表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第16章 旅の始まりと、名を騙る者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

204/1040

英雄に会いに行く

世界機関からの指示は、あまりに簡素だった。

――代行者ギルドの関与が疑われる地域。

――現地確認。可能なら、接触。


《非裁定ノーリトリート》は、その文面を理由にしなかった。

ただ、向かうだけだ。


道中、ミリアが小さく息を吐く。

「……また、似た匂いだね」

怒りでも恐怖でもない。

“理由が整理される前の違和感”だけが、残っている。


リュカは地図から視線を上げない。

「英雄が絡む現場は、空気が重くなる。

 誰も判断してないのに、もう決まってる感じがする」


エルドは何も言わず、盾を背負ったまま歩く。

守る準備は、いつも同じだ。


集落は、静かだった。

荒れてはいない。

だが、活気もない。


道端の住民たちは、彼らを見ると一瞬だけ視線を上げ、すぐに逸らす。

恐れているわけでも、歓迎しているわけでもない。

“関わらない方がいいもの”を見る目だ。


広場の端に、その男はいた。


大柄な体躯。

年齢は、ひと目で分かる。

かつて前に立っていた者が、もう前に立ち続けられなくなった――

そんな、重さ。


「……用件は?」


低い声だった。威圧ではない。

ただ、慣れきった響き。


レインは名乗らなかった。

英雄の話もしない。


「話を聞きに来ただけだ」


男――バルク=ディアロスは、わずかに眉を動かす。

期待も警戒もない。

ただ、“そういう役目”を向けられることに慣れている顔だった。


「英雄の話なら、他を当たれ」


「しない」


即答だった。


一瞬の沈黙。

風が、広場を抜ける。


その時――

バルクの耳の奥で、何かが軋んだ。


(……まだ、足りない)


音でも声でもない。

思考の隙間に落ちる、ノイズ。


バルクは、拳を握りしめる。

誰にも見えないほど、小さく。


レインは、その動きを見逃さなかった。

だが、指摘はしない。


《非裁定ノーリトリート》は、まだ前に出ない。


ただ、英雄だった人間の前に立ち、

“人としての時間”を、置いただけだった。


――確認。


広場の端に置かれた古い木箱が、即席の腰掛けになった。

バルク=ディアロスはそこに腰を下ろし、深く息を吐いた。


「……で、何を聞きたい」


敵意はない。

だが、歓迎もない。

“どうせ結論は決まっている”という諦めだけが、声音に混じっていた。


レインは、すぐには答えなかった。

代わりに、周囲を一度だけ見回す。


集落は平穏だ。

建物は壊れていない。

血の匂いもない。


それでも、人々は距離を取っている。

近づかない。

離れすぎない。

まるで、音を立てると壊れる何かを囲っているようだった。


「……ここ、静かですね」


レインの言葉に、バルクが鼻で笑う。


「そう見えるか?」


「ええ」


「なら成功だ」


成功。

その単語が、やけに重く落ちた。


ミリアが思わず口を挟む。

「成功って……何が?」


バルクは、視線を上げないまま答えた。


「争いが起きなかった。

 血も流れなかった。

 代行者ギルドの連中も、余計な真似はしなかった」


「……それだけ?」


「それだけで十分だろ」


短く、切るように言う。


リュカが静かに言葉を選ぶ。

「でも、住民は怯えている」


バルクの指が、わずかに止まった。


「怯えている方が、いい」


低い声。

言い聞かせるようでもあり、言い訳のようでもあった。


「恐怖は、抑止になる。

 混乱よりは、ずっとマシだ」


レインは、そこでようやく口を開いた。


「それ、前は言わなかったですよね」


バルクが顔を上げる。


「……何だと?」


「英雄だった頃」


レインの視線は、真っ直ぐだ。

責めない。

試さない。

ただ、事実を置く。


「あなたは、恐怖を“砕く側”だった」


「人が怯えなくて済むように、前に立ってた」


「少なくとも、記録にはそう残ってます」


沈黙。


バルクの喉が、小さく鳴った。


「……記録、か」


吐き捨てるような声音。


「都合のいいもんだな。

 立ってる間は英雄で、

 立てなくなったら、紙の上だけの存在だ」


ミリアが、拳を握る。


「でも……助けたんでしょ。

 あなたは、たくさん」


「助けたさ」


即答だった。


「だから、今もやってる」


レインが首を傾ける。


「同じですか?」


「同じだ」


強く言い切る。

だが、その直後、言葉が一瞬だけ遅れた。


「……少なくとも、結果は」


リュカが、その隙を逃さない。


「結果が出てるから、正しい?」


バルクは黙った。


その沈黙が、答えだった。


エルドが、低く口を開く。


「恐怖で縛られた静けさは、

 守られているとは言わない」


バルクの目が、鋭く細まる。


「……あんたらは、現場を知らん」


「知ってる」


レインが、即座に返す。


「だから来た」


言葉が、重ならずに落ちる。


「世界機関も、蒼衡そうこうも、

 ここを“切れない現場”として見てる」


「英雄管理局は、あなたを英雄として扱わない」


一拍。


「でも——」


声を低くする。


「誰も、あなたを悪だとは言ってない」


その瞬間。


バルクの胸の奥で、

あの“軋み”が、再び走った。


(……聞いたか?)


(まだ、否定されていない)


(まだ、選ばれる余地がある)


拳が、強く握られる。


バルクは、自分の手を見る。

老いた手だ。

震えも、隠せない。


「……俺は」


声が、少しだけ掠れた。


「英雄でいるしか、なかった」


「前に立ってりゃ、意味があった」


「立てなくなったら……」


言葉が、続かない。


ミリアが、そっと言う。


「それでも、人でしょ」


バルクは、笑った。

苦い笑いだ。


「人なら、もう引っ込んでる」


「だがな——」


視線を上げる。


「英雄の名は、引っ込ませてくれない」


「代行者ギルドの連中が来る」


「住民が見る」


「期待する」


「……怖がる」


沈黙。


「その時、俺が何もしなきゃ」


「次は、もっと酷い奴が来る」


「なら、俺が立つしかないだろ」


理屈は、通っている。

歪んでいるが、壊れてはいない。


だからこそ、厄介だった。


レインは、剣に触れない。

腰の位置すら、変えない。


「……一つだけ、確認させてください」


バルクが、睨む。


「あなたは」


「このやり方が、

 “正しい”と思ってますか?」


間。


風が、再び広場を抜ける。


バルクは、答えなかった。


代わりに、耳の奥で——

囁きが、わずかに輪郭を持つ。


(正しいかどうか、じゃない)


(結果が出ているか、だ)


(それだけで、十分だろう?)


バルクは、歯を食いしばる。


レインは、その沈黙を遮らない。


《非裁定ノーリトリート》は、

まだ、裁かない。


だが——

歪みは、言葉になり始めていた。


沈黙は、長く続いた。


答えを待っている者はいない。

だが、誰も立ち去らない。


それが、この場の異常さだった。


バルク=ディアロスは、未だ腰掛けたまま動かない。

英雄だった頃のように、前に立ってもいない。

それでも、場の中心は彼だった。


「……正しいかどうか」


バルクは、低く呟いた。


「そんなもん、考えたことはある」


視線を落とし、地面を見る。


「昔はな」


「立って、斬って、守ってりゃ——

 それで“正しかった”」


「疑う暇もなかった」


拳が、ゆっくりと開かれる。


「だが今は」


言葉が、重い。


「立てない」

「斬れない」

「守れない」


一つ一つ、確かめるように。


「それでも、俺を見る目は変わらない」


「期待する目だ」

「縋る目だ」

「……怖がる目だ」


ミリアが、堪えきれず言う。


「それ、全部背負う必要ない」


「英雄じゃないなら、なおさらだよ」


バルクは、首を振る。


「違う」


「英雄じゃなくなったからこそ、背負うしかない」


リュカが、静かに問いを投げる。


「……それは、誰に決められた?」


バルクは、即答できなかった。


その一瞬の迷いに、

囁きが、再び滑り込む。


(誰でもいい)


(世界でも、住民でも)


(……お前自身でもな)


(立っていられるなら、それでいい)


バルクは、頭を振る。

まるで、耳鳴りを追い払うように。


「……黙れ」


誰にも聞こえない声。


だが、レインは見ていた。


拳の震え。

呼吸の乱れ。

“選ばれ続けたい”という欲が、

もう理屈を追い越していることを。


レインは、一歩も前に出ない。


代わりに、言葉を置く。


「あなたは、英雄でい続けたいんですか」


責めない。

追い詰めない。

逃げ道も塞がない。


ただ、確認する。


バルクは、ゆっくりと顔を上げた。


「……分からん」


「英雄じゃなきゃ、

 俺に何が残る?」


その問いは、弱さだった。

同時に——危険だった。


エルドが、静かに言う。


「英雄じゃなくても、

 守ることはできる」


「違う形で、立つこともできる」


バルクは、苦笑する。


「それは、強い奴の言葉だ」


「選ばれてる側の理屈だ」


ミリアが、即座に返す。


「違う!」


感情が、声に滲む。


「選ばれなくなった人の話を、

 あたし達は今、聞いてる!」


「それを——

 なかったことにしようとしてるのは、

 あんた自身だよ!」


空気が、張り詰める。


バルクの瞳が、揺れた。


その隙間に、囁きが忍び込む。


(ほら)


(否定されてる)


(英雄じゃなくてもいい、だと?)


(それは——

 “もう必要ない”と言われているのと同じだ)


(……許せるか?)


バルクの呼吸が、荒くなる。


だが。


レインは、そこで初めて動いた。


剣ではない。

盾でもない。


ただ、半歩だけ距離を詰める。


「選ばれなくなったのは」


静かな声。


「世界です」


「あなたじゃない」


バルクの目が、見開かれる。


「世界が、

 英雄を“人じゃなく役割で見る”ようになった」


「だから、あなたは

 英雄でい続けるしかないと、錯覚してる」


一拍。


「でも」


「それは、あなたの罪じゃない」


沈黙。


囁きが、止まる。


一瞬だけ。

本当に、一瞬。


バルクの胸に、空白が生まれる。


そこに、恐怖も、期待も、使命もない。


ただ——

“人として立っていない時間”。


バルクは、目を伏せる。


「……そんなもの」


「今さら、どうしろって言う」


レインは、答えない。


代わりに、立ち去る準備をする。


「今日は、答えはいりません」


「裁定もしない」


「切りもしない」


「ただ——」


振り返る。


「次に、あなたが力を使う時」


「それが

 “守るため”なのか

 “選ばれたいから”なのか」


「自分で、見てください」


それだけ言って、背を向ける。


《非裁定ノーリトリート》は、前に出なかった。


だが。


彼らが去った後、

広場に残された静けさは、

今までのそれとは、明らかに違っていた。


バルクは、再び自分の手を見る。


震えは、止まっていない。


背後で、気配が戻る。


(……迷っているな)


(だが、それでいい)


(迷う者ほど——

 力を欲しがる)


バルクは、目を閉じた。


答えは、まだ出ていない。


だが——

一線は、確実に近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ