『戦場で白羽根の女神との再会を待ち望んだ英雄』 双星のヴァルキュリア 外伝
プロローグ
「人の哀しみに触れる事を
許されているのは戦乙女
……ヴァルキュリアのみなのだ」
シュッッ……
ヴァルキュリアによって
音もなく哀しみは切り取られた。
黒い霧状の哀しみを哀の結晶に変える。
胸の宝石に取り込む瞬間。
「……この感覚は。
微かに結晶から懐かしさを感じるだと……
一体何者だ」
これからヴァルキュリアの
哀の物語を話していこう。
神が滅びた後の世界。
祈りはもはや届かない。
人の世は混沌と争いが絶えない。
哀しみに沈むのみだ。
人の世に現れた
二柱のヴァルキュリア一一
ルナ
ミスト
人の死に際
「哀しみ」を切り取る存在。
選定者
または死神とも呼ばれる。
ある夜
偶然一人の少年が目撃する。
ミストが人から何かを
切り取っているところを。
誰にも話さぬよう告げ
ミストは姿を消した。
少年の胸には
言葉にできぬ想いだけが残された。
彼は生涯ミストに会うことを
願い続けるようになる――
本編
月明かりの下
白い甲冑を纏った女神が
地上へ静かに舞い降りる。
ミスト・ヴァルキュリア。
人は死の間際哀しみを生む。
切り取り浄化する事……
それが使命。
ミストは腕の鎧から
神の糸
(ワイヤーカッターの様な輝く細い糸)
を哀しみに巻き付け
切り取り浄化していた。
背後に視線を感じる。
振り返ると
一人の少年がただ静かにこちらを
見つめていた。
「もしかして
……死神さんなの?」
少年の瞳の奥が 少し怯えている。
気配を消していたはずだった。
少し驚いた表情をするミスト。
珍しくこの少年に興味を抱いた。
「さあ、どうかしら?
あなた名前は何て言うの?」
少年は小さく答える。
「ルーク……だよ」
ミストは微笑む。
「ルーク
今夜のことは誰にも話してはならないよ
約束できる?」
ルークは静かにうなずいた。
「うん約束
一生誰にも言わないよ」
「あなたにお守りを授けましょう」
羽根飾りの白く美しい羽根を
一枚手渡した。
「神の加護があらんことを」
ほっぺにそっと口づけをする。
「おやすみ」
静かに姿を消した。
ほんのわずかな時間だった。
だがルークがミストに
心を奪われるには十分だった。
「……夢だったのかな」
羽根をしばらく見つめる。
ベッドに入り目蓋を閉じる。
あの光景が鮮明によみがえる。
刻が止まったように二人の周りは
静寂だった。
月明かりに照らされた白い甲冑。
流れるような髪。
美しくどこか哀しみを帯びた佇まい。
儚く輝く『哀』の結晶。
ミストと交わした
たった一つの約束。
一枚の美しい白い羽根。
いかなる時も身に付けていた。
「ルークの弱虫!」
友達と喧嘩した時も。
「誕生日おめでとうルーク!」
お祝いの時も。
「なあルーク、仕事何するんだ?」
友と将来を語り合った時も。
「母さん……
今までありがとう。
安らかに眠っておくれ」
母親が病気で亡くなった時も。
時は流れルークは
寡黙な青年へと成長した。
だがミストへの想いは薄れることはない。
募るばかりだった。
「もう一度会いたい……
あの出来事は誰にも言ってないんだ。
でもどうすればいい」
ヴァルキュリアは
『哀しみ』の選定者だ。
哀しみが多く集まる場所へ
行けばいいのだ。
「よし!これしかない」
ルークは大きな決断をする。
ヴァルキュリアの伝説が残る地へ赴くのだ。
早速準備に取りかかる。
旅の資金を得るために家と必要ない物
を全て売り払う。
巡礼の旅に出た。
魔術師に助言を乞い
お金を騙し取られた。
ヴァルキュリアに会うために
魔力が込められたという得体の知れない
干物を食べさせられた。
ルークは三日三晩
高熱と幻覚に苦しんだ。
古戦場を訪ねた時は盗賊に襲われた。
身ぐるみ剥がされそうになりながら
命からがら逃げ延びた。
また悲惨な運命を背負った者が
祀られている寺院を参拝した。
その寺院はヴァルキュリアが
舞い降りた伝説があった。
彼女の石像は鎧を身にまとい
勇ましい姿をしていた。
「……違う。
これはヴァルキュリアではない」
美しい面影は微塵もなかった。
どこにも彼女はいなかった。
さらに悪いことに
準備していた旅の資金も
底を尽きてしまった。
ルークの希望も尽きかける。
途方にくれ居酒屋に立ち寄る。
大好きなチーズとワインを飲む。
味がしない。
「この先どうすればいいんだ」
ぼやいていると
店主が一枚の紙を見せてきた。
「兄ちゃん !
良い体格してるじゃないか!
受けてみないか?」
志願兵募集と書いてある。
手柄をたてればそれなりに
良い暮らしもできる。
「志願兵?
どうして僕が……」
しばらくボーッとみつめていた。
「これだ!
ありがとう店主」
残された手段は一つ。
ルークはこの世で一番悲惨で過酷な
場所へ向かう。
人の哀しみが渦巻く戦場へ。
「もう会うためなら
どんな場所でもかまわない!
たとえそれが地獄でも」
目には狂気じみた希望が光っていた。
神なき世界は争いが絶えなかった。
祈りなど神に届かない。
ルークは志願兵として
戦場へ派遣される。
それは想像以上に地獄だった。
隣にいた戦友が
胸を矢に射抜かれ倒れる。
「しっかりしろよ!
故郷に帰ったら恋人が待ってるんだろ!」
ルークは止血を試みるが
口から血が溢れ言葉を発せられない。
ほんの一瞬の出来事
もう戦友は動かなくなった。
次は自分かもしれない。
手が震えて剣が上手く握れない。
「痛い!痛い!
誰か!」
「嫌だ……
帰りたい……母さん」
「突っ込めよ!
敵は逃げ腰だろうが!」
恐怖と周りの叫び声で
物陰から動くこともできない。
「まだ死ねない!
死にたくない嫌だ」
悲鳴を少しでもかき消すため
耳を両手で塞ぐ。
ルークはその場を逃げ出そうとした。
その時
腕に着けていたミストの羽根が見えた。
頭の中で記憶が甦る。
羽根のお守りをじっと見つめる。
ルークは立ち上がった。
何のためにここに来たのか。
あの夜出会ったミストに再び会うためだ。
生き延びる。
戦い抜くんだ。
「会うんだ絶対に!!」
その覚悟が戦場の恐怖を押し流した。
初めて剣を交え
敵兵を斬り倒した。
自分とあまり変わらない年齢の男だった。
剣から手に伝わる鈍く重い感覚
飛び散った返り血でルークは染まった。
心臓がこれでもかという位に
ドクドク鼓動が走る。
剣を振るう度
ルークの恐怖は
『希望』へと変化していく。
羽根に祈ることで何度も危険を乗り越えた。
最前線でのその姿は周囲を鼓舞する。
徐々にルークは軍を率いる存在と
成長していった。
「さあ皆よ私に続け!
白い羽根の旗印に!
ヴァルキュリアの加護があらんことを!!」
ミストからの羽根のお守りは
ルークを勇気付け勝利へと導いた。
いつしか周囲の者から猛将と
呼ばれるまでになった。
国王から功績を認められ
褒美を与えられた。
沢山の部下を与えられた。
妻を迎えることも勧められた。
だが
地位や名誉は自身の心を
満たしてくれることはなく空しかった。
ミストにはやはり会えないのではないかと
何度か忘れようとしたができない。
刻は流れ
自らの命が長くないことを悟る。
転戦し戦い続けた身体は
もう傷だらけで限界だった。
ルークはベッドに横たわり
人生を振り返る。
胸の大きな深い傷は大剣で切り裂かれ
生死をさまよった。
仲間が倒れていくのを見るのは
心が締め付けられた。
皆のために戦うことは誇りに思う。
だが長い人生をかけて抱き続けた
『希望』は やがて尽きようとしている。
ルークは人の哀しみが渦巻く戦場に
命懸けで身を投じてきた。
全てはもう一度ミストに
会うための決断だ。
沢山の褒美も名誉も自分にとっては
何の意味も価値も無いのだ。
会いたい……
会いたい……
一瞬でいいのだ……
この願いを……
想いよどうか届いて欲しい……
もう届かないのか。
意識は少しずつ遠くなってくる。
死期が近いのが自分でもわかった。
どうして……
どうしてだ……
これ程迄に私は……
人々の哀しみに触れてきたというのに……
戦場で共に笑い
励まし合い
悲しんだ多くの大切な仲間達……
信頼できる部下を何人も失った……
命を何度も失いかけた……
それでもまだ哀しみが足りないのか……
一体どうすればいいのか……
白い女神ヴァルキュリアよ……
教えて欲しい。
薄れゆく意識の中でようやく
ルークは理解していった。
どれほど自分の周囲が哀しみに
満ち溢れていようとも
心の中でミストに会いたいと強く願う事
戦場で会えるかもしれないと期待をする事
それは全て希望を抱いていたのだ。
これでは会えない……
会えるわけがないのだ。
どんなに想っても……
この気持ちは自分自身の哀しみ
ではないのだから。
死の間際
もう会う事はできないと理解した時
希望は少しずつ哀しみへと生まれ変わる。
希望が大きければ大きいほど
時間が長ければ長いほど
哀しみも深く強くなる。
絶望が覆いつくしていく。
なぜ……
心が締め付けられる。
痛い……
何て苦しいのだ。
これほど哀しい想いとは……
体の奥からこんこんと涌き水のように
黒い霧が生まれ始める。
ルークの哀しみだ。
『コツ……』
『コツ……』
薄れゆく意識の中
足音が微かに聞こえる。
不思議だ。
さっきまで聞こえていた窓を叩く風の音も
聞こえなくなった。
まるで一人だけ別の空間にいる感覚だ。
ぼやけてはいるがそれは白い人影の様に
見えた。
「あぁ……
私はあなたとのあの夜の約束を
……誰にも」
目から一筋の涙が流れ落ち
一つの命が燃え尽きた。
手にはミストが授けた白い羽根が
しっかりと握られていた。
シュッッ……
ルークの哀しみはミスト・ヴァルキュリア
の神の糸によって切り取られた。
哀しみは美しく優しい輝きを放つ
『哀』の結晶へと姿を変えた。
ミストへ流れ込むルークの
記憶や純粋な想い。
結晶を通じて伝わってくる。
「微かに懐かしさを結晶から感じたが……
あの時の少年か。
ずっと約束を守っていたのだな。
よくぞここまで勇ましくなった」
「私に会いたいがために戦場へ身を置き
周囲の人間を巻き込んできたか……
ルークよ
お前は傲慢な男だ
会いたいという希望は
多くの命が犠牲となり成り立っていたのだ」
ミストは静かに結晶を見つめる。
「だが……
最後にそれがわかったのなら
私は許そう。
多くの犠牲は、
お前にとって生きる希望だったのだから」
「だが神と人との間には
……越えられぬ境界があるというのに。
それでも
想い続けたのかルークよ」
ミストはルークを見つめながら呟くと
『哀』の結晶へ
そっと目を閉じ口づけをした。
「想いは届いた。
我がエインへリヤーとして
永遠に逝きよ」
ミストはルークの手の中にある
白い羽根を見つめた。
流れた涙を人差し指で優しくそっと拭うと
哀しみを求め暗闇へと姿を消した。
ルークの想いはミストへ確かに届いた。
『希望』としてではなく
哀しみの『哀』の結晶として。
これは……『哀』の物語だ。
『戦場で白羽根の女神との再会を待ち望んだ英雄』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
ルナはミストが切り取った結晶を見る。
「ミスト、この結晶……とても、綺麗。
でも……なぜか胸が、苦しいわ」
ルナはそっと胸に手を添えた。
結晶は静かに輝き続けている。
まるで
誰かを想っているかのように。
「エインヘリヤー……」
ルナは小さく息を吸い
祈るように結晶へ視線を落とした。
「あなたの想いは確かにここにある。
哀しみは……
創造の力へと変わるの」
ヴァルキュリアと
共に永遠に――
哀しみの物語を聞いた者
ヴァルキュリアに哀しみを
選定された者は皆
エインへリヤーとなる。
次はルナかミストかどちらの
『哀』の神話を聞きたい?
あなたの胸の中にある哀しみも
いつかヴァルキュリアに選定される
運命なのだから……




