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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第28章 魔道麻薬編

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同じ形

夕方の帝都は、少しだけ優しい。


仕事を終えた人間が戻り、

露店が灯りを増やし、

昼よりも“人の顔”が見える時間帯。


場所は変わった。


下層区画でも、倉庫街でもない。

住宅と商業の境目。

人が多すぎず、少なすぎもしない通り。


「……ここ」


ミリアが、小さく言う。


「昨日とは、全然違う場所なのに」


「同じ匂いだ」


エルドが答える。


魔力の匂いじゃない。

危険でもない。


“選択肢が減っている空気”。


レインは、通りの端に立ち、動かない。


「生活に近い分、

気づかれにくい」


リュカが、視線だけで人の動きを追う。


「朝は仕事前」

「昼は倉庫」

「夕方は――」


「帰り道」


ミリアが、続きを言った。


通りの向こうで、

若い女が立ち止まっている。


年は二十前後。

服は普通。

荷は持っていない。


誰かを待っているようにも見えるし、

ただ休んでいるだけにも見える。


「……昨日の男と、同じ顔してる」


ミリアの声が低くなる。


「違う人なのに」


女は、何度も周囲を見回している。


逃げるほど怯えてはいない。

でも、落ち着いてもいない。


「……来るな」


女が、小さく呟いた。


聞こえないはずの距離。

でも、その言葉だけは伝わった気がした。


女の足元に、

小さな袋が置かれる。


昨日と同じ。

中身が分かる大きさ。

軽さ。


女は、袋を見ていない。


だが、

見ていないフリをしている。


ミリアの胸が、きゅっと締まる。


(……もう、始まってる)


レインは、まだ動かない。


昨日と同じだ。

早く立てば、

この女に「理由」を与える。


女は、袋から一歩、距離を取る。


でも、

通りの真ん中には戻らない。


「……帰れない」


独り言。


「今、帰ったら……」


言葉は、続かない。


エルドが、低く言う。


「削られてるな」


「選択肢が、

“使う/消える”に寄せられてる」


リュカは、淡々と補足する。


「使えば、次がある」

「使わなければ、

次がない」


「……それ、選択じゃないよ」


ミリアの声が、震えない。


もう、怒りじゃない。


女は、袋を一度だけ見る。


ほんの一瞬。


それだけで、

もう“無関係”じゃない。


「……昨日より、

早い」


ミリアが呟く。


「同じ構造なのに、

慣れてきてる」


レインは、静かに答えた。


「だから、

こちらも慣れない」


「立つ場所を、

間違えない」


夕方の通りは、

何事もないように流れていく。


笑い声。

足音。

食べ物の匂い。


その中で、

また一人、選ばされかけている。


非裁定ノーリトリート》は、

まだ動かない。


今日も、

“拾う前の時間”が始まったばかりだから。


女は、袋を見ないまま歩き出した。


通りの端。

人の流れに逆らわない程度の速度。


逃げていない。

でも、帰ってもいない。


(……家、どっちだろ)


ミリアは、無意識にその背中を追っていた。


女は角を曲がり、

少し古い集合住宅の前で足を止める。


四階建て。

外壁はくすみ、

魔導灯の光が届ききらない。


「……ここ、住んでるんだ」


ミリアの声は、ほとんど息だ。


女は、しばらく建物を見上げていた。


上を見る。

下を見る。

もう一度、足元を見る。


袋は、まだ通りにある。


「……今、帰ったら」


小さく呟く。


「明日、どうなるんだろ」


答えは出ない。


女は、階段を上り始めた。


二段。

三段。


途中で止まる。


手すりに掴まり、

しばらく動かない。


(……昨日の人より、迷う時間が短い)


ミリアの胸が、少しだけ冷える。


女は、上を見ない。


代わりに、

階段の下を見ている。


そこには、通り。

袋を置かれた場所。


「……今日だけ」


声は震えていない。


「今日だけ、

見なかったことにしたら」


“今日だけ”。


その言葉が、

どれだけ嘘に近いかを、

本人が一番分かっている。


エルドが、低く言う。


「……削り方が、上手くなってる」


「昨日は、

“使うか使わないか”だった」


「今日は、

“帰るか、戻るか”だ」


リュカが、静かに続ける。


「選択肢を、

行動に結びつける前段階で削ってる」


女は、階段を上り切った。


扉の前で、

鍵を取り出す。


回さない。


鍵穴に差したまま、

動かない。


「……ただいま、って」


小さく言う。


「言える気がしない」


ミリアの喉が、きゅっと鳴る。


(……誰にも、

何も言ってないのに)


女は、鍵を抜いた。


ポケットに戻す。


そして――

階段を、下り始めた。


一段ずつ。

ゆっくり。


逃げる速度じゃない。

戻る覚悟の速度でもない。


「……早い」


ミリアが、ぽつりと言う。


「昨日より、

決断までが早い」


「学習してるのは、

向こうだけじゃない」


レインの声は、低く抑えられている。


「この構造に慣れる速度は、

人間の方が速い」


女は、通りに戻った。


袋の前で、止まる。


拾わない。

でも、しゃがむ。


距離が、

一気に縮まる。


ミリアの足が、

一歩だけ前に出かけて、止まる。


(……まだ)


(……まだ、立つ場所じゃない)


女は、袋に手を伸ばす。


触れない。

だが、指先が震えている。


「……これ」


「使わなくても……」


言葉が、途切れる。


使わなくても、何?

続きは、もうない。


女は、目を閉じた。


数秒。


深く、息を吐く。


「……違う」


昨日と同じ言葉。

でも、重さが違う。


女は、袋を少しだけ遠ざけた。


拾わない。

だが、捨てもしない。


「……今日は」


「今日は、

ここまで」


立ち上がる。


歩き出す。


さっきより、

少しだけ早い足取り。


ミリアは、その背中を見送る。


「……昨日より、危なかった」


「でも」


エルドが、静かに言う。


「まだ、壊れてない」


リュカは、袋を見ていた。


「明日は、

ここじゃないかもしれない」


「でも、

同じ構造で来る」


レインは、夕方の通りを見渡す。


「だから――」


「次は、

立つ位置が変わる」


非裁定ノーリトリート》は、

まだ前に出ない。


だが、

立つ距離は、確実に縮まっている。


夜が、ゆっくり降りてきていた。


夕方と夜の境目。

通りの音が一段落ちて、

人の声に隙間ができる時間。


女は、戻ってきた。


さっきより、少しだけ早い足取り。

迷いが消えたわけじゃない。

迷う余地が、減っただけ。


袋は、まだそこにある。


誰も拾っていない。

誰も触っていない。


それなのに、

“待っている”みたいに見える。


女は、立ち止まった。


しゃがまない。

だが、通り過ぎもしない。


「……やっぱり」


小さな声。


「一回だけなら……」


言いかけて、止まる。


一回。

昨日も聞いた。

今日も聞いた。


それが、

どれだけ“最後じゃない言葉”か。


ミリアは、息を整えた。


(……今だ)


でも、

走らない。


叫ばない。


半歩だけ、前に出る。


誰にもぶつからない距離。

女の視界の端に、

“知らない誰か”が入る位置。


エルドも、同じだけ前に出る。


盾を構えない。

塞がない。


ただ、

そこに立つ。


女は、気づいた。


袋じゃない。

《非裁定》に。


「……え」


声が、漏れる。


逃げない。

叫ばない。


ただ、

状況が一つ増えた顔をする。


「……何?」


問いは、責めていない。

助けを求めてもいない。


ミリアは、答えない。


答えれば、

理由になる。


レインも、動かない。


視線だけが、女と同じ高さにある。


数秒。


通りの音が、戻ってくる。


人が横を通る。

誰も、この状況を不自然に思わない。


女は、袋を見る。


次に、ミリアを見る。


「……これ」


袋を指さす。


「関係、ある?」


ミリアは、首を振らない。

だが、頷きもしない。


否定しないこと。

肯定しないこと。


それが、今できる最大限だった。


女は、唇を噛む。


「……使ったら、

ダメなんだよね」


ミリアは、答えない。


代わりに、

その場から動かない。


女は、視線を落とした。


袋。

地面。

自分の手。


そして――

一歩、後ろに下がる。


拾わない。

触れない。


「……やっぱり」


声は、少しだけ震えた。


「今日も、

やめる」


理由は、言わない。

理由を言えば、

次の言い訳になる。


女は、背を向けた。


さっきより、

速くも遅くもない歩き方。


普通の速度。


それが、

いちばん尊かった。


ミリアは、

その背中が見えなくなるまで立っていた。


「……立ったね」


小さな声。


エルドが、答える。


「ああ」


「でも、切ってない」


レインは、袋を見る。


「壊していない」


「拾わせなかっただけだ」


リュカが、静かに言った。


「それで十分だ」


非裁定ノーリトリート》は、

それ以上、前に出ない。


袋は、

今夜のうちに回収されるだろう。


明日には、

別の場所に置かれる。


それでも。


今日、

拾われなかった一瞬が、

確かに、ここにあった。


そしてそれを、

“誰かが見ていた”。


それだけで、

前線は成立していた。


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