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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第28章 魔道麻薬編

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遅れて来る正しさ

同じ通りだった。


だが、

時間が一拍、遅れている。


朝の人通りは戻っている。

露店も、仕事へ向かう足取りも、いつも通り。


それなのに――

どこか、引っかかりが残っている。


「……おかしいな」


低く呟いたのは、

鋼律隊・隊長

《カイル=ヴァンロック》。


「報告では、

この時間帯に“流れ”があるはずだった」


副隊長

**《セレナ=リィス》**が、周囲を見渡す。


「流通痕、薄いです」

「完全に消えたわけではないですが……

“成立していない”」


前衛

**《ドラン=ハルバード》**が、苛立ったように舌を鳴らす。


「逃げられたか?」


「違う」


カイルは、即座に否定した。


「逃げるには、

現場が綺麗すぎる」


「……誰かが、

割り込んだ」


後衛

**《ミレイア=トーン》**が、足元を見て言う。


「魔力痕、ありません」

「戦闘も、拘束も、行使の形跡なし」


「……それで?」


ドランが腕を組む。


「何もしてねぇのに、

流れだけ止めたってか」


「“何もしていない”は、違う」


セレナが静かに言った。


「判断を、遅らせています」


その言葉に、

鋼律隊の動きが、わずかに止まる。


「……遅延行動」


カイルが、通りの中央に立つ。


人の流れを、正面から見る。

誰も疑っていない。

誰も警戒していない。


だが、

今日だけ、成立していない。


非裁定ノーリトリートだな」


ドランが、眉をひそめる。


「またかよ」


「……危険ではない」


ミレイアが続ける。


「ただし――

制度の外です」


カイルは、少し考えてから言った。


「今回の件、

我々の出番はなかった」


「だが――」


視線を、通りの奥へ。


「“正しく処理される前”に、

誰かが立っていた」


セレナが、静かに記録具を閉じる。


「評価は?」


カイルは、即答しなかった。


数秒。

帝都の音だけが流れる。


「……非規格」

「だが、有効」


ドランが、面白くなさそうに笑う。


「褒めてんのか、それ」


「事実だ」


カイルは、歩き出す。


「次は――

こちらが“早すぎない”ようにする」


鋼律隊は、そのまま現場を離れた。


誰も捕まえない。

誰も裁かない。


だが、

“何かが変わった”ことだけは、確実に記録された。



少し離れた場所。


《非裁定》は、同じ通りをもう見ていない。


ミリアが、ぽつりと言う。


「……来てたね」


「ああ」


レインは、振り返らない。


「でも、

間に合わなかった」


「それでいい」


エルドが答える。


「俺たちが間に合うのは、

“壊れる前”だけだ」


リュカが、朝の人波を見送る。


「今日の流れは、

昨日とは違う」


「一人分だけ、遅れた」


レインは、歩き出す。


「それで十分だ」


非裁定ノーリトリート》は、

評価も称賛もないまま、前線を進む。


正義より遅く。

無関心より早く。


その“中間”に立つ存在として。


通りから少し離れた場所で、

非裁定ノーリトリート》は足を止めていた。


誰も追ってこない。

誰にも呼び止められない。


それが、

**一番“仕事をした証拠”**だった。


「……来たね、鋼律隊」


ミリアが、空を見上げたまま言う。


「でも、追われなかった」


「追う理由が、ないからな」


エルドの声は落ち着いている。


「捕まえたわけでも」

「壊したわけでもない」


「……なのに」


ミリアは、通りの方向をちらりと見る。


「止まった」


リュカが、小さく頷いた。


「流通が“成立しなかった”」


「だが、記録上は何も起きていない」


「つまり――」


レインが続ける。


「制度から見れば、

“最初から何もなかった”」


ミリアは、口を結んだ。


それが、少しだけ悔しい。


助けた実感もない。

止めた手応えも薄い。


なのに、

確かに“変わった”ことだけが残っている。


「……変な感じ」


「英雄みたいに派手じゃないし」

「鋼律隊みたいに明確でもない」


「でも――」


言葉が、そこで途切れる。


エルドが、静かに前を向く。


「前線だ」


短い一言。


「評価されなくても、

ここが前線になる」


リュカが、ふと視線を落とす。


「……一人、残った」


通りの向こう。


先ほど“置き役”だった男が、

まだそこにいた。


誰にも囲まれず、

誰にも指示されず、

ただ立っている。


「……帰らないの?」


ミリアが、思わず言う。


レインは、首を振る。


「帰り方が、分からない」


「やめたからといって、

元の場所があるとは限らない」


沈黙。


ミリアは、胸の奥で何かが沈むのを感じた。


(……まただ)


救えたわけじゃない。

導けたわけでもない。


それでも、

“壊れなかった”だけ。


「……これで、いいのかな」


小さな声。


レインは、少し考えてから答えた。


「分からない」


「だが、

これ以上早く動いたら――」


「誰かを、切ることになる」


ミリアは、目を閉じる。


情報屋の顔が、一瞬だけ浮かぶ。

あの家。

あの靴。


「……切らないために、

遅れる」


「それが、私たち」


リュカが、静かに息を吐いた。


「次は、場所が変わると思う」


「今日みたいな“詰まり”が出たら、

向こうも同じことはしない」


「……じゃあ」


ミリアが、顔を上げる。


「追う?」


「追わない」


レインは即答した。


「先回りする」


エルドが、盾を軽く鳴らす。


「前に立つ、ってやつか」


「そうだ」


レインは、歩き出す。


「次も、選ばせない」


「切らせない」


「でも――」


一瞬だけ振り返る。


「立つ場所は、増える」


ミリアは、その背中を見て、小さく息を吸った。


怖さは、ある。

不安も、消えていない。


でも。


「……行こう」


その言葉は、もう震えていなかった。


非裁定ノーリトリート》は、

誰にも気づかれないまま移動する。


評価されない結果を、

積み重ねるために。


昼前の下層区画は、妙に落ち着かない。


朝の忙しさが一段落し、

次の波が来るまでの“空白の時間”。


その空白に、

人は自分の立ち位置を意識し始める。


男は、まだそこにいた。


通りの端。

荷袋はもうない。

仕事も、行き先も、ない。


「……動かないね」


ミリアが、少し離れた場所から言った。


「動けない、だな」


エルドが低く答える。


男は、壁に背を預けたまま、

ただ人の流れを見ている。


避けられるでもなく、

気に留められるでもない。


“いない扱い”。


「……追い出される」


リュカが、ぽつりと言った。


「今日の仕事、成立してない」

「でも、来なかった理由は問われる」


「……戻れない、か」


ミリアの声が沈む。


男は、意を決したように歩き出した。


さっきとは逆方向。

通りの裏。

人の少ない方へ。


「……行く?」


ミリアが、レインを見る。


レインは、首を振った。


「追わない」


「でも――」


「選ばせない」


それ以上は、言わなかった。


男は、古い建物の前で足を止めた。


裏口。

誰もいない。


数秒、迷って――

扉を叩く。


返事はない。


もう一度。


少し強く。


それでも、返事はない。


男は、拳を下ろした。


肩が、目に見えて落ちる。


(……ここも、ダメか)


ミリアが、奥歯を噛む。


「……あの人」


「行く場所、

もう全部潰されてるんじゃない?」


「潰された、じゃない」


リュカが、淡々と言う。


「“成立しなくなった”」


「同じだよ」


ミリアは、視線を逸らす。


男は、建物を離れた。


次に向かったのは、

昼でも暗い路地の奥。


一度、振り返る。


――誰もいない。


男は、深く息を吐いた。


そして、

小さな瓶を取り出した。


ミリアの足が、止まる。


「……っ」


「まだ、残ってた」


リュカが、歯を食いしばる。


男は、瓶を見つめている。


開けない。

だが、捨てもしない。


「……使えば、楽だ」


独り言みたいに呟く。


「少しだけ」

「少し、強くなって」

「また、仕事を――」


言葉が、途切れる。


震える指。


エルドが、一歩前に出ようとして、止まる。


「……今、出たら」


ミリアが、掠れた声で言う。


「選ばせることになる」


「……ああ」


レインの返事は短い。


男は、瓶を持ったまま、座り込んだ。


頭を抱える。


「……分かんねぇ」


「やめたら、

何も残らない」


「やったら、

終わるって分かってる」


ミリアの胸が、締め付けられる。


(……まただ)


選択肢が、

“どっちも終わり”しかない。


男は、しばらく動かなかった。


時間が、ゆっくり流れる。


そして――

瓶を、地面に置いた。


立ち上がる。


ふらつきながら、

路地の出口へ向かう。


逃げるでもなく、

戻るでもなく。


ただ、どこかへ行く。


「……使わなかった」


ミリアが、息を吐く。


「今日は、な」


リュカが続ける。


「明日は、分からない」


レインは、路地に残された瓶を見る。


拾わない。

壊さない。


「……前線だ」


「まだ、壊れていない場所」


エルドが、静かに盾を構え直す。


「だから、立つ」


ミリアは、男の背中が見えなくなるまで、視線を離さなかった。


救えたわけじゃない。

守れたとも言えない。


それでも。


「……消えなかった」


その事実だけが、

胸の奥に、重く残った。


非裁定ノーリトリート》は、

その場を離れる。


次に同じ場所で、

同じ選択肢が残っているとは限らない。


だからこそ。


次も、ゆっくり進む。

壊れる前に、立つために。

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