答えを出せない者たち
円卓は、久しぶりに満席だった。
英雄。
世界機関。
蒼衡――《アズール・バランス》。
そして、《非裁定》。
立場も思想も違う者たちが、
同じ危機を前に集められている。
「……確認する」
世界機関代表が、重く口を開いた。
「宝珠由来ではない被害が、
複数地点で確認された」
「外傷なし。
魔物化なし。
争いも痕跡もない」
羊皮紙が、円卓に広げられる。
描かれているのは、
“生きているが、何も求めなくなった人々”。
「……生きる意思が、
抜け落ちている」
イリス=アークライトが、静かに呟く。
「光でも、癒しでも、
反応しない」
ヴァルハルト=レオンが、腕を組んだ。
「敵は?」
「……分からない」
その即答が、
場の空気を重くした。
「魔族ではないのか?」
「断定できない」
「宝珠の反動?」
「それも違う」
蒼衡のセイン=ヴァルクスが、
冷静に告げる。
「切り捨てられる対象が、存在しない」
「原因が個体でも集団でもない以上、
均衡処理は不能だ」
それは、
蒼衡にとっての敗北宣言だった。
視線が、自然とレインに向く。
「……レイン」
世界機関の者が、言葉を選ぶ。
「君は、どう見る?」
レインは、少しだけ考え――
首を振った。
「分からない」
即答だった。
「でも、一つだけ言える」
円卓を見渡す。
英雄も、蒼衡も、
誰一人として目を逸らさない。
「これは、
誰かを倒せば終わる話じゃない」
「切っても、
裁いても、
救っても……」
一度、言葉を切る。
「答えを出した瞬間に、負ける敵だ」
沈黙。
誰も反論しない。
できない。
ミリアが、小さく息を吸った。
「……じゃあ、どうするの?」
レインは、ゆっくりと答えた。
「まだ、決めない」
「決められない」
「だから――」
《非裁定》の名を、
はっきりと口にする。
「立ち続ける」
その言葉に、
賛同も反発も起きなかった。
ただ全員が、理解した。
ここから先は、
これまでのやり方が
一つも通用しないということを。
円卓の上で、
灯りが静かに揺れる。
世界は、
答えを求めている。
だが――
その答えを、
誰も出せない。
沈黙を破ったのは、ヴァルハルト=レオンだった。
「……要するにだ」
大剣を背に預け、腕を組む。
「殴れない。
斬れない。
敵かどうかも分からない」
「そんなものを相手に、
どう戦えと言う?」
英雄として、極めて正直な問いだった。
ライザ=クロウデルも肩をすくめる。
「正直、俺も同じだ」
「敵意がないなら、
囮にもならねぇ」
「守る相手が“何も欲しがらない”なら、
守りようもないしな」
イリスが、静かに言葉を挟む。
「……光も、意味を失う」
「癒す理由がないから」
その一言が、
場の空気をさらに重くした。
世界機関の代表が、資料を指で叩く。
「では、こう考えるのはどうか」
「宝珠流通を、
全面的に停止する」
「人々の欲望そのものを、
抑制する方向へ——」
その瞬間。
「却下だ」
セイン=ヴァルクスが、即答した。
「欲望を抑えれば、
別の場所で歪みが生じる」
「均衡は、
流れを止めることで保たれない」
世界機関が、眉をひそめる。
「では、どうする?」
セインは、淡々と告げた。
「原因が特定できない以上、
被害拡大要因を切り捨てる」
「宝珠、集会、
異常兆候地域——」
「すべて、
秩序側で管理・隔離する」
ミリアが、思わず声を上げた。
「それって……」
「人を、選ぶってこと?」
セインは、否定しない。
「必要ならな」
その瞬間、
空気が張り詰めた。
レインが、静かに口を開く。
「それは……
“答えを出す”やり方だ」
セインの視線が、レインを捉える。
「いつまでも答えを出さなければ、
世界は喰われる」
「選ばないという選択も、
また一つの選別だ」
レインは、一歩も引かない。
「でも、それは」
「誰かに“生き方を決めさせる”ことになる」
「それは、
今回の敵がやっていることと同じだ」
一瞬。
本当に一瞬だけ、
セインの眉が動いた。
「……詭弁だ」
「我々は秩序を守る」
「貴様らは、
理想を守る」
「守るものが違うだけだ」
ミリアが、拳を握る。
「違わない!」
「誰かを切る前提で守る世界なんて、
守ってない!」
「それは……」
言葉が荒くなる。
リュカが、珍しく口を挟んだ。
「……やめよう」
「このまま続けても、
結論は出ない」
エルドが、低く頷く。
「どちらも、
間違ってはいない」
「だからこそ、
噛み合わない」
沈黙。
英雄たちは、
そのやり取りを黙って見ていた。
やがて、
ヴァルハルトが深く息を吐く。
「……ガキの喧嘩だな」
ライザが、苦笑する。
「でもさ」
「剣を振れない敵って、
一番厄介だろ?」
イリスが、目を伏せたまま言った。
「……答えを急いだら、
負ける」
その言葉に、
全員が気づく。
この会議は、
何も決められなかった。
だが同時に、
一つだけ共有された。
――今までの正解は、
ここでは使えない。
レインは、静かに呟く。
「……まだ、立つしかない」
「答えを出さずに」
セインは、
それ以上何も言わなかった。
ただ、
視線を外した。
秩序と非裁定。
その距離は、
少しだけ、広がった。
会議は、結論を出さないまま終わった。
拍子抜けするほど、あっさりと。
世界機関の代表が、書類を閉じる。
「……本日の議題は、ここまでとする」
誰も異議を唱えなかった。
唱えられなかった、が正しい。
英雄も、蒼衡も、
《非裁定》も、
今は決められないことを理解していた。
「解散だ」
その一言で、円卓は役目を終える。
立ち上がる音が、静かに重なる。
ヴァルハルトが、レインの横を通り過ぎるとき、
ぽつりと呟いた。
「……厄介な敵だな」
「剣を抜く理由すら、奪ってくる」
レインは、小さく頷いた。
「はい」
「だから、
まだ立っていられるのかもしれません」
ライザが、後ろから肩をすくめる。
「立ってるだけでいい戦いなんて、
初めてだぜ」
イリスは、最後に振り返る。
「……無理はしないで」
「“答えを出さない”のは、
とても疲れるから」
ミリアが、少し驚いた顔で見る。
「イリスさん……」
「ええ」
「でも、必要な疲れよ」
蒼衡のセイン=ヴァルクスは、
何も言わずに会議室を出ていった。
その背中は、
いつもと変わらない。
だがレインには、
わずかに重く見えた。
会議室が空になる。
その直後、
世界機関の通信晶が、低く鳴った。
「……報告?」
担当官が顔を上げる。
「新たな異変を確認」
「場所は——
宝珠未流通地域」
全員が、同時に動きを止めた。
「内容は?」
「……同じです」
「争いなし。
被害痕跡なし」
「ただ、
“生きる理由を失った者”が増えている」
沈黙。
誰も、驚かなかった。
むしろ――
来たか、という空気だった。
レインが、静かに言う。
「……小さいですね」
「はい」
担当官が頷く。
「ですが、
確実に増えています」
ミリアが、唇を噛む。
「これ……」
「放っておいたら、
ダメなやつだよね」
レインは、否定しなかった。
「うん」
「でも、
今ここで答えを出すのも違う」
一歩、前に出る。
「だから――」
《非裁定》の名を、
もう一度、口にする。
「行って、立つ」
「切らない」
「裁かない」
「選ばせない」
「……それだけを、やる」
リュカとエルドが、無言で並ぶ。
ミリアが、深く息を吸って笑った。
「……分かった」
「また、心配かけるんでしょ」
「たぶんね」
「もう」
そう言いながらも、
彼女は一歩も引かなかった。
遠くで、
鐘の音が鳴る。
世界は、まだ回っている。
答えは、まだ出ていない。
だが。
出さないと決めた者たちが、
再び動き始めていた。




