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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第15章 戦場のあとで、洗濯物は増える

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英雄が黙ってると思ったか

王都西区、復興が進み始めた広場。


人の流れは戻り、露店も再開され、

「何事もなかった」ような顔で世界は回っていた。


――だからこそ。


調子に乗る者は、必ず出てくる。


「いやあ、英雄様も大したことなかったねぇ」


甲高い声が、広場に響いた。


振り向くと、

派手な外套を羽織った男が、酒杯を片手に大手を振って歩いている。


顔は覚えがある。

復興資材の横流しで噂になっていた、三流商会の支配人だ。


「結局さぁ、今回も世界は勝手に回ったわけだろ?」


「英雄が剣振るわなくても、何も困らなかった」


「つまり――」


男は、にやにや笑いながら続ける。


「英雄なんて、過去の遺物ってことだ」


周囲の空気が、一瞬だけ冷えた。


だが男は気づかない。


「実際さぁ、

 英雄に金払うより、

 俺みたいに“流れを読める奴”が動いた方が――」


「……あ?」


低い声。


男の言葉が、途中で止まった。


振り返ると、そこにいた。


巨大な剣を背負った男――

ヴァルハルト=レオン。


腕を組み、表情は無い。


「今、なんて言った」


「ひ、英雄様じゃないですか」


男は、すぐに媚びた笑みを浮かべる。


「いやいや、褒めてたんですよ!

 英雄が“動かない”判断をしたから、

 結果的に平和だったって――」


「違うな」


ヴァルハルトは、淡々と否定した。


「俺たちは、動けなかった」


「だがそれを“無意味だった”と語るのは――」


一歩、前へ。


地面が、きしりと鳴る。


「勘違いだ」


男は、思わず後ずさった。


「ち、違う!

 俺はただ、事実を――」


「事実?」


横から、軽い声が割り込む。


「じゃあ一つ、事実教えてあげる」


ライザ=クロウデルが、短剣を指で回しながら笑っていた。


「今回の復興資材、

 どこが最初に“抜いた”か」


男の顔が、引きつる。


「……な、何の話だ」


「倉庫番号、三番」


ノイン=フェルツが、淡々と続ける。


「帳簿の“選択痕跡”は消えてたけど、

 結果だけは残ってた」


「面白いよね」


イリス=アークライトが、静かに微笑む。


「“誰も選んでないはずの世界”で、

 君だけが得をしている」


男の喉が、ひくりと鳴った。


「そ、それは偶然で――」


「偶然?」


ライザが、肩をすくめる。


「偶然で、横流し先まで全部一致する?」


ヴァルハルトが、剣の柄に手を置いた。


抜かない。


だが、その必要がないほど――

空気が重い。


「英雄が前に出なかった理由、分かるか?」


男は、答えられない。


「世界に“誰がやったか”を刻まないためだ」


ヴァルハルトは、静かに告げる。


「だがな――」


一拍。


「“誰が悪さをしたか”は、別だ」


その瞬間。


周囲の視線が、一斉に男へ集まった。


ざわめき。

囁き。

疑念。


「……あれ?」


「そういえば、あの商会――」


「資材、足りなかったよな?」


男は、青ざめた。


「ち、違う!

 英雄が証拠出せるのかよ!」


ライザが、にっと笑う。


「証拠?」


「要らないよ」


「英雄は、裁かない」


「でも――」


イリスが、静かに言った。


「“見てしまった人の目”までは、消せない」


男は、完全に理解した。


英雄は、剣を振らない。

だが――


世界を敵に回すことは、できる。


「……た、助けてくれ!」


叫びは、誰にも届かなかった。


数日後。


男の商会は、

取引停止・信用失墜・内部告発の連鎖で自然崩壊した。


英雄は、何もしていない。


ただ、そこに立っていただけだ。



「……後味悪くね?」


ライザが、帰り道で言う。


「いいんだ」


ヴァルハルトは、空を見上げた。


「英雄が前に出ない時代でも――」


「調子に乗る奴は、勝手に転ぶ」


ノインが、小さく頷く。


「世界は、まだ英雄を必要としている」


「ただし――」


イリスが、微笑む。


「剣じゃなく、“重さ”としてね」


英雄たちは、歩き出す。


名を呼ばれなくても。

讃えられなくても。


それでも。


調子に乗ったゲスが一番恐れる存在として。


王都北区、行政連結棟・地下会議室。


分厚い扉の向こうでは、

蒼衡そうこう/アズール・バランスの定例観測が淡々と進んでいた。


その“外側”。


会議室に入る資格すら持たない場所で、

一人の男が、やけに饒舌だった。


「いやぁ、助かりますよ本当に」


安っぽい笑顔。

書類束を抱えた、元治安補助監査官――グレド。


「英雄が動かない」

「世界機関は責任を曖昧にする」

「ノーリトリートは切らない」


両手を広げ、得意げに続ける。


「つまり今は、“誰も決断しない時代”だ」


「だったらさ――」


声を潜める。


「“切る組織”である蒼衡が、

 いちばん使いやすいって話ですよ」


周囲の下役たちが、顔を強ばらせた。


「……使う、とは?」


「簡単な話です」


グレドは、書類を机に置いた。


「危険そうな連中を、

 “蒼衡が危険と判断した”って形にする」


「実際に危険かどうかは関係ない」


「切ったという“事実”さえあれば、

 後は市場も世論も勝手に動く」


にやり。


「責任は、蒼衡が背負う」


「俺たちは、安全な場所で利益を回収する」


沈黙。


その沈黙を、グレドは“肯定”だと勘違いした。


「今は基準更新中なんでしょ?」


「だったら、多少の誤差は――」


「……誤差ではない」


低い声が、背後から落ちた。


いつの間にか、

部屋の隅に立っていた人物。


蒼衡そうこう/アズール・バランス

前線統括補佐官。


感情の起伏が、ほとんど見えない目。


「君は、“判断を誘導した”」


グレドは、一瞬だけ言葉に詰まる。


「は、はは……何を仰って」


「私はただ、情報提供を――」


「違う」


補佐官は、淡々と否定した。


「君は、“切らせるための文脈”を設計した」


「それは――」


一拍。


「蒼衡にとって、最も不要な行為だ」


グレドの喉が、鳴った。


「ま、待ってくれ」


「蒼衡は切る組織だろ?」


「危険を排除するためなら、

 多少の――」


「勘違いしている」


補佐官は、視線を逸らさない。


「我々は、“危険を切る”」


「だが――」


「切るために危険を作る者は、

 危険そのものだ」


その瞬間。


部屋の壁面に、淡い光が走った。


均衡裁定バランス・ジャッジ

《対象:グレド》

《分類:秩序攪乱/判断誘導》

《優先度:高》


グレドは、凍りついた。


「な……何だそれは」


「切断ではない」


補佐官は、淡々と告げる。


「君は、“切るに値しない”」


「だから――」


「外す」


次の瞬間。


グレドの端末が、一斉に沈黙した。


権限失効。

登録抹消。

接続遮断。


世界機関へのアクセスも、

治安網への照会権も、

商会の信用照会も――すべて、同時に。


「ま、待て!

 俺は悪くない!」


叫びは、誰にも届かない。


補佐官は、ただ一言だけ残した。


「蒼衡を、便利な刃だと思うな」


「刃は――」


「持ち主を選ぶ」


扉が閉まる。


残されたのは、

“切られもしないが、どこにも属さない男”。


数日後。


グレドは、

どの組織からも「関係があった記録」を失い、

どの事件にも「責任者として名前が残らず」、

それでも――


誰からも信用されない存在になった。


誰も彼を裁いていない。


ただ、

蒼衡そうこう/アズール・バランスが

「不要と判断した」

その事実だけが、世界に残った。



同時刻。


蒼衡内部・観測室。


「……処理、完了しました」


「基準に問題は?」


統括官が問う。


補佐官は、首を横に振った。


「ありません」


「むしろ――」


「基準の有効性が、実証されました」


統括官は、短く頷く。


「よし」


「我々は、前に出ない」


「だが――」


一拍。


「利用しようとする者は、必ず切る」


画面の端で、

非裁定ノーリトリート》の活動ログが、静かに更新されていた。


統括官は、苦笑する。


「……英雄も、ノーリトリートも」


「厄介だが、まだ“正面”だ」


「本当に面倒なのは――」


視線を落とす。


「自分が賢いと思い込んでいる、ああいう輩だな」


蒼衡そうこう/アズール・バランスの日常は、

今日も静かに、誰かの勘違いを切り落としていた。


世界機関・中央監査棟。


昼下がりの廊下は、静かだった。

騒動の後に訪れる、あの独特の静けさ。


会議はすでに終わっている。

決議も、声明も、処分も――出ていない。


「……結局、誰の判断だったんですか?」


若い記録官が、小声で尋ねた。


向かいに座るのは、上級監査官。

疲れた顔で、書類をめくっている。


「誰でもない」


即答だった。


「今回は、“判断が存在しなかった”案件だ」


記録官は、言葉を失う。


「でも……現象は解消しています」


「被害もなく、混乱も収束している」


「それなのに、

 “判断者なし”で通すんですか?」


上級監査官は、ゆっくりと眼鏡を外した。


「だからだ」


「判断者がいないのに、結果だけが出た」


「それを“成功”と認めた瞬間――」


一拍。


「次から、誰も判断しなくなる」


記録官の喉が鳴る。


「……責任を取らなくていい前例になる」


「そうだ」


机の上には、複数の報告書。


・英雄前線停止

蒼衡そうこう/アズール・バランス:切断未実施

・《非裁定ノーリトリート》による進行回復

・アバンドン勢力:局地的後退


どれも事実だ。

だが――決裁欄が、空白だった。


「……上は、どう言ってます?」


記録官が恐る恐る聞く。


上級監査官は、乾いた笑みを浮かべた。


「“慎重に検討中”だそうだ」


「便利な言葉だろう?」


「何も決めていないようで、

 実は“決めないこと”を決めている」


記録官は、唇を噛んだ。


「それって……」


「責任を、世界に押し付けている」


上級監査官は、淡々と続ける。


「英雄が前に出れば、英雄の責任」


「蒼衡が切れば、蒼衡の責任」


「ノーリトリートが動けば、

 “選ばせなかった”という責任」


「だが――」


指で、書類の空白を叩く。


「世界機関が何もしなければ、

 誰も我々を責められない」


沈黙。


それは、

組織として“最も安全な選択”だった。


「……それで、いいんですか?」


記録官の声は、震えていた。


上級監査官は、少しだけ考え――

首を横に振った。


「よくはない」


「だが、今の世界機関は――」


一拍。


「それしか選べなくなっている」


その時。


廊下の向こうで、

別の部署の職員が小声で話しているのが聞こえた。


「なあ……最近さ」


「世界機関って、

 何のためにあるんだっけ?」


「責任を取らないため、じゃない?」


「はは……冗談だろ」


「冗談、だといいけどな」


その会話は、

誰に止められることもなく、流れていった。


上級監査官は、ゆっくりと立ち上がる。


「……見ろ」


窓の外。

王都の街は、いつも通りに動いている。


英雄の名を語る声もある。

ノーリトリートの噂もある。

蒼衡の“切らなかった判断”を評価する声もある。


だが――


「世界機関の名前だけが、出てこない」


記録官は、息を呑んだ。


「……忘れられている?」


「違う」


上級監査官は、静かに言う。


「信用されていない」


責任を取らない組織は、

責任を任されなくなる。


それは処罰ではない。

制裁でもない。


ただ――

世界から、期待されなくなる。


「これが、後始末だ」


上級監査官は、そう締めくくった。


「誰も裁かない」


「誰も英雄にしない」


「その代わり――」


「我々は、

 “何もしていない組織”として記録される」


記録官は、静かに記録用紙を閉じた。


《案件名:選択不在進行事案》

《判断主体:不在》

《責任所在:未確定》

《世界機関対応:観測のみ》


それが、公式記録になる。



数日後。


街では、こんな噂が流れ始めていた。


「最近さ、

 困った時に頼る相手、変わったよな」


「英雄でもなくて、役所でもなくて……」


「……ノーリトリート、じゃない?」


誰かが答え、

誰も否定しなかった。


世界機関は、

それを否定する声明も出さなかった。


出せなかった。


なぜなら――

否定するには、

責任を引き受ける必要があったから。


こうして。


英雄は象徴として揺らぎ、

蒼衡は基準を研ぎ澄まし、

非裁定ノーリトリート》は最前線に立ち続け、


世界機関は――

静かに、影が薄くなっていった。


誰も壊れていない。

誰も倒れていない。


それでも確かに、

世界の力関係は、少しだけ動いていた。


窓の外の街は、今日も動いている。

英雄の名が語られ、

ノーリトリートの噂が囁かれ、

蒼衡そうこう/アズール・バランスの判断が分析される。


だが——

世界機関の名だけが、語られない。


上級監査官は、誰にも聞こえないように呟いた。


「……責任を避け続けた組織の末路、か」


処罰はない。

糾弾もない。

解体すら、されない。


ただ——

頼られなくなる。


それが、一番静かで、一番重い罰だった。



同じ頃。


かつてアバンドン=エンドロアが現れたと記録されている地域。

今は、何の異変もない。


魔力反応もない。

欲望の増幅もない。

終焉の兆しも、完全に沈黙している。


そこに残っているのは——

“何かが確かにいた痕跡”だけ。


世界機関の調査報告には、こう記されていた。


《終焉級存在:活動停止》

《封印状態:不可逆》

《再干渉:未確認》


誰が封印したかは、書かれていない。

理由も、経緯も、省略されている。


だが、現場を見た者は分かっている。


——終わったのだ、と。



宿場町。


レインたちは、特別なことをしていない。

いつも通り歩き、

いつも通り飯を食い、

いつも通り、次の現場へ向かう準備をしている。


ミリアが、ぽつりと言った。


「……もう、終わったんだよね」


「うん」


レインは、短く答えた。


「完全に」


「後味、悪くなかった?」


少しだけ、冗談めかした問い。


レインは、少し考えてから首を振る。


「いや」


「消し方としては……

 あれで正解だったと思う」


リュカが、肩をすくめる。


「派手じゃない」


「英雄譚にもならない」


「記録にも、ほとんど残らない」


エルドが、盾を背負い直しながら言う。


「だが——」


「それでいい」


沈黙。


誰も異論を挟まなかった。



遠く離れた場所。


小さな山小屋の縁側。


ジル爺は、湯呑みを手に、空を眺めている。


「……やれやれ」


誰にともなく、ぼやく。


「後味の悪いもんはのう」


「若い連中には、

 ちと苦かったかもしれんが」


湯呑みを置き、喉を鳴らす。


「まあ」


小さく、笑う。


「飲み込めたなら、よしじゃ」


その胸元で、

かすかな封印の気配が、完全に沈黙した。


二度と、動かない。

二度と、問いを投げない。

二度と、世界に関与しない。


——終焉は、終わった。



世界は、続いていく。


英雄が悩み、

組織が迷い、

人が選びそうになって、やめる。


その中で。


非裁定ノーリトリート》は、今日も前に立つ。


選ばせず。

切らせず。

意味を固定させず。


ただ——

進ませるために。


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