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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第28章 魔道麻薬編

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捕まえたもの、残されたもの

倉庫の中は、静かだった。


いや――

正確には、静かすぎた。


床に残るのは、砕けた小瓶と、急激に老いた男の残骸。

魔力はすでに抜け落ち、空気には、あの甘さだけが薄く残っている。


「……終わり?」


ミリアの声は、怒りと吐き気の中間みたいに擦れていた。


「これで、終わりなの?」


誰もすぐには答えない。


レインは、死体から目を離さずにいる。

生命反応はない。

治療も救済も、言葉すら届かない地点だ。


(……“捕まった”)


だが、それは解決じゃない。

むしろ――舞台が予定通り進んだだけだ。


「動線、きれいすぎる」


リュカが、倉庫の隅を一瞥した。

床に残る足跡、荷の痕、魔導灯の配置。

全部が「ここで事件が起きる」ように整っている。


「見張り三、売人一、見せ玉の麻薬。即効型を打って終わり。

……早すぎる」


「早いのは、向こうの都合だよ」


ミリアが吐き捨てる。


「“捕まえた”って事実だけ残して、次の段階に行きたいだけ」


エルドが、死体の前に立った。

盾役の身体が、いつもより一歩だけ重く見える。


「……家族がいるって言ってたな」


「言ってたね」


ミリアの返事は硬い。

感情を燃やしているのに、火が外に出ない。


「だからって、誰かを壊していい理由にはならない」


レインが、低く言った。


「理由に見せるための言葉だ。

“選ばされた”って形にして、罪を薄める」


ミリアが、拳を握る。

指が白くなるほど。


「でも……さ」


声が震えているのに、足は動かない。


「こういうのが一番嫌い。

選択肢があるフリをして、最初から一個しか残さないやつ」


リュカが、ゆっくり息を吸った。


「現場が“処理”になってる」


「処理?」


「判断も、救済も、追跡も、全部早回しにして――

この場にいる人間の心だけ置いていく」


言い切って、リュカは視線を外へ向けた。

倉庫の隙間、外の暗闇。

そこから誰かが覗いていてもおかしくない。


「……情報屋」


レインが、ぽつりと呟く。


「“あいつも同じだ”って言ってた」


ミリアが、顔を上げる。


「同じって、何が?

家族を人質に取られてるって意味? それとも――」


「“逃げ道がない”って意味だろ」


エルドが答えた。


「売人も情報屋も、どっちも駒。

駒が潰れたら、次の駒に差し替えられる」


ミリアは笑いそうになって、笑えなかった。


「……最悪」


「最悪なのは、これが“制度の隙”から生まれてることだ」


レインの声は静かだ。

怒りじゃない。

怒りより冷たい、“構造”への視線。


規制緩和。

自由。

流通。

そして、責任の所在が溶ける速度。


「リュカ。ここ、残留は?」


「薄い。わざと薄くしてる」


リュカは小さく指を鳴らし、魔力の流れを読む。

戦況把握の癖が、呼吸みたいに自然だった。


「本命の在庫は、別。

ここは見せる用。捕まる用。潰す用」


「……じゃあ、私たちは何を捕まえたの?」


ミリアが、ついに吐き出す。


「死体? 小瓶? “頑張りました”って報告?」


言葉が鋭くなりかけて――

そこでミリア自身が、口を噤んだ。


怒りが爆発する直前で、留める。

出さない。動かない。

圧だけが増えていく。


「ミリア」


エルドが、短く呼ぶ。


その声には命令も慰めもない。

ただ、前線を壊さないための、盾の合図だけがある。


ミリアは息を吐く。

視線を落として、床の砕けた小瓶を見る。


「……許せない」


レインは頷かない。否定もしない。

代わりに、ゆっくりと倉庫の奥へ歩いた。


壁際。

一見、何もない。


だが、そこにだけ――

魔力の匂いが、ほんの少し“違う”。


(……仕掛けだ)


「レイン?」


「ここ、触るな」


レインは手を止めた。

触れれば何かが起きるタイプ。

“調べた瞬間に成立する”罠。


「……相手は、見てる」


リュカが、即座に周囲を広く読む。

退路、射線、出入口、屋根、窓。

「誰が来ても処理できる」形に、現場が組まれている。


「こっちが“掴む”前提で置いてある。

掴ませて、掴んだ事実で縛る」


ミリアが、噛みしめるように言った。


「……捕まえさせられた」


「そう」


レインは、淡々と返した。


「ここからが本番だ」


エルドが、倉庫の入口に立つ。

外の闇へ身体を向ける。


「……出るぞ。長居すると、次の駒が来る」


「来させたいんじゃない?」


ミリアの声はまだ冷えている。


「私たちを“次の段階”に乗せたいなら――

ちょうどいいタイミングで、次が来る」


レインは、その可能性を否定しない。


「来たら、来たでいい」


「……え?」


ミリアが振り向く。


レインの目は、静かに澄んでいた。


「ここで、選ばせない」


「切らせない」


「判断を急がせない」


言葉が、倉庫の空気を少しだけ変えた。

動けないまま積もっていた感情が、形を持ち始める。


リュカが小さく頷く。


「じゃあ、退路は“作る”んじゃなく、残す」


エルドが肩を鳴らす。


「盾は出す。押し返さねぇ。

止めるだけ止める」


ミリアは、短く息を吐いた。

まだ怒りは消えていない。

でも、今はそれを行動にしない。


「……情報屋のところ、行こう」


ミリアが言った。


「このままじゃ、あいつも同じになる。

“駒”のまま、潰される」


レインは、倉庫の暗闇を最後に一度だけ見回した。


舞台。

見せ玉。

使い捨て。

そして、観客席のどこかで笑っている“誰か”。


(……正しさが、人を壊す速度)


《非裁定》が立つのは、そこだけだ。


四人は、倉庫を出た。


帝都の夜は、何事もなかったかのように続いている。

けれど――

甘い魔力の匂いだけが、やけに生々しく鼻に残った。


そしてレインは確信していた。


今夜、捕まえたのは“末端”じゃない。


今夜、捕まえさせられたのは――

この国の選択肢の削り方、そのものだ。


酒場の奥は、異様なほど静かだった。


客はいない。

店主もいない。

それなのに、扉だけは開いている。


「……逃げなかったんだ」


ミリアの声が低く落ちる。


情報屋は、奥の席に座ったまま動かない。

逃げ道があることは、分かっているはずなのに。


「逃げる理由がない」


情報屋は淡々と答えた。


「ここまで来たら、同じだ」


レインは、距離を詰めすぎない。

捕まえに来たわけでも、守りに来たわけでもない立ち位置。


「売人は死んだ」


事実だけを置く。


「予定通りだろ」


情報屋は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


「……ああ」


ミリアの指が、わずかに震える。


「じゃあ次は?」


「次は――」


情報屋は、ゆっくり顔を上げた。


「俺だ」


空気が、張りつめる。


リュカが、静かに周囲を見る。

戦況把握。退路。距離。

この場が“戦場”になる可能性を、即座に計算する。


「捕まるつもり?」


ミリアが問う。


「鋼律隊に引き渡される覚悟は?」


情報屋は、首を横に振った。


「捕まるなら、抵抗する」


即答だった。


「……は?」


ミリアが眉をひそめる。


「それ、どういう――」


「俺が捕まれば、家族は消える」


声は冷静だ。


「最初から、そういう契約だ」


レインが、低く言う。


「人質か」


「そうだ」


否定も、言い訳もない。


「だから俺は、

“捕まらない末端”を演じてきた」


「情報を流して」

「流通を滑らかにして」

「誰かが捕まる舞台を整えて」


「……クズじゃん」


ミリアの言葉は鋭い。

だが、怒鳴ってはいない。


「そうだな」


情報屋は、あっさり認めた。


「だから――」


テーブルの下で、小瓶が鳴った。


リュカの視線が鋭くなる。


「……それ」


「魔道麻薬だ」


情報屋は立ち上がる。


「しかも、薄いやつじゃない」


ミリアが一歩前に出る。


「やめなさい」


「捕まらないために、打つの?」


「違う」


情報屋は、静かに首を振った。


「捕まる“前”に終わらせるためだ」


レインが言う。


「……自分で、切る気か」


「切らせるよりは、マシだ」


その言葉で、ミリアの感情が一段、沈んだ。


「……最低」


「分かってる」


情報屋は、瓶を掲げる。


「だが、

捕まって何も言えなくなるより――」


「動けるうちに、全部出す」


「それが、俺の抵抗だ」


沈黙。


レインは、止めなかった。


止めれば、選択になる。

ここで選ばせた時点で、彼は“裁定側”になる。


「……来い」


エルドが、前に出る。


「止めるだけだ。殺しはしない」


「十分だ」


情報屋は、瓶を一気に煽った。


魔力が、爆発した。


甘い匂いが、空気を裂く。

床が鳴り、壁が軋む。


「っ――!」


ミリアが即座に跳ぶ。


「前出る!」


「行け!」


エルドが盾を構える。


情報屋の身体が、膨れ上がる。

筋肉が歪み、血管が浮き、目が濁る。


だが――

完全な魔物化ではない。


「……中途半端」


リュカが、即座に理解する。


「限界まで打ってるけど、

“捨て身用”だ」


情報屋が、笑った。


「末端でもな……

これくらいは、やれる」


魔力弾が飛ぶ。

粗い。だが、重い。


ミリアが弾く。

正面突破。


「どけえっ!」


前線穿断フロント・ピアース

一直線。


情報屋が吹き飛び、壁に叩きつけられる。


だが、立つ。


「……まだだ」


魔力が、さらに歪む。


エルドが前に出る。


「ここだ」


盾で受ける。

押し返さない。

止めるだけ。


「ぐっ……!」


衝撃が、場に留まる。


レインは動かない。

因果を切らない。

成立させない。


“早く終わらせる最適解”が、

ここでは存在しない。


ミリアが、歯を食いしばる。


「……いい加減にしなさいよ!」


拳が、叩き込まれる。


断戦ライン・ブレイク


情報屋の身体が、崩れた。


次の瞬間――

魔力が、一気に抜ける。


膨張が、逆流する。


「……あ」


声が、急激に老けた。


皮膚が萎む。

背が縮む。

数秒で、“おじさん”みたいになる。


床に膝をつき、

情報屋は、息を荒くした。


「……はは」


笑い声が、弱い。


「やっぱり……きついな」


ミリアが、駆け寄る。


「ちょっと! しっかり――」


「いい」


情報屋は、手を振った。


「もう、時間がない」


レインが、しゃがむ。


「家族は?」


その問いに、

情報屋の目だけが、必死になる。


「……頼む」


「捕まえてくれ」


「俺に指示したやつらを」


「名前は――」


声が、掠れる。


「……分からない」


「でも、流れは知ってる」


「下から上に、

“使い捨てを回す”やつらだ」


「……子どもがいる」


指が、床を掴む。


「まだ、小さい」


ミリアの視線が揺れる。


「……必ず、行く」


「約束は、できないけど」


「放ってはおかない」


情報屋は、微かに笑った。


「それで……いい」


最後に、レインを見る。


「……選ばないって、

こういうことか」


返事は、ない。


数秒後、

情報屋は動かなくなった。


酒場には、また静けさが戻る。


ミリアが、立ち上がれずにいる。


エルドが、静かに立ち、外を見る。


「……来るぞ」


遠くで、足音。


鋼律隊か。

それとも、ただの巡回か。


レインは立ち上がる。


「行く」


「この人の家族を、先に探す」


「“次の段階”に行かせない」


《非裁定》は、まだ選ばない。


だが――

もう、引き返さない。


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