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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第16章 旅の始まりと、名を騙る者たち

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癒してしまった

その村は、泣いていた。


声を上げて泣く者はいない。

嗚咽も、叫びもない。


ただ——

人々の顔に、泣いた“跡”だけが残っている。


代行者ギルドが去った後だった。


争いは終わっている。

剣も、魔法も使われていない。

死者もいない。


それでも、村は壊れていた。


「……ここ、静かすぎる」


ミリアが、小さく言う。


リュカは、周囲を見回して頷いた。


「恐怖が処理されてない」


「押し込められたままだ」


エルドが、教会の方を見た。


「……癒し手がいる」


古い礼拝堂の扉は、開いていた。


中には、人が溢れている。

怪我人だけじゃない。

泣いている者も、立てない者も、座り込む者も。


そして中央に——

白いローブの女がいた。


ルミナ=エストレア。


元英雄。

かつて“慈光の聖女”と呼ばれた存在。


彼女は、一人一人に手を置いていた。

光が、淡く灯る。


「大丈夫ですよ」


「……ほら、息をして」


「怖かったですね」


その声は、優しい。

間違いなく、救っている。


実際——

人々の傷は癒えていく。

痛みも、落ち着いていく。


だが。


(……消えてない)


レインは、見ていた。


恐怖が、薄まっていない。

癒されたはずの人間が、

より深くルミナの手を求めている。


「次は……あなた」


ルミナは、少女の前に膝をついた。


少女は、震えている。


「……怖いの」


「分かります」


ルミナは、迷わず頷いた。


「怖いままで、いいんです」


その瞬間、

レインの《アナライズ・コピー》が反応する。


(……同調してる)


(恐怖を消してない)


(恐怖を、前提に癒している)


ルミナの手から、光が溢れる。


少女の呼吸が、落ち着く。

涙が止まる。


だが——

目は、離れない。


ルミナから。


「……ありがとう」


少女は、縋るように言った。


その言葉に。


ルミナの胸の奥で、

小さく“満たされる感覚”が生まれた。


(……届いた)


(まだ、私は役に立てる)


その瞬間。


耳の奥で、

誰の声とも知れない“思念”が、

そっと触れる。


(優しいな)


(恐怖を、否定しない)


(だから、人は壊れない)


(……もっと、癒せるだろう?)


ルミナは、ぴくりと指を止める。


だが、次の瞬間には微笑んでいた。


「次の方、どうぞ」


救っている。

間違いなく。


けれど。


恐怖は、ここに残る。

癒されるほど、深く。


レインは、剣に触れない。


ただ、確信する。


——彼女は、もう

“恐怖を越えさせる英雄”ではない。


——“恐怖と共に生きさせる存在”になっている。


そして遠くで。


バルク=ディアロスが、

また一つ、介入を終えていた。


別々の場所で。

別々の方法で。


元英雄たちは、

同じ感触を得始めている。


——使ってしまった、という感触を。


礼拝堂は、夜になっても人が引かなかった。


灯された蝋燭の数が増えるほど、

祈りの言葉は減っていく。


代わりに残るのは、沈黙だ。


「……今日は、もう休みましょう」


ルミナ=エストレアは、穏やかに言った。

声を荒げることはない。

拒絶もしない。


だが、誰も立ち上がらなかった。


「ここにいると、落ち着くんです」

「外に出ると……また、怖くて」

「少しでいいから、手を……」


その言葉に、ルミナは一瞬だけ息を止めた。


(……まただ)


助けを求める声。

信頼。

依存。


それは、かつて英雄だった頃にもあった。

だが、あの時は——


(……恐怖を、消していた)


今は、違う。


「大丈夫ですよ」


そう言って、手を差し伸べる。


光が灯る。

痛みは和らぐ。

呼吸は整う。


だが、恐怖は消えない。


恐怖は、居場所を得てしまった。


「……聖女様」


老女が、ルミナの袖を掴んだ。


「ここにいれば……何も起きませんよね」


問いではない。

確認だ。


ルミナは、答えを探してしまった。


(……何も起きない)


(私が、ここにいれば)


それは、かつて英雄が背負っていた思考だ。

前に立てば、世界は壊れない。


——だが、それを彼女は、否定できなかった。


「……ええ」


小さく、そう答えてしまう。


その瞬間。


礼拝堂の空気が、変わった。


人々の肩から、力が抜ける。

安堵が、広がる。


同時に。


“自分で立つ必要”が、消えていく。


レインは、その変化を見ていた。


《アナライズ・コピー》が、冷静に示す。


(恐怖の固定)


(癒しによる逃避)


(……自立が、阻害されている)


ミリアが、低く言う。


「……これ、止めた方がいいよね」


「今は、無理だ」


リュカが、静かに首を振る。


「彼女は、善意でやってる」


「止めれば、“救いを奪った側”になる」


エルドが、盾を握りしめる。


「……切れない」


その言葉が、場に落ちる。


ルミナは、座り込んだままの人々を見回す。


誰も泣いていない。

誰も叫んでいない。


だが——

誰も、前を向いていない。


(……私は)


(この人たちを、助けている?)


問いが、胸に浮かぶ。


その隙間に、

あの“気配”が、そっと入り込む。


(助けているとも)


(壊してもいない)


(ただ……支えているだけだ)


(それの、何が悪い?)


ルミナは、目を閉じる。


英雄だった頃の自分が、

遠くにいる。


恐怖を越えさせていた、あの光は、

今はもう——必要とされていない。


(……違う)


(今は、これでいい)


そう、結論づけてしまう。


その夜、

礼拝堂を出る者はいなかった。


外の世界は、怖い。

だが、ここには——

恐怖と一緒に居られる場所がある。


それを与えてしまったのは、

間違いなく、ルミナ自身だった。


遠く離れた場所で。


バルク=ディアロスは、

また一つの介入を終え、

胸の高鳴りを抑えきれずにいた。


別の形で。

別の理由で。


元英雄たちは、

同じ地点へと、確実に近づいている。


——恐怖を、力に変える地点へ。


《非裁定ノーリトリート》は、

まだ動かない。


だが、レインは理解していた。


次に誰かが力を使った時。

それはもう、

“使ってしまった”では済まなくなる。

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