残った場所
帝国は、静かだった。
暴動もない。
祝賀もない。
制度は、いつも通り動いている。
再編区域の境界線は、引き直された。
だが、前より少しだけ――曖昧だ。
理由は、どこにも書かれていない。
⸻
《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、
任務から外されていた。
処分ではない。
評価でもない。
「待機」
それだけだ。
「……切られてないけど、
使われてもいないね」
ミリアが、ぼそっと言う。
怒ってはいない。
拗ねてもいない。
ただ、事実を確認しているだけだ。
「一番、
扱いづらい位置だ」
リュカが答える。
「制度にとってはね」
エルドは、盾を磨いている。
前線に立つ必要はない。
だが、しまってもいない。
「……前に出なくていいのは、
楽だな」
そう言ってから、
少しだけ黙る。
「楽すぎる」
レインは、窓の外を見ていた。
帝国の街は、今日も整っている。
人は歩き、
商いは続き、
誰も空を見上げない。
《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》は、
静かだ。
呼ばれていない。
だが、消えてもいない。
「……皇帝から、
何も言われてないね」
ミリアが言う。
「うん」
レインは、頷く。
「多分、
言えないんだと思う」
「何を?」
「“正しかった”とも、
“間違ってた”とも」
沈黙。
それは、
この章の結論だった。
リュカが、記録帳を開く。
久しぶりに。
「……書けることは、
少ない」
「でも」
ペンを走らせる。
「削れなかった場所は、
残った」
エルドが、顔を上げる。
「俺たちのことか?」
「いや」
リュカは、首を振る。
「判断を、
一度止めた場所だ」
「裁定不能ってやつ?」
「そう」
ミリアが、少し笑う。
「嫌われるやつね」
「うん」
リュカも、笑う。
「でも、
消されなかった」
その事実は、
小さい。
だが――
確かに、世界に残った。
夜。
レインは、一人で外に出る。
風が、冷たい。
ふと、
どこかで聞いた声を思い出す。
――やっぱり、後味悪いねぇ。
バル婆は、もういない。
だが、
掃除だけは済ませていった。
「……終わった、のかな」
誰にともなく、呟く。
答えはない。
だが、
次に進める程度には――
空気は澄んでいた。
翌朝。
新しい任務書が、
机に置かれている。
帝国名義ではない。
世界機関でもない。
差出人不明。
内容は、短い。
判断不能事例
現場観測のみ
裁定不要
ミリアが、紙を覗き込む。
「……これさ」
「私たち向けじゃない?」
エルドが、息を吐く。
「逃げ場がないな」
リュカが、記録帳を閉じる。
「書く場所は、ある」
レインは、紙を手に取る。
《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、
選ばない。
だが――
呼ばれる場所が、確実に増えている。
「行こう」
それだけ言って、
レインは歩き出す。
帝国は、守られている。
制度は、続いている。
それでも。
裁定できない場所は、
消えなかった。
そしてそこに、
彼らが立つ。
判断しないまま、
前線に。




