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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第28章 魔道麻薬編

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甘い魔力と、帝国の綻び

帝都・中枢区画。

白い石畳と整然と並ぶ行政塔の合間に、夕暮れの影が落ちていた。


騒がしさはない。

だが――どこか、緩んでいる。


規制緩和後の帝国は、表向きは「自由」を得た。

だがその自由が、どこへ流れ込んでいるのかを、正確に把握している者は少ない。


「……最近の帝国は」


静かな執務室で、低く切り出したのは

帝国英雄 グラディウス=フェルツ だった。


重厚な机の向こう側。

非裁定ノーリトリート》の面々は、壁に背を預けたり、椅子に腰掛けたりと、いつも通りの距離感で話を聞いている。


「良くも悪くも、規制が緩んだ」


グラディウスは資料を一枚、机の上に置いた。

封印印のない、簡素な報告書。


「その隙を突いて流行り始めたものがある」


ミリアが、眉を上げる。


「……嫌な予感しかしないんだけど」


「魔道麻薬だ」


即答だった。


室内の空気が、わずかに締まる。


「摂取すると、一時的に魔力が増幅する」

「訓練なしでも、魔法が“使えた気になる”」

「代償は、後から来る」


グラディウスの声には、感情がない。

だがそれが、事態の深刻さを逆に強調していた。


「流通経路は不明」

「末端は掴めるが、元が見えない」

「強引に締めれば、地下に潜る」


レインが、静かに口を開く。


「……だから、囮か」


「そうだ」


グラディウスは頷いた。


「帝国英雄が動けば、相手は引く」

「だが、引かれたら掴めない」


視線が、まっすぐレインを射抜く。


「君たちが適任だ」


「非公式で」

「規制の外側で」

「“選択肢を壊す”やり方で」


ミリアが、鼻で笑った。


「また面倒なの持ってきたね」


「承知の上だ」


グラディウスは一切動じない。


「詳しい進捗は、情報屋が握っている」

「名前はまだ伏せる」

「まずは接触しろ」


「……信用していいの?」


ミリアの問いに、グラディウスは一瞬だけ間を置いた。


「信用はしていない」


「だろうね」


ミリアは肩をすくめた。


レインは立ち上がる。

断る理由は、最初からなかった。


「魔道麻薬の流通」

「元の不明な供給源」

「規制緩和の影」


そして――

帝国英雄が、あえて外部に投げてきた案件。


(……きな臭い)


だが、だからこそ。


「分かった」


レインは短く答える。


「情報屋に会おう」


その瞬間、グラディウスは僅かに目を細めた。


「一つだけ忠告しておく」


「この件――」


「帝国英雄が、

 “関係していない”とは限らない」


ミリアが、ぴたりと動きを止める。


「……は?」


だがグラディウスは、それ以上何も言わなかった。


沈黙。


帝都の外では、夜が静かに降り始めていた。


甘い魔力は、すでに街のどこかで息をしている。


それが――

誰の手で、誰のために流されているのか。


《非裁定》は、まだ知らない。


だがこの時点で、

帝国という国そのものが、試され始めていた。


帝都・下層区画。

灯りの色が、明らかに違う。


中枢区画の白光とは違い、ここにあるのは黄ばんだ魔導灯。

人通りはあるが、視線が合わない。

歩いているのに、誰も“そこにいない”ような感覚。


「……ほんとに流行ってるの?」


ミリアが、低く呟いた。


「静かすぎない?」


「流行ってるからだろ」


エルドが答える。


「騒ぐ必要がないほど、

 “日常に溶けてる”ってことだ」


レインは何も言わず、周囲を見ていた。


魔力の流れ。

空気に混じる、微かな甘さ。


(……あるな)


香りと呼ぶには薄すぎる。

だが、魔力感知に引っかかる。


「ここ三ヶ月で、

 魔力暴走の事故が増えてる」


リュカが、記録を思い出すように言った。


「全部“偶発”扱いだけど……」


「偶発が続くと、

 それはもう事故じゃないわね」


ミリアが、乾いた笑いを浮かべる。


目的の場所は、酒場だった。

だが看板は出ていない。


ただ、扉の前に立つと――

中から、わずかに魔力が漏れている。


「ここ?」


「ここだ」


リュカが頷く。


扉を開けると、

中は驚くほど普通だった。


笑い声。

酒の匂い。

疲れた労働者と、場慣れした店主。


だが、奥の席だけが違う。


声がない。

視線が動かない。


そこに座っていたのが、情報屋だった。


年齢不詳。

性別も曖昧。

ただ――目だけが、異様に冴えている。


「……非裁定」


名前を呼ばれ、ミリアが眉を上げる。


「名乗ってないけど?」


「名乗る必要がない相手だ」


情報屋は、淡々と続けた。


「帝国英雄から話は来ている」

「魔道麻薬の件だろう」


レインが、正面に立つ。


「流通元を知ってる?」


「“元”は知らない」


即答。


「だが、

 “流す役”なら何人か知っている」


ミリアが椅子を引いて座る。


「取引条件は?」


「情報は売る」


「対価は?」


情報屋は、少しだけ間を置いた。


「……安全だ」


「誰の?」


「俺の」


空気が、一段冷えた。


「守ってほしい?」


ミリアが首を傾げる。


「それとも、

 もう狙われてる?」


情報屋は、答えなかった。


代わりに、低い声で言う。


「売人は、今夜動く」

「場所も、時間も分かっている」


「随分親切ね」


「親切じゃない」


情報屋は、レインを見る。


「“捕まるべきもの”が、

 捕まるかどうかの問題だ」


その言葉に、リュカが小さく息を吸った。


(……変だ)


情報は的確すぎる。

だが、感情がなさすぎる。


まるで――

結末が決まっている物語を、

 読み上げているみたいだ。


「分かった」


レインは短く言った。


「動こう」


情報屋は、初めて視線を伏せた。


「……忠告しておく」


「魔道麻薬は、

 使った時点で“選択肢を失う”」


「強くなった気になるほど、

 戻れなくなる」


ミリアが、立ち上がる。


「じゃあ、

 使ってるやつは全員被害者?」


「……さあな」


情報屋の声が、僅かに揺れた。


「被害者か、

 加害者か」


「それを決めるのは――」


視線が、一瞬だけ《非裁定》をかすめる。


「お前たちだ」


酒場を出ると、夜風が冷たい。


「……なんかさ」


ミリアが、歩きながら言った。


「あの情報屋、

 信用できないっていうより――」


「覚悟してる感じがした」


エルドが、言葉を継いだ。


レインは、足を止めずに答える。


「覚悟してる奴ほど、

 嘘は少ない」


「でも――」


ミリアが、拳を握る。


「真ん中を、

 隠す」


誰も否定しなかった。


今夜、売人を捕まえる。

だが、それはまだ入口だ。


魔道麻薬。

規制緩和。

情報屋。


そして――

帝国英雄の、含みのある忠告。


夜は、まだ始まったばかりだった。


張り込み場所は、帝都下層区画のさらに外れ。

倉庫街と呼ぶには寂れすぎていて、

住宅地と呼ぶには無秩序すぎる。


魔導灯は、二つに一つが壊れている。

影の方が多い場所だった。


「……来ないわね」


ミリアが、壁にもたれたまま言う。


「時間は合ってる」


リュカが、懐中時計を閉じる。


「情報屋の言った通りなら、

 あと十分以内に動きがある」


「“言った通りなら”ね」


エルドが低く返す。


「そこが一番信用ならねぇ」


リュカは、少し離れた屋根の上にいた。

視界を広げ、街全体を見下ろしている。


(……静かすぎる)


人はいる。

だが、流れがない。


魔力の脈動が、一定すぎる。


まるで、

街そのものが息を潜めている。


(偶然じゃない)


足音。


一人の男が、路地を抜けてくる。

外套を深く被り、歩き方は落ち着いている。


「……来た」


ミリアが小声で言った。


「一人?」


「いや」


リュカが、別方向を見る。


「周囲に、三。

 見張りだ」


動きは洗練されていない。

だが、素人でもない。


(売人にしては、

 統率が取れすぎてる)


レインは、屋根から降りずに観察を続けた。


男が、倉庫の裏口に近づく。

鍵を使う様子はない。


指先で、軽く壁を叩いた。


――二回、間を置いて一回。


内側から、同じリズムで返事。


「……合図?」


ミリアが、嫌そうな顔をする。


「テンプレすぎない?」


「テンプレは、

 使われ続けるからテンプレになる」


エルドが答える。


倉庫の中に、男が入る。

外で見張る三人が、周囲を警戒する。


レインは、少しだけ魔力を動かした。


探る。

流れる。

――そして、引っかかる。


(……甘い)


魔道麻薬の魔力反応。

だが、濃度が低い。


(保管用じゃない)


(……“見せる用”だ)


「レイン?」


ミリアが、気配で察した。


「中、変?」


「罠じゃない」


レインは、静かに言う。


「……舞台だ」


「舞台?」


「誰かに“捕まえさせる”ための」


沈黙。


リュカが、ゆっくり息を吐く。


「……それでも、

 行くしかないね」


「うん」


ミリアが、杖を軽く握る。


「見過ごしたら、

 それこそ“共犯”だし」


合図は、視線だけ。


同時に動く。


見張りの一人が、何かに気づく前に倒れた。

意識を刈り取るだけの、最小限。


残り二人も、抵抗する暇はない。


倉庫の中――

男が、振り返った。


「……来たか」


驚きは、ない。


「逃げないの?」


ミリアが問いかける。


男は、笑った。


「逃げ道は、

 最初から用意されてない」


床に落ちている小瓶。

割れた箱。


魔道麻薬だ。


「誰から仕入れた?」


レインが聞く。


男は、肩をすくめた。


「……言えると思うか?」


「言えなきゃ、

 ここで終わる」


「それも、

 最初から決まってた」


その言葉に、ミリアが一歩踏み出す。


「ねえ」


声が、怒りを含む。


「あなた、

 誰かの“駒”でしょ」


男は、初めて目を伏せた。


「……家族がいる」


短い言葉。


「だから?」


ミリアが、歯を食いしばる。


「だから、

 誰かを壊していい?」


「……」


答えは、なかった。


その瞬間――

男の体から、魔力が膨れ上がる。


「――っ!」


リュカが叫ぶ。


「自分で、打った!」


魔道麻薬。

即効型。


男の身体が、歪む。


骨が鳴る。

魔力が暴走する。


「……クソ!」


ミリアが、前に出ようとした瞬間。


「待て」


レインの声が、低く止めた。


「まだだ」


「でも――!」


「見ろ」


男の顔は、もう人間じゃない。


だが、

完全な魔物化には至っていない。


中途半端。

無理をした証拠。


「……使い捨てだ」


エルドが、吐き捨てる。


「完全に」


男は、震える声で笑った。


「……ほらな」


「結局、

 こうなる」


「……情報屋は?」


レインが、最後に聞いた。


男は、歪んだ口で答えた。


「……あいつも、

 同じだ」


「逃げられねぇ」


次の瞬間、

男の身体が限界を迎えた。


崩れる。

萎む。

急激な老化。


数秒で、

“生き物”ではなくなった。


倉庫に残ったのは、

壊れた小瓶と、重たい沈黙。


ミリアが、拳を握りしめる。


「……許せない」


リュカは、静かに言った。


「始まったな」


魔道麻薬。

情報屋。

舞台を組んだ“誰か”。


この夜は、

まだ一段目に過ぎない。


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