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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第28章 魔道麻薬編

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場所が変わるだけ

昼を過ぎた帝都は、少し眠そうだった。


朝の慌ただしさは落ち着き、

夜の顔にはまだ遠い。


下層区画の通りを歩きながら、

ミリアは周囲を見回していた。


「……ないね」


「ないな」


エルドが短く返す。


露店は普通に並び、

人も多い。

だが――


「“詰まり”が、ない」


リュカが言った。


「昨日あった引っかかりが、完全に消えてる」


レインは、足を止めずに答える。


「消えたんじゃない」


「移った」


ミリアが、首を傾げる。


「どこに?」


「生活から、少し離れた場所」


リュカが指差す。


「通勤でも買い物でもない動線」

「“用事がある人しか来ない”場所」


下層区画の端。

古い倉庫と、半分潰れた建物が並ぶ区域。


昼でも人は少ない。


「……昨日の倉庫街に、近いね」


ミリアが言う。


「似てる、じゃない」


レインの声は静かだ。


「同じ考え方だ」


誰かが捕まる前提。

誰かが消える前提。

それでも、流れだけは成立する場所。


「……じゃあ」


ミリアが、歩幅を少しだけ狭める。


「また、前に立つ?」


「今日は、まだ立たない」


レインは答えた。


「見る」


「見るだけ?」


「見るだけ」


エルドが、盾を軽く持ち直す。


「……一番、嫌なやつだな」


「でも、必要だ」


リュカが言う。


「ここで止めたら、

また別の場所に移るだけ」


倉庫街の入り口で、

四人は立ち止まった。


人影は、まばら。

動きも、遅い。


だが。


「……いる」


ミリアが、小さく呟く。


一人。

荷を持たない男。


昨日の“置き役”とは別人。

だが、立ち方が似ている。


周囲を気にしすぎない。

でも、完全には馴染んでいない。


「……同じだ」


ミリアの胸が、少しだけ重くなる。


「役が、入れ替わっただけ」


レインは、距離を保ったまま言う。


「壊れた人間が出ないように、

“壊れそうな人間”を次に置く」


「……最低」


「でも、効率はいい」


リュカの言葉は淡々としている。


「だから、制度も英雄も

すぐには気づかない」


四人は、まだ動かない。


前に立たない。

声もかけない。


ただ、

“ここにいる”。


ミリアは、拳を握らなかった。

呼吸を整え、視線を外さない。


(……急がない)


昨日の男を思い出す。


瓶を置いたまま、

どこかへ消えていった背中。


「……今日も」


小さく呟く。


「今日も、間に合うかは分からない」


レインは、倉庫街を見渡した。


「それでも、見る」


「立つのは――」


一拍。


「壊れそうになってからだ」


風が、倉庫の間を抜ける。


何も起きていない。

だが、確かに――


次の前線が、ここにある。


非裁定ノーリトリート》は、

まだ踏み込まない。


この章は、

ゆっくりと、同じ形を繰り返しながら進んでいく。


壊れる前の一歩手前を、

何度も、何度も見るために。


男は、何度目か分からないため息を吐いた。


倉庫街の端。

半分壊れた建物の影で、腰を下ろしている。


仕事は、まだ始まっていない。

始まるかどうかも、分からない。


「……遅いな」


誰に向けた言葉でもない。

ただ、時間に耐えきれなくなって漏れただけだ。


荷はない。

瓶も、まだ持っていない。


それでも、

ここに来てしまっている。


「……来るなって、言われてないし」


言い訳みたいに呟く。


来るなと言われていない。

やるなとも、言われていない。


だから、来た。


それだけの理由。


少し離れた場所で、

非裁定ノーリトリート》は動かない。


見る。

立たない。

声もかけない。


ミリアは、男の背中を見つめていた。


(……昨日の人と、同じ顔してる)


違うはずなのに。

体格も、声も、年齢も。


でも、

「居場所がない人間の立ち方」だけが同じだった。


男は、懐に手を入れた。


何も出さない。

だが、入れたまま、しばらく動かない。


「……まだ、早い」


自分に言い聞かせるように。


「昼過ぎだ」

「いつも、そうだった」


“いつも”。


ミリアの胸が、少しだけ重くなる。


「……もう、

始まってるんだよね」


小さな声。


エルドは、頷かない。


「始まってない」


「ただ――」


視線を、男に戻す。


「戻れなくなり始めてる」


男は、立ち上がった。


倉庫の中を、覗く。

何もない。


「……今日は、違うのか」


独り言。


だが、その声には

期待と不安が、どちらも混じっている。


しばらくして、

別の男が現れた。


話さない。

目も合わせない。


ただ、足元に何かを置く。


小さな包み。


紙で巻かれた、

軽いもの。


「……あ」


置かれた瞬間、

最初の男の背中が強張る。


包みを拾わない。

だが、離れもしない。


「……これ」


声が、掠れる。


「俺の、だよな」


返事はない。


もう一人の男は、

何事もなかったように立ち去った。


ミリアの指が、わずかに動く。


(……受け取らせる)


(触らせないまま、

“持ったこと”にする)


レインは、まだ動かない。


今、立てば――

この男に「選ばせた」ことになる。


男は、包みを見下ろしている。


拾わない。

蹴りもしない。


ただ、

そこにあることを受け入れている。


「……置いただけだ」


自分に言い聞かせる。


「持ってない」

「使ってない」


「……だから」


言葉が、続かない。


ミリアは、目を伏せた。


(……昨日と、同じ)


選択肢は、

もう半分削れている。


男は、包みを踏まないように、

位置を少しだけずらした。


その仕草が、

一番、決定的だった。


もう、無関係じゃない。


「……行く?」


ミリアが、小さく聞く。


「まだ」


レインの声は低い。


「ここは、

“踏み切る直前”だ」


時間が、ゆっくり流れる。


倉庫街に、風の音だけが残る。


男は、しゃがみ込んだ。


頭を抱える。


「……これ、

持って行かなかったら」


「次、どうなる?」


答えは、出ない。


出ないまま、

包みはそこにある。


ミリアの胸が、きつく締まる。


(……ここ)


(ここが、前線)


まだ壊れていない。

でも、

壊れ始めている。


《非裁定》は、

まだ前に出ない。


この瞬間を、

見逃さないために。


時間が、止まったみたいだった。


倉庫街の奥。

人の声は遠く、

風が錆びた金属を鳴らす音だけが残っている。


男は、まだしゃがみ込んでいる。


目の前には、

紙で巻かれた包み。


拾っていない。

だが、そこから視線を外せない。


「……触ってない」


誰に向けた言葉でもない。


「だから、

まだ大丈夫だ」


ミリアは、その背中を見ていた。


(……昨日の人も、

同じこと言ってた)


声に出さない。

思い出すだけ。


男は、指先を動かす。


ほんの数センチ。

包みに、近づける。


止まる。


「……これ」


喉が鳴る。


「一回だけなら……」


言葉が、途中で切れる。


“なら”の先が、

自分でも分かっているからだ。


一回。

二回。

いつか。


それが、

どこへ行くか。


エルドの足が、わずかに前へ出かけて――止まる。


「……今、出たら」


ミリアが、かすれた声で言う。


「この人に、

“拾う理由”を与える」


「……ああ」


レインは、動かない。


今ここで声をかければ、

この男は“選ばされた側”になる。


それは、

ノーリトリートが一番やってはいけないこと。


男は、包みを見つめたまま、

目を閉じた。


数秒。


深く、息を吸う。


「……違う」


小さな声。


「これ、

俺の道じゃない」


ミリアの胸が、強く脈打つ。


男は、立ち上がった。


包みを拾わない。

蹴りもしない。


ただ、

一歩、距離を取る。


それだけの動き。


だが、その一歩が、

今できる限界だった。


「……今日は」


男は、誰もいない空間に言う。


「今日は、やめる」


理由は言わない。

理由を言えば、

それが次の言い訳になるから。


男は、ゆっくり背を向ける。


足取りは、重い。

真っ直ぐでもない。


それでも、

その場を離れていく。


ミリアは、

その背中が見えなくなるまで、動かなかった。


「……行った」


「行ったな」


エルドが、短く答える。


包みは、まだそこにある。


誰のものでもない。

でも、

誰かの人生を壊せるもの。


リュカが、静かに言った。


「明日も、

同じ場所に置かれる可能性は高い」


「……うん」


ミリアは、頷いた。


分かっている。


今日、救えたわけじゃない。

構造は、何も壊れていない。


でも。


「……今日は、壊れなかった」


それだけ。


レインは、包みを一瞥した。


拾わない。

壊さない。

通報もしない。


「前線は、ここだ」


「まだ、立ち続ける」


非裁定ノーリトリート》は、

その場を離れる。


背後に残された包みは、

夕方には回収されるだろう。


そして、

また別の場所に置かれる。


それでも。


拾わなかった一歩が、

確かに、ここにあった。


それを見届けたことだけが、

今日の仕事だった。


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