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冷遇された後妻ですが、義理の息子を守っていたらいつの間にか家族になっていました  作者: 秋月 爽良


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第十五の手 食卓は探り合い

「坊ちゃまは、奥様にすっかり夢中のようですね」

「え……そうですか?」


 最初に口を開いたのは、夫の部下である青年ルディだった。

 軽い調子のカイルとは対照的に、彼は笑みも浮かべず、まっすぐこちらを見ている。


 探るような視線に気づき、テオの口元へ運びかけたスプーンが止まった。


「慣れているわけではないですけど、食事のお世話くらいはできますから」

「なるほど。王都のお嬢様は、そういうことを嫌がるものだと思っていました」


「おい、ルディ」


 横からカイルが、彼の発言を咎めるように口を出す。


「あら、ずいぶんと偏見をお持ちなんですね。王都に知り合いの女性でもいらっしゃるのかしら?」


 にこりと笑って返すと、ルディたちは目を丸くする。

 レオニスをチラリと盗み見ると、視線があった彼はバツが悪そうに目をそらしただけだった。


 ふん、私が何を言われようと助ける気はないってことね……止めに入ったカイルの方がマシじゃない。

 まぁ、あなたには助けてもらおうなんて、期待はしてないけど。


 ふと気付くと、カイルだけは頬杖をついて、なぜか楽しそうに私をじっと見つめている。

 いつも落ち着き払っている執事のウォルターがソワソワしていて、ちょっと面白かった。


「……ルディ」


 低い声でレオニスが名を呼ぶと、それだけで彼は肩をすくめた。


 あれ……夫が変だ。


「失礼しました。奥様を試すような物言いをして」

「……分かっているなら言うな」


「旦那が何もお聞きにならないからでもあるんですよ?」


 カイルの言葉に、レオニスの眉がぴくりと動く。

 私はその表情を見て、小さく息を吐いた。


 聞きたいことがあるなら聞けばいいでしょ。

 

「母しゃま、ごはん」

「ん? もう少し食べる?」


「うん、たべる」

「じゃあ、ゆっくりね」


 私はスープをもうひとさじすくって、冷ましてからテオの口元へ運んだ。

 小さな口がぱくりとスプーンを迎える。


 こくん、と飲み込んだあと、テオは満足そうに頬をゆるめた。


「おいしい!」

「そう、良かった」


 少なくとも、今夜の食事に変な匂いのする料理はない。

 色もおかしくないし、白き手の表示にも異常は出ていない。


 けれど、だからといって安心していいわけではないけど。


 あの朝のスープの、強すぎる香草の匂い。

 それをテオに飲ませなかったことは、まだ誰にも話していない。


 そもそも、レオニスに話していいのか判断するにはまだ早い。

 ここで不用意に口にしたところで、私の話なんかまともに聞いてくれる保証もないもの。


「その……テオは君に懐いているようだな」


 今度はレオニスが口を開いた。


「そう見えますか?」

「……ああ」


 ずいぶん不服そうな言い方ね。

 私は思わず、手にしていたスプーンを置いた。


 なんなの、その反応。

 自分の息子が誰かに懐いているのが不満なわけ?


「この子は、寂しかったんじゃないかしら」


 私が静かに言うと、レオニスの表情が強張って、カイルたちの顔からも、すっと笑みが消える。


「まだ3歳なんです。父親は滅多に姿を見せず、母親も亡くなっている。甘えたい相手を探すのは、当然のことじゃありませんか?」


「……私を責めているのか」

「事実を申し上げているだけでしょう?」


 部屋の空気が冷たく張り詰めた気がするけど、引くつもりはなかった。

 私に向けられたひどい言葉も、冷たい態度も、まだ我慢できる。


 彼が戦地へ行かなければならない立場なのも分かっている。

 領地を守る責任があることだって。


 でも、それとテオを寂しがらせることは別問題だ。


「奥様、旦那は別に喧嘩したいわけじゃないんですよ」

「カイル、お前は黙ってろ」


「う……分かりました」


 カイルは気まずそうに口ごもりながらも、私とテオへ視線を戻した。


「で、でもほら! 坊ちゃまがこんなに召し上がるのを見るのは久しぶりですね」

「久しぶり?」


 思わず聞き返すと、カイルは「ええ」と言って頬を緩める。

 

「……カイル様は、この子の様子をよくご存じなのね」

「旦那と一緒に、こちらへ来ることもありますから」


「……じゃあ、テオが夜に咳き込むことは?」


 レオニスの表情が、はっきりと分かるほど変わった。

 驚きと緊張が混ざったその顔は、見間違いじゃない。


「夜に、か?」

「ええ、同じような時間に熱と咳が出ています」


「……旦那」


 カイルがレオニスへ視線を向けると、彼は何かを考えるように黙り込んでいた。


「知らなかったのですか?」

「言い訳にしかならないが……テオは昔から体が弱かった。医師にも診せ、薬も与えている。必要なことはしているはずだ」


「良くなっていないのなら、見直すべきではありませんか?」

「君に何が分かると言うんだ。医者でもないだろうに」


「はあ?」


 その言葉に、胸の奥が冷えていく。

 レオニスの過去も、キアーナのことも、テオがこれまでどう過ごしてきたのかも、すべてを知っているわけじゃない。


 それでも私には、このスキルがある。


「……分からないから、原因を調べています」


 私はまっすぐにレオニスを見た。


「分からないまま、仕方がないで済ませたくありません。この子が苦しんでいるんですから」


 レオニスはそれ以上、何も言わなかったけど、瞳の奥は揺れていた。

 ただ、それが見間違いだとは思いたくない。


「……お、奥様」


 扉の近くに控えていたメイドが、おずおずと声をかけてきた。


「あの……料理見習いのニコラスが、追加のパンをお持ちしてもよろしいでしょうかと申しております」

「ええ、お願いできる?」


 ちょうどよかった、これ以上、敵か味方か分からない人たちに情報を与えたくない。

 私は表情を整え、テオの口元を布でそっと拭う。


 ……ニコラス。

 テオのためにパンを作ってくれる、あの少年。

 出される食事を調べるなら、厨房とのつながりは必要になる。


 扉が開き、ニコラスが小さなカゴを抱えて入ってきた。

 張り詰めた空気に緊張しているのか、足取りは少し硬い。


「……し、失礼いたします。奥様、坊ちゃまがお好きなパンをお持ちしました」

「ありがとう。テオ、パンをもう少し食べる?」


「パン!」


 テオの顔がぱっと明るくなると、ニコラスもつられるように笑った。

 その笑顔は、あの朝と同じく真っ直ぐで、テオの喜ぶ姿を素直に嬉しがっているように見えた。


 テオの前で夫婦ゲンカを見せちゃダメよね。


「……ニコラス」

「はい」


「……あとで少し、厨房のことを教えてもらえる? テオの食事について、確認したいことがあるの」


 周りに聞こえないよう声を潜めると、ニコラスは驚いたように瞬きをして、すぐに大きくうなずいた。


「もちろんです、仰せのままに」


 レオニスは怪訝そうにこちらを見ていたけど、特に何も言わなかった。

 どうせ、私がちょっかいでもかけてると思ってるんでしょ……彼らの認識の中では、私は魔性の女だそうだから。


「さあ、いただきましょう。美味しそうね」


 私が小さく息を吐き、皿へパンを置くと、テオは嬉しそうにそれを両手で掴んだ。

 その無邪気な姿を見ていると、胸の奥がじわりと痛む。


 この子は、まだ何も知らない……自分の体調がなぜ崩れるのかも。

 父親が今、どんな思いで自分を見ているのかも。


「……旦那」


 わずかに声が聞こえて、ふと顔を上げると、ルディがレオニスのそばへ身を寄せ、声を潜めて何かを話していた。

 内容までは聞き取れない。


 レオニスは眉間にしわを寄せたあと、短く何かを返す。

 ルディは一度だけうなずいた。


 ……今度は何を相談してんの?


 気にはなったけれど、今の私にはテオの方が大事だ。

 私は再び、目の前の小さな頭をそっと撫でながら、穏やかに微笑んだ。

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