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第九話 最初の依頼

【登場人物】

ロベリア

白い髪と、青紫の瞳を持つ幼い少女。

故郷と母を失い、森での小さな暮らしを経て、今は外の世界で生きるための一歩を踏み出している。

青紫の瞳には“精霊眼”と呼ばれる特別な力が宿っており、他の者には見えない気配や魔力の偏り、ときに死や異質なものの名残を感じ取ることがある。

また、自らの内に眠る冷たい質の魔力に、少しずつ触れはじめている。


アズリス

白銀の神獣のもとに遺された、小さな幼獣。

ロベリアに名を与えられ、その傍らで日々を共にしてきた存在。

今は人目を避けるため、青紫の宝石のブローチの中に身を隠していることも多い。


セヴラン

森の中でロベリアが出会った、黒いローブを纏う死霊術師。

すでに別れてはいるが、その教えや言葉は今もロベリアの中に残っている。

死の痕跡や瘴気にまつわる知識は、ロベリアが外の世界の異変に触れた時の手がかりとなっている。


エドガル・フェイン

ラドルを拠点に周辺の村や街を行き来する商人。

実務的で頭の回転が速く、商人らしい計算高さを持ちながらも、礼を失わない大人の男。

現在は保証人として、ロベリアが街で活動するための後ろ盾となっている。


【用語・設定】

精霊眼

ロベリアの一族に伝わる、青紫の瞳に宿る特別な力。

魔力、精霊、妖精、霊など、この世ならざるものの気配や存在を見通すことができるとされる。

幼い今はまだ不安定だが、危険や違和感、死の名残のようなものを捉えることがある。

青紫の宝石のブローチ

ロベリアの母が遺した、青紫色の宝石のブローチ。

精霊や妖精にまつわる力が宿ると伝えられており、高位の妖精あるいは精霊が神秘の力で作り出した古代の遺物、アーティファクト。

今ではアズリスがその内へ身を隠せるなど、不思議な器としての性質も見せている。


ラドルの街

ロベリアがたどり着いた人の街。

高い石壁に守られ、商人や冒険者たちが行き交う、森の外の現実が息づく場所。

ロベリアにとっては、未知の世界と新たな生き方へ繋がる最初の足場となる。

冒険者ギルド

魔物討伐、護衛、採集、運搬など、さまざまな依頼を仲介する組織。

魔石や素材の買取も行い、登録すれば身分証として機能する証が与えられる。

ロベリアは現在、保証人付きの仮登録として、この街で依頼を受けはじめている。


仮登録

正式な冒険者登録の前段階となる暫定的な登録。

受けられる依頼には制限があり、高危険の討伐や遠方任務などは基本的に許されない。

信用や後ろ盾の少ない者にとっては、実績を積むための最初の立場でもある。


保証人

街やギルドにおいて、その者の行動や身元に一定の責任を負う立場の人。

保証を受ける者は、個人の信用ではなく、まず保証人の信用のもとで見られることになる。

ロベリアにとっては、外の世界の制度と厳しさを示す存在でもある。

共同墓地

ラドルの街外れにある墓地。

死者を弔うための場所だが、最近は供花荒らしや墓石の破損など、不穏な異変が続いている。

静かな場所であるはずなのに、どこか落ち着かない気配を孕んでいる。


瘴気

死や魔物、穢れた気配などにまつわる、淀んだ魔の気配。

セヴランはそれを見分ける知識を持ち、ロベリアもまた感覚的にその違和感を捉えつつある。

目に見えなくとも、場の空気や残滓として現れることがある。


氷の魔術

ロベリアの内に眠る、冷たい質の魔力によって形作られる術。

まだ未熟で感覚的な扱いに留まるが、凍らせる、撃ち出す、武器として形を与えるなど、少しずつ応用の幅を見せはじめている。

 朝のギルドは、前日よりも少しだけ騒がしかった。

 掲示板の前に人が集まり、受付には数人の列ができている。革鎧の擦れる音、木札の触れ合う小さな音、短い怒鳴り声と笑い声。ロベリアは扉をくぐったところで一瞬足を止め、それから静かに中へ入った。

 前日、仮登録証を受け取ったばかりだ。

 まだこの場所の空気に慣れたわけではない。

 けれど、知らないからといって立ち止まってもいられない。

 宿代も、食事も、これからの旅装も、何もかもが金と仕事に繋がっている。森の中とは違う生き方だった。

 胸元のブローチへそっと指をやる。

 アズリスは中にいる。

 部屋を出る前、ほんの少しだけ外へ出して撫でてから、また戻ってもらった。

 人目のある場所では出さない。

 ここで知られれば、面倒では済まない気がした。

 受付へ近づくと、昨日の女性がロベリアに気づいた。

「おはようございます。依頼を見ますか」

「……うん」

「仮登録で受けられるものはこちらです」

 示されたのは、掲示板の下段の一角だった。他より紙の枚数は少ない。内容も、街内雑務、荷運び補助、簡単な採取、見回り補助などが中心だ。

「仮登録の方は、単独討伐や高危険域への遠出は不可です。街の外へ出る依頼も、本来は白札級以上が基準になります」

 受付は依頼票をめくりながら、少しだけ声を落とした。

「ただ、今朝ひとつだけ、例外的に仮登録でも受理可能なものが出ています。共同墓地の見回り依頼です。墓守が現地にいますし、敷地内の確認と報告が主で、地下区画への立ち入りは禁止。現状は低危険扱いのため、保証人付き仮登録でも受けられるようにしています」

「共同墓地……」

 その言葉に、ロベリアの胸の奥が小さく冷えた。

 死者の眠る場所。

 セヴランの言葉が脳裏をかすめる。

 残るものはある。

 見えぬものに触れる術もある。

「最近、小さな荒れが続いているんです」

 受付が声を落とす。

「供花が荒らされたり、墓石が倒れたり。昨夜は見回りに出た若者がひとり帰らなくて、今朝遺体で見つかりました」

 周囲のざわめきが、少し遠くなった気がした。

「……それでも、低危険なの」

 ロベリアが小さく問うと、受付は頷いた。

「遺体には決定的な外傷が乏しく、現時点では事故か外敵によるものか断定できていません。魔物やアンデッドの痕跡もまだ確証がなく、本格討伐依頼に切り替えるだけの証拠が出ていないんです」

 言いながら、受付は依頼票の文面を指先で示した。

「ですが、放置もしにくい。ですから今日は、あくまで状況確認を兼ねた見回りです。危険と判断したら、すぐ撤退してください。あなたは仮登録です。異変の有無を見て、報告するところまでが仕事だと思ってください」

 その言葉は、突き放すというより、制度の線引きをはっきり示すものだった。

 すぐ横で話を聞いていた男が、鼻で笑う。

「墓地見回りか。仮登録にはお似合いだな」

「子どもにやらせる仕事じゃねえだろ」

「まあ、泣いて帰るならそれも勉強か」

 ロベリアはそちらを見なかった。代わりに、依頼票へ視線を落とす。

 共同墓地。

 確認。

 低危険扱い。

 保証人付き仮登録可。

 墓守常駐。

 地下立入禁止。

 仕事として見れば、いまの自分に許された範囲の中では一番まともにも思えた。雑務より少し外へ出られる。だが本格的な討伐ではない。制度上の線の上に、ぎりぎり置かれた依頼だ。

「これ、受ける」

 受付はロベリアの顔を見た。フードの影の奥の目を、少しだけ探るように。

「……わかりました。依頼内容の再確認をします」

     ◇

 共同墓地は、街の外れにあった。

 石壁に囲まれた敷地の中に、古い墓標と新しい墓標が不規則に並び、冷たい風が草の上を撫でていく。門の前には青ざめた顔の男が立っていた。墓守だった。

「ギルドから来てくださったんで……?」

 期待と不安が入り混じった声だった。ロベリアを見た瞬間、その顔に戸惑いが走る。子ども、それも仮登録らしい白いローブの少女が来たのだから無理もない。

「……見回りに来た」

「ひとり、ですか」

 その問いには、思わず少しだけ間が空いた。

「……うん」

 墓守は目に見えて不安そうになったが、ロベリアの手にある依頼票と仮登録証へ視線を落とし、かろうじて言葉を飲み込んだ。ギルドから正式に寄越された以上、追い返すわけにもいかないのだろう。

「夜のうちにまた花が散らされて、石も倒れて……今朝は見回りの若いのが、向こうで……」

 言葉が続かなくなる。ロベリアは小さく頷き、門の内へ足を踏み入れた。

 その瞬間、空気が少し変わった。

 冷たい。

 だが、冬の空気の冷たさとは違う。

 地の下で、何かが浅くざわついているような、落ち着かなさ。

 ロベリアは静かに目を細める。

 森で“よくない場所”を避けていた感覚。

 セヴランに瘴気だと教えられたあの違和感。

 それに近いものが、ここにはあった。

「……ここ、ずっとこう?」

 振り返らずに問うと、墓守は困惑しながら答えた。

「いえ、前はこんな……空気じゃなかったです。最近になって急に」

 最近。

 では変化は新しい。

 それでも、下の方に沈んだ死の名残はひとつふたつではない。

 墓のあいだを歩く。

 供花は踏み散らされ、倒れた墓石の一部には新しい傷がある。獣の仕業にも見える。だが、ロベリアにはそれだけではない気がした。土の下から薄く滲む気配が、ところどころで落ち着きを失っている。

 死んだものの、あと。

 残っているもの。

 まだ言葉にはならない。けれど無視できない感覚。

「……あった」

 思わず零れた声に、墓守がびくりと肩を震わせる。

「な、何か……?」

「……向こう」

 敷地の奥、少し古い区画へ足を向ける。墓守は慌ててついてくるが、足取りは重い。

 そこには、半ば崩れた古い石柵と、地面の一角に不自然な凹みがあった。掘り返されたというほどではない。だが土が緩んでいる。周囲の空気も、そこだけ少し濁って見える。

 ロベリアはしゃがみ込み、土へ手を近づけた。

 冷たい。

 けれど自分の内側の冷たさとは別種の、沈んだ冷えだった。

 その下で、いくつかの気配が浅く擦れ合っている。

 セヴランなら、これをもっとはっきり言葉にできただろう。

 自分にはまだできない。

 だが、ただの荒らしで終わらないことだけはわかる。

「ここに近づくな」

 思ったより低い声が出た。

 墓守がぎょっとする。

「え……?」

「……今日は、ここ閉じた方がいい」

「で、でも理由が」

「わからなくても、近づかないで」

 言葉足らずだった。だが、それ以上うまく説明できない。

 それでも墓守は、ギルドから来た調査役としてのロベリアの真剣な様子と、場の不穏さに押されるように黙り込んだ。もともと異変に怯えていたこともあって、強く言い返すことはしなかった。

 その時だった。

 がさり、と横手の墓陰で何かが動く音がした。

 ロベリアは反射的に振り向く。小柄な影が飛び出してくる。犬に似ているが、目が濁り、口元には泥と何か黒いものがこびりついていた。

 墓荒らしの小型魔物。

 墓守が悲鳴を飲み込む。

 ロベリアの身体は先に動いていた。手を伸ばし、自分の内側の冷たさへ触れる。胸の奥、手先へ流れる澄んだ冷え。セヴランに導かれ、初めて霜を生んだあの感覚を、今度は意図して掴みにいく。

 放つ。

 ぱき、と乾いた音がした。

 足元の草地が一瞬で白み、飛び出した魔物の脚が凍りつく。勢いを失った身体が転がった。その隙にロベリアはさらに冷気を指先へ集め、小さな氷の結晶を撃ち出す。鋭い音とともに魔物の喉元へ刺さり、影は二度と起き上がらなかった。

 静寂が落ちる。

 墓守は青ざめたまま、目を見開いている。

「……いまの」

 ロベリアは答えなかった。答えるより先に、自分の胸の鼓動を押さえるので精一杯だった。できた。街道で初めて実戦で振るった氷の力が、いまは前より少しだけ静かに出せた。

 だが同時に、地の下のざわめきは消えていない。むしろ一瞬だけ、遠くで何かが応じたような気さえした。

「……帰る」

「え」

「報告、する。ひとりで見ない方がいい」

 それだけ告げて、ロベリアは立ち上がる。

 墓守はなおも混乱していたが、かろうじて頷いた。

     ◇


 ギルドへ戻ると、受付の空気が少し変わった。

 依頼を受けて出ていった仮登録の子どもが、その日のうちに帰ってきた。しかも顔色を変えず、だがどこか冷えた目をしている。その事実だけで、何人かの視線がまた集まる。

「お帰りなさい。報告を」

 受付で内容を伝える。

 供花荒らし。倒れた墓石。古い区画の不自然な地面。小型魔物一体の出現と対処。墓守へ区域に近づかないよう伝えたこと。

 受付は途中までは記録を取る手を止めなかった。

 だが、魔物の出現と古い区画の異常に触れたあたりで、その手がわずかに止まる。

「……共同墓地の敷地内で、魔物が出たのですか」

「……うん」

 短く答えると、受付の表情が目に見えて変わった。

 声を荒げはしない。だが、それまでの事務的な調子が一段深く沈む。

「確認します。街道から流れてきた個体ではなく、共同墓地の内側で出現したと?」

「墓の陰から出た」

 受付は数秒だけ黙り込み、それからすぐ隣の職員へ低い声で告げた。

「共同墓地の見回り案件、警戒扱いで仮留めしてください。墓守の証言確認も回して」

 職員の顔つきも変わる。

 ただの書類の受け渡しではなくなったのだと、周囲にも伝わった。

「……あなたが対処したのですか」

「……うん」

「本来、仮登録の方にそこまでさせる想定ではなかったのですが」

 責める響きではない。制度の想定から外れたことへの確認だ。

「逃げる前に来たから」

「……そうですか」

 受付は書き留め、それからひとつ息をついた。

 今度の吐息は、単なる区切りではなく、状況の重さを飲み込むためのものに近かった。

「証拠になるものはありますか」

 ロベリアは小さく頷き、懐から回収しておいた小さな魔石を取り出した。濁った光を宿した核を、受付の前へ静かに置く。

「これ……残った」

 受付は魔石を確かめ、すぐ脇の職員へ視線を送った。慣れた手つきで確認が入り、ほどなく本物だと判断される。

「討伐証明として受理します」

 そこまで言ってから、受付はロベリアを見た。

「共同墓地で魔物が確認された以上、この件は低危険の見回り依頼としては扱えません。あなたの報告は支部内で至急上げます。現地の再確認と、必要なら依頼区分の引き上げが入ります」

 近くで聞いていた冒険者のひとりが、半信半疑の声を出す。

「本当かよ、仮登録が?」

「子どもが話を盛ってるだけじゃねえのか」

「いや、でも墓守が証言すりゃ別だろ」

「共同墓地で魔物ってのが事実なら、笑い話じゃ済まねえぞ」

 空気がざわつく。

 昨日までの“ただの見習い未満”を見る目ではない。

 信じきられてはいない。

 だが軽く笑い飛ばしてもいない。

 それどころか、共同墓地という場所の近さゆえに、何人かは露骨に顔色を変えていた。

 受付は仮登録証を返しながら言った。

「本日の依頼は達成扱いにします。ですが、次からも同じように無理をしていいという意味ではありません」

「……わかってる」

「それなら結構です」

 それから、小さな布袋と買い取り分の硬貨が差し出された。

「依頼達成分に加えて、こちらは魔石の買い取り額です。証拠品の確認後、そのまま換金処理に回しました」

 多いとは言えない。

 けれど、自分の手で持ち帰った証拠が、人の世界の決まりに従って金へ変わった。

 ロベリアはそれを受け取り、そっとしまう。

 受付は最後に、少しだけ声音を落とした。

「……あなたが見た“古い区画の異常”についても、報告に含めます。魔物一体だけで終わる話でないなら、今のうちに上へ通した方がいい」

 その言葉で、ロベリアはようやく、自分の感じたざわめきが気のせいとして処理されなかったのだと知る。

 ギルドを出る頃には、共同墓地の噂は小さく広がりはじめていた。

 白いローブの仮登録。

 子ども。

 墓地で魔物を仕留めた。

 何か妙なものを見たらしい。

 共同墓地で魔物が出た。

 まだ噂と呼ぶには早い。

 だが、違和感は確かに種になっていた。

 宿へ戻る道すがら、ロベリアは胸元のブローチをそっと押さえる。

 死のあとに残るもの。

 見えないはずのものを見る目。

 そして、まだ終わっていない墓地のざわめき。

 ラドルの街で受けた最初の依頼は、思っていたよりも静かで、ずっと重いものを残していた。

※作中では魔術名そのものは記載していません。

※読者の方に場面をイメージしていただきやすいよう、後書きでは便宜上の名称を付けています。

【ロベリアの使用魔術】

氷の魔術

《フリーズ》

地面や足元を凍らせて敵の動きを止める術。

相手の勢いを削ぎ、動きを鈍らせることができる。

《アイスショット》

氷の結晶を打ち出す攻撃術。

小さな氷弾をまっすぐ飛ばし、対象を貫く。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

続きは次回更新をお待ちください。

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