降りる者たち
入口は、もう“入口”ではなかった。
巡礼路の中央に開いたそれは、
穴でも、裂け目でもない。
通路として、完成している。
「……下に行くほど、
整ってやがるな」
ミリアが、足元を見ながら言う。
石畳は、崩れていない。
むしろ――
新しい。
「急造じゃない」
エルドが、盾で床を叩く。
「長く使う前提だ」
「ええ」
ノウンが頷く。
「黒巣は、
“逃げ場”として
地下を使ってきたわけじゃない」
「“本拠”だ」
地下へ降りるにつれ、
街の音が薄れていく。
人の声。
足音。
風。
それらが、一つずつ消えて――
代わりに、
低い“脈動”だけが残る。
エルフィナが、
思わず立ち止まった。
「……ここ……」
「……街と……
つながってる……」
「……でも……
街じゃない……」
カイラが、端末を見ずに言う。
「構造、
街基準じゃない」
「人の生活を、
前提にしていない」
「……処理場だ」
ミリアが、顔をしかめる。
「気分悪ぃな」
そのとき。
少し後方から、
足音が揃って聞こえた。
蒼衡《そうこう/アズール・バランス》と、
その仲間たちだ。
「……来たか」
ミリアが、振り返る。
蒼衡は、無言で頷いた。
「上は?」
エルドが聞く。
「封じた」
蒼衡は、簡潔に答えた。
「表の混乱は、
もう広がらない」
「だが――」
視線を、
地下の奥へ向ける。
「ここから先は、
街じゃない」
ノウンが、静かに言った。
「同意する」
「黒巣は、
“人が人である前提”を
捨てている」
一拍。
「だから――」
「ここからは、
街を守る戦いじゃない」
ミリアが、剣を握り直す。
「潰す戦いだな」
「そうだ」
蒼衡は、剣を抜いた。
「敵が何者であろうと、
斬る」
エルフィナが、
小さく息を吸う。
「……でも……」
「……人が……
いたら……」
蒼衡は、即答しなかった。
代わりに、
ノウンが言う。
「人がいたら、
連れ出す」
「構造は、
壊す」
「役割は――」
視線が、
それぞれに向けられる。
「各自で判断する」
蒼衡は、
一瞬だけ目を細めた。
「……相変わらずだな」
「だが――」
一歩、前に出る。
「嫌いじゃない」
地下の通路が、
さらに広がる。
そこには、
倉庫でも、住居でもない。
“集積場”。
祈りの痕跡。
薬品の匂い。
血と、金属。
黒巣の、
“内臓”だった。
ミリアが、低く呟く。
「……やっぱりな」
「ここが――」
エルドが、盾を構える。
「本番だ」
脈動が、
一段、強くなる。
まるで――
歓迎するように。
黒巣は、
彼らが降りてくることを、
最初から想定していた。
それでも、
足は止まらない。
ノーリトリートと、
蒼衡。
二つの流儀が、
同じ深さへ降りていく。
ここから先は、
戻るための戦いではない。
終わらせるための戦いだ。
最初に現れたのは、敵意ではなかった。
「……来たか」
声は、落ち着いていた。
警戒でも、挑発でもない。
ただの確認だ。
通路が開け、
“人”が立っている。
装備は軽い。
剣も、杖も持っていない。
だが――
全身に、魔術刻印。
「……人間か?」
ミリアが、低く問う。
「人、ですよ」
男は、あっさり答えた。
「少なくとも、
素材になる前は」
空気が、一気に冷える。
エルフィナが、
無意識に一歩下がった。
「……素材……?」
男は、肩をすくめる。
「ここでは、
役に立つかどうかが
全てです」
「金になるか」
「情報になるか」
「使い潰せるか」
「……それ以外は――」
一拍。
「“余り”だ」
ミリアの剣が、
音を立てて鞘走る。
「……ふざけんな」
「ふざけてはいませんよ」
男は、むしろ困ったように笑う。
「街は綺麗でしょう?」
「表は、
夢と希望で出来ている」
「その裏で、
誰かが汚れ役をやる」
「それだけの話です」
「……理屈にするな」
エルドが、前に出る。
盾が、男を完全に覆う位置に来る。
「お前らは、
“役割”を
選ばせていない」
男は、目を細めた。
「選ばせる?」
「面白いことを言う」
「選べる人間なんて、
最初から価値がある」
「ここに落ちてきた時点で――」
言葉は、
最後まで続かなかった。
蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が、
無言で踏み込んだからだ。
斬撃は、速く、
正確だった。
防御魔術が、
間に合わない。
男の身体が、
斜めに崩れる。
だが――
血は、出なかった。
代わりに、
刻印が暴走する。
「……っ!」
男の身体が、
内側から歪む。
「なるほど……」
歪みながらも、
笑う。
「君たちは――」
「“切る側”か」
次の瞬間。
男の身体が、
解体される。
肉体ではない。
構造ごと。
魔術回路が、
空中で弾け、
通路の壁に吸い込まれていく。
「……吸収?」
カイラが、即座に理解する。
「この施設――」
「人を、
“部品”として
組み込んでる……!」
「だから、
死体が残らない」
ノウンが、淡々と補足する。
「“処理”される」
エルフィナが、
唇を噛む。
「……生きて……
使って……」
「……最後は……
壁……」
ミリアが、
拳を強く握る。
「……クソが」
通路の奥から、
足音が増える。
今度は、複数。
装備を整えた、
黒巣の戦闘要員だ。
だが、
その動きは揃っている。
「……訓練されてる」
エルドが、
盾を構える。
「傭兵じゃねぇ」
「住民上がりだ」
蒼衡は、
一瞬だけ視線を走らせた。
「……躊躇うな」
「命令だ」
そうこうの一人が、
短く答える。
「了解」
次の瞬間、
戦闘が始まった。
ノーリトリートは、
“止める”。
致命を避け、
拘束し、
戦線を分断する。
だが――
そうこうは、違う。
急所を斬り、
動きを断ち、
確実に数を減らす。
やり方は違う。
だが、
迷いはない。
「……荒っぽいな」
ミリアが、
背中合わせに呟く。
「合理的だ」
蒼衡が、
短く返す。
「ここでは――」
「それが、
一番、犠牲が少ない」
エルフィナは、
倒れた敵を見つめる。
息は、まだある。
だが――
壁の刻印が、
反応し始めている。
「……ダメ……!」
彼女が、
思わず叫ぶ。
だが、
ノウンが静かに言った。
「離れろ」
「ここでは、
救えない」
その言葉が、
何より重かった。
戦闘は、
数分で終わる。
黒巣の要員は、
“処理”されるか、
動かなくなった。
通路に、
沈黙が戻る。
蒼衡が、
剣を払って言う。
「……これが」
「黒巣のやり方だ」
ミリアが、
吐き捨てる。
「胸糞悪ぃ」
「同感だ」
ノウンが、
淡々と頷く。
「だが――」
「ここからが、
本丸だ」
奥で、
重い扉が軋む。
中枢は、
もう近い。
黒巣は、
“選ばせない”。
だからこそ――
ここで止める。
扉の向こうは、
思ったよりも――静かだった。
中央に、円形の制御室。
壁一面に、流れる魔術式。
そして。
椅子に縛り付けられた男が、一人。
年齢は三十前後。
服は高級品だが、
血と埃で台無しになっている。
「……ようやく来たか」
声は、かすれている。
だが、余裕は消えていない。
「ここが……」
ミリアが、周囲を見回す。
「黒巣の中枢?」
「末端だよ」
男は、鼻で笑った。
「俺は幹部の一人」
「巣の“外縁”を管理してるだけだ」
蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が、
男の前に立つ。
剣は、抜かない。
だが、視線だけで――
逃げ場を消す。
「質問は三つだ」
「一つ」
「トップは誰だ」
男は、口角を上げた。
「教えると思うか?」
蒼衡は、即座に次へ進む。
「二つ」
「流通経路は?」
「三つ」
「次の拠点はどこだ」
沈黙。
ノーリトリートの面々が、
自然と距離を取る。
尋問は、
彼らのやり方じゃない。
だが――
そうこうは違う。
蒼衡が、
ゆっくりと指を鳴らした。
「……やれ」
背後に立っていた
そうこうの一人が、前に出る。
名前を呼ぶ必要はない。
彼は、役割を理解している。
男の顎を掴み、
顔を上げさせる。
「……っ」
「安心しろ」
蒼衡が、淡々と言う。
「痛みは最小限だ」
「話せば、
ここで終わる」
男は、
一瞬だけ視線を泳がせた。
「……本気、か」
「当然だ」
「俺たちは、
“選別”をしない」
「危険なら――
切る」
数秒。
男の呼吸が、
わずかに乱れる。
「……流通は……」
ミリアが、
息を止める。
「……地下水路を……
使って……」
「管理コードは……」
そこまで言って。
男の喉が、
鳴った。
「……?」
エルフィナが、
嫌な予感に目を見開く。
「……待っ――」
言葉は、
間に合わなかった。
ボン、
という鈍い音。
爆発ではない。
破裂だ。
男の頭部が、
内側から弾ける。
血と、
魔術片が飛び散る。
制御室が、
一瞬で沈黙した。
「……っ!」
ミリアが、
思わず顔を背ける。
エルフィナは、
口元を押さえたまま、動けない。
カイラが、
即座に端末を確認する。
「……口腔内に、
機動式爆弾……」
「発話を
トリガーにするタイプ……」
「……最初から、
生きて帰す気なかった……」
ノウンが、
静かに言った。
「違う」
「“情報を渡す気”が、
なかった」
蒼衡は、
死体を一瞥する。
感情は、ない。
「……黒巣は、
ピラミッドだ」
「中堅ですら、
切り捨てられる」
「だから、
ここまで膨れ上がった」
ミリアが、
歯を食いしばる。
「……クソ組織」
「同感だ」
蒼衡は、
剣を鞘に戻す。
「だが――」
「今ので、
一つ確定した」
視線が、
制御室の奥へ向く。
「トップは、
ここにいない」
「そして――」
一拍。
「俺たちが、
“本気で潰しに来た”ことは、
向こうに伝わった」
沈黙の中、
壁の魔術式が、
わずかに変化する。
どこかで、
誰かが見ている。
ノウンが、
低く告げた。
「……次は」
「向こうから、
動く」
ミリアが、
剣を握り直す。
「上等だ」
エルドも、
盾を構える。
「逃がさねぇ」
エルフィナは、
静かに呟いた。
「……終わらせよう……」
蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、
一歩、前に出た。
「黒巣は――」
「巣ごと、
潰す」
ここから先は、
潜入ではない。
殲滅戦だ。




