『私とあなたの二人だけの秘密色』 双星のヴァルキュリア 外伝
プロローグ
あなたの好きな色は何色?
私の人生をたくさんの色で描いてくれた大切な人……
これは目が見える者だけの問いなのだろうか。
盲目ゆえに色を諦めた者
愛する人に色を伝えたかった者
羽根飾りが哀しみに共鳴した。
その場へ舞い降りる、白のヴァルキュリア・ミスト
哀しみの結晶から何を想うのか。
本文
キィーン……
羽根飾りが人の哀しみに共鳴した。
白のヴァルキュリア・ミストは
哀しみを切り取り、浄化するため
夜空から哀しみの元へ静かに降り立つ。
家の中は薄暗く月明かりを頼りに進んでいく。
寝室に入ると寄り添うように
老夫婦がベッドに横たわっている。
女性はすでに息を引き取っていた。
となりの男性も言葉を発することが出来ない状態だ。
すでに二人の体から哀しみが溢れ出し
互いにかばいあうように漂っていた。
「苦しいか……いや、寂しいのか。
もう大丈夫だ。我と共に逝くがいい」
シュッッ……
神の糸は宙を舞い
哀しみを切り取り浄化する。
二人の哀しみは互いに離れまいと絡み合い
やがて一つの結晶となって形を成した。
「不思議だ……ここまで強く惹かれ合うとは」
結晶は漆黒、月の光を通すと内から
赤、青、緑と様々な色彩を奏で夜空に
流れるオーロラのように、静かに輝き出す。
なんとも不思議な結晶だ。
ミストは目を閉じ、結晶を取り込んだ。
すると二人の人生の想いが流れて来た。
女性はクレア。
男性はケーン。
クレアは生まれた時から目が見えなかった。
ずっと暗闇を歩んできたのだ。
クレアの家は貧しく、両親は仲が悪かった。
「ガシャン!」
皿が割れる。
酔っ払った父が母に喧嘩を吹っ掛けてくる。
それがクレアの日常だった。
クレアは目が見えない分、耳が良かった。
「クレア! なんてどんくさいんだい!」
母は食事に手間取るクレアにいつも冷たく当たった。
「ほら!口にいれてやるから食え!」
父も酔った勢いでパンを口に押し込んできた。
「ゲホッ! ゲホッ! お父さんやめて!」
「食わしてやってるんだぞ! クレア!」
心安らぐ居場所はクレアに与えられなかった。
「神様……どうか少しでも私に光をお与えください。父と母が仲良くなりますように……」
教会でクレアは祈りを捧げる。
「クレア」
神父が声を掛けた。
「神父様、どうされましたか?」
「ここ最近、よくここに来るね。
何か悩みがあるなら話してみなさい」
「……実は」
クレアは家族のこと、目が見えないことへの
苦しみを神父へ打ち明けた。
「……クレア、よかったら教会の聖歌隊に
入らないか?」
「目が見えなくても歌うことはできる。
新しい事に挑戦してみてはどうかな」
神父はにっこり微笑みながらクレアを
聖歌隊に誘った。
「私は歌った事があまりありません。
……少し考えさせて下さい」
悩んだ末、聖歌隊に入ることにした。
そして、初めて舞台に立つ時が来た。
ドクッ……ドクッ……
鼓動が全身に伝わる。
「神よ……」
歌声が教会に響き渡る。
回を重ねるごとにクレアの歌声は優しく
皆を包み込んだ。
その中でクレアを見つめる一人の男性がいた。
ケーンだ。
「綺麗で優しい歌声だ……でもなぜか寂しそうだな」
歌い終わった後、思いきって声をかけた。
「あの……突然ごめんなさい。
僕はケーンと言います。
その……歌声がすごく綺麗でした」
目が見えないクレアは声で相手の感情を
自然に感じ取ることができた。
悪意を男性からは感じない。
「びっくりしちゃった。
ありがとう、また今度聞きに来てね」
そう告げるとクレアは帰っていった。
「行ってしまった……」
今のケーンには、これが精一杯だった。
家に帰るとケーンはベッドに寝転び目を閉じた。
クレアの歌声を思い出す。
「また会えるかな」
いつの間にか寝てしまった。
朝になるとケーンは仕事場である郵便局へ向かう。
ここで配達の仕事をしているのだ。
「おはようケーン。今日も頼むよ」
ケーンは荷物を受け取り、配り歩いた。
全ての荷物を配り終えた時、太陽は西に傾いていた。
「少し休憩しよう」
ケーンは近くにある池のベンチに座り
グッと水を飲んだ。
「ん……何か聞こえる」
ぼんやりと地平線に沈んでいく夕日を眺めていると
風に乗って歌が聞こえてきた。
聞き覚えのある女性の歌声だ。
近づいて行くと、クレアが歌の練習をしていたのだ。
夕日に照らされて歌うクレアはケーンには
美しく眩しかった。
「綺麗だな……」
自然に言葉がこぼれた。
「誰かいるの?」
クレアが不安そうに周りを警戒した。
「ごめんなさい。仕事が終わって休憩をしていたら
歌声が聞こえたからつい聞いてしまって。
少し前に教会で会ったケーンです」
「あっ……あの時の。声、覚えてますよ。
また会いましたね」
クレアが自分を覚えてくれていたことが嬉しかった。
言うなら今しかない。
「クレアさん、いきなりだけどよかったら
食事に行きませんか? お願いします!」
「えっ……うーん。
嬉しいけど私は目が見えないし……」
「大丈夫、僕がエスコートするよ」
「……そこまで言うなら、いいですよ」
ケーンはこの機会を逃したくなかった。
次いつ会えるかわからないからだ。
ケーンからの言葉の強さを感じ取り
クレアはその言葉に押され、頷いた。
「ほんと、ありがとう!
明日、この場所でお昼過ぎに待ってて。
迎えに行くから」
「わかったわ。明日ここで待ってます」
約束を交わして二人は別れた。
ケーンは帰るなり嬉しくてベッドへ飛び込んだ。
「よーし!明日はどこに行こうかな。
公園へクレアを案内しようか。
服屋さん? いや宝石店か……」
次の日、待ち合わせの時間になっても
クレアは現れなかった。
「どうしたんだろう。嫌われたかな」
クレアの身に何かあったのだろうか。
心がざわつく。
少し太陽が傾きはじめた時、クレアは現れた。
「待たせてしまったかしら?
周りが見えないから、正確な時間がわからなくて……もし待たせていたならごめんなさい」
「そうだったのか。
いや何かあったのかとすごく心配したんだ。
でも安心した。さあ行こう」
二人はゆっくり歩きだした。
ケーンはケーキ屋さんへ行くことにした。
「何を食べようか?」
「……メニューは何があるのか教えてくれない?」
「ああ、そっか。
店員さん今日のお勧めを二つお願いします」
メニューをパタンと閉じた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ケーキが来るまでお互いの事を話した。
クレアは目が見えないのであまり友達との
交流もなく引っ込み思案だったという。
ケーンも戦争で両親は亡くなり
今まで親戚を転々としてきた。
やっと仕事も見つけることができたのだ。
ケーキセットが来た。甘い香りが漂う。
「すごく甘くて優しい香りね」
「クリームがすごく柔らかそうだ。食べてみて」
「……うん」
フォークを探しているクレア。
ケーンは浮かれて気づかなかった。
あわててフォークをクレアの手に持たせる。
「ありがとう……すごく美味しい。
ねぇ、どんな形をしているの?」
「えっと、形は三角で上にはイチゴが乗っているよ。
クリームは白色でイチゴは赤色だ」
「私は……世界は黒色ばかりと思ってた。
生きてても辛いことが多かったから。
でも、今日は少し世界の色が知りたいと
思った。ケーンのおかげね」
クレアの顔から笑顔がこぼれた。
「クレア……じゃあ、僕が色を伝えるよ」
「ふふっ、ありがとう。ケーンは優しいのね」
「今日は暗くなって来たから送るね」
「ケーン、ありがとう」
帰り道、クレアは胸を押さえた。
「私は色なんてどうでもよかった。
見えない私には、関係の無いものだと思ってたの」
だけど今は少し違う。
ケーンの言葉を聞くたびに胸の奥が暖かくなる。
一体どうしたのだろう。
「ねぇケーン……これから私に沢山の色を
教えてくれない?」
「クレア! なに言ってるんだ。
これから色をたくさん伝えるに決まってる
じゃないか」
「じゃあ、約束して」
「ああ、約束だクレア」
二人は指切りをして別れた。
ケーンは帰り道どうすればクレアが色を
感じることができるかを考えた。
まず一つ目。
ケーンはクレアの手を取り
暖炉の前に座らせた。
「クレアわかる? これが赤だよ」
「これが……赤なの?」
クレアは首をかしげる。
暖炉の炎が揺れる。
「うん、赤は……こんな感じなんだ」
暖かい。でも、少し熱い。
「怒ってる時も赤ね」
ケーンは驚いた。
「どうして?」
「だって身体が熱いもの」
「フフフッ」
「クレアの言う通りだ」
二人は見つめ合いながら笑った。
世界にはさまざまな赤があることをクレアは知る。
二つ目の色。
ケーンはクレアを散歩に連れ出した。
「クレア寒いかな?」
「少しだけね」
冷たい風が頬を撫でる。
「季節によって冷たかったり、心地よくなる色。
これが青だよ」
クレアは空を見上げる。
もちろん、何も見えない。
それでも静かに言った。
「青は……静かに感じる色なのね」
「そう、静かで心地よい色だよ」
そう言うとケーンはクレアをそっと抱き寄せた。
「ケーン、暖かいから赤色ね」
「そうだよクレア」
ケーンは嬉しくなって手にギュッと力が入った。
「僕は両親がいなくてずっと一人だった。
だからクレアの歌声を聞いた時、寂しそうだった。
僕と同じに見えたんだ」
「でも、今はそばにいてくれる」
「そうだ! 良い事思い付いたよ。
いつか桜の花を見に行こう。
山全体に広がって本当に綺麗なんだ」
「うん、連れて行ってね」
クレアの胸の中から生まれてくる
心地よい気持ちは何だろう……。
そう思うと涙があふれてきて止まらなかった。
世界は色で満ちあふれている。
「泣かないで、クレア……大好きだよ」
「ケーン……私もよ」
次は緑、森の香り
黄色やオレンジ色は春の陽だまりや夕日
茶色はチョコレート
ケーンとクレアは色を重ねていった。
まるで虹を描くように。
それは二人の時間を静かに重ね合わせることと
同じだった。
ミストは少し目を開いた。
「これが……人の愛か。興味深いものだな」
再びミストは目を閉じた。
時間は流れていった……
クレアの最後の言葉だ。
「ケーン……あなたはたくさんの
想い出と色を私に教えてくれた」
クレアの手をケーンは必死に握る。
「でも、ごめんなさい。色はイメージできないわ。
生まれた時から暗闇だったから」
ケーンは微笑みながら涙をこらえていた。
「私が一番好きな色は桜色なの。
赤は暖かいけれど時に熱い。
青は心地よいけれど時に冷たい」
ケーンは静かにうなずいた。
「だけど、あなたが私に届けてくれた
言葉や寄り添ってくれる暖かさは
……とても心地よかった」
「この桜色は、私とあなただけの色。
あなたがくれた……特別で大好きな色よ」
「ありがとう……ケーン」
そう告げるとクレアは微笑み掛け
眠るように息を引き取った。
ケーンの頬から哀しみに満ちた涙が
クレアの手に落ちる。
「クレア……桜を一緒に見に行きたかった。
君に……感じて欲しかったよ」
クレアの手はしっかりケーンに包み込まれていた。
流れ込んでくる記憶が薄れていく。
ミストは目を開いた。
「時間と色を重ね合わせてきた人生か」
結晶は哀しみが強く深く純粋な想いほど黒くなる。
そして内側から放たれる輝きは
愛する人へ伝えたかった色と想いだ。
「安心するがいいエインへリヤーよ。
これからは同じ刻を永遠に逝きる。我の中でな」
ミストの指が胸の宝石へそっと触れた。
家の隣に木が植えられていた。
「人の愛……か」
ミストは木を見上げて手をかざした。
サァァァァ……
光が木を包み込むと桜が美しく満開に咲き乱れた。
「今宵、一度だけの奇跡だ。
エインへリヤーよ……見えているか」
ミストは夜風に散る桜の花びらと共に消えていった。
これは……『哀』の物語だ。
『私とあなたの二人だけの秘密色』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
「私は桜色が好き。二人だけの特別な色。
あなたの手を絶対に離しません。
ずっと、ずっと……永遠に過ごすのだから。ケーン……」
「一緒に……逝きましょう」
哀しみの結晶からクレアの想いが響いてくる。
「……」
夜空から光のヴァルキュリア・ルナが
ミストを見つめていた。
「……人の愛は悲しくも美しいものね。
ミストが見せた満開の桜は
きっとケーンたちに届いたわ」
ルナが優しく語りかけた。
「そうだな」
ミストは一言呟いた。
哀しみを切り取り、浄化するヴァルキュリアの
物語は続く……




