↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/36

第十八の手 違和感の正体

 書庫の奥へ――埃をかぶった棚が連なっている。

 びっしりと並ぶ帳簿や管理記録を前に、私は唇を引き結んだ。


「このあたりに、坊ちゃまの食事や薬草の記録が置いてあります」


 書庫係の青年ノエルが、無愛想ながらも私たち3人をきっちり案内してくれる。

 跡継ぎの体調を管理するため、代々記録する決まりになっているらしい。


「ありがとう……あの、できればあなたも手伝ってもらえない?」


 ノエルは少しだけ驚いたような顔をしたけど、無言で小さくうなずいてくれた。


 マリネは彼の様子をチラリと確認すると、手に取った古い帳簿を慎重に開き始める。

 ニコラスも、懸命にページをめくっていた。


 落ち着いて、できることから……確実に少しずつ。


 私は心の中で何度も自分に言い聞かせながら、記録を読み進めた。


 ──数十分後。


「奥様、こちらをご覧になってください」


 マリネが差し出した帳簿に、私は目を落とした。


「……これは?」

「ニコラスの言う通り、坊ちゃまに出されている薬草が変えられています」


 彼女の指す先には、薬草の名前がいくつも記されている。

 確かにそれ以前の記録と比べると、一部だけ違うものが使われていた。


「こっちの薬草の本には、載ってないみたい」


 マリネとふたりで本をのぞきこむ。


「……俺が見たのは、本当にこれなんでしょうか。すみません、知識がなくて」


 ニコラスは申し訳なさそうに、口ごもった。


 単なる在庫の都合で、似た薬効の物に変えられることもあるかもしれない。

 だけど今、テオの体調は悪化している……無関係だとは言い切れない。


「あなたが気付いてくれたんでしょ、ありがとう。でもこれって、もっと詳しく調べられないかしら?」

「古い薬草の資料でしたら、別室に保管されてはいますが……それに載っているとは限りませんよ。しかも、そちらも許可が必要です」


 私が問いかけると、ノエルは静かに答えた。


「じゃあ、執事のウォルターでいいのかしら?」

「どうでしょうか……今は旦那様が不在ですから。もしかしたら許可が出るかもしれませんね」


 私は迷わずうなずいた。


「わかったわ、どうにかして許可を取ってくる。それと……彼は味方になってくれると思う?」

「奥様、ウォルターでしたら問題ないと思います。彼は無口ですが、昔から坊ちゃまのことで心を痛めておりましたから」

 

 マリネの言葉は私の背中を押す、テオの、あの小さな手を守るために。


 ◇


 ウォルターのいる執務室の扉の前に立ち、私は乱れた息を整えた。

 途中ですれ違った使用人たちは、何事かと眺めていたけどそんなことも気にならなかった。


 ……大丈夫、ウォルターならきっと力になってくれるはずよ。


 何の確証もなかったけど、そう信じるしかない。

 それに、彼の普段の行動が、私にそう感じさせていた。


 控えめにノックすると、すぐに「どうぞ」と低い声が返ってくる。

 重厚な扉を開き、私は部屋の中へと足を踏み入れた。


 執務机の側に立っていたウォルターは、難しい顔で書類とにらめっこをしていたけど、私を見るとほんの少しだけ目を細める。


「これは奥様。どうかなさいましたか?」

「……あなたにお願いがあるの」


 私は真っ直ぐに彼の目を見つめた。


 テオの体調が悪化していることは、きっと彼はもう知っている。

 ただ、あの子に出されている薬草が変更され、ニコラスが感じたような違和感は気がついていないだろう。


「薬草の古い資料を閲覧したいの」


 ここまでの経緯を手短に、けれど包み隠さず話した。

 ウォルターは黙って聞き終えると、ゆっくりとこちらに向き直る。


「奥様。貴重な書物の閲覧には、旦那様の許可が必要でございます」

「じゃあ彼が不在の間、この屋敷の指示を出しているのは?」


「……私でございますが」

「それなら、今ここで許可を出せるのもウォルター、あなたでしょう?」


「日常業務を代行しているだけで、旦那様の権限すべてを預かっているわけでは……」


 私の屁理屈にも、彼は引き下がらなかった。

 当然でしょうね……問題が起きれば、その責任は全部ウォルターが取ることになるんだから。


「旦那様が戻るまで待って、テオに何かあった場合、規則だから仕方がなかったと説明するの?」

「それは……」


 もうちょっと押したらいける!


「彼が帰って来たら、私が直接説明するから。それならいいでしょ?」

「……承知いたしました。ですが、閲覧のみでございますよ? 書庫からの持ち出しは、決してお許しできません」


 彼は困ったように眉尻を下げて、執務机の引き出しから別室の鍵を取り出して手渡してくれた。


「ありがとう、ウォルター。執事があなたで良かったわ」


 こんな私を信じてくれる、あの噂も知ってるのに。

 そう言って急いで部屋を出ようとする私に、彼はほんのわずかに微笑んだ気がした。


「お待たせ。預かって来たわよ」


 鍵を手に書庫へ戻ると、ニコラスはほっと胸を撫で下ろす。


「よく許可がもらえましたね!?」 


 無理だと思っていたのか、ノエルは目を見開き、私の手にある鍵を凝視した。

 

 ◇


 別室は、普段使用人も立ち入らない、小さな資料庫だった。

 私たちは連れ立って、鍵の開いた扉を静かにくぐる。


 埃っぽい匂いが鼻をかすめ、棚には薬草や薬品について書かれた、古びた資料がずらりと並んでいた。


「たしかこのあたりだと思うんですが……」


 ノエルが、首をかしげながら棚を探り始めた。


「俺、こっちも見てみます!」


 ニコラスは、張り切って手近な資料に飛びつく。


 マリネと私は顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべた。

 今までふたりだけで心細かったけど、こうして一緒に調べてくれる仲間を見つけた。


「奥様、これを見てください」


 数十分後、ノエルが静かに差し出してきたのは、薬草に関するかなり古い書物だった。


「ここに書かれてるのって、最近使用され始めた薬草ですよね? 注意書きが書いてあるんですよ」


 本を受け取ってページをめくると、そこにはこう記されていた。


 ——体力のない幼児・病弱者への使用には、その量に注意すること。


「これ……」


 目の奥が一気にカッと熱くなる。

 あの薬草が、薬や料理に大量に使われていたかもしれないってこと?


「症状は、高熱・嘔吐・意識の混濁など、か……」

「奥様……」


「ニコラス。薬草の使用量について、お医者様から指示が出ていたか分かる?」

「ええと……料理長に手渡されるのは、いつも同じ量が入った小瓶だったと思います」


「じゃあ誰かが、料理が完成した後に、こっそり足したかもしれないってことね」

 

 胸の奥で静かに怒りが芽生える。

 

 必ず……見つけ出してやるから。


 私は書物に跡が残るほど、両手で強く握りしめた。


「お、奥様、ダメですよ。本が……」


 隣でノエルが青い顔をして慌てていたけど、今はそっちの心配をしている場合じゃない。


「……たしか、他にも変えられていた薬草があったわよね? もう少し調べてみましょう」


 みんなが静かにうなずくと、別室の資料庫には紙の擦れる音だけが響く。

 私たちは、書庫とここを行き来しながら、薬草に関する資料を一心に読み込んでいた。


 誰かが、意図的にテオを弱らせようとしているのかも。

 ページをめくる指先に、自然と力がこもる。


「あれ……これって」


 隣で一心不乱にページをめくっていたニコラスが、小声でなにか呟いているのに気付いた。


「どうかした?」


 顔を上げて問いかけると、彼はひとつの薬草を指さして説明を始めた。


「これなんですけど、見た目がまったく同じものが厨房にもあります。『しずく草』ってご存知ですよね?」

「ええ、聞いたことがあるわ。でもこれ、名前が違うわね?」


 私は首をかしげながら、ニコラスの手元の資料をのぞきこんだ。


「はい。ここに載っているのは、貴族向けの高級品って書いてあります」

「そんなに似てるの?」


「この絵の通りだとしたら、普通の人は区別がつかないかもしれないですね」


 そばに寄ってきたノエルも、無言で資料を指し示す。

 そこには、薬草の見分け方について簡単に記されていた。


 ——外見は酷似するが、濃厚な香りが特徴。


「この前の朝食のスープ……あれも匂いがキツかったわね」


 見た目がそこまで似ているのなら、こっそりすり替えることもできるだろう。


「それで、どんな効果があるの?」

「奥様……これ、喉が腫れたり、呼吸がしにくくなることもあるって書いてありますよ」


 え……それって、アナフィラキシーショックの症状なんじゃないの?


「マリネ、ちょっと聞きたいことがあるの」


 テオは以前にも、症状が出たことがあるんじゃないのか。

 そう考えて、私は目の前で人の良さそうな笑顔を浮かべる彼女を見つめた。


「奥様、どうなさいましたか?」


 私はそっと資料を閉じる。


「……今までテオに、ここに書いてある症状が出たことがある?」


 問いかけると、マリネはしばらく考え込んだ。

 やがて思い出したのか、ほんの少し眉を寄せる。


「……半年ほど前ですが、坊ちゃまが、食後に原因不明の蕁麻疹(じんましん)を出されたことがありました」

「蕁麻疹……?」


「当時は、単なる体調不良と診断されました。ですが――」


 彼女は言葉を一度切って、私をまっすぐに見つめる。


「今から思えば、あれは何者かの意図が絡んでいたのかもしれません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。