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『双星のヴァルキュリア 外伝 魔獣と哀しみの鈴』

プロローグ


チリーン……

夜の静寂の中、鈴の音がかすかに響き渡る。

「人の生気を吸い取り、喰らう魔獣よ……

なぜその身に哀しみを宿しているのだ」

光のヴァルキュリア・ルナは剣をかまえた。

魔獣は抵抗する力もなく弱々しく語りかけた。

「なぜ人間は儂に愛を……注ぐのか」

魔獣の視線は一人の老婆へ向けられていた。

「人間の愛を知ってどうするのだ」

「……」


その先にある答えとは……

本文


「キィーン……」

光のヴァルキュリア・ルナの羽根飾りが

哀しみに共鳴した。

夜風とともにゆっくりと地上に舞い降りる。


チリーン……

小さな鈴の音が闇の中から聞こえてくる。

ルナは音の方へ進んでいく。

「なぜだ……」

ルナは目を疑った。


この哀しみの主は魔獣だ。

暗闇に浮かぶ赤く鋭い瞳は燃えるように輝き

大きく裂けた口には、鋭い牙が見える。

背中の毛は硬く逆立ち、尾は二本に分かれていた。

体は深く傷ついており、今にも崩れ落ちそうだった。


「人の生気を吸い取り、喰らう存在。

魔獣よ、お前はなぜ哀しみを宿しているのだ」

ルナは剣を構える。

信じがたいが、魔獣の体内から確かに

哀しみが生まれ漂っている。


その傍らには、一人の老婆が倒れていた。

まるで魔獣を庇うかのように。

「戦乙女……ヴァルキュリアよ。

消える前に……一つ答えてくれまいか。

人間の愛とは何なのだ」

地面に伏せたまま魔獣はかすれた声で言った。


「人間の愛だと……それを知ってどうする?」

……敵意は感じない。

しばらく沈黙が続き、ルナは剣を納めた。

「儂は猫として……永い時間を生きた」

魔獣は目を閉じ語り始めた。


「ミャー……」

最初の飼い主は儂を「ミケ」と名付け

とても可愛がった。

だが歳を取りすぎたのだろう。

いつからか飼い主の生気を吸い取り

生き続ける存在に変わっていた。


飼い主が死に、次々と変わった。

家族として暮らし、愛を与えられた。

「ゲホッ!ゲホッ!」

飼い主は少しずつ衰弱していった。

「お前を残していくのが心配でならないよ

……私がいなくなっても優しい飼い主に

見つけてもらうんだよ。ごめんね……」


皆、最後は必ず儂を心配しながら死んでいった。

最初は何も感じなかった。

人は生きるためのただの獲物にすぎないのだから。

「あの慈愛に満ちた目は……己の死を自覚しているにも関わらず、なぜ儂の身を案じるのか」


しばらくルナは魔獣の話を聞いていた。

そして、静かに口を開いた。

「人間にとって残される存在が

か弱ければか弱いほど、失う哀しみが大きければ

大きいほど守ろうとする。自分の命など顧みずにな」

「それが……人の愛だ」

「そして愛という感情はときに不完全なもの」


ルナは魔獣から少し視線を外した。

「お前は、人間よりも強いと思っている。

しかし人間からみれば、守らなければならない

存在なのだ。お前は愛されていたのだ」


魔獣はしばらく沈黙していた。

「なるほど……人間の生気を吸い取る儂が

愛を与えられていたとは」

「別れの時、いつも不思議と暖かさを少し感じていた。あれが人間の愛……か。少しはわかったのかもしれん。悪くはないものだな」


魔獣の体がパラパラと崩れ始め

夜風に流されて消えていく。

「最後の儂の頼みだ……

この首輪と老婆を家へ返してくれないか」

「わかった。約束しよう」

魔獣は少し安心したように見えた。


ルナは剣を抜く。

チリーン……

鈴が哀しく響き、赤い首輪がポトリと落ちた。

魔獣の哀しみは浄化され、結晶となった。

「お前に役目を与える。

これからは我の影となり共に歩むのだ。」

ルナの影から一瞬、猫の姿が浮かび上がり消えた。


魔獣から生まれた結晶は漆黒だ。

だがいつもと違う。

魔獣への愛が募り中は金色に輝いていた。

不思議に思ったルナは結晶を揺らす。


リィーン……

透き通った美しい音色を響かせる。

なぜ魔獣に哀しみが宿ったのか……

魔獣が飼い主の生気を吸い取ってきたからなのか。

もしくは……永い年月をかけて飼い主の想い

希望や愛が魔獣の内に募っていったのかもしれない。

「結晶の中に愛を宿すとは……皮肉なものだ」

ルナへ魔獣の記憶が流れ込んできた……


「……」

魔獣にほんの小さな疑問が生まれた。

「儂は人間の生気を奪う者。

そばにいると弱っていき、確実に死を迎える。

なのになぜ可愛がるのだ。愛を与えるのだ」

衰弱していく飼い主を看取ると疑問だけが残り

答えは出なかった。


また新しい飼い主が魔獣を可愛がる。

そして、また別れ……

一体何度繰り返しただろうか。

「別れの時、内側からグッと締め付けられるような

あの込み上げてくるもの……一体何なのだ」


看取る度に魔獣の内に何かが募っていった。

その正体が何なのか自分ではわからない。

この気持ちと生きるための本能は

やがて魔獣の中で争い始めた。


理性と本能。

いつしか無意識の内に入れ替わって

現れるようになった。

魔獣が眠ると本能が飼い主の生気を

吸い取るようになった。

理性は本能の存在を知らない。


どれ程時間と年月が経ったのだろう。

シャン……シャン……

杖の音が近づく。一人の神父が通りかかった。

玄関先で気持ち良く寝ていた魔獣を見た瞬間。

「この感覚……お前は魔物か?」

「人をはぐらかし、不幸にする者め!」

そう言い放つと懐から数枚のお札を取り出し

魔獣へ投げつけた。


「ギャャャー!!」

一枚が腹部に貼り付いた瞬間

雷に撃たれたかのような激しい痛みに襲われた。

「どうした!何の悲鳴だ!」

飼い主が飛び出してきた。


「いかん、その猫に近寄ってはならん!魔物だ!」

神父が気を取られている一瞬の隙を見て

力を振り絞り逃げだした。

「ハァ、ハァ……奴は一体何者だ」

致命傷ではなかった。


「次は……必ず引き裂く」

「グォォォ……覚えておれよ」

怒りが込み上げてくる。

「グハッ!」

口から血が流れ落ち

腹の中がかき回されるようにうずく。


バタッ……

気を失って倒れていた魔獣を老婆が見つけた。

「大変だ!大丈夫かい?」

家まで連れ帰り、傷の手当てをした。

「喧嘩したのかい?

行くところが無いならうちの子におなり」

「ミャー……」

弱々しく返事をする。


「ミャー……そうだね。フフフッ」

「名前はミーだ。今日からお前はミーだよ」

「ミャー……?」

「そうさ、ミーだよ。かわいいねぇ」

「ちょっと待ってなさい。ほら似合ってるよ」


チリーン……

鈴が鳴る。

赤い首輪を老婆は首に着けた。

老婆は新たな飼い主となり、魔獣をとても可愛がった。

魔獣の傷は回復していった。


それとは反対に老婆は生気を奪われていき

少しずつ体が弱っていくのだった。

「ゲホッ……どうしたんだろう。最近体が重いねぇ」

咳き込む日が増えていった。

そして、数年経ったある日。


「……!!」

魔獣は殺気だった。あの忌々しい聞き覚えのある音。

シャン……シャン……

杖の音が近づいてくる。

「随分探したぞ……次は逃がさん」

「どれ程の者がお前のせいで命を落としたとか。

これ以上犠牲を出すわけにいかない」

神父は再び魔獣を退治しに来たのだ。

何人もの飼い主を死に追いやったという

猫の噂を聞きつけ、たどり着いたのだ。


「グォォォー!」

魔獣は体を大きくさせ、神父へ襲いかかる。

ギリッギリッギリッ……

鋭く爪で神父を切り裂こうとしたが

杖で受け止められた。


バキッ……バキ……

二人はもつれながら倒れ

魔獣は牙で杖を噛み砕こうとした。

「ええい!させん!」

「私は多くの人間を救うためにここに来たのだ」


神父は魔獣の腹を蹴り上げて体勢を立て直した。

お札を取り出し空へ投げる。

魔獣の立つ地面四方へ貼り付いた。

「滅!!」

神父は両手で印を結び、そう言い放つとお札から

電撃が襲いかかった。

「ガァァァァー!!」

魔獣はたまらず叫び声をあげて倒れた。


「終わったのか……しかしまだ」

神父は肩で息をし、かなり消耗していた。

魔獣は致命傷を負った。

騒ぎを聞き付けた老婆は神父を止めようと

中に割って入った。


「近寄ってはいけない!奴は魔物だ!

このままではあなたも衰弱して死んでしまう」

「やめて下さい!

どんなに姿が変わろうとあの子は私の家族なの!

ミーに変わりないんだよ!」

「良く聞きなさい。奴を生かしておけばあなたも

多くの人が犠牲になるのだ!」

「あの子のためなら命を差し出します!だから殺すのだけはお願いだからやめて!」

二人が言い争っている。


それを見た魔獣は神父へ渾身の力で体当たりした。

「グアッ!」

弱っているとはいえ魔獣に吹っ飛ばされた

神父は木の幹に激突し動かなくなった。

「ミー…大丈夫かい?」

心配する老婆を背に乗せ、家から少し離れた茂みに

身を隠した。

老婆は気を失ってしまった。

「ゼェ……ゼェ……儂もここまでか」

少しずつ魔獣の記憶が途切れていく。


「……」

ルナは目を開き、老婆を家へ連れ戻った。

「ミー!ミーちゃん……どこ行ったの!

出ておいで……」

少し体調が良くなった老婆は魔獣を探した。

「ミー……私を置いて行ってしまったのかい

……また一人になってしまうじゃないか」

老婆は両手を握りしめた。


「ミー……お腹が空いたらいつでも帰っておいで」

老婆はミーのご飯を作り

ずっと帰りを待ち続けた。


チリーン……

その時、鈴の音が夜に響いた。

「帰ってきたのかい」

老婆は玄関を開けてみる。

そこにはミーの首輪が置かれていた。


「ミー……」

老婆は首輪をそっと握り、胸に抱きしめた。

まるで、そこにミーがいるかのように。

その夜、老婆は夢を見た。


「ミャー……」

ピンと尻尾を立てたミーが甘えて足にすり寄ってくる。

「ミー……お帰り。心配したんだよ。

友達と喧嘩でもしたのかい?

もう首輪を落としちゃ駄目だよ」


そう言うと老婆はミーを抱きしめ、膝に乗せる。

首輪を付けた後、喉を優しく撫でると気持ち良さそうにミーは目を閉じ眠った。

その姿を愛おしくいつまでも見つめるのだった。


ルナは静かに老婆を見つめていた。

「別れは済んだか?

今なら理解できるだろう?

お前はずっと愛されていたことが」

月明かりが写し出したルナの影は

一瞬猫の形になったかに見えた。


「……羨ましいほどの愛だ」

そっと胸の宝石に右手をそえた。

心地好い夜風がルナの長く柔らかな髪を優しく撫でる。

まるで「愛している」と囁くかのように……



これは……『哀』の物語だ。


『双星のヴァルキュリア 外伝 魔獣と哀しみの鈴』Fin

エピローグ


ルナは魔獣に役目を与える。

「聞こえるか?

魔獣よ、さあ出てきなさい。

これからお前は我の使い魔として逝きるのです」

ルナの影が盛り上がり、一匹の猫が現れた。

「ミャー」

「あなたに名を与えます。ルーンです。

そして、もう一つ……」

哀しみの結晶を首輪とともに授けた。

リィーン……

澄んだ鈴の音が響き渡る。

「さあ……ルーンよ。一緒に、逝きましょう」

ルナは優しく喉を撫でるのだった。


ルーンを見たらミストは一体どんな振る舞いをするだろうか。

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― 新着の感想 ―
初めまして、Xの読み合い企画から参りました。3話読了しました。猫の姿になった魔獣と、飼い主となったお婆さんの死、儚く哀しく美しい物語でした。ブクマ、評価、ポイント入れましたので、少しでも励みになれば幸…
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