『双星のヴァルキュリア 外伝 戦乙女と神殺しの剣』前編
プロローグ
「私は一体何者なのだ?……人間だったのか?
何も思い出せない。名前すらも……」
「いや、そんなことはどうでもいいのだ。
ただ憎い……人が憎い」
この世の全てが憎い……壊すのだ。
全ての記憶を失っても、それだけははっきりとわかった。
ドクン!
手元の短剣から鼓動が直接心に響く。
「与えたばかりだろ……また狩るか」
ガシャーン!
飛び散るグラスの破片、返り血のようにワインが
あたりに付着した。
「憎しみは……大切なものを目の前で壊してやれば
簡単に生まれる」
「行こうか……恐怖に顔を歪めるがいい」
不気味な笑みを浮かべる白い仮面と黒いマントを身にまとう。
左手に輝く指輪にそっと触れた。
はるか昔……大切だった何かを思い出すように
キィーン……
羽根飾りが哀しみに共鳴する。
導かれたのは白のヴァルキュリア・ミスト。
羽根のようにふわりと地上へ舞い降りる。
ここは小さな田舎の村だ。
不思議な感覚だ。哀しみと憎しみが混在している。
視線の向こうに兵士が倒れていた。
「……共鳴した哀しみと違う?」
シュッ……
腕を振り、神の糸で哀しみを切り取った。
浄化した結晶は赤黒い輝きを放っていた。
ミストへ兵士の想いと記憶が流れ込む。
夜の警備の途中のようだ。
「後一週間で故郷に帰れる。
平和でいてくれよ……最近邪教の信者がうろついてる
らしいから気をつけないと」
ガサッ!
「……!!」
ランプをかざした。
「うぐっ!がぁぁ……」
傷口から一気に何かを吸い取られた。
「黒い……マント」
寒い……体が震え、目の前が暗くなる。
ミストは目を開く。
「邪教だと?……黒いマントの男」
「……そこっ!!」
ガサッ……
神の糸が宙を舞う。
茂みから黒い塊が現れた。
紫色の波動が蜃気楼のように揺らいでいる。
闇に浮かぶ白い仮面は、より一層不気味な笑みを
浮かべていた。
「故郷に帰れなくなったな……残念だなぁ」
男の声と腰の短剣。
兵士を刺したのは間違いないだろう。
「その短剣……見るだけでも気分が悪い」
吐き捨てるようにミストが呟く。
神殺しの剣……命を吸い、怒りや憎しみがこもる。
神への呪いが込められた短剣。
「あぁぁぁ……やっと会えた……神よ!」
刃が弧を描く。
「甘い!動きが止まって見える」
「……愚かな。怒り、憎しみに縛られるな!」
ドン!!
ミストの覇気が仮面の男を壁に叩きつけた。
キリ……キリリ……
「くそっ!くそっ!くそぉぉぉー!」
両腕の神の糸で動きを封じる。
「抵抗すれば、さらに食い込んでいくぞ」
左手の指輪から深い哀しみを感じる。
「やはり……そこか」
シャッ!
瞬時に剣で哀しみを切り取り、浄化する。
哀しみの結晶は漆黒。
内には光を発する小さな結晶が包まれていた。
大切に包み守っているかのようだ。
ミストへ想いと記憶が流れ込む。
哀しみの主は妻とお腹の中の赤ちゃんだった。
名前は……フィーナ
『双星のヴァルキュリア 外伝 戦乙女と神殺しの剣』 前編 Fin
エピローグ
男が怒りと憎しみに支配された理由は何か。
一体何者が仮面と神殺しの剣を与えたのか。
ラグナロク後の世界はまさに混沌と化している。
フィーナの想いは仮面の男を救えるのだろうか。
ミストはただ静かに目を閉じるのだった。
流れ込む想いとともに。




