口論の末に、均衡(そうこう)は剣を選んだ
王都外縁、白石の広場。
本来なら、ただの通過点のはずだった。
だが今日は違う。
《非裁定》の一行の前後を、
帝国御用達冒険者パーティ――**鋼律隊**が固めていた。
「……護衛、厚すぎない?」
ミリアが、半眼で後方を見る。
そこには、隊列を一切乱さない鋼律隊。
その中心に立つのは、隊長――カイル=ヴァンロック。
「規定通りだ」
カイルは淡々と言った。
「王都内における非正規勢力の移動には、
準軍事監督が付く。例外はない」
「非正規って言われた」
ミリアが即座に噛みつく。
「私たち、王国公認なんだけど?」
「王国の認可と、帝国の規定は別だ」
横から、副隊長のセレナ=リィスが皮肉混じりに口を挟む。
「それに……あなたたち《非裁定》は、
“選ばせない”行動を取る」
視線が、まっすぐレインに向く。
「制度にとって、一番扱いにくい」
空気が、わずかに張り詰めた。
「……それ、褒めてないよね」
ミリアが言う。
「評価だ」
カイルは即答した。
「危険ではない。
だが、規格外だ」
エルドが、静かに一歩前に出る。
「で? 護衛の名目で囲って、
次は何だ。進路指定か?」
「当然だ」
今度は前衛のドラン=ハルバードが言った。
「命令があるなら、迷わない。
迷う奴は、現場を壊す」
「……ほんと分かり合えない」
ミリアが吐き捨てる。
その時だった。
「やめよう」
レインが、前に出た。
鋼律隊の視線が、一斉に集まる。
「護衛も監督も理解してる」
静かな声だった。
「でも、このまま進んでも、
俺たちは何も決められない」
カイルが、眉をひそめる。
「決定権は、上にある」
「だから行く」
レインは、はっきり言った。
「王と、皇帝のところへ」
一瞬、沈黙。
「……直談判、か」
セレナが小さく笑う。
「無謀ね」
「ううん」
レインは首を振る。
「無謀なのは、
選択肢があるふりを続けることだ」
その言葉に、鋼律隊の後衛――ミレイア=トーンが、かすかに目を伏せた。
「……カイル」
彼女が、静かに言う。
「この人たち、壊そうとしてない」
「分かっている」
カイルは答えた。
「だからこそ厄介だ」
彼は、レインを見る。
「だが、直談判は前例がない」
「前例は作るものだ」
レインは即答した。
「拒否されるなら――」
一拍。
「その時は、
**蒼衡**に任せる」
その名が出た瞬間、空気が変わった。
「……アズール・バランスか」
ドランが低く唸る。
帝国と王国、双方に認められた“均衡の代理”。
戦争を止めるために、戦う存在。
「話が早いな」
背後から、落ち着いた声が響いた。
青を基調とした装束。
長槍を携えた男――セイン=ヴァルクス。
蒼衡のリーダー。
「口論で終わらせる気は、最初からないんだろ?」
レインは、振り返る。
「ええ」
「なら決闘だ」
セインは、あっさり言った。
「王と皇帝に直談判する資格を、
剣で示せ」
ミリアが、思わず笑った。
「話、早すぎない?」
「均衡は、
言葉だけじゃ動かない」
セインは肩をすくめる。
「安心しろ。殺し合いじゃない」
視線が、鋼律隊へ。
「そしてこれは、
敵対じゃない」
カイルが、一歩前に出る。
「確認する」
「何を?」
「これは、秩序を壊すための戦いか?」
レインは、即答した。
「違う」
「壊さないためだ」
その言葉に、カイルは一瞬だけ目を閉じ――
「……護衛任務、ここまでだ」
そう告げた。
鋼律隊が、一斉に道を開く。
「勝て」
それが、彼なりの譲歩だった。
レインは、蒼衡の面々を見る。
均衡を選ぶ者たち。
選ばせるために、切り捨てる者たち。
「……行こう」
《非裁定》は、
言葉ではなく、場で答えを示しに行く。
夜は、思ったより静かだった。
決闘を翌日に控えた野営地。
焚き火の火は低く、誰も大声を出さない。
《非裁定》と
蒼衡は、距離を保ったまま同じ空を見ていた。
敵ではない。
だが、仲間でもない。
その曖昧さが、夜を重くする。
「……不思議だね」
最初に口を開いたのは、ミリアだった。
「明日、剣を交える相手と、
こうして同じ火を見てるの」
向かい側、蒼衡の後衛――ユール=セティアが、柔らかく笑う。
「均衡の仕事は、いつもそんなものです」
「割り切れる?」
ミリアの問いに、ユールは少し考えた。
「割り切ってはいません。
ただ……慣れただけです」
その言葉に、ミリアは小さく息を吐く。
「それ、一番怖いやつだ」
少し離れた場所では、
エルドと蒼衡の前衛――ガラン=ディオルが、無言で剣を手入れしていた。
同じ大剣。
同じ重心。
だが、手つきが違う。
「なあ」
エルドが、ぽつりと言う。
「お前の剣、
迷いがないな」
ガランは、顔も上げずに答えた。
「迷うものは、切り捨てる」
「……自分もか?」
「危険と判断すれば、当然だ」
即答だった。
エルドは、それ以上聞かなかった。
聞いてしまえば、
自分の剣が鈍る気がしたからだ。
焚き火の反対側。
レインは、蒼衡のリーダー――セイン=ヴァルクスと向かい合っていた。
言葉を選ぶ必要はない。
互いに、それを理解している。
「君たちは、選ばせない」
セインが、静かに言う。
「選択そのものを、壊す」
「違う」
レインは首を振った。
「“操作された選択”を、壊す」
セインの目が、わずかに細くなる。
「結果は同じだ」
「同じじゃない」
レインは、譲らない。
「均衡は、
“最も被害が少ない未来”を選ぶ」
「その時、切り捨てられた未来は?」
セインは、少しだけ黙った。
「……存在しなかったことになる」
「それが嫌なんだ」
レインは、焚き火を見る。
「選ばれなかった可能性を、
最初から“無かった”ことにするのは」
「それでも世界は回る」
「回るよ」
レインは、認めた。
「でもそれは、
誰かの上に立って回る世界だ」
沈黙。
風が、火を揺らす。
「君は、世界を信じすぎだ」
セインが言う。
「人は、選択を誤る」
「だから壊す?」
「だから誘導する」
セインは、はっきり言った。
「均衡は、
“選ばせるふり”をして、秩序を作る」
レインは、静かに答える。
「俺たちは、
“選べない状況”を、露わにする」
「それで?」
「王と皇帝に突きつける」
「制度は、万能じゃないって」
セインは、しばらくレインを見てから、苦笑した。
「厄介だな」
「よく言われる」
その時、セレナ=リィスが、鋼律隊の陣からこちらを見ていた。
隣には、カイル=ヴァンロック。
「……勝っても、楽にはならないぞ」
カイルが、低く言う。
「分かってる」
レインは答えた。
「楽になるために、
立ってるわけじゃない」
カイルは、それ以上何も言わなかった。
彼なりに、答えを受け取ったのだろう。
夜が、深くなる。
誰もが知っている。
明日の剣は、
勝敗以上のものを、切り分ける。
均衡か。
非裁定か。
選ばせる世界か。
選べない現実を晒す世界か。
その境界線は、
もう引かれていた。
あとは――
踏み込むだけだ。
夜明けは、唐突だった。
誰かが起こしたわけではない。
合図もない。
ただ、空の色が変わった。
焚き火はすでに熾火になり、
煙だけが細く立ち上っている。
蒼衡の陣が、静かに動き出す。
誰も声を出さない。
だが、全員が同じ方向を向いていた。
白石の広場。
均衡が試される場所。
「……来たな」
ガラン=ディオルが、大剣を担ぎ直す。
「逃げない」
エルドが短く返す。
「逃げる理由がない」
ミリアは、欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。
「朝イチで決闘とかさ、
もうちょい雰囲気ってもんが――」
「それは均衡じゃない」
ユール=セティアが、穏やかに遮る。
「時間帯も、感情も、
判断には不要です」
「……あ、はい」
ミリアは一瞬だけ黙った。
鋼律隊も、距離を保ったまま動いていた。
護衛ではない。
監督でもない。
“立ち会い”だ。
カイル=ヴァンロックは、
広場の端で足を止める。
「ここから先は、記録対象だ」
誰に言うでもなく、そう告げた。
セレナ=リィスが、苦笑する。
「どっちが勝っても、
面倒な報告書になるわね」
「最初からだ」
カイルは淡々と返す。
白石の広場に、
蒼衡と《非裁定》が向かい合う。
距離、二十歩。
剣は抜かれていない。
魔力も、まだ動いていない。
だが――
もう始まっている。
セイン=ヴァルクスが、一歩前に出た。
「確認する」
その声は、広場全体に通る。
「これは、
均衡を守るための決闘だ」
視線が、レインに向く。
レインは、ゆっくりと頷いた。
「違う」
一拍。
「これは、
均衡が“選ばせているもの”を、
表に出すための場だ」
セインは、わずかに笑った。
「やはり、厄介だ」
「言っただろ」
レインも、笑う。
剣の柄に、手をかける。
「俺たちは、
選ばない」
「でも――」
視線が、王都の方角へ向く。
「見せることはできる」
風が、広場を吹き抜けた。
白石の上に、
二つの思想が、並び立つ。
均衡か。
非裁定か。
その答えは、
もう言葉じゃない。
「――始めよう」
セインの声と同時に、
世界が、
一歩だけ前に出た。




