規定値上昇、親善終了
結界が、低く唸った。
音としては微かなはずなのに、
闘技場にいる全員が「聞いてしまった」と理解した音だった。
「――結界反応、上昇!」
記録官が叫ぶ。
「規定出力、第二段階に移行!
……って、誰が許可出した!?」
返答はない。
代わりに、
ヴァルハルト=レオンの大剣が、地面を削りながら振り抜かれた。
「おらァ!」
重い。
最初から最後まで“重さ”しかない一撃。
だが、ただ重いだけじゃない。
剣筋が、妙に通っている。
グラディウス=フェルツは、それを正面から受けなかった。
受ける直前で、わずかに剣をずらす。
《戦域最適化》。
ヴァルハルトの踏み込み角度。
重心移動。
筋肉の連動。
すべてを「最短で無力化する位置」へ誘導する。
「……っ」
ヴァルハルトの剣が、空を切った。
「またそれかよ!」
「最短だ」
グラディウスの剣が、返す。
速い。
模擬戦の“許容速度”を、確実に越えている。
金属音が弾け、火花が散る。
観客席から、悲鳴に近い息が漏れた。
「おいおい……」
ライザ=クロウデルが、歯を鳴らす。
「完全に“勝ちに来てる”動きだぞ」
「違う」
隣でノインが首を振る。
「“負けないための動き”だ」
その言葉が、妙に重かった。
ヴァルハルトが、踏み込みを止める。
一瞬だけ、笑みが消えた。
「なぁ、グラディウス」
「何だ」
「お前さ」
大剣を肩に担ぎ直す。
「“俺がどう動くか”より先に、
“俺が失敗する形”を作ってないか?」
グラディウスは、即答しなかった。
剣を構えたまま、ほんの一拍。
「――無駄を排除しているだけだ」
「それを“操作”って言うんだよ」
ヴァルハルトの目が、鋭くなる。
「選択肢を残せ」
「残す必要がない」
その瞬間、
ヴァルハルトの大剣が、明確に“狙い”を変えた。
《最適化》の外側。
わざと、無駄な角度。
わざと、非効率。
「だったら!」
地面を蹴る。
「無駄で殴る!」
衝突。
結界が、悲鳴を上げた。
「結界耐久、低下!」
医療班が一斉に身構える。
同時に。
反対側の円。
光が、軋んでいた。
イリス=アークライトの光は、もはや“眩惑”だけじゃない。
空間全体を揺らし、観客席の反射光すら巻き込んでいる。
対するセシリア=ノクティス。
《聖規光輪ホーリー・オーダー》が、三重に展開されていた。
「……これ以上は危険です」
セシリアの声は、まだ穏やかだ。
だが、穏やかすぎる。
「危険なのは――」
イリスが、杖を強く握る。
「あなたの“安全”よ」
光が、真正面からぶつかる。
白と白。
同質だからこそ、拒絶する。
「あなたは!」
セシリアの声が、初めて強くなる。
「“選ばせる”と言いながら、
最も不安定な選択を人に強いている!」
「違う!」
イリスが叫ぶ。
「“選ばせない”のが、あなたでしょ!」
《聖規光輪》が、周囲へと広がる。
観客席の人間が、無意識に後退する。
恐怖ではない。
“正しい判断”だと、体が理解してしまう。
「……っ」
イリスの表情が歪む。
「それ、気持ち悪い」
「救済です」
「違う!」
イリスが、光量をさらに上げる。
「それは――」
杖を振り上げる。
「“安心という名の檻”よ!」
光が、爆ぜた。
結界の内側で、白い衝撃が走る。
「停止!」
立会人が叫ぶ。
「停止だ! これは模擬戦だぞ!」
誰も、止まらない。
帝国側の外縁。
ユリウス=クラウゼンが、冷静に一歩前へ出る。
「違反を確認」
指を上げる。
「未承認高位魔術、複数展開。
観客席への影響、発生」
ノイン=フェルツが、歯を食いしばる。
「……だから言っただろ」
「言っていない」
「言った気がする!」
ノインは、両手を広げた。
召喚陣が、半自動で展開される。
「こっちも止める!
強制遮断用の――」
「停止」
ユリウスの声が、被せる。
《帝国裁断インペリアル・ヴァーディクト》。
光が落ちる。
召喚陣が、強制的に分解された。
「……は?」
ノインが固まる。
「おい、今の――」
「法令違反だ」
ユリウスは、淡々と告げる。
「模擬戦であっても、
未承認存在の介入は違法」
「だから遮断用だって言ってんだろ!」
「理由は関係ない」
ノインの拳が、震える。
「……お前さ」
低く言う。
「“止める”って言葉を、
一番暴力的に使うよな」
「必要な暴力だ」
即答。
そのやり取りを、
帝国英雄の象徴――レオニス=アウグストが見ていた。
表情は変わらない。
だが、一歩、前へ出る。
それだけで、空気が変わる。
「……ここまでだ」
低い声。
だが、よく通る。
ヴァルハルトとグラディウスの剣が、同時に止まる。
イリスとセシリアの光が、わずかに緩む。
「親善模擬戦の域を越えた」
レオニスは、全体を見渡す。
「これ以上は――」
「待て」
王国側から、別の声。
ライザ=クロウデルが、前に出た。
「それ、帝国が言う?」
レオニスの視線が、ライザを捉える。
「貴方方も、制御を失っている」
「違うな」
ライザは、肩をすくめる。
「“制御されるのを拒否してる”だけだ」
場が、静まる。
「……英雄とは」
レオニスが言う。
「制度を信じ、背負う存在だ」
「王国の英雄はな」
ライザは、にやりと笑った。
「制度が人を潰しそうなら、
制度の方を疑う」
その言葉に、
観客席の空気が、ざわりと揺れた。
そして。
闘技場の外側。
誰も戦っていない場所。
《非裁定》は、動かない。
ミリアが、小さく息を吸う。
「……これ、もう」
「うん」
エルドが答える。
「“模擬”じゃない」
レインは、黙って見ていた。
剣。
光。
法。
規範。
最適化。
すべてが、
「正しい形」でぶつかっている。
だからこそ――
誰も、引けない。
レインは、静かに思う。
(ほら)
(選ばせる正義は、
こうやって――)
(人を、追い詰める)
結界が、再び鳴った。
次に動くのは、
誰か。
それはもう、
立会人でも、王でも、皇帝でもない。
英雄自身だ。




