英雄は“正面”から来る
宝珠未使用者の集会は、本来なら静かなものだった。
恐怖に怯え、欲望から距離を取ろうとした者たちが、
せめて互いの無事を確かめ合うために集まっただけの、小さな広場。
——そこへ。
空気が、裂けた。
「……来るぞ!」
リュカの《戦域把握》が即座に警鐘を鳴らす。
空間の上方、瓦礫の影、建物の縁。
宝珠に歪められた魔物化個体と、
それを統率する魔族配下が、同時に姿を現した。
「ちっ、集会狙いかよ……!」
ミリアが前に出ようとする、その瞬間——
大剣が、空から落ちた。
否。
落ちたのではない。
“叩きつけられた”。
轟音。
地面が沈み、衝撃波が魔物の群れをまとめて吹き飛ばす。
「——遅れてすまん」
砂煙の向こうから現れたのは、
巨剣を肩に担いだ男。
ヴァルハルト=レオン。
「英雄案件だと聞いてな」
次の瞬間、左右から影が走る。
「前線は任せろ!」
双短剣が閃き、魔族配下の喉元を次々に裂く。
殺さない。
だが完全に戦闘不能にする、洗練された遊撃。
ライザ=クロウデルが、笑いながら駆け抜けていた。
「ほらほら、動くなよー。
生き残りたきゃ、ちゃんと倒れとけ!」
空が、白く染まる。
「——《光域補正》展開」
静かな声と同時に、光が降り注ぐ。
魔物化個体の動きが鈍り、宝珠由来の歪みが抑え込まれていく。
イリス=アークライト。
「宝珠の影響……想定以上ね。
でも、ここでは通さない」
英雄三人が揃った瞬間、
戦場の“格”が変わった。
魔族配下が焦りを見せる。
「ば、馬鹿な……!
英雄が、こんな辺境に——!」
「運が悪かったな」
ヴァルハルトが一歩踏み出す。
《信奉撃》
剣が振り下ろされるたび、
“不要と判断された魔物”がまとめて消える。
ライザが隙間を縫い、
イリスの光が逃げ道を塞ぐ。
完璧な連携。
圧倒的な制圧。
レインたち《非裁定》は、
一歩引いた位置から、それを見ていた。
「……すげぇな」
ミリアが思わず呟く。
「これが、“英雄が本気で動く”ってことか」
だが。
レインだけが、違和感を覚えていた。
(……おかしい)
(配下は多い。でも——指揮官がいない)
宝珠事件の規模に対して、
出てきた魔族が“軽すぎる”。
まるで——
「時間稼ぎ……?」
その呟きは、戦場の喧騒にかき消された。
英雄たちは勝っている。
完璧に。
派手に。
誰の目にも明らかな“正義の勝利”。
——だが。
この戦場の外側で、
別の“秩序”が動いていることを、
まだ誰も知らなかった。
英雄たちが戦場を制圧している、その頃。
街の外れ。
崩れた修道院跡の地下。
光も歓声も届かない場所で、
別の戦いはすでに終盤に入っていた。
「……なるほど」
低い声が、冷たく響く。
瓦礫の向こう。
血を流しながら、なお余裕の笑みを浮かべる女がいた。
魔族幹部――リュクシア。
「人間にしては、よく嗅ぎつけたわねぇ?」
「宝珠を辿って? それとも私を?」
舌なめずりするその姿は、
恐怖も焦りも演技じみている。
愉悦。
追い詰められることすら、彼女にとっては“遊び”だった。
「英雄たちは表でド派手にやってる頃かしら?」
「いいわねぇ……希望がある顔って」
「壊しがいが——」
その言葉は、最後まで続かなかった。
「質問は終わりだ」
前に立つ男が、淡々と告げる。
セイン=ヴァルクス。
《蒼衡/アズール・バランス》の指揮官。
「貴様は“逸脱要因”と判定された」
リュクシアが、初めて目を細める。
「あら……裁定?」
「それ、あの子たちの役目じゃなくて?」
「《非裁定》……だったかしら?」
嘲るような視線。
「彼らは甘いわ」
「裁かない? 切らない? 選ばせない?」
「そんなの——」
セインは、静かに剣を構えた。
「だからこそ、我々がいる」
周囲に、気配が増える。
大剣を引きずる音。
魔導陣が無言で展開される。
立ち位置そのものが、逃げ道を塞ぐ。
《蒼衡/アズール・バランス》
四人が、すでに配置を終えていた。
「世界は、均衡によって守られる」
セインが告げる。
「秩序維持のための犠牲は、許容される」
リュクシアが、口元を歪める。
「……あは」
「いいわ。嫌いじゃない」
「じゃあ——どこまでできるかしら?」
彼女が一歩、踏み出した瞬間。
「《未来収束(みらいしゅうそく/フューチャー・ロック)》」
リィネ=フォルテの魔導が発動する。
空間が、一つの結末に固定された。
「な……っ?」
「逃走、反撃、交渉——」
「すべて排除済みだ」
「《配置誘導(はいちゆうどう/フォース・ポジション)》」
ユール=セティアが指を鳴らす。
リュクシアの立ち位置が、
“斬られる位置”へと強制的に収束する。
「ちょ……待ちなさい!」
愉悦が、焦りに変わる。
「私はまだ——!」
「《断定斬(だんていざん/デシジョン・スラッシュ)》」
ガラン=ディオルの大剣が、迷いなく振り下ろされた。
危険。
不要。
排除。
その一撃に、感情は一切乗っていなかった。
血が、床に広がる。
リュクシアは、膝をつく。
「……っ、は……」
「つまらない……」
最後まで、笑おうとして。
——首が、落ちた。
静寂。
誰も、勝利を宣言しない。
セインは、剣を収めて言った。
「我々は《非裁定》ではない」
「甘さは、秩序を壊す」
「——それだけだ」
外では、英雄たちが喝采を浴びている。
この場所で起きたことを、
知る者はほとんどいない。
だが。
この“均衡の刃”は、
確実に次の波紋を生んでいた。
戦いは、完全に終わっていた。
宝珠に歪められた魔物化個体はすべて排除され、
魔族配下も拘束、あるいは逃走。
広場には、生き残った人々の安堵と、
英雄たちへの感謝の声が満ちている。
「……助かりました、英雄様!」
「もう、宝珠なんて二度と……!」
イリスは静かに頷き、
ライザは軽く手を振り、
ヴァルハルトは大剣を地面に突き立てて空を仰いだ。
「ふん……後始末は終わりだな」
その少し後方で、
《非裁定》は集まっていた。
「……指揮役が、いなかった」
リュカが、低く言う。
「この規模で動かすなら、普通は前線指揮が要る」
「なのに、最初から統制が甘かった」
エルドが、盾に手を置いたまま続ける。
「“時間稼ぎ”だった可能性が高い」
ミリアが、レインを見る。
「……レイン、気づいてた?」
レインは、少しだけ遅れて頷いた。
「うん」
「たぶん……別の場所で、別の決着がついてる」
その直後。
蒼衡からの連絡が入った。
簡潔な報告。
淡々とした文面。
――魔族幹部一名、排除完了。
名前を見て、レインは息を止めた。
「……リュクシア」
英雄たちも、表情を変える。
「聞いたことがある名だな」
ヴァルハルトが眉をひそめる。
「今回の一連、裏で糸を引いていた可能性が高い幹部だ」
ライザが口笛を吹く。
「へぇ……やるじゃん、蒼衡」
イリスは、少しだけ視線を落とした。
「……もう、話を聞くことはできないのね」
沈黙が落ちる。
誰も、「間違っている」とは言わなかった。
同時に、
誰も「正しい」とも言わなかった。
ミリアが、ぽつりと呟く。
「……私たちだったら」
その先を、言葉にしなかった。
レインが、静かに答える。
「捕まえたと思う」
「問い詰めて、暴いて……」
「それでも、切らなかった」
「……うん」
ミリアは、拳を握る。
「それが甘いって、言われるんだろうね」
「たぶんね」
レインは、空を見上げた。
英雄たちが守った空。
秩序が保たれた世界。
でも、その裏側で、
誰かは静かに切り捨てられている。
「……子供の喧嘩、みたいなもんだ」
レインが、苦笑する。
「どっちが正しいかなんて、決めきれない」
「でも——」
一歩、前に出る。
「僕は、僕のやり方を変えない」
「裁かない」
「退かない」
「選ばせない」
ミリアが、隣に立つ。
リュカとエルドも、何も言わず並ぶ。
その少し離れた場所で、
英雄たちは彼らを見ていた。
ヴァルハルトが、低く言う。
「……面倒な連中だ」
ライザが笑う。
「だから嫌いじゃない」
イリスは、静かに目を閉じた。
この世界は、まだ平和だ。
だが。
均衡と非裁定。
切る者と、切らない者。
その溝は、
確実に、深くなっていた。
——次に割れるのは、
どちらの“正しさ”か。
それは、まだ誰にも分からない。
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