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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第58章

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再び、降りるという選択

 断門獣を越えたあの日から、ずいぶん時が過ぎた。


 クロスロードは、いつも通りだ。


 市場は騒がしく、

 鍛冶場は火を絶やさず、

 依頼書は積み上がる。


 だがノーリトリートの事務所だけは、

 どこか静かだった。


 ***


 ミリアは木剣を振り下ろし、

 ぴたりと止める。


 止まる。


 だが戻らない。


「……やっぱり遅い」


 動きは正確だ。

 力も出る。


 だが“踏み込みの決断”が、

 半拍遅れる。


 それは致命的ではない。


 だが、

 あの場所では致命的になる。


 ***


 エルドは盾を構え、

 目を閉じる。


 呼吸を整え、

 重心を落とす。


 完璧だ。


 だが踏み出す瞬間、

 わずかに“迷う”。


「……抜けきらん」


 断門獣戦の残滓。


 判断遅延。


 身体ではなく、

 “決断”に残る疲労。


 ***


 エルフィナは、

 《生命線維持ライフ・ラインキープ》を

 小さく展開する。


 繋がる。


 だが深く繋がらない。


「……無理に深くしない方がいいですね」


 繋ぎすぎれば、

 また壊れる。


 慎重すぎる自分に、

 苦笑する。


 ***


 リュカは紙を前にして、

 筆を止めている。


 成功率を出そうとして、

 やめた。


 数値が意味を持たない。


 判断が戻っていない状態での計算は、

 “誤差”が大きすぎる。


「……暗いな」


 それが本音だった。


 ***


 カイラは椅子に座り、

 両手を組んでいる。


戦況最適化オーバードライブ》を

 起動しようとする。


 出ない。


 無理に引き上げれば出る。


 だが――


 怖い。


 あの“完璧な視界”に、

 戻るのが。


「……まだ、いい」


 呟きは、弱くない。

 選択だ。


 ***


 ノウンは窓辺に立ち、

 淡々と告げる。


「判断遅延、微減傾向」


 一拍。


「完全回復には、未達」


 それで十分だ。


 全員が理解している。


 あの戦いは、

 肉体ではなく、

 “構造”を削った。


 ***


 ピコは床でぽよ、と跳ねる。


「……まだ、おもい」


 レインが視線を落とす。


 深層迷宮の圧は、

 中層を越えた先にある。


 断門獣は門だった。


 ならば――


 その先は、

 何かの“裁定場”だ。


 ***


 レインは静かに言う。


「戻る」


 誰も驚かない。


 否定もしない。


 ただ、目が揃う。


「完全じゃないまま、行く」


 回復を待てば、

 安定するかもしれない。


 だが迷宮は待たない。


 深層域は、

 今も存在している。


 未踏のまま。


 ***


 ミリアが小さく笑う。


「嫌な言い方するね」


「事実だ」


 エルドが頷く。


「進まんと、戻らん」


 ***


 カイラがゆっくり立ち上がる。


「……最適解は出ない」


 一拍。


「でも、進むことは決められる」


 それでいい。


 ノーリトリートは、

 完全でなくても立つ。


 裁定しない。

 だが止まらない。


 ***


 深層迷宮《アビスレイヤー深層部》。


 断門獣の先。


 中層の奥。


 深層域。


 そこに何があるのか、

 まだ誰も知らない。


 だが一つだけ分かっている。


 今度は、

 門ではない。


 裁定の残響が、

 待っている。


 ***


 レインは最後に言う。


「今度は――」


 一拍。


「戻らない前提で行く」


 その言葉は、

 重い。


 だが誰も逸らさない。


 ピコが、小さく頷いた。


「……うん」


 深層迷宮《アビスレイヤーⅤ》の入口は、

 相変わらず無愛想だった。


 石壁は湿り、

 風はなく、

 光は浅い。


 だが――


 前回より、静かだ。


 ***


 断門獣を越えた通路へ向かう。


 足音が響く。


 だが、

 響き方が違う。


 半拍、遅れて返る。


 リュカが足を止める。


「……今、遅れたな」


 ノウンが即答する。


「音声反射遅延、約〇・四秒」


 空間が変質している。


 敵意ではない。


 だが“構造”がずれている。


 ***


 断門獣がいた広間へ入る。


 死骸はない。


 残骸もない。


 だが――


 床に、細い溝が走っている。


 門の輪郭。


 閉じた痕跡。


 レインが膝をつき、

 触れる。


 冷たい。


 だが魔力反応はない。


「……門は閉じた」


 ミリアが周囲を見回す。


「追ってこないって言ってたよね」


「追わない」


 ノウンが淡々と告げる。


「役目終了」


 断門獣は、

 門だった。


 越えた時点で、

 存在理由が消えた。


 ***


 さらに奥へ進む。


 空気が重い。


 重さは圧ではない。


 “均一でない重力”。


 踏み込む足に、

 微妙な抵抗が生まれる。


 ミリアが眉をひそめる。


「……なんか、変」


 一歩踏み出すと軽い。

 次の一歩は重い。


 意図と一致しない。


 エルドが低く言う。


「試されてるな」


 ***


 カイラが目を閉じ、

 《戦況最適化オーバードライブ》を

 わずかに起動する。


 演算が走る。


 だが途中で止まる。


「……地形が、固定されてない」


 重力が微細に変動する。


 空間そのものが、

 “判断”を揺らす構造。


 ***


 エルフィナが小さく息を吸う。


「……嫌な感じ」


 生命反応はない。


 敵意もない。


 だが“見られている”。


 どこからか、

 真上から。


 影が、真下に落ちない。


 光源が、分からない。


 ***


 ピコがぽよ、と跳ねる。


「……ちかい」


 レインが視線を落とす。


「何がだ」


「……きめるやつ」


 その言葉で、

 全員の空気が引き締まる。


 裁定。


 断門獣は門だった。


 その先は、

 裁く者の領域。


 ***


 通路が、ゆるやかに開ける。


 前方に、暗い円形空間。


 まだ完全には見えない。


 だが確かに、

 “広い”。


 リュカが小さく呟く。


「……位相が変わる」


 ノウンが続ける。


「深層域接続点、推定」


 ここが境界だ。


 中層ではない。


 だがまだ、

 裁定場そのものでもない。


 ***


 レインは振り返る。


 誰も逸らさない。


 完全ではない。


 回復もしていない。


 判断遅延も残っている。


 それでも。


「行く」


 その一言で、

 全員が前を見る。


 ***


 足を踏み出す。


 円形空間へ入った瞬間。


 空気が変わる。


 音が止まる。


 足音が、

 遅れて返る。


 重力が、わずかに沈む。


 そして――


 中央に、

 砕けた光輪。


 崩れた石柱。


 黒曜石の鏡面床。


 そこに、


 立っている。


 片翼は崩れ、

 片翼は完全。


 地面に触れていない足。


 光が、垂直に落ちる。


 ***


 堕天使《断罪失墜者グラヴィエル》。


 その目が、

 ゆっくりと開いた。


 遅れて。


「……再訪者」


 声が、

 半拍遅れて響く。


 裁定が、

 始まる。


 片翼の堕天使は、

 ゆっくりと視線を巡らせた。


 六人と一体。


 その全員を、

 順番に。


 急がない。


 だが、

 見落とさない。


 ***


「……判断遅延」


 低く、静かな声。


 それは嘲笑ではない。


 事実確認。


「未回復」


 光が、わずかに強まる。


 影が足元に落ちない。


 真下ではない。


 “裁定の角度”から照らしている。


 ***


 ミリアが剣を構える。


 軽い。


 だが踏み込みが、

 ほんの少し遅れる。


 その遅れを、

 見られている。


 エルドが盾を前に出す。


 床の重力がわずかに沈む。


 踏み出した瞬間、

 足が半拍重くなる。


 空間が、選別している。


 ***


 リュカが即座に観測する。


「空間圧、均一でない」


 ノウンが続ける。


「裁定場構造、形成中」


 まだ完全ではない。


 だが始まっている。


 ***


 堕天使の背後。


 砕けた光輪が、

 かすかに震える。


「……ここは」


 一拍。


「秩序の残響」


 声が、遅れて返る。


 自分の声すら、

 空間に遅れる。


 判断の遅れを、

 強制する場。


 ***


 レインが一歩前へ出る。


「門ではないな」


 堕天使の目が細くなる。


「門は、越えられた」


 それは認めている。


「だが」


 空気が沈む。


「越えた者は、裁かれる」


 その瞬間。


 光が、わずかに収束する。


 言葉が“形”を持ち始める。


 ***


 ピコがぽよ、と小さく跳ねる。


「……まだ」


 堕天使の視線が向く。


 遅れて。


「……裁いてない」


 その言葉に、

 光が揺らぐ。


 一瞬。


 ほんの一瞬。


 裁定の角度が、ぶれる。


 ***


 堕天使は静かに言う。


「未確定は、罪だ」


 その言葉と同時に。


 空間の重力が、

 微妙に沈む。


 ミリアの足がわずかに止まる。


 カイラの視界が歪む。


 リュカの計算が揺れる。


 ***


 光が集まる。


 堕天使の掌に。


 まだ放たれない。


 だが形成されている。


「――断罪は、宣告から始まる」


 それは技名ではない。


 予告だ。


 ***


 レインは、深く息を吸う。


 完全ではない。


 回復もしていない。


 だが止まらない。


 《完全模写理解フル・アナライズ・コピー》を

 浅く展開する。


 重い。


 理解が重い。


 裁定という構造そのものが、

 押し付けられてくる。


 ***


 ノウンが静かに言う。


「第一段階、接触直前」


 エルフィナが息を整える。


 エルドが足を固定する。


 カイラが、わずかに演算を走らせる。


 リュカが、手元を握りしめる。


 ミリアが剣を握る。


 ピコが、小さく言う。


「……きた」


 ***


 堕天使の掌が、

 ゆっくりと開く。


 光が、線となる。


 裁定の始まり。


 断罪の前触れ。


 音が、半拍遅れて響く。


「――有罪」


 その言葉が落ちる直前で、話は終わる。

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