表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第57章 余白の外側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1021/1040

理由の希薄化

 天井の未記入部分が、わずかに濃くなる。


 黒ではない。


 穴でもない。


 “書き込まれていない領域”。


 そこから落ちた影は、床に広がったまま揺れている。


 揺れているのに、動いていない。


 確定しない。


 ***


 ミリアは刀を握り直す。


「……大丈夫」


 そう言うが、わずかに遅い。


 ほんの数秒前。


 彼女は“ここにいる理由”を見失いかけた。


 エルフィナが静かに寄り添う。


 《共感同調エンパシー・リンク》。


 精神の輪郭を補強する。


 だが違和感は消えない。


 回復ではなく、保持だ。


 削られたものは戻らない。


 ***


 リュカが端末を睨む。


「記憶ログ、部分欠損」


「短期保持、維持率低下」


 カイラが即座に補助演算。


「影内部でのみ発生」


「外に出れば回復傾向」


 つまり――


 塔内部は“動機減衰空間”。


 戦う理由。


 進む理由。


 存在する理由。


 それらを薄くする。


 ***


 ノウンが静かに言語化する。


「削っているのは記録ではない」


 一拍。


「意味」


 空間は攻撃していない。


 傷つけていない。


 ただ、意味を減らす。


 それだけで、立っていられなくなる。


 ***


 レインは中央に立つ。


 影の縁に足を踏み入れる。


 すぐに変化が来る。


 視界が白くなる。


 耳鳴り。


 そして――


 疑問。


 “なぜ来た?”


 その問いが、浮かぶ。


 自分の中から。


 ***


 《完全模写理解フル・アナライズ・コピー》を発動する。


 対象:影。


 解析開始。


対象分類:情報減衰場

構造定義:未確定

原因層:観測外


 弾かれる。


 構造を読もうとすると、


 “読む理由”が薄くなる。


 思考の根が揺らぐ。


 レインは目を細める。


 初めてだ。


 理解が、進まない。


 ***


 ミリアが踏み込もうとする。


 だが一瞬、止まる。


「……斬る意味、ある?」


 その言葉に、全員の背筋が冷える。


 意味。


 戦闘の正当性。


 目的。


 それを奪われると、刃は鈍る。


 ***


 エルドが低く唸る。


「意味がなくても、立つ」


 だが声は重い。


 削られている。


 少しずつ。


 ***


 ピコが中央へ歩く。


 影の中心へ。


 ぽよ、と跳ねない。


 ゆっくり。


 影が揺れる。


 だが弾かれる。


 ピコの輪郭は減らない。


「へらないよ」


 静かな声。


「ここ、かなしいだけ」


 レインが問う。


「何が?」


 ピコは天井を見る。


「えらばれなかった」


 その言葉で、全員が気づく。


 アンレコードは、


 消された存在ではない。


 “選ばれなかった存在”。


 記録されなかった。


 確定されなかった。


 だから、意味がない。


 だから、意味を削る。


 ***


 塔の壁がわずかに脈打つ。


 都市全体が、共鳴する。


 白域は今、


 自分の性質を明確にしている。


 削るのは身体ではない。


 存在の理由。


 戦う意味。


 前へ進む根拠。


 それを薄くする。


 ***


 レインは影の中で立ち続ける。


 理由が揺らぐ。


 だが、消えない。


 《非裁定通過ノー・ジャッジ・パス》が、


 意味の希薄化を横断する。


 完全には防げない。


 だが、崩れない。


 ***


 天井の未記入部分が、ゆっくりと拡張する。


 黒ではない。


 白でもない。


 “何も書かれていない”。


 そこから、初めて。


 声のない振動が落ちる。


 言葉ではない。


 だが、明確な問い。


 ――なぜ、ここにいる?


 影が広がる。


 塔内部の空気が、薄くなる。


 そして。


 全員の胸の奥に、


 同じ空白が生まれる。


 ――なぜ、ここにいる?


 問いは音ではなかった。


 だが全員の内側に、同時に生まれた。


 言葉にする前に、心の奥を撫でる。


 意味を削る。


 ***


 ミリアが歯を食いしばる。


「……依頼、だよね?」


 確認するように。


 エルフィナが答える。


「裁定不能区域の調査」


 だが声に確信が薄い。


 依頼だから来た。


 それは事実だ。


 だが。


 それだけか?


 ***


 エルドが低く言う。


「放っとけねえからだ」


 都市の外縁で、帰還者がいた。


 記録が消えた。


 削られた。


 それを見た。


 だから来た。


 だが影の中で、その“だから”が薄れる。


 ***


 リュカが端末を握る。


「観測不能を放置すると拡張する」


 理屈。


 だが理屈も揺らぐ。


 “拡張する”という予測が、確定しない。


 カイラが補足する。


「最適行動、調査継続」


 だが演算の基盤が薄い。


 最適も曖昧になる。


 ***


 ノウンが言う。


「理由は後付け」


 一拍。


「我々は、立つから立つ」


 だがその言葉も、影の中で軽くなる。


 立つ意味が希薄になる。


 ***


 レインは中央に立つ。


 問いが再び浮かぶ。


 ――なぜ、ここにいる?


 理解しようとすればするほど、


 問いは深くなる。


 《完全模写理解》は動かない。


 理由が揺らぐから。


 理解する土台が揺らぐ。


 ***


 ほんの一瞬。


 レインの中で、


 選択肢が浮かぶ。


 “帰る”。


 理由が薄いなら、


 戻ればいい。


 削られない。


 安全。


 塔の外は確定している。


 クロスロードは重い。


 意味がある。


 ***


 だが。


 ピコが、ぽよ、と揺れる。


 影の中心で。


「いるよ」


 小さな声。


「ぼくは、いる」


 問いに答えていない。


 理由を語らない。


 ただ、在る。


 ***


 影が揺らぐ。


 ピコの輪郭は削れない。


 彼は理由で存在していない。


 “へらない”。


 だから揺らがない。


 ***


 エルフィナが気づく。


「……理由、なくても」


 小さな声。


「一緒にいる」


 それは論理ではない。


 依頼でもない。


 正義でもない。


 ただ、立っている。


 隣に。


 ***


 ミリアがゆっくり刀を抜く。


「意味なくても、斬るよ」


 それは戦意ではない。


 姿勢だ。


 エルドが頷く。


「理由はあとで考えりゃいい」


 リュカが端末を下ろす。


「観測、継続」


 カイラが演算を止める。


「最適ではなく、同行」


 ノウンが静かに言う。


「存在を優先」


 ***


 レインは目を閉じる。


 問いは消えない。


 だが、答えない。


 答えを出せば、固定される。


 固定されれば、削られる。


 だから。


「理由は、いらない」


 静かな声。


 《非裁定通過》が、影を横断する。


 意味を決めない。


 正しさを掲げない。


 ただ立つ。


 それが、ここでの最適。


 ***


 天井の未記入部分が、わずかに震える。


 影が収縮する。


 問いが薄れる。


 アンレコードは、


 “理由で削れないもの”に、


 干渉できない。


 ***


 塔の壁面に、初めて明確な亀裂が入る。


 白い石に、黒い線。


 空間が歪む。


 次の段階へ進む合図。


 削れなかった。


 だから。


 次は、別の手段。


 塔全体が、わずかに沈む。


 床が震える。


 都市が、戦闘準備に入る。


 塔が、静かに沈んだ。


 崩壊ではない。


 傾斜でもない。


 空間そのものが、層をずらす。


 床が揺れる。


 だが音はない。


 振動だけが、身体に直接伝わる。


 ***


 ミリアが一歩踏み出した瞬間。


 床の模様が変わる。


 白い石が、黒く染まる。


 円形の空間が、六分割される。


 音もなく。


 線が走る。


 境界線。


 リュカが叫ぶ。


「分断!」


 ***


 エルドが戦域を拡張する。


 だが遅い。


 白い床が、透明になる。


 ミリアの足元が消える。


 落ちるわけではない。


 “隔離される”。


 彼女の姿が、歪む。


 次の瞬間。


 消えた。


 ***


「ミリア!」


 エルフィナが叫ぶ。


 だが返事はない。


 彼女の立っていた位置は、白いまま。


 存在の残滓もない。


 ***


 次に、エルド。


 彼の足元も黒く染まる。


 《戦域定着》が弾かれる。


 空間が薄い。


 “重さ”が確定しない。


 そして、消える。


 ***


 カイラ。


 リュカ。


 エルフィナ。


 ノウン。


 順に、輪郭が揺らぎ、消える。


 音はない。


 悲鳴もない。


 ただ、“別の層へ移動させられた”。


 ***


 塔内部は、静寂に戻る。


 中央に立っているのは、レインだけ。


 肩の上には、ピコ。


 ぽよ、と揺れる。


「ひとりじゃないよ」


 レインは頷く。


「分断か」


 空間は削らない。


 理由も削らない。


 ならば次は。


 “孤立”。


 ***


 天井の未記入部分が、わずかに開く。


 黒いものが落ちてくるわけではない。


 ただ、圧が集中する。


 中央一点へ。


 レインの立つ位置へ。


 ***


 塔の壁面に映像が浮かぶ。


 幻影。


 クロスロード。


 街。


 ノーリトリートの事務所。


 空席。


 ミリアがいない。


 エルフィナがいない。


 エルドも、リュカも、カイラも。


 “最初から存在しなかった”ような街。


 記録がない。


 影がない。


 存在が確定していない。


 ***


 問いが、再び浮かぶ。


 ――なぜ、立つ?


 理由を答えろ。


 固定しろ。


 選べ。


 ***


 レインは動かない。


 映像を見つめる。


 存在が消えた世界。


 自分一人だけが確定している都市。


 “救える”。


 今なら。


 選べば。


 固定すれば。


 ***


 ピコが静かに言う。


「きえないよ」


 映像を指す。


「ほんとは、いる」


 削られているのは記録。


 存在ではない。


 レインはゆっくり息を吐く。


 《非裁定通過》。


 映像を横断する。


 肯定もしない。


 否定もしない。


 固定しない。


 ***


「戻る」


 誰に向けた言葉でもない。


 だが塔が反応する。


 未記入部分が、わずかに揺らぐ。


 分断は成功した。


 だが孤立は成立しない。


 レインは“理由で立っていない”。


 だから削れない。


 ***


 床が再び白に戻る。


 空間が震える。


 遠くで、ミリアの刃の音が響く。


 遅れて。


 エルドの衝撃。


 エルフィナの息遣い。


 リュカの解析音。


 カイラの演算波。


 ノウンの静かな観測。


 層が、再接続する。


 塔は、試した。


 分断して。


 孤立させて。


 意味を問い。


 理由を削ろうとした。


 だが。


 削れない。


 だから次は――


 姿を出すしかない。


 天井の未記入部分が、ゆっくりと裂ける。


 黒が、初めて形を持つ。


 完全ではない。


 だが。


 “輪郭”が、降りてくる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ