第23話 死の概念が人の形をしたナニか
突き落したはずのゼノの悲鳴が一向に上がらない。あまりにも静かすぎる。レミスが穴に近づこうとして時にソレは現れた。
闇の装甲を纏った三メートルぐらいの大型の四足歩行のしっぽの生えた怪物が現れたのだ。どの分類にも当てはまらない異形の怪物目はゼノと同じ黄色の明るい単眼が浮いている。
レミスが弓矢を構えた瞬間怪物は目にもとまらぬ速さで彼に近づき異形の左腕で彼を壁に叩きつけた。あまりの衝撃に彼は細かな肉片となって飛び散った。全身が破裂したように叩きつけられたことに部屋自体がそこまで広くないことが重なってミキたちの顔にレミスの血がべったりと顔に全身についてしまったのだ。
「あ・・・いやあああああああ!」
叫び声を上げたのはニーレだった。異形の化け物はミキたちに近づいてきた。
剣士が斬りかかろうとした時怪物は何やら魔法の詠唱のようなものを唱えた。
「圧」
その瞬間剣士が上から何か見えない圧力をかけられたようにぺしゃんこになって死んだ。来ていた金属の鎧もひしゃげたように歪み眼球だけがミキの足元に転がった。斧使いは仲間が二人やられたことに激昂して襲い掛かったがすんなりと怪物に捕らえられ怪物の大きな手でゆっくりとゆっくりと全身の骨を握られて最期は勢いよく力が籠められ大きな肉片となっていった。
残されたニーレとミキだったがニーレがミキを化け物の方へ突き飛ばし、逃げようとした。ミキは化け物の寸前でここで惨たらしく殺されるんだと思いながら目をつむっていると化け物は血にまみれた手でミキを優しく撫でた。化け物は長い尻尾でニーレを捕まえると空中に放り出し撫でた手で彼女を勢いよく叩き潰したのだ。飛び散る血に加えて内臓がミキの体にくまなく浴びせられた。
辺り一面は惨状と化した。眼球を始めとした内臓の一部があちこちに飛び散り、血の海がそこかしこにできていた。ミキは怪物の前で死の恐怖と血と臓物の匂いに耐えきれずに激しく嘔吐してしまった。
しかし怪物はゆっくりと闇の装甲が解け始めミキにとって予想もしたくなかった人物が現れた。
ゼノが姿を現したのだ。服は暴行を受けた時のまんまで白いスーツが汚れている。ゼノは優しい顔をしてミキを抱きしめた。
「君が無事でよかった。帰ろう。」
ミキは気を失いそうになりながらも意識を保っていた。さっきの怪物の件といいこの惨劇のことといい頭を回転させなければと意識を保っていたのだ。おそるおそるゼノの顔を見る。その顔はどこか優しそうでとても同一人物とは思えない。ミキはゼノに手を引かれながらダンジョンを後にした。
帰りの馬車内でゼノは深く後悔していた。
(必死とはいえ・・・久々に本気を他人の前で出してしまった・・・あれ絶対怖がっている・・・謝るべきなのか・・・教えてくれシュウ~)
あれから彼女は魂が抜けたように動かない。さすがに返り血だけでも拭こうとしたが彼女は硬直したままだった。近くに水場を探そうとしたがそろそろ日が昇る。女性の肌をさらすのはいけないしなにより彼女を一刻も早くに横に寝かせてあげたいからだ。ゼノは彼女の髪を見る。三つ編みの片方がナイフで乱暴にちぎれているのを見てゼノは深く後悔した。自分がもっと彼女に合わせて判断できていればこうはならずに済んだのではないかと考えてしまうのであった。
本部に着いた二人はゆっくりと扉を開けた。アリアは血が染みついたミキを見て一瞬びっくりしていたが彼女も血には慣れたみたいで温かいタオルと紅茶を差し出してくれた。
「お二人ともお疲れ様です。クエストの方はいかがでしたか?」
「ああ結果はギルマスに直接言う。報酬はいらないからこの子を浴室に連れていってもいいか?」
ギルド本部には室内に汚れを落とす用の浴室がある。本来ならばまだ使用時間ではないが特別に手配してもらった。
「ミキさん、替えの服は持っていますか?もしなかったら今日だけ私の服貸してあげます。」
アリアがミキを浴室に連れていったのを見てゼノはギルマスのいる部屋に直行した。
ゼノの報告を聞いてギルマスは眉間にしわを寄せながらさらに渋い顔をして
「生け捕りは失敗だったか・・・お前がミスをするなんて珍しいな・・・」
「処分は甘んじて受け入れます。」
「いや今回のことは結果を急ぎすぎた私の責任だ。しかし・・・彼らは本当に言ったのかね?」
「はい。『法の女王に栄光あれ』と」
「法の女王か・・・となるとますます厄介なことになったな・・・ゼノ。彼女の体調が落ち着き次第学術院との戦争に備えとけ。今はゆっくり休め。」
「はい、わかりました。では失礼します。」
ゼノが部屋を出るとギルマスはこれから起こることを予想して大きなため息をついたのだった。
事態は進展しないまま三日が経った。ゼノが変わったといえばミキが来なくなったことのこと最後に来たのが二日前にアリアに服を返しに来たぐらいだ。ミキのいる寮に行っても管理人が「お前に会いたくない」と言っていたみたいで追い返されてしまった。彼女から拒否されればゼノは動きようもない。仕方なくまたいつものように一人で治安維持のクエストを受けたのだった。
ミキが来なくなって一週間が経った頃またいつものように術漬け中毒者を神殿に運ぶクエストを受けようとした時アリアが心配そうに彼女のことを訊いてきた。
「ゼノさん・・・ミキちゃんのこと大丈夫ですか?私昼には上がるんで様子見てきますよ。」
ゼノは断ろうとしたがあの時彼女が憔悴しきっていたのを思い出しアリアに任せることにした。
夜頃になってゼノはいつもなら安いジェノベーゼパスタを頼むのだが今日は珍しくステーキを食べていた。その時ギルドの扉からパステルイエローの服を着たアリアが入ってきた。彼女はゼノを見つけるとこれ見よがしにゼノの隣に座った。
「見に行ってくれたのか。何から何まで本当にすまないな。」
「いいえ、これぐらいどうってことないですよ。一応学術院の方から来てくださっている方なので様子見るのも構いませんよ。」
「そうか、それでどうだった?」
アリアの話によると時は遡ること数時間前、アリアは受付嬢の制服から私服に着替えて学術院の寮へ向かった。襟を整えてアリアは管理人室の扉を叩いた。
「だれだい?まさかまた亜人の兄ちゃんじゃないよね?」
「申し遅れました。私冒険者ギルドに務めております受付のアリアと申します。あの~ミキさんのご様子を伺いたく参ったのですが彼女の様子はいかがでしょうか?」
「・・・中に入りな。」
寮に通されたアリアは階段を上り一番奥の部屋の前に立たされた。部屋の前には冷めきっているであろう卵のスープにイチゴジャムと生クリームが挟まれたサンドイッチが置かれていた。
「これはあの子の昼食だよ。ここ一週間部屋に閉じこもってばかりで何も食いやしない。下のお風呂にもいかなくて閉じこもっているばかりさ。前はこんな子じゃなかったのにね、冒険者ってのは残酷なことでもしているのかい?」
アリアは言葉に詰まっていた。冒険者稼業が荒れくれ者の仕事だってわかっている。でもゼノが彼女を精神的に追い詰めるようなことをしているとも思えなかった。だからこそアリアは彼女の部屋の扉を叩いた。
「ミキさん。アリアです。受付の。ご飯食べてないって聞きました。もしよろしければあの日ゼノさんと何があったか教えてくれませんか?それに私ミキさんにお土産買ってきたんです。大通りにある洋菓子店でアップルパイを買ってきたんです。そこはブラウニーもおいしくてだから話してくれませんか?」
すると扉の向こうからか細い声がした。アリアは慌てて扉に耳を澄ます。
「アリアさんは受付だからわからないでしょう・・・目の前に死の概念が人の形をしたナニかが私に優しくするだなんて怖いんです。悪いですけど今日はもう帰ってください。」
「・・・アップルパイここに置いときますね。失礼しました。」
アリアが帰ろうとした時、茶髪のウェーブがかかった少女が桶を持って立っていた。
「フィリ!立ち聞きなんて良くないよ。ミキはまだご飯食べてないよ。ああアリアさんこの子は『銀の天秤』でミキと同じように働いているんだ。そこのご飯を用意したのも彼女だよ。このままだと田舎からミキのご両親に来てもらって連れて帰るしかないようだねえ。」
「おばちゃん!そんなのあんまりです!」
「この件ギルドに持ち帰らせてもよろしいでしょうか?また話に来ますねミキさん。」
そう言ってアリアは寮を後にしたという顛末を聞いてゼノは顔を俯いた。まさか彼女がここまで深刻な事態になっていたことや自分がそうさせたことへの公開と怒りが湧いてきた。するとアリアがゼノの顔を覗いて
「ゼノさん寮にはフィリという『銀の天秤』に臨時加入している子がいるんです。その子を介してミキさんを説得させましょう。」
ゼノは考えた。自分がだめでも他人なら聞いてくれることもあると。
「しかも『銀の天秤』は将来白金級を目指しているので白金になるための基準や条件を欲していると思いますよ。そこは私がフィリさん経由でお伝えしますからゼノさんは『銀の天秤』にでも挨拶行ったらいいと思いますよ。」
「そうか・・・いろいろお世話になるな。ところでミキはパイ食べてくれただろうか?」
「ゼノさんが教えてくれた店なかなか良かったですよ私あそこ気に入りそうになりましたもの勿論ゼノさんじゃなくて私がアップルパイを買ってきたことにはしましたよ。」
そういうとアリアは席を立って扉の前に行ってしまった。ゼノは酒場にお代を払うとアリアを送るために準備を始めたのだった。




