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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第57章 余白の外側

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記録されない報告

 最初の報告は、食い違いから始まった。


 クロスロード外縁――旧採掘道跡地。


 低ランク冒険者三名が、探索から戻った。


「森だった」


 と、一人は言った。


「いや、石の街だ」


 と、もう一人が否定した。


「何もなかった」


 三人目は、困惑した顔でそう言った。


 ***


 裁定局の簡易照合端末は、沈黙した。


探索履歴:未検出

魔力使用履歴:未検出

戦闘記録:未検出

異常事象:未検出


 端末は正常に稼働している。


 故障ではない。


 だが、記録がない。


 まるで、三人が外縁へ行っていないかのように。


 ***


「魔物は?」


 受付官が問う。


「いた」


「いなかった」


「覚えてない」


 報告が一致しない。


 だが三人とも負傷している。


 切創。


 打撲。


 魔力消耗。


 確かに“何か”があった痕跡。


 だが履歴は残っていない。


 ***


 数時間後、第二報が入る。


 中堅パーティが帰還。


「魔物は倒した」


 彼らは胸を張った。


 だが、


 討伐証明用の魔力結晶は存在しない。


 死骸もない。


 回収素材もない。


 裁定盤は同じ表示を返す。


記録なし

事象未確認


 ***


 その頃、ノーリトリート事務所。


 リュカが資料を広げる。


「外縁探索の報告が一致しない」


 カイラが端末を操作する。


「魔力ログ、空白」


 ノウンが静かに言う。


「構造に記録されていない」


 ミリアが眉を寄せる。


「でも怪我してる」


 エルフィナが小さく頷く。


「痛みはあるよ」


 エルドが低く言う。


「記録だけが消えてるってか」


 レインは黙って聞いている。


 ピコが肩で揺れる。


「へらない」


 小さな声。


 まだ意味は分からない。


 ***


 夕刻。


 裁定局本部から正式通知が届く。


外縁異常事象発生

裁定不能区域の可能性

協力要請


 協力。


 命令ではない。


 依頼。


 レインは封書を閉じる。


「固定が届かない場所があるらしい」


 ミリアが笑う。


「そんなのある?」


 ノウンが静かに言う。


「ある」


 一拍。


「構造外」


 ***


 その夜、裁定盤が初めて表示した。


区域分類:未定義

固定構造適用:不可

記録保持:失敗


 クロスロードの外縁に、


 世界の“余白”が現れた。


 まだ誰も、それが何かを知らない。


 だがひとつだけ確かだ。


 そこでは、


 裁定も固定も――


 届かない。


 裁定局本部は、いつもより静かだった。


 騒ぎにはなっていない。


 だが内部の空気が張り詰めている。


 イリスは会議室に一人で立っていた。


 資料は机に並んでいるが、表情はいつも通りだ。


 冷静。


 だが隠しきれない違和。


 ***


「協力依頼です」


 ノーリトリートが入室すると同時に、彼女は言った。


 命令ではない。


 依頼。


 その言葉の選び方に、ミリアがわずかに眉を上げる。


 ***


「外縁旧採掘道跡地一帯に、未定義区域が出現しています」


 イリスが示すのは、地図。


 だがその一部が、淡く滲んでいる。


「裁定盤が反応しません」


「履歴保存に失敗します」


「魔力使用も、戦闘も、記録されない」


 カイラが即座に確認する。


「端末故障の可能性は?」


「排除済みです」


 アルトが補足する。


「本体ログも沈黙しています」


 沈黙。


 裁定盤が“何もない”と返す。


 それ自体が異常だ。


 ***


 リュカが冷静に問う。


「揺動指数は?」


 イリスは一瞬だけ間を置く。


「……0です」


 全員が沈黙する。


 ゼロ。


 揺れがないのではない。


 測定できていない。


 構造の外側。


 ノウンが静かに言う。


「固定が届いていない」


 ***


「封鎖は?」


 エルドが問う。


 イリスは首を振る。


「範囲が確定できません」


「位置が微妙にズレる」


「観測ごとに地形報告が変わる」


 ミリアが呟く。


「迷宮みたいなもん?」


「違います」


 イリスは即答する。


「迷宮は記録されます」


 これは、されない。


 ***


 レインが初めて口を開く。


「中で何が起きてる」


 イリスは資料を差し出す。


 帰還者の証言。


 森。


 石の街。


 何もない空間。


 共通しているのは、ひとつ。


「“何かに攻撃された”という感覚」


 だが傷はある。


 痛みはある。


 履歴はない。


 ***


「管理不能は構造外です」


 イリスは静かに言う。


「構造外は、封鎖か排除が原則」


 一拍。


「ですが今回は、排除対象が特定できない」


 だから依頼。


 固定が届かないなら、


 固定しない者に頼む。


 ***


 ピコがぽよ、と揺れる。


「へらない」


 全員が一瞬、視線を向ける。


 イリスは初めて、ピコを正面から見る。


「その個体は、今回の事象と関連が?」


「分からない」


 レインは答える。


「でも似てる」


 余白と余白。


 ***


「突入は任せます」


 イリスは言う。


「観測は外縁から継続します」


 彼女は自ら入らない。


 固定は境界まで。


 その線引きは明確だ。


 ***


 レインは地図を見る。


 滲んだ部分。


 存在しているはずなのに、

 確定しない場所。


「名前は?」


 イリスは一瞬だけ考える。


「暫定呼称」


 一拍。


「裁定不能区域」


 ノウンが小さく呟く。


「白域」


 その言葉が、部屋に静かに落ちる。


 白。


 何も書かれていない。


 まだ何も決まっていない。


 ***


 レインは地図を折りたたむ。


「行く」


 決意ではない。


 当然の選択。


 固定が届かない場所へ、


 非裁定が入る。


 それが今回の構図だった。


 出発は翌朝ではなかった。


 その日のうちに動いた。


 夜を跨がない。


 異常は放置しない。


 それがノーリトリートの立ち方だった。


 ***


 クロスロード外縁。


 旧採掘道へ続く街道は、いつも通りだ。


 荷馬車が通る。


 小商人が叫ぶ。


 風は普通に吹いている。


 だが、一定距離を越えた瞬間――


 音が、わずかに遅れた。


 ミリアの足音。


 カイラの鎧の擦れる音。


 0.2秒ほど、後ろから追いかけてくる。


 リュカが即座に止まる。


「音波伝達、異常」


 エルドが眉を寄せる。


「風は普通だ」


 ノウンが空間を観測する。


「位相がずれている」


 ***


 さらに一歩。


 影が、薄くなる。


 完全に消えてはいない。


 だが輪郭が曖昧だ。


 エルフィナが小さく息を呑む。


「なんか……軽い」


 重力は正常。


 だが足裏の感覚が薄い。


 地面を踏んでいるのに、


 踏んでいる履歴が残らないような。


 ***


 カイラが短く報告する。


「魔力ログ、取得不能」


「接続は正常」


「取得だけが失敗」


 裁定局からの遠隔観測も、沈黙。


 レインは周囲を見渡す。


 景色は普通だ。


 森。


 崩れた採掘施設。


 岩壁。


 だが“確かさ”が薄い。


 まるで下書き。


 ***


「へらない」


 ピコがぽよ、と揺れる。


 レインの肩の上で、安定している。


 影も消えない。


 音も遅れない。


 彼だけが、はっきりしている。


 ***


 さらに進む。


 空の色が変わる。


 曇っている。


 だが雲はない。


 光源が分からない。


 影は完全に消えた。


 リュカが低く言う。


「現在位置、特定不能」


「三度補正失敗」


 エルドが短く言う。


「もう入ってるな」


 ***


 その瞬間、


 背後で小石が転がった。


 全員が振り向く。


 何もいない。


 だが、転がる音は――


 数秒遅れて、やってきた。


 カラ……。


 カララ……。


 時間が、遅れて届く。


 ***


 ノウンが呟く。


「因果が希薄化している」


「事象が確定していない」


 エルフィナがレインの袖を掴む。


「ここ……いやだ」


 怖さは派手ではない。


 薄い。


 薄いまま、まとわりつく。


 ***


 レインは一歩、前に出る。


 地面を踏む。


 感触はある。


 だが足跡が残らない。


「記録されない」


 静かな確認。


 ***


 そのとき。


 前方の空間が、わずかに歪んだ。


 揺れたのではない。


 “書き換わった”。


 森だった場所に、

 一瞬だけ石壁が見えた。


 廃都市の輪郭。


 そして、消えた。


 ミリアが低く構える。


「いる」


 レインは目を細める。


 《完全模写理解》を起動しかける。


 だが、何も表示されない。


 まだ、対象は確定していない。


 白域は、ただそこにある。


 存在しているのに、


 確定していない空間。


 クロスロードの外縁に、


 世界の余白が広がっていた。


 そしてその奥で、


 何かがこちらを“観測していない”。


 それが、最初の異常だった。


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