オーデルの町からビナーバインの町へ
剣の魔女、その姉妹の会話に焦点を当てた内容です。
翌日は早めにオーデルの町から馬車で、ガレンツァールに近づくこととなった。
早朝から馬車の停留所に向かった三人は、進むべき道の先にかかる曇り空を見上げたり、荷物の中身を点検したりしてから馬車へと乗り込んだ。
馬車が動き出し町を囲む外壁の外へ出るころに、屋根を叩く雨音が響きはじめた。
どんよりとした曇り空がどこまでも広がり、雨音はしだいに強くなっていく。
遠くの空が光り、遠雷がかすかに響いてきたが、雨風は段々と弱まってきた。馬車の進む道の先に晴れ間から日の光りが落ち、暖かな日差しが馬車を包み込んでくる。
「雨も上がったか」
窓の外は晴れわたり、軽快な音を立てて馬たちは走りつづけた。
「このまま行けば正午には、ガレンツァールの手前の街まで行けそうですね」
地図を見ながらレイラが言う。妹のレスティアは目を閉じて浅い眠りについているらしい。少女は馬車に揺られながら静かに寝息を立てている。
「外見だけは可愛らしいのですが」
レスティアを見ていたシグナークの心を読もうとしたのか、レイラがそんな言葉を口にした。
「あの過酷な土地で幼い頃から生きてきたんだ、多少の粗暴は目をつぶってやるべきだろう」
彼の言葉に「あら」と意外そうな声を上げるレイラ。
「私もそんな粗暴な女に見えるのかしら」
くすくすと肩を震わせるもう一人の剣の魔女を見ながら、シグナークは落ち着いた声で「いいや」と口にしたが、彼女らの洗練された戦い方は熟練の剣士に劣らないものだと思っていた。
彼女ら一人であっても、ゴブリンやコボルドの十や二十の集団など──物の数ではないはずだ。。
洗練された技巧の中に荒々しさを含んだレスティアとは対照的に、隙のない動きの多いゼシルレイラの剣技。特に姉の剣にはまだまだ多くの力と技、見せてはいない戦技があるような気がしていたシグナーク。
底知れない二人の姉妹に翻弄されながらも、彼女らから学べる技術があるだろうと踏んでいた。
「ほら、あそこでも誰かが戦っていますよ」
街道から離れた場所で、冒険者らしい集団がゴブリンか何かと戦っている草原の中で繰り広げられる集団戦。
遠目だが、その動きには無駄が多すぎるとはっきりわかる。余計な動き出し、必要のない間と呼吸、雑な攻撃……そうした行動は、客観的に見るとより一層はっきりする。
訓練所で注意されたことを覚えていないのだろうか? シグナークは馬車の中でいら立ちを覚えてしまう。あんなざまでは村一つ守ることはできない。
「ああ……ダメですねぇ──新米なのでしょう。攻撃に躊躇いがあるし、攻撃されるたびにびくついて、体が思うように動かせていません」
レイラもいらついている様子だ。
反撃を恐れて攻撃を躊躇うのだ、傷を負う覚悟がなくては戦いに集中できない。もちろんああしたぶざまな戦いを繰り返して、やっと強くなれる者がいるのも事実だろう。
だが──そうした者を見ていると、シグナークやレイラのように率先して危険に飛び込み、積極的に強くなろうとしている者からすると、お遊びの延長に見えてしまう。生活の糧を稼ぐためだったとしても、真剣さが足らない。
命の奪い合いで迷いや恐怖など、己の足を引っ張る足枷にしかならないと学ばなかったのか。
二人はいらいら、はらはらと馬車の中から見ていたが、移動する馬車は丘の横を通りすぎ、やがて遠くの戦いは見えなくなってしまった。
「真剣の戦いでは若さなどなんの役にも立たないと、ギルドの訓練所では教えていないんでしょうか?」
レイラが痛烈な指摘をする。
「まあ……場所によるのだろうな。しっかりとした教官ならば、三流の冒険者のままギルド登録をしたりはしないだろう」
その後も二人は何やかやと、戦闘についての話で盛り上がりはじめた、が──
「ぅう──うるさぁぃ……ですよぉ……」
レスティアが目を閉じたままつぶやく。寝言だったのか起きていたのか、少女はレイラの横で再び静かになった。
二人は吹き出したが、黙って馬車に揺られて行くことにして、次の町まで大人しく座りつづけたのだった。
ビナーバインの町に着いた馬車は、停留所で少し停車することになった。──レイラは妹を起こすと、二人で買い物に行くと言って馬車を離れる。
シグナークは馬車で待つことにし、ドアの開いた馬車の中から町の様子をうかがっていた。
人々は市民と兵士が多かった。冒険者もちらほら姿を見かけたが、兵士の数のほうが多いくらいだ。
「何かあったのか……?」
気になりはしたが、兵士たちの様子からは緊急事態が起こったようには感じられない。見回りをしているのではなく、兵士たちの訓練所がこの町にあるのだと御者が説明した。
「昔はあそこに見える山、あそこから亜人たちが襲撃して来ることもあったらしいですが、最近はとんとなくなりましたね。兵士たちが各所にある砦で警戒するようになり、やっとこの町も落ち着いて暮らせるようになったんだとか」
祖母が住んでいたんですよと御者は真顔で言う。過去形だったことからも、故人となったのだろう。
亜人の襲撃で祖母が戦いに加わったとは思えない。おそらく病死だろうとシグナークは推測し、そのことには触れずに周辺の町や次に向かう街について尋ねる。
「次の目的地レブンケファはここよりも大きな街ですね。周辺の町などに物資を送る役割もある街の一つなので、いろいろな商品が集まって活気がありますよ」
なら次の街で買い物をしたほうが……そう思うシグナークだったが、おそらくレスティアが買い物で求めている物は甘いお菓子だろうし、レイラは妹の付き添いで街を見て回る程度だろう。
二人が戻るまで彼は、馬車の中で仮眠をとることにした。
「それで、なんで姉さんまでついて来たのですか」
レスティアは小さな商品が並ぶ路地を見て回っていたが、お菓子などが売っている店が見当たらなかった。パンを焼く竈のある店に人が並び、注文していたパンを受け取っているが、粗い小麦粉を使った固い食事用のパンばかりで、甘いパンは作られていなかった。
そもそもこのあたりの土地では、甘い物は珍しいのだ。果物から甘味料を作ることはあっても、砂糖という物がそもそも出回っていない。
大陸の内部に位置するにも他国を通過した物が運ばれて来るわけで、それらには通行税(関税)などがかかり、砂糖は高級品として貴族階級にある者にしか手に入れられないのである。
「宿屋でも聞きましたが、なんだってアイラスの討伐にシグナークさんを? もしあの魔人が存在しつづけているとしたなら、危険なことくらいあなたにもわかっているでしょう」
「それは本人も了承していると言ったじゃないですか」
結局、少女は細い路地に並んだ商店をくまなく探したが、瓶詰めにされた林檎のジャムくらいしか見つけられなかった。
少女は落胆し、何も買わずに停留所まで戻ろうと引き返す。
「だいたい、なぜあなたはシグナークさんと行動を共にする気になったのですか? ヴィンツァーバルドの南西にあるウジャスで知り合ったそうですが、彼でなくとも良かったのでは?」
姉の言葉に少女は肩をすくめた。
「そうですね──あのときは別に、こんなに遠くまで一緒に冒険することになるとは思いもしませんでした。あの人の戦士としての力や技術は、ずば抜けたものがあると感じたから一緒に行動することにしたのですが。……そうですね、あの人の実直な、誠実なところが気に入っているのかもしれません。──それに」
そこまで言ってレスティアは押し黙った。
少女の視線の先には戦士ギルドの看板がかけられていた。靴と剣が描かれた盾型の看板。
「それに?」
レイラが先を促す。
「それに──あの人には強い意志、あるいは信念といったものがあります。並の冒険者では足下にもおよばないほどの強い覚悟。不撓不屈の戦士の魂が」
「英雄の器だと、そう言いたいのですか?」
姉の言葉に少女は首をかしげた。
「さあ……けれど伝え聞く、帝国の初代皇帝のような高潔な精神と、強さをあわせ持つ人だと思いますよ」
妹の台詞にレイラはあごに手を当てて考え込んだ。
妹は粗暴で人を人とも思わない性格だが、相手の強さや心持ちを見抜く慧眼を昔から持ち合わせていた。そんな妹は強く気高い者は尊重するが、弱者や愚か者は相手にしないという徹底した態度で、周囲の人々を困らせたものだ。
その妹が認めた相手。──レイラはがぜん、シグナークという男に興味を抱いた。
「姉さん」
立ち止まったレスティアが振り向き、じろりと紅玉色の瞳で姉を睨みつける。
「母のような軽率な真似はしないでくださいね」
少女は警告を含んだ声でそう言い、つづけて小声で何かをつぶやいたが、レイラにはその言葉は聞き取れなかった。
けれど妹がそうした語気で語るときは──危険なときだと知っていた。シグナークを襲ったという母のエシュクリアも、おそらくだがレスティアによって「おしおき」をされたに違いない。そう考えレイラは身震いした。
「や、やぁねぇ──私は別に……」
そう言いながら距離を取る。
妹には手に触れた者の魔力を操作する力がある。
接近されれば、いくら強い魔力を持っているとしてもレスティアにはかなわない、そのことを知っているのだ。
まだまだ剣技においても、魔法においても負けるつもりはないが、レイラは妹の底知れぬ戦いへの渇望を理解している。レスティアなら恋愛よりも戦闘を取るだろう。
その妹がしばらく会わなかった期間のあいだ、どれだけ強くなっているか。──正確なところは彼女にもわからなかった。
魔女の領域でも年ごろになれば、異性の話の一つや二つはするものだが、レスティアはそういった話をするよりも、戦闘訓練をつづけるような子供だった。
暇さえあれば集落の外に出て戦闘に没頭した日々。
少女にとって魔女の領域を出た世界は広く、そして退屈だったのかもしれない。
人喰鬼くらいではびくともしないその剛胆な心は、同年代の少女にはあり得ない強靭な心だ。
強者との戦いを渇望する彼女の姿は、多くの冒険者には狂戦士のように移ったのかもしれない。
恐れ知らずの少女は馬車の停まっている停留所まで戻って来ると、馬車につながれた葦毛の馬を撫でようとして──嫌がられた。
馬は赤い瞳をした小柄な少女に怯えたのだろうか、「ぶるるるるっ」と鼻を鳴らし、首を振って蹄を地面に何度も打ち付ける。
御者が慌てて馬を押さえつけなだめると、やっと大人しくなった。
「あなた、いまだに馬にも乗れないんじゃないでしょうね?」
「失敬な──乗れますよ。馬が嫌がらなければ……」
レスティアはどういうわけか、動物に好かれたり嫌われたりが激しい。
同じ「馬」であっても、彼女に触れられるのをよろこぶ馬もいれば、近寄られるのも嫌がる馬もいたりする。
冒険者になりたてのころに、猫好きな彼女は町の片隅で見かけた野良猫に近づいて手を差し出し、「シャ──ッ」と鋭い威嚇をされ逃げられたときは本気でへこんだ。
「きっと、荒れ地の魔女が嫌いなんですよ」
「あのねぇ……、私はそんなふうに動物に避けられたりしないから」
そうした話をしながら馬車に乗り込むと、シグナークが二人に問いかけた。
「馬が暴れ出したが……何かあったのか」
「いいえ何も」
すかさずレスティアが答える。
くすくすと笑うレイラを見て、なんとなく事情を飲み込んだ彼は「そうか」とだけ口にして再び目を閉じた。
三人はそんなこんなで馬車で移動し、街道を通ってガレンツァールへつづく国境にある関所を通過する。
二つの国の関係はそこそこ良好なため、すんなりと通行が許された。
「この先は……レブンケファとありますね」
地図を確認するレスティア。
「ビナーバインよりも大きな街らしいぞ。買い物ならそっちでしたほうがいいんじゃないか」
「まあ妹の買う物はお菓子だけでしょうし、なくても問題ないでしょう」
「大ありですよ」
三人を乗せた馬車は護衛の騎馬と共に進みつづける。御者の後ろに座っている男は護衛の一人だろう。武装しており、黙って目を閉じたまま席に座っている。
だが彼らの出番はなかった。少なくともレブンケファの街に着くまでは亜人や魔物の襲撃を受けなかったのである。
「何やかやと~」
漢字の場合は「何や彼や」と書きます。「なんやかんや」は関西弁です。




