ルイシャを助ける理由
夜、皆が寝静まり、辺りは静寂に包まれていた。
月夜に辺りが照らされ、キノコは淡い光に包まれ、幻想的な景色が辺りに広がっている。
そんな中、木の根元に銀狼が月夜を見上げ、佇んでいる。
「…御眠りにならないのですか?」
背後からエネラが声を掛ける。
『エネラ先生…。』
アルフの声は弱く、震えていた。
何か堪らなく不安な気持ちでいっぱいいっぱいのようだった。
「ルイシャのことですね。」
『…ああ。』
全てを見通しているかのようにエネラの様子は冷静だった。
アルフの隣にゆっくりと座ると、一呼吸おいて本題に入る。
「アルフ様たちが戻られる数時間前にはすでに視力は消えていたようです。」
『‥‥そっか。やっぱりルイシャの目は、見えなくなってたのか。』
「アルフ様たちがお戻りになられ、談笑成されている時、心配させまいと見えてるふりをしていたみたいですけど、やはりお気づきになられていたんですね。」
『あの子のことはよく見ていたからな。』
やはり、アルフの不安は的中してしまった。
アルフたちが戻ってきたとき、こちらの方に目線を向けてもルイシャと目が中々合わなかった事。
またユリアが楽しそうに語る最中、ルイシャはとても楽しそうに聞いてはいたが、その目線はどことなく虚ろで焦点も定まっていない様子だった。
きちんと注意してみなければ目が見えてるふり気付かないほどまでに、自分たちに心配かけないよう振舞うルイシャの健気な思いやりを感じられる。
『発作とかは大丈夫?』
「…今はなんとも。おそらく、あの子にはもうそれほど時間は残されていません。なのでアルフ様たちが魔王を討伐したことは時期的に良かったのかと…。」
『そうだね。ルイシャには辛いとは思うけど、明日には古龍が封印されてる祠って場所に向かうつもりだ。』
「その方がいいと思います。ルイシャの生まれ変わりが間に合うことを祈っております…。」
もうルイシャには時間が残されていない。
オゥクロプスから受けた傷、アロディーフの葉で負った傷、そしてその治癒に使われた祖龍の純血による体への負担でルイシャの身体はボロボロなのだ。
そしてまだルイシャは幼い。幼いのだ。
「今だからアルフ様にお聞きいたしますが、どうしてそこまでルイシャの事を助けるのでしょうか?」
『ん?』
「確かにあの子は幼い子ながらにして負うべき運命にしてはとても重すぎる運命です。あの子を助けたアルフ様があの子の面倒を見る事は自然なことではあります。だからといってあの子を助けることに意義申し立てはありませんし、むしろ私は最後まで助けようと足掻くアルフ様をとても敬っております。ですが…」
『俺がルイシャを助けるには時間が浅い、か。』
「…はい。」
確かにルイシャと初めて出会った時はオゥクロプス襲撃事件の時だ。
そこからルイシャを助けるべく奮闘し、更にはとても貴重な薬まで使い、更には生まれ変わりまでさせようと試みるまでに、アルフはルイシャに入れ込んでいる。
『うーん、なぜだろうな。ルイシャが負っている過酷な運命に同情とかしてるのもあるんだと思う。綺麗事を言っちゃえば、人を助けるのに理由なんて必要ないだろ?とかな。』
「…。」
『‥‥夢を見るんだよ。』
「ゆめ、ですか?」
ふと、アルフは静かに語りだす。
その内容は真実味を帯びているようで、どこか儚げで、切ない。
『その夢では俺はただの人間でさ。父もいて、母もいる。そして妹がいて、俺含めて4人家族なんだ。幸せな日常を過ごしていたある日、家族は俺を残して出かけててさ。というのも俺の誕生日プレゼントを買いに出かけたんだよ。でも家族は事故に遭って、妹を残して父と母は亡くなった。生き残った妹も今のルイシャみたいな感じでボロボロでさ。今にも死にそうに苦しんでるんだよ。俺は何度も何度も病院に通って妹に会いに行った。でもさ、妹の容態が急変して俺の目の前で父と母の元に行ってしまった。そこで目が覚めるんだ。その時の妹の笑顔が、ルイシャの笑顔と何度も何度も被って見えてさ。夢のはずなのに、まるで自分の事のように思えて放っておけないんだ。』
「アルフ様…」
最後まで話し切ったアルフの表情は今にも泣きそうなほどに崩れた笑顔をしていて、自分自身は気づいていないのか、アルフの目からは涙が流れていた。
自分が泣いていることに気付いたアルフは若干驚きながらも前足の足首部分で目をかくように涙をふくと静かに深呼吸をする。
『ただの夢なんだけどね。でも俺にとっては一番の理由がこれだと思ってるよ。どうかな?答えにはなれたかな?』
「はい。その夢はきっとアルフ様にとってとても大事なモノなんだと思います。ただの夢だと思わず、どうか大事に胸の内にしまってください。決して忘れてはいけないでくださいな。」
『…うん。ありがとう。』
「アルフ様、今ここには私しかおりません。もしその胸の内に悲しみでいっぱいでしたら、大事なモノを入れるために、その悲しみを出しちゃいましょうね。大丈夫ですよ、安心して出してくださいな。」
その優しさに触れ、顔を項垂れ、静かに体を震わす。
エネラは項垂れてきた頭をそっと抱き寄せると、頭を撫でながら優しく抱擁する。
侵蝕汚染体と戦い、魔王と戦い、白い闇と何度も同化していたためか、アルフの失われていた記憶が断片的ではあるが蘇ってきていた。
忙しさが勝って夢の内容は2の次に回していたが、クウェサドの森に帰り、ルイシャの姿を見た時、どっと脳裏を駆け巡るかのように思い浮かんできた。
その内容の一つが、前世の頃の子供の記憶だ。
先ほどエネラに言った通り、幼いころの両親と妹が交通事故に遭い、両親は共に即死。妹は何とか生き残ったがその後、容態が悪化し、息を引き取るというものだ。
ルイシャをなんとか助けようと必死に頑張っていたが、無意識にその時の妹とルイシャを重ねていたのだろうと記憶が戻ったと同時に納得した。
あの時の妹の、兄に心配かけまいと毎日笑顔で接してくれていた妹の健気な姿、容態が急変し、突然息を引き取り、目の前で大事な妹を失う嘆きと悲しみをこれ以上味わいたくないと。
「よしよし…。」
その日一晩中、エネラの胸の中で介抱されることになった。




