りを待っているかもしれないですよ? 今ならまだ間に合うかも」
「そうだろうか……俺を受け入れてくれるだろうか」
それ以上は何も答えず、夜空を見上げた。
「あの噂について、良ければ調べてみましょうか?」
「先日言っていた件か。妹君に頼めるのか?」
「ええ、リディアはすでに社交界にデビューしてますから。ああ見えて交友関係が結構広いんですよ。それに、こういう裏事情は女性の方が詳しいですから」
キラキラとまたたく星々が、まるで誰かの声のように胸に小さな火を灯す。
それは、まだ頼りない。
今からでも間に合うのなら……もう一度やり直せるのなら。
そう信じたいと、俺は拳を強く握りしめた。
◇ 幕間 ◇
【兵士たちの焚き火side】
「なぁ……もう無理じゃねぇか?」
誰かがヒソヒソと話している声が聞こえてくる。
「えらく冷たく奥様に当たったんだってな? 俺ぁ、無理だと思うね」
「だよな……また、賭けてみるか?」
「いいねぇ。俺は『奥様に冷たく対応される』に1票」
「じゃあ俺は、『空回りして余計嫌われる』。これだな」
ぱちぱちと、焚き火が弾ける。
「お前ら、上手くいかねぇのが前提かよ……」
「わはは! 確かにそうだな!」
兵士たちは肩をすくめ、笑いながらまた酒を回し始める。
その中の誰ひとり、『きっとうまくいく』とは言わなかった。
「ワシは『奥様に笑顔で流される』に1票……」
ボソッと誰かが呟いた。
「おいおい、それ希望がありそうに見えて、一番キツイやつだろ」
「ひでぇな! わはは!」
騒がしい兵士たちの夜は更けていった――。




