馬車を襲ったゴブリンの討伐
魔人アイラスの名前を聞いたセーヴァの整った顔から、一瞬で表情が消える。
「まさか……山脈のどこかで、異質な魔力を関知した──ということか?」
「ええ、……なぜそれを?」
セーヴァは難しい顔をしながら馬車の屋根を見上げ、彼らの方を向く。
「ギルドには様々な能力を持つ人材を確保している。冒険者や鍛冶職人だけじゃない、特殊な能力を授かって生まれた者などを匿っているんだ。──その中に『千里眼』という能力を持つ者が居て、その人物が、遥か遠くにある岩壁山脈の方から異常な力の解放を感じた、と報告してきた。私たちはその人物が示した地点を探り、何があったかを確認しに行くところなんだ」
まさか魔人アイラスと関係があるとは……と、監査官はうなるみたいに溜め息をついた。
「かつて帝国を支配した魔女王ルディアステートの配下、あのアイラスのことだろう?」
本当にアイラスのものかは分からないが、私たちは確かにアイラスの痕跡を探るように言われて来ているのだ、とレスティアは宣言する。
「帝国の魔導師補佐をしている人物とは、剣の魔女なのか?」
「ええ」
監査官は前屈みになり、両手で口元を押さえながらうなだれる。嫌な予感が当たったか……そんな呟きが指の間からもれ聞こえた。
「……分かった、どうやら緊急事態らしい。帝国は戦士ギルドとも深い繋がりのある国だ。アイラスが滅びておらず、モルガ・ディナの長とも協力して、その行方を探し出そうとしているという話も知っている」
彼は正直にそう打ち明けると、続けてこう要求してきた。
「君らにはぜひ、今回の『異常な力の解放』の探索に協力してほしい」
彼は地図を取り出しながら、相手の返答は決まったものとして考えているみたいに地図を広げる。
「もちろん協力しますが……」
「ギルドの方でも調査を開始したのなら、アイラスの討伐時にも協力を頼めるでしょうしね」
姉妹二人が好意的に返答するのに対し、シグナークは何かを考え込んでいた。
「なにか気になることでも?」
「いや、俺たちの追っている『異質な魔力』の正体について考えていた。アイラスだとばかり考えていたが、吸血鬼化したゴブリンの存在といい……」
彼の言葉を聞いたセーヴァが反応する。
「ゴブリンの吸血鬼?」
シグナークとレスティアはセーヴァに話しても良いものかと話し合ったが、イズアルベラの話していた、ルディアステートが研究していたという「血の魔術」や「精霊を支配する魔術」について話して聞かせた。
二人の説明した事柄を黙って聞いていたセーヴァが紙を取り出し、揺れる馬車の中で何かをしたため始める。
「手紙を」とセーヴァは口にした。
彼が言うには今回の「アイラスの探索」について、魔術師ギルドにも協力を依頼し、さらには魔法都市レミールにも情報公開などを求めるのだと言う。
「魔法都市レミールは、帝国からルディアステートに関する資料を保管している。禁忌に関わる物だからと封印している資料が」
レミールの魔法使いたちが素直に情報提供に応じるかは疑問だが、アイラスが活動を起こし、ルディアステートの復活を阻止するために、国を越えての包囲網を敷こうというのだ。
「ところで、先ほど言おうとしていたことはなんだったのか教えてくれるか?『アイラスだとばかり考えていたが』というのはどういう意味なのか」
セーヴァの問いにシグナークは大きく頷く。
「それは……俺の推測──というか、勘みたいなものですが。ゴブリンを吸血鬼化した者はアイラスだと考えていましたが、それは違うのかもしれないと思い始めているんです」
「というと?」
「イズアルベラと、ギルドが抱えている『千里眼』の所持者が感知した『異常な力の解放』とは、実はルディアステートのものだったんじゃないか、と……」
彼の言葉に二人の剣の魔女は赤い瞳をきらりと光らせる。
「なるほど……確かにアイラスが活動を再開したと言われているときには、そうした異質な魔力を感じた、という報告はなかったようですし」
三人の会話を黙って聞いていたセーヴァは手紙に新たな何かを書き足すと、重い溜め息を吐き出す。
「これは思っていたよりも、面倒なことになりそうだ」
まさかここに来て、すでに魔女王が復活しているかもしれないなどと、新たな推測が語られるとは。
戦士ギルドの方でも、アイラスがどれほど危険な存在かは理解しているのだ。それが吸血鬼を生み出しているのでは、という新たな情報ですら厄介なのに、よもやアイラスに魔神の力を与えたという、魔女王ルディアステートが復活しているかもしれないとなると──事態は深刻だ。
「それにしてもどうしてガレンツァールの山で、異質な魔力が感知されたのだろうか」
セーヴァはそう口にして考え込む。
「俺の考えでは」
とシグナークは語り始める。
「最初は不死者となったアイラスが、朽ちていく身体の崩壊を止めるためになんらかの方法で力を得ようとして、それが『異質な魔力の感知』に繋がったと考えていたんですが。────そうではなく、これから向かう先の場所に、ルディアステートがあらかじめ隠していた、なんらかの力があったんじゃないか──そんな風に思えます」
「そういえば、初代皇帝ザッハレーグの手記に、こう書かれていたらしい。『最後の戦いで我々はルディアステートを討ち取ったが、彼女の力は以前戦ったときに比べ、まるで消耗しているように感じられた』──この一文はもしかすると事実で、魔女王ルディアステートはこのときには、力の一部をどこかに隠していたのかもしれないな」
そんな推測をしていると、御者が道の先に馬車が止まっていると声をかけてきた。
「まずはゴブリン退治に行きましょう」
レスティアの声には物騒な響きがあった、まるで「そんな話よりも、ゴブリンどもを皆殺しにしてやりましょう」とでも言うみたいに。
三人はそれぞれの武器を手に頷き、馬車を降りて行った。
道ばたに止められた馬車は荷物が運び出されていた。もともと乗客も一人しかいなかったため、荷物が少なかったのだろう。──ただ、ナスクから運んできた鉄鉱石を入れた木箱が奪われているようだった。
「追跡が困難ですね」
足下の固い地面を見ながらレイラが言う。
「大丈夫、任せてくれ」
セーヴァはそう言うとかがみ込み、呪文を呟いて何かを探り始めた。
「よし、足跡がある。──やはり向こうに見える森の中へと向かって行ったようだ」
シグナークが街道の外にある草地を調べてみると、確かに多くの何かが通った跡が残されていた。草は踏みつけられ、地面に小さな足跡が残っている。
「『追跡魔法』という物だ。探査魔法の一種で、痕跡を辿ったりするのに使われる」
魔法都市レミールで開発されたばかりの魔法で、まだまだ開発途中の技術なため、扱いが困難であるらしい。魔術師ギルドでもまだ数人の魔法使いしか扱えないのだという。
「馬車に護衛を残してもいいだろうか」
セーヴァはそう口にしながら腰から下げた剣に触れる。
「あなたも来るおつもりですか」
「もちろん」
監査官は即座に答える。
レスティアは「早くいきましょう」と三人をせっつき、こうして四人は街道から離れた場所の森へと向かって行ったのである。
森の近くへ迫ったとき、森の方から矢が数本飛んできたが──誰も驚かなかった。ゴブリンが四人の姿を発見しているのは気づいていた。
見当違いな場所に落下する矢を無視し、一本の矢を剣で払い落とすセーヴァ。森からぞろぞろとゴブリンたちが姿を現してきた。短剣や手斧で武装した奴らは、鉄の鎧を着込んだ暗色肌のゴブリンが好戦的な叫び声を上げると、その雄叫びに共鳴して声を上げ、四人に向かって突撃してくる。
セーヴァが自分を含めた全員に防御魔法を掛けると、先頭を切って突進する。
ところが彼のあとから駆け出した小柄な影が彼を追い抜いて、ゴブリンへと迫って行く。──レスティアだ。
低い姿勢で草地を突っ切ると、数体のゴブリンが同時に吹き飛んだ。前線に突き刺さるように巨大な槍の穂先が突っ込んだのか、そんな風にシグナークは感じた。
まるで巨人がゴブリンたちの戦列に槍を振り下ろし、巨大な槍の洗礼を浴びせかけたみたいに。
遅れて凄まじい音が周囲に響き渡った。
分厚い幅広の大剣から衝撃波に似た斬撃が放たれ、ゴブリンたちを引き裂く。
「グギュァアァッ!」
「ギギィッ⁉」
何が起こったか分からない、とでも言うみたいにゴブリンたちが声をかけ合っている。
シグナークとセーヴァが、横に広がったゴブリンを迎撃しようと行動したときに、レイラの剣が軽やかな音を立てて閃く。
彼女を攻撃しようと近づいて来ていた三体のゴブリンを前に、レイラの長剣が中空に軌跡を描き出す。
次の瞬間、飛びかかった三体のゴブリンが切り刻まれ、血と肉塊と化し──地面に降り注いだ。
凄まじい速度の戦技だ。
シグナークは二体のゴブリンをしとめながら、レイラの持つ驚異的な技量に驚いた。
「『連迅斬』──あそこまでの連撃は初めて見た」
彼はそう口にしながらレイラの連迅斬は、今まで見てきた中でも別格の威力だと感じた。自分の使う連迅斬よりも二倍近く手数が多く、一瞬のうちに七回以上の攻撃を放っているのが見えた。
「ピギュアァァッ!」
悲痛なゴブリンの悲鳴。
レスティアが奮う豪快な二撃目の攻撃が繰り出されると、鉄の鎧を装備した暗色肌の黒いゴブリンが真っ二つになって、地面にどうっと倒れ込む。
逃げ惑う醜い亜人たちを追い、セーヴァとシグナークがそれぞれの獲物に襲いかかる。容赦はない。
もう一体の暗色肌のゴブリンが怒りに任せてレスティアに襲いかかったが、振り下ろされた大きな斧の一撃を躱すと、彼女の体を反転させての重い一撃が鎧ごと身体を引き裂いた。
「話になりませんね」
終わってみれば戦闘開始から五分も経たずに、十三体のゴブリンを打ち倒していた。
森に隠れていた弓兵のゴブリンは森の中へと逃げ去ったらしい。
「追いましょう」
レイラが赤い瞳を妖艶に濡らして発言する。
「そうだな、奪われた荷物も取り返すべきだろう」
シグナークは同意し、四人は足早に森の中へと追跡を開始する。
レスティアに先行しすぎないよう声をかけ、森の奥へ向かって走り出す。
木々の間を警戒しながら進む。森の奥に開けた場所があり、そこに日の光が差し込んでいる。その光が降り注ぐ場所には、ゴブリンたちが作ったらしい、いくつかの天幕があった。
そこに向かって近づいて行こうとすると、木陰に隠れていたゴブリンたちが一斉に矢を射かけてきたが、そんな見え見えの攻撃を喰らう者はここには一人もいない。
素早い動きで木々の間を通り、レスティアとレイラが弓を手にしていたゴブリンたちを瞬く間に倒していく。
シグナークとセーヴァが一体たおす頃には、ゴブリンたちは全滅してしまったようだ。
「さすがだな」
セーヴァは驚きと呆れを表したみたいに肩をすくめて見せる。
ゴブリンたちの拠点を調べ、汚い天幕の中を探ってみると、おそらく馬車から運んだであろう鉄鉱石の入った木箱と、馬鈴薯(じゃがいも)の入った皮袋が置かれていた。
それ以外にも古びた荷袋などがあったが、大した物は入っていない。
「ゴブリンから戦利品を回収してきます」
「この箱は部下に運ばせよう」
セーヴァはそう言って馬車の方に合図を送り、二人のギルド職員らしき男たちに木箱と皮袋を運ばせて行った。
硬貨の入った皮袋などを回収し、馬車にまで戻ると、一人の護衛が御者と共にやって来た。馬車の持ち主は荷物を取り返してくれたことに感謝し、何度も頭を下げる。
シグナークや護衛たちも手伝って、馬車に輓馬を繋げてやると、御者はレブンケファへと馬を走らせる。──向こうで待っている客をネスクへと連れて行くために。
「では我々もネスクへと向かおう」
セーヴァは剣に付いた汚れを落としながらそう呼びかけ、馬車へと乗り込む。
レスティアが剣に付いた血を拭いながら長椅子に腰掛ける。彼女の膝にゴブリンの返り血が付いているのを知ったシグナークが、綺麗な青地のハンカチを上着のポケットから取り出して、それでもって血を拭こうとする。
「ちょちょっ、な、なんですか?」
シグナークが手を伸ばしたのを警戒して、少女が足を引っ込める。
「いや……返り血を拭おうと」
「じ、自分でできますから……だいたい、そんな綺麗な物で拭くようなものじゃありませんよ」
彼女は顔を赤くしながら慌てた様子で、膝に付いた血を布で拭く。
その様子を見ていたレイラが「ふふっ」と声を出して笑った。
「……たしかに綺麗なハンカチですね、誰かからの贈り物ですか?」
「ん? そうか? これは──故郷の、観光客むけの店を開いている友人からもらった物だ」
シグナークが青い絹布を見ながらそう答える。
「──女性ですか?」
レイラは続けて尋ねた。
「そうだが──?」
どういう訳か姉妹が揃って「ふぅ──ん」と応じ、車内に奇妙な緊張感が漂うと、馬車はゆっくりと動き始めた。
シグナークの予想が当たっているかは不明。
ゴブリンの群れくらいでは剣の魔女と呼ばれる姉妹は止められませんね。
最後は少し微笑ましい感じで(?)
次話は少し間が空いての投稿になるかもしれません。




