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冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


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第十九の手 辺境伯家、ただいま調査中

 ウォルターのいる執務室へ向かう間、胸の奥で不穏な考えが次々芽生える。

 

 誰が……どうしてあんな無力な子どもを狙う必要があるの?


 考えられる理由としては、テオが次期辺境伯になる可能性が高いこと。

 でも兄弟もいない一人っ子だし……まさか、私とレオニスの子を推す誰かがいるとか?


 だけど記録を見る限り、テオの薬草がすり替えられたのはずいぶん前からだった。


「とにかくウォルターに知らせなきゃ」


 この屋敷で起きている怪しい出来事を。


 私はマリネたちに後を任せて、資料庫を出て執務室へ向かっていた。

 4人だけじゃ心許なくて、不安だったのもある。


 廊下を早足で歩きながら、ざわつく気持ちを誤魔化すように、必死に頭を働かせた。

 

 控えめに執務室の扉を叩くと、すぐに「どうぞ」という低い声が返ってくる。

 また訪ねてきたと嫌な顔も見せずに、彼は静かに立ち上がり私を迎えてくれた。


「奥様、何かございましたか?」


 問い掛けに小さくうなずくと、彼はわずかに目を細める。

 私はゆっくりと、慎重に言葉を選んだ。


「テオが以前、蕁麻疹を出したことがあるって聞いたわ」


 ウォルターは一瞬眉をひそめ、少し考えてから答えた。


「……たしかにございましたな。半年ほど前でしょうか」


 マリネの言ってた通りだ……。


「……もしそれが、意図的に引き起こされていたとしたら?」

「奥様、それはどういう意味でしょうか?」


 私は口をつぐんだ。

 それ以上なにも言わなくとも、頭のいい彼はきっとすぐに理解しただろう。


「奥様……蕁麻疹が出た際に使われていた材料は、以後使用しないよう注意しております」

「そう、対策はしてるのね……だけど、それでは足りないと思うの」


 原因を避けるだけでは、また別の方法を取られるかもしれない。


「それは……屋敷の中を調べる必要がある、ということでしょうか?」

「ええ、私たちだけでは限界があるの……ウォルター、あなたも協力してもらえないかしら?」


 彼はしばらく黙ったまま、何かを考えるように目を伏せた。

 やがて顔を上げると、静かにうなずく。


「……承知いたしました。屋敷の記録や商人の出入りも含めて、私の方で確認してみましょう」


 誰が何のために……まだ答えにはたどり着けないけど、たしかに一歩は踏み出せた。


「ありがとう」


 私はウォルターに頭を下げた。


 彼は無言だったけど、ほんの少しだけ表情を柔らかくした。

 この人も、テオを大切に思っていると思いたい。


 そう思えることが、何より私の心の支えになるから。


 ◇


 執務室を後にすると、誰かに見られるのを避けたくて、そっと廊下の端を歩いた。

 細く差し込む光が、磨かれた床に静かに伸びている。


 何者かが、テオに危害を加えようとしてる。

 しかも薬草をすり替えたり、食事に混ぜるなんて外部の者では難しいはず。


 この屋敷のどこかに、敵がいる……。


 向こうの世界では、およそ関わることのない出来事に胸の奥が冷たくなる。

 それでも気持ちに急かされるように、私の足は動き続けた。


「お待たせ、みんな戻ってたのね」


 私室に戻ると、マリネとノエル、ニコラスが静かに待っていてくれた。


「奥様……」


 マリネが心配そうに私の顔を覗き込んでくるから、安心させようと彼女に微笑んでうなずいた。


「ウォルターにもお願いしてきたわ……協力してくれるそうよ」


 ベッドで眠るテオの寝顔を、そっと見やる。

 小さな寝息がわずかに聞こえ、まだ熱が残っているのか、頬がほんのり赤かった。


 側に近づいて、私は小さな手をそっと包み込んだ。


「絶対に守るから……どんなことがあっても」


 この子にここまで必死になるのは、我が子を失った反動なのかもしれない。

 敵の正体も目的も、まだわからないけど、テオのためなら立ち向かう勇気が出せる。


 この小さな命を、絶対に誰にも奪わせない……。


「おはよう、テオ」


 翌朝、隣で眠る小さな身体は微かに熱を帯びていて、まだ安心できる状態じゃなかった。

 それでも昨日よりは、少し顔色がいい気がする。


 大丈夫、きっと乗り越えられる。


 不安で押し潰されそうな自分に言い聞かせるように、私は心の中で何度もつぶやいた。


「奥様、みな用意できておりますよ」


 朝食を終えて少しすると、部屋の隅で静かに待っていたマリネが声をかけてくる。

 ノエルとニコラスも、今日はそれぞれの手元に小さなノートと筆記具を用意していた。


「集まってくれてありがとう。これから私たちだけで、今までの記録を確認してみようと思うの。誰がどんな食材や薬草を運んできたのか、全部細かくね」


「はい、奥様」

 

 マリネがうなずき、ニコラスが緊張した面持ちでノートを握りしめる。

 その傍らで、ノエルは静かに慣れた手つきで、新しい帳簿を準備していた。


 テオを寝室に残し、隣の部屋の机を囲んだ私たちは、それぞれノートを開いた。

 部屋には紙をめくるわずかな音だけが響いている。


「まず、今日使われる薬草と食材のリストを作るわよ? これは食事に関係することだから、ニコラス、お願いね」

「お、お任せください」


 ニコラスが戸惑いながらも元気よく答える。

 厨房で働く彼なら、食材の違和感にもいち早く気づけるはずだ。


「私は何を調べましょうか?」

「ノエルはこの書類とこっちの帳簿を照らし合わせて、違いがないか調べてくれる?」


「承知しました」


 うなずいた彼は、勢いよく書き出し始める。

 ノエルの几帳面な字が、白い紙の上に静かに並んでいった。


「私は、使用人の出入りと配膳係を記録します」

「そうね、お願いマリネ。ウォルターには、屋敷に出入りしてる商人を調べてもらえるようにお願いしたから」


 誰ひとり、声高に誓いを立てたりはしないけど、その眼差しには確かな決意が宿っていた。

 私たちだけで、できることから始める……誰にも気づかれず、静かに確実に。


 それから数日、ニコラスとマリネは午前中に薬草庫と厨房へ向かうようになった。

 私はノエルとともに、昨日までの記録と今日のリストを照らし合わせながら、屋敷内の異常を探っていく。


「奥様、奥様。すみません、ちょっと……!」


 しばらくすると、ニコラスが慌てた様子で戻ってきた。


 周りをキョロキョロと見渡し、囁くように声をかける彼に気づいて、私はすぐに立ち上がる。

 ニコラスは、小さな袋を大事そうに抱えていた。


「今日納品された食材の中に……納品書に書かれているものとは微妙に違うものが混ざってたんです」

「見せてくれる?」


 ニコラスは袋から取り出した野菜を机に置いた。

 一見、普通の葉野菜に見える。


 けれど彼は、指で葉の端を摘まみながら言った。


「色も形も似てるんですけど、書かれているのはこれじゃないんです」


 顔を近づけてみると、かすかに刺すような苦みのある匂いがした。


「普段使っている物とよく似ているわね……」

「すでに下ごしらえがしてあったんです。そうなると、もう見分けがつかないんですが、香りが違っていましたので」


「よく気づいたわね。凄いわ」


 ニコラスは褒められたのが嬉しかったのか、照れくさそうに鼻の頭をかく。


「奥様。配膳係を担当していたメイドのうち、短期間でお屋敷を辞めた者がおりました」


 今度はマリネが静かに部屋へ戻ってきた。


「そう、名簿を見せてもらえる?」

「はい。ウォルターに調査をお願いしておきましょうか?」


「ええ、お願い」


 まだ確定じゃないけど、少し調べただけでこんなに次々と出てくるなんて。

 

「ふたりともありがとう。ノエルも……」


 私の声は自然と震えていた……証拠を見つけられるかもしれない嬉しさでも、安心でもない。

 これは、小さな怒りだった。


 手に持ったノートを、大切に胸にぎゅっと抱きしめる。


「これで、ようやく一歩踏み出せるよね」

「ええ、こうなったらきっちり最後までやりましょう」


 驚くことに、呟いた私に一番最初に応えたのはノエルだった。

 

「あなたは冷静に見えて、案外熱しやすいのね?」

「……私は不正が許せないだけです」


 プイとそっぽを向いたノエルに、ツンデレなのねと苦笑した。

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