『母が残した形見の鍵と不思議な屋敷』 双星のヴァルキュリア 外伝 前編
プロローグ
「うぅぅ……寒いなぁ。……お母さん」
背中を丸めてゆっくりと進む。
一面の雪景色の中、小さな足跡が真っ直ぐ続いていた。
少女はたった一人で雪の中を歩いていた。
「あれ? ここはどこだろう。いつも通っているのに」
初めて見る景色に戸惑いが隠せなかった。
すると、目の前に見たことのない屋敷が現れる。
「ちょっと休ませてもらおうかな」
トン、トン、トン……
扉は固く閉ざされ開かない。
鍵が掛かっているようだ。
「まさかね」
首に掛けていた鍵を差し込んでみた。
カチャ……
「お母さん……本当にあったんだ」
ゆっくりと扉を開いて屋敷の中に入っていった。
本文
「お母さん……安らかに眠ってね」
墓の前に花束を置き
両手を組んで祈りを捧げる一人の少女。
「エマリーそろそろ行こう」
「うん……お母さん、また会いに行くね」
父親に言われると祈りを止め、その場を去っていった。
首にかけられた銀色の鍵が揺れていた。
「エマリー仕事に行ってくるよ」
父親はそう言うと家を出た。
「行ってらっしゃい。お父さん」
見送った後、エマリーは一人で家事をこなしていく。
朝食後の食器を洗い、洗濯をこなす。
空いた時間は編み物や植物の蔓を使って
簡単な籠を編んでいく。
それらを売り歩いては帰宅する。
母親が亡くなってからはそんな毎日が続いた。
そんなある日……
「エマリー、急で驚くかもしれないが紹介するよ。
こちらはリンだ。
お前の新しいお母さんになってくれる人だよ」
父親の後ろに髪が長く細身の女性が
隠れるように立っていた。
「初めましてエマリー。
私はリンよ、これからよろしくね」
笑顔でエマリーに話しかけた。
「新しい……お母さん」
もうこれ以上言葉が出なかった。
「エマリーこれからは新しく家族三人で暮らすんだよ。
いいね」
父親はそう言うとほっとした素振りで
エマリーの頭を優しく撫でた。
「早速晩御飯にするわね。
エマリーの好きな食べ物もまた教えてちょうだいね」
リンは台所に立つと料理を作り始めた。
トン、トン、トン!
軽快に人参を切る音が響く。
「お母さん……」
リンの後ろ姿を見つめ、胸の鍵を強く握りしめた。
「さぁ! できたわよ。
口に合うかわからないけど食べてみて」
シチューを口へ運ぶ。
「……うん、美味しい」
「良かった。一杯食べてね」
「リンの作る料理は美味しいね」
「ありがとう。もっと頑張るわね」
久しぶりに食卓が明るくなった。
父親も楽しそうに会話が弾んだ。
「エマリー、まだお母さんって呼びにくいなら
リンお姉さんでも良いわよ。
ゆっくり家族になっていきましょ」
「うん。わかった」
エマリーはシチューを口に運んだ。
「お休みなさい、お父さん。リン……お姉さん」
布団に入ったエマリーは鍵を取り出して見つめた。
「お母さん、リンって人が来たよ。
どうしたら良いかな……」
瞼がだんだん重くなり眠った。
「エマリー、ちょっとお父さんとお母さんは
出掛けてくるからね。すぐ戻るよ」
「うん、行ってらっしゃい」
二人の楽しそうな後ろ姿を見送る。
ガチャ……
静かに扉を閉めた。
カッチ……カッチ……
家の中は時計の針の音だけが聞こえる。
「昔は三人でいつも出掛けていたのに」
エマリーは椅子に座ると時間を忘れるように
編み物を続けたのだった。
オギャー! オギャー!
小さな鳴き声が響いた。
「リン! おめでとう!
頑張ったね、可愛い女の子だよ」
父親とリンの間に赤ちゃんが誕生したのだ。
「エマリーもお姉ちゃんだよ」
父親は嬉しそうに赤ちゃんを抱き上げた。
「おめでとう、リンお姉さん」
まだエマリーは、お母さんとは呼べなかった。
「エマリー、仲良くしてあげてね」
そう言うとしばらくリンは眠りについた。
名前はサラと名付けられた。
「あっ、今笑ったかも!」
「ほんとだ! もうすぐ立ち上がるかもね。
目はリンに似て将来美人になるよ」
二人はサラを可愛がるようになった。
「エマリー!
今手が離せないから洗い物を片付けてくれない?」
リンは慣れない手付きでオムツを交換していた。
「うん、わかった」
エマリーは楽しそうな会話を背に、食器を洗い始めた。
「私……お手伝いさんじゃないんだから」
少し頬を膨らませながらさっさと布団に潜り込んだ。
翌日、父親が仕事に出掛けると
思いついたようにリンが近づいて来た。
「そうそう
エマリーちょっと買い物を頼んで良いかしら?」
「えっ、私は今編み物をしてるんだけど……」
エマリーが少し戸惑っているとリンの態度が
少し変わった。
「エマリー! 私はサラのお守りで忙しいの!
お姉ちゃんなんだから少しは考えて!
できるでしょ?」
オギャー! オギャー!
サラがぐずり始めた。
「よしよし……良い子だから。エマリーお願いよ。
サラを泣かさないで!」
「……わかった」
手を止めると買い物へ出掛けた。
「エマリー聞いたよ。リンを困らしてはいけない。
子育てはすごく大変なんだよ」
帰ってきた父親にエマリーは注意された。
「ごめんなさい」
視線を横に反らした。
「エマリー! 何だその態度は!
お姉ちゃんになったんだぞ!」
「……お父さんまで」
それ以上何も言わなかった。
翌朝……
「私、ちょっと出掛けてくる」
「あら、偉いわねエマリー。
しっかり稼いでらっしゃいね」
完成した編み物や籠を背中に背負うと
エマリーは町へ向かった。
「良かったら買って下さい。どうですか?」
「いや、今は間に合ってるんだ」
「そうですか……」
男は立ち去っていった。
「あっ! いかがですか? 手に取って見て下さい」
「じゃあ、この小さい籠を一ついいかしら」
「ありがとうございます!」
エマリーの努力が報われた。
「暗くなってきたな。そろそろ帰らないと」
帰り道、母親の眠る墓地へ寄った。
「お母さん来たよ。
私ね……お姉ちゃんになったの。
……でもすごく寂しい。お母さん……」
張り詰めた糸が切れ、涙が溢れた。
「また来るからね」
急いで家に向かった。
「ただいま」
扉を開けるとリンがサラを抱きながら立っていた。
「エマリーどうだった? 売れた?」
「少しだけ」
「駄目ね。
もっと頑張らないと生活の足しにならないじゃない。
晩御飯の準備を手伝って」
そう言うとリンは戻っていった。
「……」
胸元の鍵を握るとエマリーは荷物を置いて
食器を並べた。
夕食後、布団に入ったエマリーは
母親が最後に話してくれた不思議な体験談を
思い出した。
「お母さんが話してくれた不思議な屋敷って本当に
あるのかな。食べ物やお菓子が一杯あって妖精さんと
一緒に踊ったり歌ったりするなんて夢みたい」
「この貰った鍵で本当に中へ入れるのかな?」
想像しているとエマリーはいつの間にか眠っていた。
「ねぇエマリー、また町へ行くんでしょ?」
荷物を背負うエマリーに声を掛けた。
「うん、何か買うものがあるの?」
「うーん……最近サラの出費が増えて困ってるのよ。
エマリー、今日は頑張って全部売ってきて。
食費の足しくらいにはしてくれないとね。頼んだわよ」
「そんな……全部売れなんてそんなの無理だよ」
「エマリーなら大丈夫よ。期待してるわね」
そう言い終わると、リンはサラが飲むミルクを
準備するために台所へ戻った。
「そんなの……出来るわけ無いよ!」
エマリーはそう言い捨てて家を出た。
空は薄暗い雲に覆われ、雪がちらついていた。
「どうしよう……今日は頑張って半分は売ったんだから
許してくれるよね」
ギュッ! ギュッ!
雪を踏みしめる足取りは重かった。
「うぅぅ……寒いなぁ。……お母さん」
エマリーは寒さを少しでも凌ぐため
背中を丸めながら家に向かった。
「あれ? ここはどこだろう。
いつも通っている道なのに……」
方向がわからなくなり周りを見渡すが
景色は一面真っ白に覆われていた。
「もう少し歩いたら道に出るかな」
しばらく歩くと見たことのない屋敷が目の前に現れた。
ビュー!
風は強くなり冷たい雪がエマリーの
体温を奪っていった。
「ちょっとだけ休ませてもらおうかな」
トン、トン、トン……
扉は固く閉ざされ開かない。
鍵が掛かっているようだ。
「……まさかね」
首に掛けていた鍵を思い切って差し込んでみた。
カチャ……
鍵を回すと扉が開いた。
「お母さん……本当にあったんだ」
ゆっくりと扉を開いて屋敷の中に入っていった。
『母が残した形見の鍵と不思議な屋敷』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
ドキッ! ドキッ!
胸が急に高鳴りだした。
この不気味な屋敷は本当に母親が迷い込んだ屋敷と
同じなのだろうか。
屋敷の中は明かりもなく、真っ暗で何も見えなかった。




