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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第57章 余白の外側

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残された余白

 白い塔は、そこに在る。


 七日前と変わらないようで、同じではない。


 灰色の線は消えた。


 外殻は白いまま。


 だが近づいても、空気は薄くない。


 削られない。


 揺らがない。


 ただ、静かだ。


 ***


 柵は残っている。


 完全封鎖ではない。


 だが不用意に触れない距離。


 管理官の報告は簡潔だった。


 「拡張なし。崩壊兆候なし。観測安定」


 曖昧なまま、安定。


 クロスロードらしい結論。


 ***


 市場は戻っている。


 鍛冶場の音。


 露店の呼び声。


 行き場を失った者も、選び損ねた者も、


 同じ石畳を歩いている。


 塔はその背後にある。


 だが中心ではない。


 恐怖の象徴でもない。


 ただの“あるもの”。


 ***


 子供が塔を指さす。


「ねえ、あれ何?」


 母親が少し考える。


「まだ分からないの」


 子供は首を傾げる。


「危ないの?」


「今は、大丈夫」


 断言ではない。


 否定でもない。


 分からないことを、分からないままにしている。


 それが、この街の強さだ。


 ***


 ノーリトリートの事務所。


 扉は開いている。


 客は来る。


 依頼もある。


 塔の件は、特別扱いされていない。


 “管理案件”として残っているだけだ。


 ***


 ミリアが椅子に腰かけ、伸びをする。


「なんか、変な終わり方だったね」


 エルドが苦笑する。


「派手さはねえな」


 リュカは淡々と記録を整理している。


 カイラは演算履歴を保存する。


 ノウンは窓から塔を見ている。


 エルフィナは、静かに息を整える。


 ***


 レインは窓辺に立つ。


 白い塔を見る。


 内部の灰色の揺らぎは、感じられる。


 消えていない。


 固定もされていない。


 だが、暴れてもいない。


 均衡は続いている。


 ***


「後悔は?」


 ミリアが不意に問う。


 レインは少し考える。


「ない」


 一拍。


「楽ではないけどな」


 消す選択は、簡単だった。


 固定して、壊せば終わる。


 だが終わらせなかった。


 その重さは、残る。


 ***


 エルフィナが静かに言う。


「でも、薄くなってない」


 街は削られていない。


 人は消えていない。


 塔は残っている。


 それだけで、十分だ。


 ***


 ピコが窓辺へ跳ねる。


 ぽよ、と塔を見つめる。


「いる」


 小さな声。


 レインが頷く。


「ああ」


 いる。


 敵でも味方でもない。


 消すべきものでも、崇めるものでもない。


 ただ、在る。


 ***


 白い塔の奥。


 観測外層の灰色は、静かに揺れている。


 濃くもならず、


 薄くもならず、


 ただ、在る。


 選ばれなかった存在。


 記されなかった余白。


 それでも消されなかった。


 ***


 クロスロードの空は、いつも通りだ。


 正しさがすれ違い続ける街。


 裁定しない者たちの拠点。


 境界に立つ存在。


 塔はその象徴ではない。


 ただの余白だ。


 ***


 白い外殻の奥で、


 灰色の揺らぎが、ほんの少しだけ安定する。


 固定されないまま。


 消えないまま。


 余白は、まだある。


 夕暮れ。


 クロスロードの石畳が、橙に染まる。


 塔もまた、白ではなく淡い金色に見える。


 光の加減だ。


 それだけのはずだ。


 ***


 事務所の中は静かだ。


 依頼書が積まれ、


 茶が湯気を立てる。


 何も変わらない日常。


 だが、ほんのわずかに違う。


 ***


 ピコが、いつもより少しだけ重い。


 ぽよ、と跳ねる音が、半拍遅れる。


 ミリアが気づく。


「なんか、重くない?」


 ピコは首を傾げる。


「おもくないよ」


 だが、レインには分かる。


 灰色の欠片が、まだ残っている。


 侵食ではない。


 融合でもない。


 ただの痕跡。


 余白が触れた証。


 ***


 エルフィナがそっと手をかざす。


 《共感同調》。


 負荷はない。


 異常もない。


 ただ、静かだ。


「……安定してる」


 安心と同時に、


 わずかな違和感。


 ピコは、前よりも“深い”。


 ***


 リュカが報告する。


「白域外縁、縮小傾向」


 カイラが頷く。


「都市観測圧、通常値」


 七日の緊張は、抜けている。


 商会も動いていない。


 危険物指定の話は流れた。


 クロスロードは、


 “分からないまま置く”ことを選んだ。


 ***


 ノウンが窓辺で呟く。


「余白は、保存された」


 消去ではない。


 封印でもない。


 保存。


 観測されながら、


 裁定されなかった存在。


 それは、この街の構造そのものだ。


 ***


 レインは椅子に座り、目を閉じる。


 観測圧の残滓が、まだ胸の奥にある。


 都市の視線。


 固定の衝動。


 正しさの圧。


 消せば楽だった。


 決めれば早かった。


 だが決めなかった。


 その選択は、消えない。


 ***


「後悔は?」


 今度はエルドが問う。


 レインは小さく笑う。


「慣れないな、こういうのは」


 裁定しないという選択は、


 何もしないことではない。


 立ち続けることだ。


 決めないまま、責任を持つことだ。


 ***


 窓の外。


 塔の白が、夜の青に溶ける。


 内部の灰色の揺らぎは、感じられる。


 だが暴れない。


 静かだ。


 観測され、


 否定されず、


 肯定もされず、


 ただ在る。


 ***


 ピコが窓枠に乗る。


 ぽよ、と塔を見る。


「ともだち」


 誰に向けた言葉でもない。


 だがレインは頷く。


「ああ」


 敵でもない。


 守るべき対象でもない。


 ただ、存在として並ぶ。


 ***


 そのとき。


 塔の奥で、灰色の揺らぎがほんのわずかに濃くなる。


 不穏ではない。


 拡張でもない。


 ただ、“応答”。


 観測されていることへの、静かな返答。


 ***


 クロスロードの夜は深い。


 正しさがすれ違う街。


 選ばれなかった者が歩く街。


 裁定しない者が立つ街。


 白い塔は、その風景の一部になった。


 消されなかった余白。


 固定されなかった存在。


 それでも在る。


 ***


 レインは最後に塔を見上げる。


 決めなかった。


 だが逃げなかった。


 それでいい。


 余白は、まだある。


 そして――


 それは、壊さなくても世界は回るという証明だ。


続きが気になったら良ければブックマークでも…!

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