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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第15章 戦場のあとで、洗濯物は増える

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責任のない勝利

世界機関・中央監査棟。

夜明け前の会議室には、紙の擦れる音だけがあった。


机上に並ぶのは、被害報告ではない。戦果報告でもない。

「進行継続」「死者なし」「暴動なし」「原因不明」——

どれもが“成功”を示す数値であり、同時に“書きづらさ”の塊だった。


「……結論から言えば」


運用調整官が、淡々と切り出す。


「今回の事案は、誰も選んでいない。それだけです」


若い監査官が、思わず眉をひそめた。


「選んでいない、というのは……《非裁定ノーリトリート》が動いたのでは?」


「彼らは“決めさせなかった”だけです」


調整官は、否定も肯定もしない声音で続ける。


「誰が、いつ、何をしたか——

 その因果が固定されていない以上、責任は記録できません」


沈黙が落ちる。

世界機関は“責任を記録する組織”だ。

記録できない成功ほど、扱いに困るものはない。


「英雄の関与は?」


別の席から声が上がる。


「前線には居ましたが、判断はしていません。

 象徴としても機能していない」


「……つまり」


調整官は、資料を一枚閉じた。


「世界は回った。しかし、誰の物語にもならなかった」


それは、理想に最も近い現実であり、

同時に、制度にとって最も不気味な形だった。


「本件は“事故”ではない。だが“事件”とも書けない」


「では、どう分類を?」


一拍。


「——暫定的に」


調整官は、はっきり告げた。


「非裁定的進行事案。

 責任所在:未確定。

 介入:不要。

 再発時の指針:保留」


ペンが走る。

だが誰も、胸の奥の違和感までは書き留められない。


窓の外では、王都がいつも通りに目を覚ましつつあった。

誰も知らないまま、世界は一度“殴られ”、そして立ち直っている。


調整官は、最後に一言だけ付け加えた。


「……成功は、必ずしも祝えない」


世界機関は今日も平常運転だ。

だがこの日から、**“誰がやったか分からない成功”**が、

最も危険な前例として記録されることになる。


王都外縁、白い石造りの監視拠点。


蒼衡そうこう/アズール・バランス》の臨時詰所は、戦場よりも静かだった。

だがそれは、平和だからではない。


——すでに「切るべきもの」は、切り終えているからだ。


円卓の中央に立つのは、リーダーのセイン=ヴァルクス。

外套を脱ぎ、戦術盤の前で淡々と報告を聞いている。


「終焉由来の異常魔力反応……完全消失を確認」

「分岐固定の残滓も、基準値以下に収束しています」


セインは頷いた。


「予定通りだ。

 “最悪の未来”は排除された」


その言葉に、前衛のガラン=ディオルが鼻を鳴らす。


「……排除、な。

 ずいぶん綺麗な言い方だ」


大剣を壁に立てかけ、腕を組む。


「俺には、

 誰かが殴って終わらせた後を掃除してるようにしか見えねぇが」


後衛の魔導士、リィネ=フォルテが視線を上げる。


「感情論。

 結果として、被害総量は最小化された」


彼女の足元には、まだ消えきらない未来分岐の残像が淡く揺れている。


未来収束フューチャー・ロック

——すでに発動を解除したはずの術式だ。


「もしあのまま進めば、

 英雄が前に立ち、象徴が固定され、

 別の破滅が起きていた」


「だから切った。

 それだけ」


補佐のユール=セティアが、配置図を指でなぞる。


「ただし……

 “切らなかった部分”も、確実に残っています」


セインが、ゆっくりと視線を向けた。


「《非裁定ノーリトリート》だな」


その名が出た瞬間、空気がわずかに重くなる。


ガランが、舌打ちした。


「……あいつらか」


「敵ではない。

 だが、味方でもない」


セインは、冷静に言い切る。


「我々は、

 選ばせて、切り捨てて、秩序を維持する」


「彼らは、

 選ばせず、切らせず、操作そのものを壊す」


リィネが静かに続けた。


「思想が、根本から逆」


「均衡を取るために犠牲を許容する我々と、

 犠牲という概念自体を拒否する存在」


ユールが、少し困ったように笑う。


「……歩み寄れませんね」


「不要だ」


セインは、即答した。


「歩み寄れば、

 どちらかが“判断を誤る”」


彼は戦術盤を閉じる。


「ただし——」


一拍。


「次に世界が歪んだ時、

 《非裁定ノーリトリート》が前に立つなら」


「我々は、後ろから全力で監視する」


ガランが、片眉を上げた。


「切らねぇのか?」


「切れない」


セインは、静かに答えた。


「切った瞬間、

 それは“正しい選択”になってしまう」


沈黙。


それが、蒼衡の限界であり、矜持だった。


リィネが、ぽつりと言う。


「……面倒な世界になった」


「だからこそ、

 我々が必要だ」


セインは、外套を手に取った。


「《非裁定ノーリトリート》が“殴る側”なら、

 我々は“切るかどうかを最後まで迷う側”でいる」


「それが、

 この世界に残された均衡だ」


窓の外では、

事件を知らない人々が、いつも通りの一日を始めている。


英雄は前に立たない。

世界機関は責任を曖昧にする。

非裁定ノーリトリート》は選ばせない。


そして——

蒼衡そうこう/アズール・バランスは、

そのすべてを「切らずに見続ける」役割を背負わされた。


ガランが、ぼそりと呟く。


「……あいつらと戦う日、来ると思うか?」


セインは、少しだけ考えてから答えた。


「来るだろうな」


「だがそれは——」


扉に手をかけながら、振り返る。


「世界が、

 どちらを選ぶか決めた時だ」


その言葉は、予言ではない。


ただの、冷静な見通しだった。


王都近郊、英雄専用の簡易休憩所。


本来なら、凱旋の拠点になるはずの場所だ。

だが今は、やけに静かだった。


「……なあ」


ヴァルハルト=レオンが、椅子に深く腰を沈めたまま天井を見る。


「俺たち、今回なにした?」


沈黙。


それが答えだった。


ライザ=クロウデルが、テーブルに肘をついて溜息を吐く。


「現地確認して、

 異常を“見て”、

 蒼衡に下がれって言われて——終わり」


「剣、抜いてないな」


「一回もね」


ノイン=フェルツが、淡々と茶を啜る。


「正確には、

 抜いた瞬間に“意味が生まれる”から、抜けなかった」


「英雄って便利な存在だよな」


ライザが乾いた笑いを浮かべる。


「前に立てば、世界が“物語”として動く」


「でも今は、その“物語”が邪魔」


イリス=アークライトは、窓の外を眺めたまま静かに言った。


「民衆は落ち着いている。

 不安も混乱も、ほとんどない」


「……それって、いいことじゃない?」


ヴァルハルトが、少しだけ戸惑った声を出す。


イリスは、首を横に振る。


「“英雄のおかげ”じゃない、という点を除けばね」


その言葉が、胸に刺さる。


英雄とは何か。


剣を振る者か。

魔法を放つ者か。

それとも——


「名前を背負う者、だよな」


ヴァルハルトが、低く呟いた。


「誰かが選び、

 誰かが守り、

 誰かが責任を負ったって——

 分かる形で残す存在」


ノインが、ゆっくり頷く。


「だが今は、

 “誰も選ばず、誰も背負わない”世界が進んでいる」


「英雄が立つと、

 その瞬間に“選ばせた”ことになる」


ライザが、椅子の背にもたれた。


「だから、前に出られない」


「前に出たら、

 世界を“分かりやすく”しちゃうから」


沈黙が落ちる。


それは敗北ではない。

だが、勝利でもない。


イリスが、ぽつりと言った。


「……《非裁定ノーリトリート》の連中」


「選ばせないまま、殴ってた」


「ずるいよね」


ライザが苦笑する。


「英雄の美味しいとこ、全部持っていった感じ」


「でも——」


ヴァルハルトが、拳を見つめた。


「俺、あれ見て思った」


「英雄じゃなくても、

 世界って守れるんだなって」


その言葉に、誰もすぐ返せなかった。


ノインが、少し考えてから言う。


「……英雄が不要になった、とは違う」


「ただ、“英雄であること”が

 最適解じゃない局面が増えた」


ライザが、肩をすくめる。


「職業変更?」


「引退?」


「まだだ」


ヴァルハルトは、はっきり言った。


「俺は剣を置かない」


「ただ——」


一拍。


「次は、“選ばれずに立つ方法”を探す」


イリスが、静かに微笑む。


「それができたら、

 英雄はまた別の形で物語になる」


「……面倒な時代だな」


ライザが、立ち上がって背伸びをする。


「でもまあ、嫌いじゃない」


ノインが、珍しく小さく笑った。


「英雄が“何者か”を、

 もう一度考える時代だ」


外では、人々がいつも通り歩いている。


誰も英雄の名を呼ばない。

誰も救済を求めていない。


それでも——

世界は、確かに続いている。


ヴァルハルトは、剣に手を置いた。


「……次に呼ばれる時は」


「“前に出ろ”じゃなくていい」


「ただ——」


「立ってろ、でいい」


英雄の役割は、変わり始めていた。


だが、消えてはいない。


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