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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第16章 旅の始まりと、名を騙る者たち

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英雄が戻った気がした

最初に異変に気づいたのは、バルク自身だった。


朝、剣を握った瞬間。

手の中の重さが、昨日と違った。


「……?」


力が戻った、というほど明確ではない。

だが、確かに――

抜け落ちていた感覚が、噛み合っている。


踏み出す一歩。

腰の捻り。

呼吸の通り。


どれも、若い頃には遠く及ばない。

それでも。


「……動く」


呟いた声は、震えていなかった。


集落の外れで、小さな騒ぎが起きていた。

代行者ギルドの一団が、また来ているという。


「話はついている」

「英雄の名の下に、我々が仲裁する」


聞き慣れた口上。

聞き飽きた、正義の形。


バルクは、自然と足を向けていた。

考えるより先に、身体が動く。


(……戻った)


理由は分からない。

だが、今なら。


代行者ギルドの男たちは、バルクの姿を見ると一瞬だけ言葉に詰まった。


「……あんたは」


「元英雄だろ?」


「もう、現役じゃないはずだ」


バルクは、剣を抜かない。

ただ、前に立つ。


「俺がいる」


それだけ言った。


空気が、変わる。


住民たちが、ざわめいた。

恐怖と期待が、同時に膨らむ。


代行者ギルドの男が、苛立ちを隠さずに言う。


「英雄気取りか?」


「もう、あんたの時代じゃない」


その言葉に――

胸の奥で、何かが微かに応えた。


(……そうだ)


(だが)


(今は、違う)


バルクは、一歩踏み出す。


「問題は、解決する」


「俺がいる限り、ここは荒れない」


代行者ギルドの男が、舌打ちする。


「脅しか?」


「違う」


バルクは、即答した。


「抑止だ」


次の瞬間。


代行者ギルドの男が、床に転がっていた。

殴った。

剣も魔法も使っていない。


ただ、力でねじ伏せた。


――迷いはなかった。


周囲が、静まり返る。


恐怖。

だが、それだけじゃない。


(……やっぱりだ)


胸の奥で、熱が広がる。


(前に立つと、静かになる)


(混乱が、止まる)


(俺が――必要とされている)


立ち上がろうとする男に、バルクは言う。


「帰れ」


「次は、殴るだけじゃ済まない」


代行者ギルドは、撤退した。

理由は単純だ。


英雄だった男が、英雄のやり方で立っていたから。


住民たちが、ざわめきながら近づいてくる。


「……助かった」

「さすがだ」

「やっぱり、英雄は違う」


その言葉が、胸に刺さる。


痛みではない。

快感だ。


(……これだ)


(この感覚だ)


その時、耳の奥で――

あの“気配”が、微かに笑った。


(良いだろう)


(誰も、傷ついていない)


(誰も、否定していない)


(ただ、結果が出ただけだ)


バルクは、深く息を吸う。


「……ああ」


誰にともなく、答える。


「俺は、間違ってない」


剣を鞘に収める。

手の震えは、もうない。


その背中を、遠くから見ている者がいた。


《非裁定ノーリトリート》は、まだ動かない。


だが、レインは理解していた。


――これは、救いだ。

――同時に、依存の始まりだと。


それから数日、バルク=ディアロスは留まった。


集落に命じられたわけでも、依頼されたわけでもない。

ただ——

自分がいれば、問題は起きない

その感覚が、身体から離れなかった。


代行者ギルドは、露骨な介入を控えた。

だが、完全に消えたわけではない。


周辺の村で起きた小競り合い。

土地の権利争い。

些細な盗難。


「英雄の名を出される前に、俺が行く」


誰に言うでもなく、バルクは動いた。


結果は、いつも同じだった。


前に立つ。

名を名乗る。

必要なら、力を使う。


剣は抜かない。

殺さない。

ただ、従わせる。


それだけで、事は収まった。


住民たちは、次第に彼を待つようになった。


「また来てくれた」

「やっぱり、英雄は違う」

「この人がいれば、大丈夫だ」


その言葉が、胸を満たす。


(……選ばれている)


そう思った瞬間、

胸の奥で、あの感覚が脈打った。


(違う)


(選ばれている“のではない”)


(立っているから、選ばれている)


区別は、曖昧だった。

だが、気にする必要はなかった。


結果が出ている。


誰も死んでいない。

秩序は保たれている。

代行者ギルドは、引いている。


――何が問題だ?


そう思うほど、

行動は早くなった。


次の村では、反抗的な若者がいた。

代行者ギルドに反発し、騒ぎを起こしていた。


「力で黙らせるのは違う」と、言った。


バルクは、一瞬だけ言葉に詰まった。


だが、次の瞬間。


「違わない」


そう答えていた。


殴った。

前より、強く。


若者は地面に倒れ、動けなくなった。

命に別状はない。


周囲が、静まる。


(……静かだ)


(これで、守られた)


胸の奥で、快感が確かに広がった。


その夜。


バルクは一人、焚き火の前に座っていた。

手を見つめる。


老いた手だ。

だが、今は震えていない。


(……力が戻った)


そう、信じたかった。


その時、

焚き火の爆ぜる音に紛れて、

あの“気配”が、低く囁く。


(焦るな)


(今は、それでいい)


(結果は出ている)


(……まだ、代価を問う段階じゃない)


バルクは、眉をひそめる。


「誰だ」


答えは、ない。


ただ、安心するような感覚だけが残った。


翌朝。


世界機関の観測網が、異常値を拾っていた。


「代行者ギルドの活動が、沈静化しています」


「原因は……」


資料を確認する調整官が、言葉を濁す。


「元英雄、バルク=ディアロスの自主介入です」


蒼衡そうこう/アズール・バランスの監査官が、低く呟いた。


「……切れないな」


「むしろ、数字だけ見れば“理想的”だ」


「だが——」


報告官が、続ける。


「住民の恐怖反応が、減っていません」


「依存傾向が、急激に上がっています」


沈黙。


その報告は、

《非裁定ノーリトリート》にも届いていた。


ミリアが、報告書を睨む。


「……救ってるのに、悪くなってる」


リュカが、静かに言う。


「救って“いるから”だ」


エルドは、盾を握る。


「……止める理由が、まだない」


レインは、目を閉じていた。


《アナライズ・コピー》は、

すでに結論を出している。


だが、それを言葉にするには——

まだ、早い。


介入は、依頼ではなくなっていた。


呼ばれる前に動く。

問題が起きる前に現れる。

それが、バルク=ディアロスの日常になっていく。


代行者ギルドが現れそうな村。

不満が溜まっていると報告のあった集落。

小さな諍いが、争いに変わりそうな場所。


「俺が行く」


それだけで、道が開く。


誰も止めない。

止める理由がない。


結果は、いつも“正しい”からだ。


この日もそうだった。


川沿いの小村。

代行者ギルドが「仲裁」を名目に入り、住民同士の対立を煽っていた。


「英雄の名を預かっている」

「逆らえば、どうなるか分かるな?」


いつものやり口。


バルクは、迷わず前に出た。


「その名は、ここでは使わせない」


代行者ギルドの男が、顔を歪める。


「……またあんたか」


「いい加減、引退した英雄気取りは——」


最後まで言わせなかった。


殴った。


以前よりも、自然な動きだった。

力が“通る”。


男は地面に転がり、動かなくなる。

死んではいない。

だが、二度と逆らう気は起きないだろう。


周囲が、凍りつく。


その中で、一人の女が、震えながら口を開いた。


「……ありがとう、ございます」


バルクは、その声に反応してしまった。


胸の奥が、強く脈打つ。


(……守った)


(間に合った)


(これが、正しい)


だが、その直後。

別の声が、上がる。


「でも……」


若い男だった。

俯いたまま、絞り出すように言う。


「……本当は、話し合いたかった」


一瞬。


空気が、歪む。


バルクの中で、何かが軋んだ。


(話し合い?)


(その間に、誰かが殴られたら?)


(殺されたら?)


(……責任は、誰が取る)


答えは、すでに出ている。


「黙れ」


声は、低かった。


「恐怖があるから、争いは止まる」


「それが、分からないなら——」


一歩、踏み出す。


周囲が、息を呑む。


殴らなかった。

だが、殴れる距離まで近づいた。


若者は、言葉を失い、後ずさる。


沈黙。


村は、再び静かになった。


——解決した。


誰も死んでいない。

争いも起きていない。


だが。


その静けさは、

“選択肢が消えた後の静けさ”だった。


バルクは、気づいていない。


いや——

気づかないふりをしている。


(……大丈夫だ)


(結果は、正しい)


その時、あの気配が、さらに近くで囁いた。


(そうだ)


(お前は、間違っていない)


(迷いが消えれば、もっと楽になる)


(今は、ただ——)


(前に立て)


バルクは、ゆっくりと息を吐く。


「……俺がやる」


誰にともなく、そう言った。


その瞬間。


遠く離れた場所で、

レインは立ち止まった。


《アナライズ・コピー》が、

はっきりと“線”を描き出している。


(……依存が、自走を始めた)


ミリアが、硬い声で言う。


「ねえ……これ」


「もう、“助け”じゃないよね」


リュカは、頷く。


「英雄が、問題を消しているんじゃない」


「問題が、英雄を呼び寄せている」


エルドが、静かに言った。


「……次は、殴らないと済まなくなる」


レインは、答えない。


だが、足は前を向いていた。


《非裁定ノーリトリート》は、

まだ裁かない。


まだ切らない。


しかし。


次にバルクが力を使う時、

それはもう——

“戻れる力”ではなくなる。


その予感だけが、

確実に現実へと近づいていた。

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