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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第57章 余白の外側

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未発生の斬撃

 白域の内部は、距離感が狂っていた。


 数十歩進んだはずなのに、背後の森はまだ近い。


 振り返れば、入口は曖昧に霞んでいる。


「位置固定、不能」


 リュカが淡々と告げる。


 《余白検知スペース・サーベイ》が三度目の再演算を行う。


 だが地図は完成しない。


因果散布カオス・ディスパース……補正失敗」


 カイラが短く息を吐く。


 《最適遮断オプティマム・ブレイク》を待機させたまま、動かない。


 最適解が算出できない。


 それ自体が異常だ。


 ***


 前方の空間が揺れる。


 揺れではない。


 “輪郭が遅れて描かれる”。


 白い地面の上に、影のない獣のようなものが現れた。


 四足。


 だが足が地面に触れていない。


 輪郭が不安定だ。


 ノウンが即座に言語化する。


「存在確定していない」


 エルドが前に出る。


 《戦域定着フィールド・ステイ》を展開。


 地面が重くなる。


 空間の位相を固定する技。


 白域の中で、初めて“重さ”が生まれた。


「動くな」


 ミリアが前に出る。


 刀身が白域の光を反射しない。


「いくよ」


 彼女は踏み込む。


 《前断剣ぜんだんけん》。


 一直線。


 迷いのない斬撃。


 確実に、確実に“当たった”。


 手応えがある。


 獣の輪郭が裂けた。


 ***


 だが。


 傷が、ない。


 裂けたはずの輪郭が、揺らいで戻る。


 時間が巻き戻ったのではない。


 “斬撃が未発生扱いになった”。


 ミリアの目が細くなる。


「当たった」


 確かに。


 だが白域は何も記録していない。


 リュカが低く言う。


「攻撃事象、保持失敗」


 カイラの視界に数式が崩れる。


「ダメージ収束予測、未成立」


 ***


 獣が跳ぶ。


 影がない。


 だが衝撃だけが来る。


 エルドが盾を構える。


 《破綻予告ブレイク・コール》を発動。


 衝撃の瞬間を先読みする。


 受け止めた。


 確かに、受け止めた。


 だが。


 盾に傷がない。


 衝撃音だけが遅れて響く。


 カン……。


 数秒後に。


 ***


 エルフィナが即座に支援に入る。


 《同調回復ハート・レストア》。


 エルドの魔力消耗を補う。


 だが、次の瞬間。


 回復が“なかったことになる”。


 魔力値が元に戻らない。


「……え?」


 彼女の声が震える。


 レインは静かに前へ出る。


 《非裁定通過ノー・ジャッジ・パス》を展開。


 攻撃と防御の境界を曖昧にする。


 獣の輪郭に手を伸ばす。


 《構造読解・空白挿入ブランク・インサート》。


 本来なら、構造を読み、余白を挿入し、固定する。


 だが――


対象:未定義

構造情報:取得不可


 初めて。


 弾かれた。


 レインの目がわずかに揺れる。


 ***


 ピコが肩で揺れる。


「へらない」


 獣の輪郭が、ピコを“掠める”。


 だが何も起きない。


 消えない。


 揺らがない。


 白域の中で、ピコだけが確定している。


 ノウンが静かに言う。


「履歴消去ではない」


 一拍。


「履歴未生成」


 攻撃が消されているのではない。


 最初から、記録されていない。


 ***


 ミリアが再び構える。


「じゃあ」


 低く、鋭く。


「何回でもやるだけ」


 白域の中で、戦闘が始まった。


 だがそれは、


 “戦ったことが残らない戦闘”。


 記録されない斬撃。


 未発生の衝撃。


 存在が確定しない敵。


 白域は、まだ本気を見せていなかった。


「何回でもやるだけ」


 ミリアの踏み込みは、迷いがない。


 《立塞りっさい》。


 一瞬で間合いを詰め、退路を断つ。


 獣の輪郭を囲い込む。


 今度は、空間ごと固定する。


 エルドが《戦域定着フィールド・ステイ》を重ねる。


 足場を“確定”させる技。


 白域の希薄な地面に、重みが戻る。


 リュカが叫ぶ。


「因果一点収束!」


 カイラが即座に応じる。


 《最適遮断オプティマム・ブレイク》発動。


 逃げ道を数式で潰す。


 ミリアの刃が走る。


 今度は二段。


 《制圧連打・封路撃サプレッション・コンボ》。


 確実に、確実に、重ねる。


 斬撃が白域を裂く。


 輪郭が崩れる。


 獣の形が揺らぐ。


 ***


 だが。


 “崩れた”という事実が、確定しない。


 裂けたはずの空間が、


 数秒後に“元から無傷だった”形に戻る。


 時間逆行ではない。


 巻き戻しでもない。


 事象が、存在していない。


 エルドが低く唸る。


「確定しねえ」


 ノウンが補足する。


「因果が保存されない」


 ***


 獣が跳躍する。


 今度は明確に、エルフィナを狙う。


 影はない。


 だが殺意はある。


 ミリアが即座に割り込む。


 《迎撃戦技・衝断カウンター・スラッシュ》。


 衝撃を叩き返す。


 当たった。


 確実に当たった。


 獣の身体が弾き飛ぶ。


 白い地面に転がる。


 ――が。


 転がる音が、遅れてやってくる。


 カラ……。


 カララ……。


 数秒後に。


 そして、


 転がった事実が消える。


 獣は最初の位置に戻っている。


 ***


 カイラが歯を食いしばる。


「演算収束不能」


「被害予測、無効化」


 彼女の《非効率行動ロス・ムーブ》が発動する。


 あえて最適を捨て、偶然に寄せる。


 不規則な動きで撹乱。


 だが白域は、撹乱を記録しない。


 ノウンが言う。


「観測されない限り、事象は確定しない」


 レインが静かに呟く。


「観測しても、保存されない」


 ***


 エルフィナが息を整える。


 《感応分離エモート・セパレート》を発動。


 恐怖を切り離す。


 冷静さを保つ。


 だが魔力消耗の履歴が、確定しない。


 回復も、疲労も、曖昧になる。


 自分がどれだけ消耗しているのか分からない。


 それが一番怖い。


 ***


 レインが前に出る。


 今度は直接触れにいく。


 《非裁定通過ノー・ジャッジ・パス》。


 攻撃でも防御でもない。


 存在を横断する技。


 手が輪郭に触れる。


 感触はある。


 だが、意味がない。


 《構造読解・空白挿入ブランク・インサート》再試行。


対象:未定義

理解対象:存在記録なし

模写不可


 完全に拒絶される。


 初めての“理解不能”。


 レインの目がわずかに細まる。


 ***


 そのとき。


 ピコがぽよ、と跳ねた。


「そこ」


 小さな声。


 全員が視線を向ける。


 獣が、ほんの一瞬だけ、確定する。


 輪郭が濃くなる。


 位置が“固定される”。


 リュカが即座に叫ぶ。


「確定値、出た!」


 カイラが反応する。


 《最適遮断オプティマム・ブレイク》再展開。


 今度は迷わない。


 エルドが踏み込む。


 《破綻予告ブレイク・コール》。


 次の衝撃を予測。


 ミリアが、三度目の斬撃を放つ。


 今度は重い。


 《戦鬼解放・瞬壊域バーサーク・ブレイクゾーン》。


 白域ごと裂く勢い。


 刃が走る。


 輪郭が崩壊する。


 獣の形が崩れる。


 白い粒子のように散る。


 ***


 沈黙。


 全員が息を止める。


 数秒。


 何も起きない。


 ……。


 ……。


 そして。


 何も、残らない。


 死骸も。


 記録も。


 討伐証明も。


 白域は、何もなかった顔をしている。


 ***


 リュカが静かに言う。


「討伐証明、取得不可」


 カイラが確認する。


「存在記録、生成されず」


 エルフィナが小さく呟く。


「……倒したの?」


 レインは白い地面を見る。


「確定しない」


 それが答えだった。


「確定値、出た!」


 リュカの声が鋭く響く。


 白域の中で、初めて数値が“成立”する。


 わずか一秒。


 だが十分だ。


 カイラが迷いなく《最適遮断オプティマム・ブレイク》を叩き込む。


 逃走経路を封じる。


 エルドが地面を踏み抜く。


 《戦域定着フィールド・ステイ》最大展開。


 空間の位相を押さえ込む。


 ミリアが踏み込む。


 刃が閃く。


 《前断剣ぜんだんけん》。


 確実に、輪郭の中心を貫く。


 今度は――


 裂けた。


 はっきりと。


 白い地面に、黒い線が走る。


 獣の輪郭が崩れ、沈む。


 ***


 数秒。


 静止。


 誰も動かない。


 遅れて、音が来る。


 裂ける音。


 崩れる音。


 そして――


 消える音は、来ない。


 獣は戻らない。


 未発生にならない。


 今は、確定している。


 ***


「倒した……?」


 エルフィナの声は、半信半疑だ。


 リュカが確認する。


「事象、保持中」


「履歴、……一時保存」


 一時。


 永続ではない。


 白域はまだ揺れている。


 ***


 だが次の瞬間。


 裂けたはずの地面が、静かに滑らかになる。


 黒い線が薄れ、


 やがて何もなかったように消える。


 獣の死骸はない。


 血もない。


 素材もない。


 “倒した事実”が、希薄になっていく。


 リュカが小さく息を呑む。


「履歴、減衰中」


 カイラが呟く。


「保持不能」


 ***


 レインは前に出る。


 残滓に触れる。


 感触はない。


 ただ、空白。


 《構造読解・空白挿入ブランク・インサート》を再試行。


 今度は、微かに反応がある。


事象断片:残留

構造保持:不完全


 完全には消えていない。


 だが、固定もされない。


 白域は、“確定を拒む”。


 ***


 ノウンが言う。


「これは個体ではない」


 一拍。


「現象」


 ミリアが刀を納める。


「雑魚でこれ?」


 エルドが頷く。


「本体は別にいる」


 白域そのものが、敵の性質を持っている。


 ***


 ピコがぽよ、と跳ねる。


「へらない」


 レインは静かに問う。


「何が?」


「ここ」


 ピコは白い地面を指す。


「へらない」


 倒しても減らない。


 白域は、損耗しない。


 消えない。


 揺らぐだけ。


 ***


 遠くで空間が再び歪む。


 今度は大きい。


 森の輪郭が石壁に変わる。


 石壁が水面に変わる。


 そして消える。


 白域は形を決めない。


 だが、奥に“核”がある。


 確かに感じる。


 リュカが静かに言う。


「中心、存在する」


 カイラが補足する。


「演算不可能だが、偏りはある」


 ノウンが結論づける。


「向こうにいる」


 ***


 レインは前を見る。


 理解できない。


 模写できない。


 固定もできない。


 だが――


 消す気もない。


「行く」


 短い。


 白域の奥へ。


 存在を拒む空間へ。


 記録されない領域へ。


 戦闘はまだ序章に過ぎない。


 白域は、本性を見せていない。


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