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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第14章 答えを出せない者たち

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切れない均衡

蒼衡そうこう――

《アズール・バランス》の部隊は、すでに現場を制圧していた。


村の外縁。

退路、遮断済み。

周囲の地形、掌握完了。


敵影なし。

魔族反応なし。

宝珠反応なし。


「……状況報告」


セイン=ヴァルクスの声は、いつも通り低く、冷静だった。


「被害者七名。全員、生存」


「外傷なし、魔力汚染なし」


「発生時刻は、ほぼ同時」


部下の報告は簡潔で、無駄がない。


「原因は?」


「……不明です」


一瞬の沈黙。


だが、誰も動揺しない。

蒼衡は「分からない」ことに慣れている。


「切り分けろ」


即座に指示が飛ぶ。


「地理的要因、環境要因、心理的要因」


「可能性を一つずつ排除する」


部隊が動く。

結界術式、検知陣、記録魔導。


すべてが正確で、迅速で、無駄がない。


それでも――

何も出ない。


「……隊長」


部下の一人が、声を落とす。


「“異常”が、存在しません」


「異常がないこと自体が異常です」


セインは、倒れている村人を見下ろした。


呼吸は正常。

脈も安定。

魂の欠損もない。


それなのに。


「……立ち上がれ」


声をかけても、反応はない。


拒絶も、恐怖も、絶望もない。


何も、残っていない。


「切れないな」


セインが、静かに言った。


部下が一瞬、言葉を失う。


「……対象が存在しない以上、裁定不能」


「均衡処理は……」


「不可能だ」


断言だった。


蒼衡は、

“切るための組織”だ。


だが今、

切るべきものが存在しない。


「宝珠は?」


「未流通です」


「魔族は?」


「痕跡ゼロ」


「敵意は?」


「……感じられません」


セインは、ゆっくりと息を吐いた。


苛立ちではない。

焦りでもない。


無力感に、最も近い感覚。


「……《非裁定ノーリトリート》が言っていたな」


部下が、顔を上げる。


「“答えを出した瞬間に負ける敵”」


セインは、否定しなかった。


「確かに……

 これは、切れば済む話ではない」


だが、次の言葉は冷たい。


「それでも、我々は立ち止まれん」


「均衡が崩れれば、

 世界は壊れる」


村を見渡す。


静かで、平和で、

——もう戻らない場所。


「監視を敷け」


「隔離は最小限」


「だが……

 再発すれば、容赦なく封鎖する」


部下が、敬礼する。


「了解」


その背中を見送りながら、

セインは拳を、わずかに握った。


(……切れない敵)


(これほど厄介なものは、ない)


同じ頃。


別の場所で、

非裁定ノーリトリート》は

“立って”止めていた。


切れない。

立つしかない。


その対比が、

静かに世界を削り始めていた。


封鎖は、完璧だった。


蒼衡そうこう――《アズール・バランス》は、

村の出入口すべてに結界を張り、

外部との接触を遮断した。


「再発の兆候は?」


「……ありません」


部下の報告は、正確で、冷静だ。


「ですが、回復の兆しもない」


倒れた村人たちは、

生きている。


眠っているわけでも、

呪われているわけでもない。


ただ、“何も始めない”。


「……判断を誤れば」


副官が、言葉を選びながら続ける。


「このまま、

 同様の村が増えます」


セインは、否定しなかった。


「分かっている」


だからこそ――

切る選択肢が、脳裏をよぎる。


村ごと隔離。

立ち入り禁止区域指定。

必要なら、住民の強制移送。


理屈は、揃っている。


「隊長」


副官が、静かに言った。


「“原因不明の異常”として処理し、

 危険区域に指定すれば——」


「止まるか?」


セインは、即座に返した。


「……一時的には」


「だが、

 別の場所で起きる」


それは、確信だった。


「切る対象がない以上、

 切っても意味はない」


「……だが」


言葉が、詰まる。


蒼衡は、

“意味が薄くても切る”ことで

世界を守ってきた。


だが今回は、

切るほどに歪みが広がる。


「……忌々しい」


思わず、漏れた本音。


部下たちは、

その言葉に驚かなかった。


それほどまでに、

現場が異常だった。


「《非裁定ノーリトリート》は……」


誰かが、口にした名前。


セインは、しばらく沈黙し、

やがて低く答えた。


「……立って止めているらしい」


「切らずに?」


「そうだ」


「正気ですか」


即座に出た反応。


だが、

セインは否定しなかった。


「正気だろう」


「だからこそ、

 止まっている」


沈黙が落ちる。


切る組織が、

“切らないやり方”の有効性を

認めざるを得ない瞬間。


「……だが」


セインは、拳を握る。


「それでは、

 救えない者が出る」


「彼らは、

 守るが、戻せない」


その言葉に、

誰も返せなかった。


蒼衡は、剣の柄に手を置く。


引き抜けば、

判断は簡単になる。


だが——


「……まだだ」


剣は、抜かれなかった。


「均衡は、

 拙速な裁定を拒む」


「今は……

 切らない」


その決定は、

蒼衡にとっても異例だった。


「監視を継続」


「情報を集めろ」


「《非裁定ノーリトリート》の動きも、

 すべて記録する」


部下が、頷く。


「了解」


村を後にしながら、

セインは空を見上げた。


(……答えを出さない戦いか)


(厄介な連中に、

 先を越されたものだ)


蒼衡は、まだ切っていない。


だがその迷いは、

確実に世界の行く先を変え始めていた。


蒼衡そうこうからの報告は、

非裁定ノーリトリート》にも届いていた。


簡潔で、無駄がない。


――宝珠未流通村。

――同様の症状を確認。

――原因不明。

――裁定不能。

――監視継続。


「……同じだね」


ミリアが、短く息を吐く。


「向こうも、

 切れなかったんだ」


リュカが、報告書を閉じる。


「情報量は多い」


「でも、

 結論は出てない」


エルドが、低く頷いた。


「……俺たちと同じだ」


同じ敵。

同じ現象。

同じ“分からなさ”。


それでも、

立ち方は違う。


「蒼衡は、

 切る前提で考えてる」


レインが、静かに言う。


「切れないから、

 止まってる」


「僕たちは、

 切らない前提で立ってる」


「だから……

 最初から、止まってる」


ミリアが、少し困ったように笑う。


「言い方、ずるいね」


「でも……

 たぶん、そう」


沈黙が落ちる。


どちらも、

間違っていない。


どちらも、

足りていない。


その頃。


別の場所で、

セイン=ヴァルクスも

同じ報告を読んでいた。


非裁定ノーリトリート

初遭遇。

立って止めた。


「……立つ、か」


副官が、慎重に言う。


「切らずに止めるのは、

 有効だったようです」


セインは、否定も肯定もしなかった。


「止まっただけだ」


「救えてはいない」


「だが……」


一瞬、言葉が途切れる。


「切っても、救えない」


その事実が、

蒼衡の判断を縛っていた。


(同じ場所に、

 立っている)


(だが、

 見ている方向が違う)


セインは、静かに命じる。


「情報共有は続けろ」


「干渉は、まだしない」


「だが——

 近づきすぎるな」


その距離感は、

敵に対してではない。


非裁定ノーリトリート》に対してのものだった。


夜。


レインは、一人で外に出た。


空は、曇っている。


星は、見えない。


(……同じことを、

 考えてるんだろうな)


蒼衡も。

世界機関も。


答えを出さず、

それでも動かなければならない。


レインは、深く息を吸う。


「……立つしか、ない」


それは、

誰かに勝つための言葉ではない。


自分が、

崩れないための言葉だった。


遠くで、

風が吹く。


同じ夜空の下で、

別の誰かもまた、

答えを出せずに立っている。


世界は、まだ壊れていない。


だが、

どちらが先に崩れるかは、

もう分からなかった。


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