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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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正しく流れる利益

異変は、報告書ではなく帳簿に出た。


帝国財務局。

再編区域関連予算の照合中。


「……おかしいな」


若い官吏が、首を傾げる。


「救助費用が、

 減ってる?」


減るはずがない。


再編区域は拡張された。

管理人員も増えた。

即時対応費も、前倒しで支出されている。


それなのに――

現場対応費だけが、削れている。


「節約、ですか?」


隣の官吏が聞く。


「……いや」


若い官吏は、数字をなぞる。


「削減じゃない。

 転送だ」


流れ先を追う。


中間口座。

合法。

だが用途が曖昧。


「この名目……

 “外部安定化対策”?」


聞いたことはある。

だが、詳細は知らされていない。


「……宰相府直轄?」


その瞬間、

背後の空気が変わる。


「その先は、

 見る必要はありません」


声は、穏やかだった。


振り返ると、

監査権限を持つ上官が立っている。


「公式説明では、

 再編区域の長期安定化投資です」


「でも、

 支出先が……」


「合法です」


即答。


「手続きも、

 裁定も、

 すべて揃っている」


若い官吏は、口を閉じる。


揃っている。

それが、

一番厄介な言葉だった。


その頃。


別の場所で、

同じ数字を見ている者がいた。


「……これは」


レオニス=アウグストは、

資料から目を上げる。


帝国英雄。

だが今日は、剣を持っていない。


「再編区域で、

 人が減ってる」


副官が答える。


「避難、ではありません。

 “確認不能”扱いです」


「死者数は?」


「増えていません」


「……救助数は?」


「減っています」


沈黙。


数字は、

嘘をつかない。


「……宰相は?」


「制度は正常、

 との回答です」


レオニスは、

深く息を吸う。


「正常な制度で、

 救助が減る?」


誰にも、答えられない。


「……非裁定は?」


「現場に出ています」


「止められている?」


「囲われています」


レオニスは、

はっきり言った。


「それは、

 利用されている」


副官が、息を呑む。


「英雄が、

 そんなことを言えば――」


「だから言わない」


レオニスは、資料を閉じる。


「だが、

 見なかったことにはしない」


立ち上がる。


「皇帝陛下には、

 数字をそのまま出す」


「宰相の要約は、

 一切いらない」


それは、

彼にとって越線だった。


だが――

剣を抜くより、重い決断。


同じ頃。


宰相府の奥。


宰相は、

一通の報告を受け取っていた。


「……数字を追われています」


報告役が、低く言う。


宰相は、微笑む。


「追わせておけ」


「数字は、

 嘘をつかない」


一拍。


「だからこそ、

 使える」


机の上には、

同じ帳簿。


救助が減り、

安定化資金が増える。


「秩序は、

 安くつく」


宰相は、静かに言う。


「人が、

 声を上げなくなればな」


窓の外、

帝国は今日も静かだった。


だがその静けさは、

誰かの不在の上に成り立っている。


それを、

数字だけが知っていた。


皇帝の執務室は、昼でも静かだった。


窓は開いている。

光も入っている。

だが、空気は重い。


「……英雄自ら、とは珍しいな」


皇帝は、そう言ってレオニスを見る。


「剣は持っていないな」


「今日は、必要ありません」


レオニス=アウグストは、

一礼してから答えた。


その手には、

一冊の資料。


装丁も、印章もない。

要約されていない数字の束。


「宰相の報告は、もう受け取っている」


皇帝は言う。


「制度は正常。

 再編は順調。

 被害は最小限」


レオニスは、頷いた。


「その通りです」


即答。


否定しない。


「では、

 何を持ってきた?」


皇帝の視線が、鋭くなる。


レオニスは、資料を開く。


「同じ数字です」


「ただし、

 並び順が違います」


一枚目。


再編区域の推移。

人口。

避難完了率。


「……減っているな」


「はい」


レオニスは、淡々と続ける。


「死者ではありません」


「行方不明でもありません」


「“確認不能”です」


皇帝の指が、止まる。


「確認不能?」


「制度上、

 存在しない扱いになる数です」


二枚目。


救助件数。

対応速度。

成功率。


「……減っている」


「はい」


「管理は強化されたはずだ」


「その通りです」


レオニスは、

次の紙を差し出す。


「だから、

 ここが増えています」


安定化対策費。

外部対策費。

再編促進予算。


皇帝は、

言葉を失う。


「……これは」


「合法です」


レオニスが、先に言った。


「すべて、

 正しい裁定を通っています」


「だが」


一拍。


「人が減り、

 救助が減り、

 金だけが増えている」


沈黙。


皇帝は、

ゆっくりと椅子にもたれた。


「宰相は、

 こうした数字を?」


「要約しています」


レオニスは、はっきり言う。


「“成果”として」


「……君は、

 どう見る?」


皇帝の問いは、

英雄としてではなく、

一人の人間としてのものだった。


レオニスは、

少しだけ言葉を選ぶ。


「制度は、

 人を守るためにあります」


「ですが」


視線を上げる。


「人を数えなくなった瞬間、

 制度は

 誰のものか分からなくなる」


皇帝の手が、

膝の上で固くなる。


「……非裁定は?」


「現場にいます」


「守られている?」


「囲われています」


短い沈黙。


皇帝は、

目を閉じた。


「……私は」


ゆっくり言う。


「切らないと、

 決めた」


「はい」


「だが」


目を開く。


「切らないことで、

 別のものが

 切られているのなら」


言葉が、止まる。


それは、

裁定になりかけていた。


レオニスは、

一歩引く。


「私は、

 決断を求めに来たわけではありません」


「ただ」


資料を、

静かに机に置く。


「要約されていない現実を、

 見ていただきたかった」


皇帝は、

その資料に手を伸ばす。


指先が、

ほんの僅か、震えた。


「……宰相を」


言葉を、

途中で止める。


「いや」


首を振る。


「まだだ」


だが。


その“まだ”は、

時間切れの前兆だった。


レオニスは、

深く一礼する。


「以上です」


扉が閉まる。


皇帝は、

一人残される。


机の上には、

数字。


要約されていない、

切れない現実。


そして、

静かに呟いた。


「……次は」


「誰が、

 制度の外から来る?」


その問いに、

まだ答えはない。


だが――

答える者は、すでに動いている。


宰相が“外”に連絡を取ったのは、夜だった。


誰にも見せない通路。

誰にも残らない記録。


帝国の制度が、

唯一、届かない場所。


「……想定より早い」


影の中から、声がした。


人の形をしている。

だが、人ではない。


魔族。


「約束が違う」


宰相は、感情を殺した声で言う。


「混乱は最小限に抑えるはずだった」


「抑えているじゃないか」


魔族は、笑う。


「数字は安定している。

 秩序も保たれている」


「人が、

 声を上げ始めている」


宰相は、即答する。


「それは想定外だ」


魔族は、肩をすくめた。


「想定外は、

 君の得意分野だろう?」


その言葉に、

宰相の表情が僅かに歪む。


「……皇帝が動いた」


「英雄が数字を持ち出した」


「《非裁定》も、

 囲い切れていない」


魔族の目が、細くなる。


「つまり?」


「……次は、

 表に出る」


宰相は、初めて弱音を吐いた。


「ここで混乱が起きれば、

 制度ごと壊れる」


「だから」


一拍。


「お前たちが、

 “片付けろ”」


沈黙。


魔族は、しばらく宰相を見つめてから、

静かに言った。


「……君は、

 まだ分かっていない」


「何がだ」


「君は、

 もう切られている」


宰相の背筋に、

冷たいものが走る。


「帝国は、

 “責任を取らない存在”を

 最も嫌う」


「そして君は、

 責任を引き受けすぎた」


魔族が、一歩近づく。


「助けを求めた瞬間、

 君は制度の外だ」


「だから――」


その時だった。


「……あーあ」


間の抜けた声が、

闇を切った。


「やっぱり、

 ここにいた」


宰相も、魔族も、

同時に振り向く。


そこにいたのは、

年老いた女。


杖。

ぼさぼさの髪。

笑えないほど、軽い佇まい。


「……誰だ」


魔族が、警戒する。


「失礼ねぇ」


女は、肩をすくめる。


「名乗るほどでもないけど」


一拍。


「バルドゥ=ネブラ。

 星読みの婆。

 魔導税金取り」


宰相の顔色が、

一気に変わる。


「……なぜ、ここに」


「簡単よ」


バル婆は、杖で床を叩く。


「数字の匂いが、

 魔族臭かった」


魔族が、低く唸る。


「人間の婆が、

 首を突っ込む話じゃない」


「そうね」


バル婆は、あっさり頷く。


「だから、

 魔族ごと片付ける」


宰相が、思わず声を上げる。


「待て!」


「私は――」


「分かってる分かってる」


バル婆は、面倒そうに手を振る。


「正義のつもりだったんでしょ」


「制度を守って、

 人を守って」


一歩近づく。


「でもね」


声が、冷える。


「助けを求めた時点で、

 あんたは

 自分の制度を信じなかった」


宰相は、言葉を失う。


それは、

誰にも言われなかった言葉だった。


「魔族も、あんたも」


バル婆は、杖を掲げる。


「“制度の隙間”を

 食い物にした」


「だから」


一閃。


魔族の姿が、

音もなく崩れ落ちる。


断末魔すらない。


存在ごと、

“収支ゼロ”にされた。


宰相は、膝をついた。


「……私は」


声が、震える。


「帝国のために――」


「知ってる」


バル婆は、背を向ける。


「だから、

 裁かれない」


「でも」


振り返らずに言う。


「切られる」


それだけ。


翌朝。


宰相は、

“職務過多による引退”として処理された。


罪状は、ない。

裁判も、ない。

責任追及も、ない。


正しく、

何も残らなかった。


皇帝は、

何も言わなかった。


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》も、

呼ばれなかった。


ただ一つ。


再編区域の“外部安定化費”が、

忽然と消えた。


数字だけが、

静かに整った。


そしてどこかで、

バル婆が呟く。


「……ふう」


「やっぱり、

 人間の話は

 後味が悪いねぇ」


こうして、

帝国編の“核”は終わる。


勝者はいない。

救済もない。


ただ――

裁定に頼り切った世界が、

一度だけ息切れした


それだけの話だ。


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