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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第57章 余白の外側

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確定しない地形

 白域は、奥へ進むほど静かになる。


 音が遅れるだけではない。


 “減る”。


 足音は一度しか鳴らない。


 反響がない。


 風が吹いても、葉は揺れない。


 揺れたという事実が、確定しない。


 ***


 ミリアが低く言う。


「さっきより、軽い」


 地面の感触がさらに薄い。


 《戦域定着フィールド・ステイ》を展開していなければ、


 足場そのものが曖昧になる。


 エルドが空間を押さえる。


「重みが抜けてる」


 重力はある。


 だが“踏んだ記録”が残らない。


 ***


 リュカが端末を確認する。


「現在位置、再補正不能」


「入口との距離、算出不可」


 カイラが補助演算を回す。


「空間歪曲、周期性なし」


 最適解が存在しない。


 不規則。


 偶然。


 固定できない。


 ***


 前方の森が、突然“都市”に変わる。


 廃墟の壁。


 崩れた塔。


 白い石畳。


 誰も触れていないのに、


 数秒後には再び森に戻る。


 エルフィナが息を呑む。


「ここ、どこ?」


 ノウンが答える。


「確定していない」


 場所が、まだ決まっていない。


 森でも都市でもない。


 その“間”。


 ***


 ピコが静かに揺れる。


 影がない空間で、彼だけが輪郭を保っている。


「こっち」


 小さな声。


 レインは歩を進める。


 白域は抵抗しない。


 ただ、決めない。


 ***


 進むほどに、違和感が強くなる。


 エルフィナが立ち止まる。


「……私、怪我してた?」


 誰も即答できない。


 さっきの戦闘で擦り傷を負ったはずだ。


 だが、痕が曖昧だ。


 回復したのか。


 最初からなかったのか。


 確定しない。


 リュカが低く言う。


「履歴が減衰している」


 時間が経つほど、


 過去が薄くなる。


 ***


 レインは静かに観測を試みる。


 《構造読解・空白挿入ブランク・インサート》。


 白域そのものを読む。


 だが表示は曖昧だ。


対象:未定義領域

構造層:未確定

固定基準:不在


 “基準がない”。


 それが、この空間の本質。


 ***


 突然、地面が水面になる。


 足が沈む。


 だが濡れない。


 次の瞬間、石畳に戻る。


 ミリアが即座に構える。


「今、何か見た」


 エルドも頷く。


「いたな」


 遠く。


 都市の輪郭の奥。


 白い塔の上に、


 黒い“穴”のようなものが一瞬だけ現れる。


 形はない。


 影もない。


 だが確かに、“中心”だ。


 リュカが息を詰める。


「偏り検出」


 カイラが短く言う。


「演算不能」


 ノウンが静かに告げる。


「核」


 ***


 それは、こちらを見ていない。


 観測していない。


 だが、存在している。


 そしてその瞬間。


 全員の足元から“過去”が抜け落ちる。


 さっきの雑魚戦の記憶が、薄れる。


 ミリアが眉を寄せる。


「さっき……何と戦った?」


 エルフィナが震える。


「いたよね?」


 リュカの端末が、完全に白紙になる。


戦闘記録:未検出


 レインの目が細くなる。


 理解できない。


 だが、確信だけがある。


 今、見た。


 あれが。


 《無記録存在アンレコード》。


 白域の奥で、


 確定を拒むものが、


 静かに待っている。


 塔の上の黒い穴は、次の瞬間には消えていた。


 森に戻る。


 何もなかったように。


 だが、違う。


 今、全員の呼吸が揃っていない。


 時間の感覚が微妙にズレている。


 ***


「さっき、何と戦った?」


 ミリアの問いは、冗談ではない。


 本気で思い出せない。


 エルドが眉をひそめる。


「……獣だ」


「たぶん」


 たぶん。


 確信がない。


 エルフィナが自分の腕を見る。


 擦り傷があったはずだ。


 だが、ない。


「私、回復……した?」


 リュカが端末を再起動する。


「戦闘ログ、白紙」


「外縁ログも消失」


 カイラが冷静に言う。


「記憶削減」


 事象が消えているのではない。


 “記憶が薄れている”。


 ***


 ノウンが静かに告げる。


「核が干渉している」


 一拍。


「観測外から」


 アンレコードは直接攻撃していない。


 だが、存在の確定を削っている。


 過去を、削る。


 ***


 地面が揺れる。


 揺れたはずなのに、振動が遅れて届く。


 数秒後。


 ドン、と。


 塔の幻影が再び現れる。


 今度は消えない。


 白い石壁が、半分だけ確定する。


 森と都市が重なっている。


 そしてその中央。


 黒い穴が、ゆっくりと広がる。


 ***


 圧。


 音もなく、圧がかかる。


 空気が重くなる。


 エルドが即座に《戦域定着フィールド・ステイ》を展開。


 足場を固定する。


 だが圧は、地面ではない。


 意識にかかる。


 エルフィナが膝をつく。


「……薄い」


 自分の存在が、薄くなる。


 輪郭が曖昧になる感覚。


 ***


 レインが前へ出る。


 《非裁定通過ノー・ジャッジ・パス》。


 干渉を横断する。


 圧は減る。


 だが消えない。


 《構造読解・空白挿入ブランク・インサート》を再試行。


対象:未定義

観測層:不在

理解対象:存在記録なし


 また弾かれる。


 理解の土台がない。


 ***


 黒い穴が、わずかに“こちらを見る”。


 目ではない。


 視線でもない。


 だが、“選別”している。


 ミリアの姿が一瞬、歪む。


 次の瞬間、彼女が立っている位置が微妙にズレる。


「……今、私、いた?」


 エルドが即座に腕を掴む。


「いる」


 触れた感触が、確定する。


 触れていなければ、ズレたままだった。


 ***


 カイラが即座に演算を回す。


「存在希薄化、対象選別型」


「無差別ではない」


 リュカが続ける。


「観測強度が低い者ほど削られる」


 つまり。


 曖昧な者から、消えていく。


 ***


 ピコが、ぽよ、と大きく跳ねる。


「こっち、みてる」


 全員の視線が集まる。


 黒い穴が、ピコを“見る”。


 だが。


 何も起きない。


 ピコの輪郭は揺らがない。


 影はないのに、存在は確定している。


 ***


 ノウンが低く言う。


「固定不能同士は干渉しない」


 アンレコードは、ピコを削れない。


 白域と性質が近い。


 だから弾かれる。


 ***


 レインの目が静かに細まる。


「削るなら」


 一歩、前へ出る。


「俺を削れ」


 黒い穴が、わずかに脈動する。


 空間が歪む。


 レインの視界が白くなる。


 そして――


 自分の過去が、わずかに薄れる。


 さっきの戦闘の手応え。


 獣を斬った感触。


 それが、遠ざかる。


 ***


 だが。


 レインは立っている。


 消えていない。


 《非裁定通過》が、削りを横断する。


 完全には消えない。


 だが完全にも残らない。


 曖昧なまま、存在する。


 ***


 黒い穴が、静かに広がる。


 白域の空間が、塔へと収束する。


 ミリアが刀を構える。


「本体だね」


 エルドが頷く。


「行くしかねえ」


 白域は逃がさない。


 過去を削り、


 存在を薄め、


 確定を拒む。


 だが。


 核はそこにある。


 未記録の中心。


 《無記録存在アンレコード》。


 そして白域は、


 本格的に牙を向け始めた。


「削るなら、俺を削れ」


 レインの声は静かだった。


 黒い穴が、わずかに脈動する。


 だが――


 何も起きない。


 圧も増さない。


 視線も消える。


 次の瞬間、塔の幻影ごと、都市の輪郭が崩れた。


 森に戻る。


 揺れも、音も、痕跡も残らない。


 ***


 沈黙。


 全員が呼吸を整える。


 エルフィナがゆっくり立ち上がる。


「……いなくなった?」


 リュカが端末を確認する。


「反応、消失」


 だが、数値は正常ではない。


 座標は未確定のまま。


 カイラが低く言う。


「撤退推奨」


 演算上、今は進むべきではない。


 ***


 ミリアが空を見上げる。


「さっきの、あれ」


「見られてたよね」


 否定する者はいない。


 エルドが拳を握る。


「攻撃はしてこない」


「でも、圧はあった」


 触れてはいない。


 だが“選別”はしていた。


 ***


 レインは森の奥を見る。


 静かだ。


 鳥も鳴かない。


 風も揺れない。


 だが“気配”はある。


 核は、奥だ。


 確実に。


 ***


 ピコが、ぽよ、と跳ねる。


「いるよ」


 小さな声。


 だが迷いはない。


「おく」


 エルフィナがしゃがみ、目線を合わせる。


「怖くないの?」


 ピコは首を傾げる。


「こわくない」


 一拍。


「でも、かなしい」


 森の空気がわずかに重くなる。


 ***


 ノウンが言う。


「観測はされている」


「だが、まだ裁定はされていない」


 レインが短く頷く。


「だから消えた」


 本気で削るなら、さっき削れた。


 だが削らなかった。


 それは――


 まだ“確定していない”から。


 ***


 リュカが地面に小型記録杭を打ち込む。


「帰還基準、設置」


 カイラが座標固定補助を展開する。


 エルドが戦域を薄く維持。


 エルフィナが全員の精神負荷を均す。


 ミリアが周囲を警戒。


 ノウンは、何もしていないようで、常に在る。


 そしてレインは、


 白域の奥を見つめる。


 ***


「今日はここまでだ」


 撤退ではない。


 観測終了。


 境界線を確認しただけだ。


 ***


 森を戻る途中。


 後ろを振り返ると、


 一瞬だけ、


 塔の影が見えた。


 白い塔。


 その頂に、黒い穴。


 だが今度は脈動しない。


 ただ、在る。


 遠い。


 だが確実に。


 ***


 白域の外へ出た瞬間、


 全員の身体が重くなる。


 存在が、急に確定する。


 地面が“重い”。


 空気が“濃い”。


 エルフィナが小さく笑う。


「……ちゃんと、いる」


 自分がいる。


 それがこんなにも重い。


 ***


 レインが静かに言う。


「奥にいる」


 誰も否定しない。


 削られはしなかった。


 だが、確実に見られた。


 そして、次は。


 逃げられない。


 ***


 ピコがぽよ、と跳ねる。


「また、あいにいく?」


 レインは、短く答える。


「ああ」


 まだ戦いではない。


 だが――


 もう引き返せない。


 白域の奥で、


 確定を拒む存在が、


 静かに待っている。


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