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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第28章 魔道麻薬編

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残された選択肢

帝都下層区画の外れ。


地図に名前のない路地は、昼でも薄暗い。

夜ならなおさらだ。


建物同士の距離が近すぎて、空が細い。

魔導灯の光は途中で遮られ、地面に届く前に歪む。


「……ここ?」


ミリアが、紙切れに書かれた住所を見下ろした。


「建物番号も、部屋番号もない」


「末端用だな」


リュカが答える。


「住んでること自体を

“存在しない扱い”にするやつ」


エルドは、無言で周囲に視線を走らせていた。

物音はない。

だが、気配が“薄すぎる”。


「……入る」


レインが言う。


扉は、鍵が掛かっていなかった。

押すと、あっさり開く。


中は、狭い。

だが、生活の跡はある。


小さな靴。

欠けた皿。

壁に貼られた、落書きみたいな絵。


「……子ども、いたんだ」


ミリアの声が、自然と低くなる。


「まだ、幼い」


誰も否定しない。


部屋は荒らされていない。

争った痕もない。


それが、逆に不気味だった。


「……連れて行かれた?」


ミリアが、奥の部屋を覗く。


寝台が二つ。

片方は大人用。

もう片方は、小さい。


布団は、整えられたまま。


「急いだ形跡はない」


リュカが言う。


「抵抗も、混乱もない」


「つまり――」


ミリアが、言葉を止める。


エルドが、代わりに続けた。


「“従った”」


沈黙。


誰かが命じ、

誰かが従い、

誰かが守ろうとした。


正しいかどうかを考える余地は、最初からない。


「……情報屋」


ミリアが、床に落ちた紙切れを拾う。


雑に畳まれた、覚え書き。


《約束は守る》

《余計なことはするな》

《時間を稼げ》


短い文。

だが、十分すぎるほどだった。


「……あの人」


ミリアは、唇を噛む。


「最初から、

“戻れない”って分かってたんだ」


レインは、何も言わない。

代わりに、部屋の隅に視線を向ける。


小さな箱。


中には、金貨が数枚と、

雑に折られた紙。


それだけ。


(……逃走資金)


「残していった、って感じじゃない」


リュカが静かに言う。


「“渡された”感じだ」


「……じゃあ」


ミリアが、震える声で言う。


「もう、安全な場所に?」


誰も、すぐには答えられなかった。


希望が、安すぎる。


エルドが、低く言う。


「安全かどうかは別だ」


「生きてはいるかもしれない」


「だが――

選択肢は、もう残っていない」


ミリアが、壁に手をついた。


怒りが、湧いている。

でも、殴る相手がいない。


「……間に合わなかった?」


その問いに、

レインは首を振らない。


だが、肯定もしない。


「まだ、終わっていない」


それだけ言う。


「“連れて行かれた”なら、

移動がある」


「移動には、痕が残る」


リュカが、即座に頷いた。


「遅くなるほど、薄れる」


「……でも」


ミリアが、顔を上げる。


「鋼律隊に知らせたら?」


「早すぎる」


レインの返答は、迷いがなかった。


「今知らせれば、

“保護”じゃなく“処理”になる」


ミリアは、拳を握る。


「じゃあ、私たちが行くの?」


「そうだ」


エルドが、一歩前に出る。


「追う」


「裁かない」


「奪い返す、でもない」


「……ただ、

“消えきる前”に立つ」


部屋の中は、相変わらず静かだ。


生活は、途中で切られている。

でも、壊れてはいない。


それが、いちばん辛い。


ミリアは、最後にもう一度、

小さな寝台を見た。


「……約束、したよね」


誰にともなく言う。


「放っておかないって」


レインは、扉に手をかける。


「約束は、選択じゃない」


「立つか、立たないかだ」


四人は、部屋を出た。


夜の路地は、何も変わっていない。

だが――


確実に、

引き返せない線を越えていた。


路地を抜けた先は、さらに狭かった。


建物と建物の隙間。

通路と呼ぶには無理がある、生活の残り滓みたいな場所。


「……痕、ある」


リュカが、地面にしゃがみ込む。


靴底の擦れ。

荷車の跡。

そして――わざと残したような、乱れ。


「急がせた移動じゃない」


「誘導だね」


ミリアが呟く。


「“追わせる前提”で動いてる」


「追わせて、

追えない地点で切る」


レインは、路地の先を見る。


そこにはもう、街の匂いがない。

物流も、人の流れも、薄くなっている。


「……分岐だ」


三方向に分かれる細道。

どれも、同じくらい曖昧で、同じくらい生活感がある。


「時間は?」


エルドが聞く。


リュカは、短く首を振った。


「分からない。

でも――早くはない」


「……じゃあ」


ミリアが、息を吸う。


「もう、

“守る理由”は終わってる?」


誰も答えなかった。


否定できないからだ。


レインが、一つの道を指す。


「ここ」


理由は言わない。

だが、全員が従った。


その道だけ、

“戻るための痕”が消されている。


先にあったのは、小さな建物だった。


倉庫にも、住居にも見える中途半端な構造。

入口は開いている。


「……嫌な予感しかしない」


ミリアが、小さく言う。


中は、何もなかった。


いや――

何もないように、片づけられていた。


生活の痕は、ある。

だが、人はいない。


棚は空。

布団は畳まれている。

服も、最低限だけが消えている。


「……整理されすぎ」


リュカが言う。


「連れ去りじゃない」


「“移した”」


ミリアの声が、低くなる。


「抵抗させないやり方」


エルドが、奥を見る。


床に、焦げた跡。


「……魔力痕」


「薄い」


レインがしゃがむ。


「暴走じゃない。

“抑制した使用”」


ミリアの背筋が冷える。


「……麻薬、使わせた?」


「可能性は高い」


リュカが続ける。


「怖がらせないために」

「暴れさせないために」


沈黙。


誰も、

それ以上を言わなかった。


部屋の隅に、小さな袋が落ちている。


中には――

子どもの靴。


片方だけ。


ミリアが、それを拾い上げる。


指が、止まる。


「……連れて行くなら」


声が震える。


「両方、持ってくよね」


誰も答えない。


答えは、ここにある。


レインは、袋を閉じた。


「……処理は、終わってる」


その言葉は、断定だった。


「ここから先は、

“存在しない”扱いだ」


ミリアが、ゆっくり立ち上がる。


怒っていない。

叫びもしない。


ただ、

目の奥が、静かに変わっていた。


「……あの人」


「自分が捕まったら、

こうなるって分かってたんだね」


エルドが、低く言う。


「だから、時間を稼いだ」


「俺たちに、託した」


「……でも」


ミリアは、拳を開いた。


「間に合わなかった」


「それでも、終わりじゃない」


レインの声は、静かだ。


「誰も裁かない」


「誰も断罪しない」


「だが――

ここで止まる理由も、ない」


リュカが、深く息を吐く。


「この流れ、

末端だけじゃ成立しない」


「上は、まだいる」


「でも――」


ミリアが、はっきり言った。


「今は、名前はいらない」


全員が、彼女を見る。


「誰がやったかじゃない」


「どうやって、

“選択肢を消したか”を、追う」


レインは、短く頷いた。


「それでいい」


外で、遠く足音が聞こえた。


巡回か。

それとも――次の段階か。


エルドが、出口に立つ。


「長居はできない」


「……帰ろう」


ミリアが、最後に部屋を振り返る。


何もない。

だが、確かに“ここに人はいた”。


「……忘れない」


誰に言うでもなく、そう呟く。


《非裁定》は、建物を出た。


救えなかった。

間に合わなかった。


だが。


選択肢が消された瞬間を、

見なかったことにはしない。


それだけを胸に、

夜の帝都を歩き出した。


夜明け前の帝都は、いちばん音が少ない。


下層区画の外れ。

さっきまで人の気配があったはずの路地に、

規則正しい足音が入ってきた。


四人一組。

歩幅は揃い、視線は分散されている。


帝国御用達冒険者パーティ――

鋼律隊(こうりつたい/アイアン・コード)。


先頭に立つ男が、足を止めた。


「――ここまでだ」


低く、だがよく通る声。


隊長

《カイル=ヴァンロック》(男)


冷静な目で、現場を一瞥する。

家屋。魔力痕。整理された内部。

既に“起きたこと”を、感情抜きで把握している。


「副隊長」


隣に立つ女が、即座に応じた。


副隊長

《セレナ=リィス》(女)


「魔力痕は抑制型。暴走ではありません」

「誘導移動。家族は……既に不在」


「確度は?」


「高いです。

“保護”ではなく、“移送”ですね」


淡々とした会話。


その後ろで、腕を組んだ男が舌を鳴らす。


前衛

《ドラン=ハルバード》(男)


「……また、後手か」

「命令があれば、追える距離だ」


「命令はない」


カイルは即答した。


「ここは、処理後だ」


最後尾で、穏やかな声が続く。


後衛/支援

《ミレイア=トーン》(女)


「被害は最小限。

周囲への影響も抑えられています」


「……ただし」


視線が、ゆっくり《非裁定》へ向く。


「“誰が”抑えたのかは、未記録ですね」


レインは、前に出ない。

言い訳もしない。


ミリアは、一瞬だけドランと視線がぶつかり、すぐ逸らした。

衝突の気配はある。

だが、今は火が点かない。


エルドは、盾を下ろしたまま、動かない。

押し返さない。

場を止めるだけ。


リュカが、一歩横にずれて全体を見る。

誰も“構えない”ことを確認する。


カイルが、レインを見る。


非裁定ノーリトリート

「この現場、君たちが先に入ったな」


「入った」


レインは、それだけ答えた。


「判断は?」


「していない」


セレナが、わずかに眉を動かす。


「……それは、

判断を放棄したという意味ですか?」


「違う」


レインは首を振る。


「判断を、ここに残した」


沈黙。


ドランが、不快そうに鼻を鳴らす。


「分からねぇ言い方だな」

「現場は迷う場所じゃない」


「迷いは、現場で完結させるものではない」


カイルが、ドランを制した。


「……それが、彼らのやり方だ」


ミレイアが、静かに続ける。


「壊さない努力、ですね」


その言葉に、エルドが一瞬だけ視線を向ける。

何も言わないが、否定もしない。


セレナは、記録具を閉じた。


「この件は、鋼律隊が引き継ぎます」

「既に“正しく”処理されていますから」


ミリアが、思わず口を開く。


「……正しく?」


セレナは、迷いなく頷いた。


「帝国法に照らし、

最小被害で終結しています」


「家族は?」


ミリアの声は、低い。


「追跡は?」


カイルが答える。


「命令が下りれば、動く」

「だが――」


一拍、置く。


「今は、下りない」


空気が、張る。


ドランが一歩踏み出しかけるが、止まる。


「……以上だ」


カイルは、視線をレインに戻す。


「君は危険ではない」

「だが――」


「非規格だ」


その評価に、ミリアが小さく息を吐く。

エルドは、動かない。


リュカは、静かに頷いた。


「理解しました」


セレナは、最後にレインを見る。


「……責任を、制度に返していない」

「あなたは、そういう人ですね」


返事はない。


それでも、否定もしなかった。


鋼律隊は、現場を引き継ぐ。

足音は、来た時と同じ規則で、去っていった。


路地に残ったのは、

《非裁定》の四人だけ。


ミリアが、ようやく息を吐く。


「……正しいって、何なんだろ」


エルドが答えない代わりに、前に立つ。


「分からなくていい」

「壊さなかった。それで十分だ」


レインは、夜明け前の空を見る。


「正しさは、まだ残っている」


「だから――」


一歩、前に出る。


「次も、引かない」


非裁定ノーリトリート》は、歩き出した。


正しく処理された後に、

それでも残った“空白”を追うために。


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