『双星のヴァルキュリア 外伝 白羽根が届けた最後の想い』
プロローグ
「僕は絶対に生きて帰るぞ……マリーと約束したんだ」
小さく呟き、懐から恋人にもらったハンカチを見つめる
一人の青年がいた。
「今日は訓練終わり!整列しろ!」
上官の命令は絶対であり、戦場の鉄則だ。
怒鳴り声が訓練場に響く……
「いいか新兵ども!
生き残りたければ言うことを必ず守るんだ」
「守れない奴、できない奴から戦場では死んでいくんだ。
わかったな!必ず生きて帰ってこい!」
青年は戦場へ向かう。胸に秘めた想いとともに……
本文
キィーン……
頭の羽根飾りが哀しみに共鳴する。
戦場に白羽根が舞い、光のヴァルキュリア・ルナが
舞い降りた。
黒煙がいくつも立ちのぼり、燃え上がる炎が闇を照らす。
半壊した建物や、飛び散った血、倒れた兵士たちを浮かび上がらせる。
惨劇を見つめるルナは、切なく強い哀しみに辿り着いた。
一人の兵士が倒れている。
「ごめん……マ……リー……約束」
声はかすれ、目は遠くを見つめて視点が合わない。
死の間際、手にはハンカチと一緒に手紙が握られていた。
「人間よ……我は戦乙女だ。
お前の命を救うことはできない。
だが、哀しみの想いは永遠に在り続ける」
ルナはそう告げると剣を抜く。
漂う哀しみを切り取り、浄化する。
結晶は漆黒で、見ていると胸が締め付けられる。
月明かりが差すと、結晶内に込められた切なさが
青い輝きを放つ。
「生きて、生きて、生き抜きたかったのだな……カイルよ」
ルナの中へカイルの想いや記憶が流れ込んでくる。
「……まだ歩くのか」
背中の荷物が肩に食い込む。
靴ずれとマメができ、一歩進むたびに足がうずいた。
「今日はここで夜営する!準備にかかれ!」
テントを張り、夕食を一気に頬張る。
夜はどこから敵が襲ってくるかわからない。
最も危険な時間だ。
夜の見張りが終わり、やっと一息つく。
紙とペンを取り出し、恋人のマリーへ手紙を書く。
ただし、手紙は五行以内に収めること。
一ヶ月に一度、まとめて送ることが許されていた。
これが軍の規律だ。
『マリー、元気かい?僕は元気だよ。
歩き続けて足は痛いし、風呂も入れない。
早くマリーの焼いてくれた香ばしいパンが食べたいよ。いつも君のことを想ってるよ』
書いた手紙は後日、まとめて送られた。
カイルは、マリーのいる町からどんどん離れていった。
暗闇の中を敵に見つからないように
カイルは眠気と戦いながらフラフラと歩き続けた。
『ねぇカイル、今日はパンを焼いてみたわ。
でも少し焦げてしまったの。
あなたが帰ってくるまでには美味しいパンを
焼けるように練習するね。
一年後に帰ってくる頃には季節は冬ね。
私、今からマフラーを編むね。
もうカイルと離れないようにぐるぐる巻きにできる
長いマフラーよ』
「そういうところ、すごくマリーらしいな」
思わずカイルはクスッと笑った。
月明かりを頼りに手紙を何回も読み返した。
『遠くから見る町の明かりは暖かさを感じるよ。
マリーの誕生日を祝ったことを思い出すなぁ。
一体僕は何をやっているんだろうって考えてしまう。
山の中を歩いていると
ホタルの幼虫がたくさん光っていたんだ。
まるで夜空を歩いてるみたいだ。
マリーがとなりにいてくれたらな……早く会いたいよ』
夜空を歩くか……なんて素敵なんだろう。
頬杖をついて想像してみる。
「……素敵すぎる」
マリーは頬を赤くして照れてしまった。
『ホタルは素敵ね。私も一緒に夜空を歩いてみたい。
カイル、マフラーがどんどん長くなってるわ。
帰ってきた瞬間もうぐるぐる巻きね。すっごく楽しみ。もうすぐ戦争は終わるってみんな言ってる。
怪我しないよう毎日祈ってるわ、カイル』
国境付近までカイルの部隊は進軍した。
敵も激しい抵抗を見せ始めた。
『マリー……震えが止まらない。
初めて人を殺してしまったんだ。まだ手が震える。
でも、帰るためには逃げ回ってるだけじゃダメだ。
あぁ……早く戦争が終わって帰りたい。
また夜中に目的地へ移動だ。
マリーも同じ夜空を見ているのかな』
カイルは時間があればマリーへ手紙を書いた。
手紙はマリーへの溢れんばかりの想いと愛だった。
ドーン!
カイルは初めて聞くこの音に恐怖を感じ飛び起きた。
まるで落雷が近くに落ちたような轟音と地響き。
「何が起こってるんだ?」
その音はこちらに近づいている。
バキィッ!ズンッ!
建物が崩壊していく。
「ギャー!」
「大丈夫か!」
「とにかく下がれ、後退だ!何が起きてるかわからん!」
上官が後退命令を出した。
敵の新兵器なのか。
煙で視界が遮られる。
「とにかく逃げよう」
カイルは後退しようと立ち上がった。
ズゥーン!
「ガァァァ……」
轟音が鳴り響いた瞬間
周辺の建物や仲間は吹き飛ばされ
カイルは壁に叩きつけられた。
「くっ……まだ死ねない。
僕は帰るんだ……マリーのもとへ」
懐からハンカチと手紙を取り出して見つめる。
今、自分の体がどうなっているのかわからない。
少しずつ意識が遠くなっていく。
ルナは目を開く。
「神は人の運命に介入してはならない。
我は戦乙女……愛を届ける女神ではないのだ」
戦乙女として、人の哀しみに触れることは許される。
ルナはしばらくカイルの手紙とハンカチを見つめて立ち尽くしていた。
「言えない想いを手紙に託す。
人は何とも不器用な生き物だ……」
この手紙を届ければ、あの娘は絶望する。
だが……届かなければ、永遠に待ち続ける。
「それでも……」
「ルーンよ、出ておいで」
ルナの影から一匹の猫が浮かび上がった。
「お前ならどうする?ルーン」
「ミャー……」
片膝をついたルナは、ルーンをしばらく見つめた。
「神も不完全な存在……か」
ルナは白羽根を一枚手に取り、見つめた。
ある晴れた日
焼きたてのパンの香ばしい匂いが窓から流れてくる。
トンッ、トンッ、トンッ……
「こんにちは。マリーさん、手紙を届けに来ました。
確認をお願いします」
扉を開けると軍服を着た男性が立っていた。
「ありがとうございます。えっ……これは」
「私が……カイルに……渡したお守りのハンカチ」
マリーの手が震える。
「次がありますので……失礼します」
男は一礼すると立ち去った。
「……」
少しずつ胸が苦しく締め付けられる。
切なく熱い気持ちが込み上げ
涙がマリーの頬を流れ落ちる。
「いやよ……カイル。
もうすぐ帰るって言ったじゃない。約束したじゃない」「私は……これからどうしたらいいの?」
「ねぇ……教えて、教えてよ……カイル」
マリーはハンカチと手紙を胸に寄せた。
『親愛なるマリー
マリーもうすぐ一年だ。兵役終了の日が来る。そして、扉を開けて出てきた君を……僕はそっと手を伸ばして抱き締めて、笑顔でこう言いたいんだ。
「ただいま……マリー」
そう言える日まで、僕は必ず生きて帰るよ』
その時、風に乗って一枚の白羽根がマリーの側を通り過ぎた。
「マリー……ただいま……」
その柔らかな風はカイルの手のように
そっとマリーの頬に触れて消えていった。
その一瞬の出来事は、刻が止まったかのようにマリーは感じた。
「……カイル……カイルなの?」
マリーは辺りを見回すが誰もいなかった。
「……おかえりなさい。カイル」
マリーは編みかけの赤いマフラーを抱き締めた。
『双星のヴァルキュリア 外伝 白羽根が届けた最後の想い』Fin
エピローグ
ルナは静かにマリーの様子を見守っていた。
「エインへリヤーよ……もう思い残すことはないか。
ならば我とともに逝きよ」
白羽根が舞い、ルナの姿は消えていった。
戦争の犠牲者を弔うための墓地の一画
赤く長いマフラーが巻かれていた。
哀しみが生まれる限り
ヴァルキュリアはまた舞い降りる。
これは……『哀』の物語だ。




