監査官セーヴァ・レフエール
ガレンツァール国にあるレブンケファの街は、高い外壁に守られた要塞もかねた街だった。国境を守る意味もあるのだろうが、「岩壁山脈」から現れる亜人などから防衛する意味のほうが強いだろう。
三国のあいだに聳える大きな山脈、シグナークたちはあの山脈へ向かっているのだ。
街に来た彼らはまず馬車の停留所から戦士ギルドへと向かった。岩壁山脈──その名のとおり、山脈の高地は高い壁のような岩山となっている──に現れる魔物や亜人についての情報などを得るのが目的だ。
「ここから山脈近くの町ネスクに向かう荷車の護衛依頼がないか、聞いてみましょう」
三人はギルドに入ると受付に向かった。大きな街のギルドだが、すでに冒険者たちはそれぞれの依頼を受け、仕事をこなしに行っているのだろう、人の数は少なかった。
「階級章を」
ぶっきらぼうに受付嬢が言う。
シグナークらは階級章を差し出し、受付嬢が冒険者滞在名簿に記録しているあいだ、戦士ギルドの中を見回すレスティア。
ギルドの造りはだいたいどこも同じだが、この街のギルドは待合室がとなりにあり、ドアで仕切られていた。受付のある部屋とはしっかりと区切られ、待合室では食事も取れる設計であるらしい。
彼らは受付から岩壁山脈付近に現れる魔物についての情報を聞き出し、ネスクに向かう護衛依頼はないかと尋ねた。
「護衛任務……いえ、ありませんね。すでに出立した荷車は午前中に出ています」
仕方ない、停留所で馬車を探そう。そうシグナークが提案すると、受付嬢が声をかけてきた。
「ネスクに向かうなら、向こうの町から来る荷車の折り返しを待ってみては? 今日の便があれば護衛依頼も入るかもしれません」
二日に一回くらいは販売と買い出しの荷車がレブンケファに来るらしい。午前中に出て行った荷車はレブンケファ商会の荷車であると言う。
シグナークは礼を言い、それでは昼食後にまた来ると言い残してギルドをあとにした。
「荷車が来なければ、馬車を確保しないといけませんね」
昼食を取った三人は場末の食堂から出ると、ギルドへと向かう。
直線距離にして数十キロ離れた場所にあるネスクだが、湖や森のあいだを蛇行する道を通るため、実際の移動距離はもっと長くなることは間違いない。
ギルドの受付に来ると、昼前にいた受付嬢の代わりに別の受付嬢が立っていた。
「荷車の護衛依頼ですか? ネスク行きの……ぇえと……」
若い受付嬢は帳面を広げて目的のものを探そうと四苦八苦する。
「ぁあ──ごめんなさい。見当たりませんね……午前中に出て行った荷車以外、ネスク行きが出る予定はないみたいです」
シグナークは「分かった」と返事をすると、二人の姉妹を引き連れてギルドをあとにする。
「では馬車を確保しよう」
停留所に行くと──ネスクに向かう馬車はすでに出たあとで、三時前くらいに戻って来るであろう馬車が、ネスクに戻る最後の便になるので、それに乗るよう勧められた。
「弱ったな」
「まあこんなものでしょう、田舎に向かう馬車など多くはありませんから」
そんなふうに説明していたレイラだったが、予想外なことが起こる。
三時の鐘が鳴っても、ネスクからの馬車はやって来なかったのだ。
「まあ、時間どおりに来ることなんて滅多にないですし……」
レスティアはすでに一人で買い物に行ってしまい、シグナークとレイラは停留所で待ちつづけていたが、ほか行きの馬車は入って来たが、ネスクに戻る馬車は一向にやって来ない。
するとレスティアが戻って来た。
「二人とも、いつまで経っても馬車は来ませんよ」
少女はそんなことを口にした。
「ギルドに行ってみたのですが、どうやらネスクから来る予定の馬車が、街道の途中で亜人の群れに襲われたらしく、御者が逃げて来たらしいです」
命からがら逃げて来た御者が戦士ギルドに駆け込んだのは、ほんの少し前だと言う。
「ふぅ、そうか。──ならどうする? 明日まで待って別の馬車に乗るか、馬を借りてこの街を出るか。それとも徒歩で行くか?」
シグナークの提案に姉妹は同時に「徒歩はもういいです」と返事をする。
今日はこの街に泊まり、明日の朝ネスクに向けて出立しよう、という話をしていると、そこへ話しかけてきた男がいた。
「失礼、あなた方はネスクへ向かうつもりなのか? 話を聞いていると冒険者のようだが、街道の途中で馬車が襲われたとか?」
身なりの良い男は「あっと、そうだ」そう言いながら首から下げたギルド階級章を取り出す。
それは金の階級章に白金の小さな板金が付けられ、そこに「戦士ギルド監査官」と文字が彫られている。
「監査官……? そんな役職があるのですね」
レスティアが声に出す。
冒険者でもあまり耳にしないギルドの上級職だ。知らないのも無理はない。
「うん、それで物は相談なんだが……その襲われた馬車のもとに行き、亜人を討伐する手伝いをしてくれないか。私たちの馬車にも護衛は付いているが、相手の数もわからないので、剣の魔女を二人も連れている冒険者の力を借りられれば頼もしい」
なんと男は一目で二人が「剣の魔女」であると見抜いていたのだ。
年齢は三十代後半くらいの男で、鍛えられた体をしているが筋骨隆々というわけではなく、すらりとした高身長の──整った顔立ちをした男だ。
涼やかな薄い青色のシャツに青色のズボン、旅に適した丈夫そうな靴を履き、腰から彼の技量をうかがわせる一振りの長剣を下げていた。
しっかりとした鋼の鍔、鞘に張られた革は火吹き大蜥蜴の物だ。柄頭や切っ先部分にも鋼の金具を取り付け、戦闘に特化し無駄な装飾をはぶいた冒険者らしい年季の入った業物だった。
「私は監査官のセーヴァ・レフエール。馬車を襲った亜人の討伐を手伝ってくれるのなら、馬車でネスクまでお送りしよう」
その申し出はわたりに舟だ。
三人は「行きましょう」と見事に声をそろえて答えたのである。
ギルドで依頼を受けるときにセーヴァが監査官であることを告げ、依頼報酬や評価得点について受付嬢から教わり、その作業を請け負うことになった。
「それではさっそく討伐に向かおう、おそらく近くの森にある住処に、馬車から奪った物を運び込んでいるはずだ」
そう言いながら部下らしき人物を呼んで何事か説明すると、一人の護衛と共にこの場から去って行く。
「ギルド側からの説明によると、馬車の持ち主は『魔除けの護符』を使い、護衛を付けずに移動していたようだ。十体以上のゴブリンに狙われていると気づいて、この御者は乗っていた一人の乗客と共に二頭の馬を荷車から外し、その馬に乗って逃げてきたのだという」
どうやら魔除けの効果を過信しすぎていたらしいな、とセーヴァ。
数体のゴブリンなら魔除けの作用がもたらす幻惑で危険だと錯覚させ、魔物を遠ざけられただろうが、彼はそうもらす。
「ゴブリンの中には『暗色肌』もいたらしい、危険な群れだと考えられる。残念ながらいま連れている護衛は三名しかいない。そこで君らの腕を頼りたい」
よろしく頼む、と頭を下げる監査官。
「さっそく馬車を放棄した場所に行きましょう」
好戦的なレスティアの言葉に、セーヴァは「そうだな」と三人を連れて馬車のもとへ向かう。
その馬車は戦士ギルドが所有する馬車で、軍馬にも匹敵する鍛えられた四頭の馬に引かれていた。
馬車の造りは装飾よりも、中にいる者を守るのが目的であるかのような造りで、頑丈そうな車体に車輪、車体の前後に護符がかけられ、魔法に対しての防御を有していることがかる。
三人が馬車に乗り込むと、すぐに御者に声をかけ馬車はすぐに動き出す。護衛の馬に乗った冒険者風の男たちが馬車の前を進む。
「もう一人の護衛は御者と共にあとからやって来る」
セーヴァは馬を使って逃げた御者を部下に呼びに行かせ、シグナークたちがゴブリンから馬車や荷物を取り返す算段をつけていた。
「おそらくゴブリンは馬車を放置し、積み荷だけを持ち去ったはずだ。地図で馬車を乗り捨てた地点を見ると、近くに森がある。そこに奴らの住処があるだろう」
監査官だという男の説明を聞いていたシグナークが疑問を口にした。
「それにしても、この二人が剣の魔女だとよく気づきましたね。ガレンツァールの監査官が『剣の魔女』について知っていることも不思議ですが」
「ああ、そのことか。剣の魔女についてももちろん、帝国との関係についても熟知しているよ。監査官は国をまたいで活動するからね、各地域のギルドが持つ情報なら網羅している必要があるんだ」
二人の姉妹に目を向けると彼は頷く。
「モルガ・ディナにも行ったことがあるよ。ただあの土地は危険だというので、奥地には入れなかったが。剣の魔女たちの長に会いたいと思っていたのだけれど、当てがはずれてしまった」
「奥地には行かなくて正解でしたね、あそこには危険な魔物や危険な女がいるので」
レスティアが窓の外を見ながら低い声で言う。
セーヴァは「危険な女」については聞かないことにしたらしい。
「うん、いちおう荒れ地の観測もしなきゃならなかったので、外部付近を調べていたんだが──巨大な狼の魔獣に襲われて難儀した」
ええと、なんて言う魔獣だったかな……と彼がつぶやくと、レイラがこたえる。
「ウォルバスですか、よく無事でしたね」
セーヴァは乾いた笑いをこぼし、肩をすくめて見せる。
「あのときは強力な護衛を連れていたからね、まあなんとか切り抜けられたよ。私も多少は剣に覚えがあるほうだが、あれだけの巨大な化け物を相手にするのは、そうそうないことだからね」
ところで君らの名前を聞いてもいいだろうか。そう尋ねてきた彼に、三人はそれぞれの階級章を見せながら名乗った。
「三人とも魔法銀階級か、これは頼もしい」
にっこりと笑って見せるセーヴァだったが、シグナークの階級章を見ながら、君はクラドニア出身なのかと彼に問う。
「ええ、アンチェスの生まれです」
「アンチェス、ふむ。観光地として名高い場所だね。あの領地にも戦士ギルドはあるが、数年前から討伐系の依頼はほとんど持ち込まれないらしい。領主が徹底して亜人種や魔物を駆逐し、領地周辺に監視用の砦を建てて外敵の侵入を阻止しているとか。……領民の安全確保を優先し、経済活動に全精力をそそぎ込ませた優れた采配だが、ギルド側からすると仕事の大半を奪われた形になるから、私の立場からすると──なんとも言いがたいところではある」
苦笑いをするセーヴァと違い、真剣な表情で頷いたのはシグナークのほうだった。
「なぜ君は生まれ故郷を出て冒険者に? アンチェスにとどまり、安全な土地で暮らしたほうが──ご両親も安心だろうに」
セーヴァの言い方には含みがあった。まるで彼がなんと返答するか、それを知りながら尋ねたみたいに。
「俺は戦士ギルドの戦士です。あの土地で──生きたまましおれていくのが堪えられなかった、それだけです」
その答えは監査官の満足のいく返答だったのだろう。セーヴァはにっこりと微笑む。
「戦士ギルドの冒険者は自由であり、規律と秩序に奉仕する戦士でもある。自らの高みを求めるも良し、誰かを守るための仕事を求めるも良し。我々はいつでも強い戦士、志のある者を求めている。まさに君のような戦士のためにギルドがあるのだから」
監査官の語った言葉はギルドの標語にかかげられた言葉を、彼なりに噛み砕いてまとめた理念であるようだ。かつては冒険者だったという彼が監査官になったのは、ギルドの公平性の維持が、各国の秩序と安定に貢献できると考えたからだと語る。
「冒険者であることを辞めたわけじゃない。だからこそ今回のような探索の依頼を──おっと、これは秘密だった」
そこまで言って彼は窓の外を見ながら、だいぶ街から離れたなと口にした。
「そういえば──三人はどうしてネスクに向かおうとしているんだ? あそこは岩壁山脈の麓にある小さな町で、とくに見るべき物もない町だ。わざわざ荒れ地から出て来てまで行く場所とは思えないが」
剣の魔女の二人は互いの顔を見合わせ、帝国に宮廷魔導師の補佐に出向している人物から仕事を依頼されたため、とこたえていた。
「あんな場所まで? いったいなぜ?」
三人は答えていいものかどうか、互いの顔を見ながら考えている様子だったが、相手がギルドの監査官なら問題はないだろうと話すことになった。
「伝説の魔人アイラスの痕跡を追って、岩壁山脈山脈に向かっているのです」
監査官セーヴァは『ある受付嬢の非公開日誌』で少し登場しています。
いろいろな関係性がある物語展開をするのが、この世界観を共有する物語の醍醐味かな。




