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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第14章 答えを出せない者たち

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何も奪われていない村

村は、静かすぎた。


宝珠は流通していない。

行商も来ない。

英雄譚が語られることもない。


山あいにある、小さな村。

麦畑と家畜、古い井戸と木造の家屋。


——どこにでもある、はずの場所。


「……音がない」


リュカが、低く呟いた。


戦域把握バトルフィールド・リード》は正常に働いている。

敵影なし。

魔力反応なし。

異常値も、観測されない。


それでも。


「生きてる感じが、薄い」


ミリアが、歩きながら言った。


「誰かに見られてる気配もないのに……

 安心できない」


村の中央広場に出ても、人影はまばらだった。


畑を耕す男。

井戸端に座る老人。

だが、目が合っても反応が鈍い。


挨拶をしても、

返事は返ってくる。


——ただし、感情が伴わない。


「……こんにちは」


レインが声をかける。


老人は、ゆっくりと顔を上げた。


「……ああ」


「旅の人かい」


声は穏やか。

拒絶も警戒もない。


だが、その瞳には——

何も映っていなかった。


「最近、変わったことはありませんでしたか?」


レインの問いに、老人は首を傾げる。


「変わったこと……?」


少し考え込み、

それから、こう言った。


「……特には」


ミリアが、思わず口を挟む。


「誰か、倒れたりとか……

 元気がなくなった人はいない?」


老人は、しばらく黙ってから、答えた。


「……ああ」


「そう言えば」


胸が、ざわつく。


「若いのが、何人か……

 朝、起きなくなった」


「病気でも怪我でもない」


「ただ……

 “起きる理由がない”って感じでな」


その言葉に、

誰もすぐ返せなかった。


「……宝珠は?」


リュカが、念のため確認する。


「知らん」


即答だった。


「そんなもの、

 この村には来とらん」


エルドが、地面に手をつく。


存在係留そんざいけいりゅう》が、

静かに周囲を測る。


「……何も、いない」


「それが、一番おかしい」


レインは、村を見渡した。


争った形跡はない。

奪われた痕跡もない。

魔物の足跡も、結界反応もない。


それなのに——

村全体が、少しずつ“軽くなっている”。


(……宝珠じゃない)


(願いも、欲望も、関係ない)


その瞬間。


広場の端で、

一人の若者が、ゆっくりと膝を折った。


倒れる、というより——

立つのをやめた。


「……っ!」


ミリアが駆け寄る。


「大丈夫!? ねえ!」


若者は、息をしている。

脈もある。


だが、目を開けたまま、

何も見ていない。


レインが、歯を噛みしめる。


「……来てる」


「これは——

 もう、始まってる」


宝珠未流通村。


何も奪われていない場所で、

最初の異変は、静かに口を開けていた。


若者は、静かに呼吸を続けていた。


死んでいない。

眠っているわけでもない。


ただ、“起き続ける理由”が失われている。


「……回復、効かない」


ミリアが歯を食いしばる。


癒しの術式は発動している。

身体的な異常も、精神汚染も検出されない。


それでも、若者は反応しなかった。


「光も……拒まれてない」


イリスの言葉が、会議室での発言を思い出させる。


——癒す理由がない。


「……来る」


リュカが、短く告げた。


戦域把握バトルフィールド・リード》が、

初めて“何か”を捉えた。


敵影ではない。

魔力でもない。


空間の“密度”が、

一箇所だけ歪んでいる。


「前だ」


エルドが、一歩前に出る。


存在係留そんざいけいりゅう》が、

周囲を“ここに在る”と固定する。


その瞬間。


空気が、ゆっくりと沈んだ。


音が消えるわけでも、

視界が歪むわけでもない。


ただ、

考えが重くなる。


「……っ」


ミリアが、剣を握る。


「なんか……

 やる気、吸われてない?」


返事をしようとした瞬間、

村の別の場所で——


また一人、倒れた。


「……二人目」


リュカの声が、硬い。


それは攻撃じゃない。

範囲でもない。


**“そこに居るだけ”**で、

人が削れていく。


レインが、前に出る。


「……聞こえる?」


誰にともなく、問いかける。


返事はない。


だが、

歪みが、ほんの一瞬だけ揺れた。


「……反応、した?」


次の瞬間。


歪みの中心から、

“何か”が形を取った。


人の形に、似ている。


だが輪郭は曖昧で、

顔ははっきりしない。


武器もない。

敵意もない。


それなのに——

そこに居るだけで、息が苦しい。


「……魔物じゃない」


ミリアが、呟く。


「……人でもない」


エルドが、盾を構える。


だが、

“守る対象”が定まらない。


「……レイン」


リュカが、声を落とす。


「これ……

 倒せる気、しない」


レインは、否定しなかった。


「うん」


「たぶん——

 倒す相手じゃない」


それでも、

その存在は近づいてくる。


触れられない。

攻撃も、意味を持たない。


——だが、このままでは、

村が削り尽くされる。


レインは、深く息を吸った。


「……《非裁定ノーリトリート》」


仲間が、視線を合わせる。


「立つ」


それだけを、選ぶ。


剣を振らない。

魔法を撃たない。


ただ、

そこに居続ける。


エルドが、さらに一歩前に出る。


存在係留そんざいけいりゅう》最大。


歪みが、止まった。


いや——

進めなくなった。


“何か”が、

初めて迷う。


理由も、敵意もない存在が、

立ち続ける意思に引っかかる。


ミリアが、震える声で言う。


「……効いてる?」


「……違う」


レインは、静かに答えた。


「通れないだけだ」


それで、十分だった。


歪みは、

しばらくその場に留まり——


やがて、

何も残さず、薄れていった。


倒していない。

追い払ってもいない。


ただ、

“これ以上は進めなかった”。


静寂が戻る。


村は、まだそこにある。


だが。


倒れた若者たちは、

目を覚まさなかった。


「……勝ってない」


ミリアが、ぽつりと呟く。


レインは、頷く。


「でも——

 負けてもいない」


それが、

この敵との最初の戦いだった。


歪みが消えたあとも、

村はすぐには動き出さなかった。


風は吹いている。

家畜も鳴いている。


それなのに、

人の気配だけが、薄い。


「……完全には、戻らないか」


リュカが、倒れた若者を見下ろしながら言った。


脈は安定している。

命の危険もない。


だが、目を覚まさない。


「これ以上、減ることはない」


エルドが、静かに断言する。


存在係留そんざいけいりゅう》が、

まだ村全体を“ここにある”と留めていた。


「でも……」


ミリアが唇を噛む。


「この人たちは……

 このまま、なの?」


レインは、すぐには答えられなかった。


守れた。

確かに、村は守れた。


だが、

失われた“理由”は戻っていない。


「……戻らない、かもしれない」


正直な言葉だった。


ミリアの肩が、わずかに揺れる。


「そんな……」


「戦ったのに……」


「うん」


レインは、否定しなかった。


「だから、これは——

 勝利じゃない」


村長が、ゆっくりと近づいてくる。


「……旅の方々」


声は、かすれている。


「守ってくれたことは、

 分かっとります」


「でも……

 この若いのらは」


言葉が、続かない。


レインは、深く頭を下げた。


「……ごめんなさい」


英雄でも、裁定者でもない。


ただの一人の人間として。


その姿を見て、

村長は静かに首を振った。


「……謝られる理由は、ない」


「生きているだけでも、

 ありがたい」


その言葉が、

逆に胸に刺さる。


非裁定ノーリトリート》は、

村を後にした。


完全な解決を、

何一つ持たないまま。


街道を歩きながら、

ミリアが小さく言う。


「……これ、増えるよね」


「うん」


レインは、即答した。


「間違いなく」


リュカが、視線を落とす。


「“立てば止まる”」


「でも、

 立ち続けなきゃ意味がない」


エルドが、短く頷く。


「……削られるのは、

 時間だな」


遠くで、鐘が鳴った。


別の村。

別の場所。


同じ異変が、

今もどこかで起きている。


「……報告、上げよう」


レインが言う。


「宝珠じゃない」


「魔族でもない」


「敵意も、目的も、

 確認できない」


「それでも——

 “立てば止まる”」


それだけが、

唯一の成果だった。


空は、曇り始めていた。


答えは、まだ遠い。


だが、

世界は確実に、

何かに飢え始めている。


非裁定ノーリトリート》は、

歩みを止めない。


立つために。

答えを出さないために。


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