『再会……悲願の花がまた咲く日まで』 双星のヴァルキュリア 外伝 後編
プロローグ
「……」
リザードはただ見つめる。
眠りに着いた最愛の妻、アウラを。
彼女の眠りが解かれるのは一体いつなのか。
カチャ……
部屋中にハーブティーの香りが柔らかく拡がっていく。
「……」
静かに横たわるアウラは
まるで今にも起き上がってくるかのようだ。
「アウラ……約束のハーブティーだよ」
祈るようにリザードはそこに立ち尽くす。
本文
ハーブティーの香りが漂う部屋でリザードは
ただ立ち尽くしていた。
「アウラ……まだ私には騎士の資格はないみたいだね」
目覚めないアウラを見つめる。
中指でずれたメガネをかけ直すと
リザードは静かに部屋を出た。
ト……クン……
リザードの手から伝わるほんの僅かなアウラの鼓動。
それはリザードの願いなのか
アウラ自身が仮死状態なのかはわからない。
「すまないアウラ
寒いかもしれないが、少し我慢しておくれ」
リザードは暗い地下室へアウラを移動させた。
「アウラ……君はまだ生きている。必ず目覚めさせる」
ポタッ……ポタッ……ポタッ……
アウラの腕から血を採取する。
「さすがにすぐ原因は解明できないだろう。
保存できるように少量のお酢と混ぜて固まらないよう
にしておくよ」
瓶の蓋を閉じ、混ぜ合わせると診察室に
リザードは閉じ籠るようになった。
「アウラ……
身体の中で一体何が起こっているのか見せておくれ」
ポタッ……
一滴の血をガラス板に落とし、拡大鏡で観察する。
「比較対照は私の血を使う」
指を針で刺し、一滴ガラス板に落とした。
「アウラの血に存在し、私には存在しないもの。
それを発見できれば」
注意深く観察していく。
「血球には異常は見られない。だとしたら、何だ?」
数日悩んだ。
「まさか……これが原因なのか?」
壊れた血球周辺をよく観察する。
極めて細く、黒い糸のようなものが身体を
くねらせていた。
「こいつを体内から排除するには直接体内へ
薬を入れるしかない」
目の前にずらりと並んでいる薬草の瓶。
リザードは中指でずれたメガネをかけ直す。
「やってみるさ……
まずは、消毒薬や鎮痛剤系の薬からだ」
ハーブの葉をすり潰す。水に溶かし完成させる。
試しに直接、アウラの血液に一滴垂らす。
「だめか……」
拡大鏡を覗き込むと、血球が砕け散っていく。
「濃度の問題か。
血球が壊れてしまったら意味がない……」
濃度を下げてみた。
二倍、四倍、八倍……
ポタッ……ポタッ……
数日、結果は変わらなかった。
「これでどうだ……」
ポタッ……
祈るように拡大鏡を覗き込む。
十秒……二十秒……
「後もう少しなのに!」
目の前でアウラの血球は砕け散っていった。
リザードをあざ笑うかのように病原体は浮遊している。
「くそっ!!」
ガシャン!
試験管が飛び散った。
「まだだ……また一からやり直せばいい」
中指でずれたメガネをかけ直す。
気持ちを落ち着かせると、薬草を試していった。
リザードの想いとは裏腹に
病原体には今一つ効果はなかった。
「毒薬も薄めれば、薬になる」
悲願の花の球根をすり潰していった。
抽出した液体を小瓶に移す。
ポタッ……
ガラス板を拡大鏡で観察する。
「さすがに毒が強すぎるか」
次々に壊れていく血球を観察する。
「ん? これは! 花の毒が効いてるのか?」
病原体の動きが止まったのだ。
「これで治せるかもしれない!」
「後は、薬の濃度と血球が壊れないようするだけだ!
やった……やったぞアウラ!」
その夜、リザードの興奮が冷めることはなかった。
スッ……
中指でずれたメガネをかけ直す。
「ようやく、待ちに待った刻が来た」
ポタッ……ポタッ……ポタッ……
アウラの腕から全身へゆっくりと薬が流れ込んでいく。
カチャ……
ベッドの隣に柔らかく暖かい湯気が舞うハーブティー
を置いた。
「辛かっただろうアウラ。今毛布を掛けるからね」「……お願いだ。目覚めておくれ」
仮死状態と言っていいのかはわからない。
冷たい地下室の中でアウラはずっと眠って待っていた。
必ずリザードが目覚めさせてくれることを願って。
ビクッ!
突然アウラの身体は大きく反応した。
「アウラ! 頑張ってくれ! 私はここだ!」
リザードは必死にアウラが落ちないように
全身で発作を受け止めた。
ビクッ! ビクッ!
幾度となく続いていた発作は
しばらくすると静かに落ち着いた。
「神よ……」
リザードは一晩中アウラの手を握りしめた。
部屋はハーブティーの香りで包まれていた。
「朝か……」
窓から差し込む朝日がリザードを目覚めさせた。
「そうだ! アウラは……」
リザードはアウラの手でゆっくりと体温を感じてみた。
まだ完全ではないが、明らかに赤身を帯びている。
トクン……トクン……
少し弱々しいがゆっくりと確かな鼓動を感じる。
「アウラ、朝だよ。さぁ……目を開けておくれ」
カーテンを開けると優しく暖かな朝日が
アウラを包み込んだ。
「……」
ゆっくりとアウラの目が開いていく。
「あぁぁ……」
朝日に照らされたアウラをじっとリザードは見つめた。
「アウラ……お帰り」
目の前がぼやけて見えなくなったが
ゆっくりと歩み寄った。
「アウラ、気分は悪くないかい?」
「……」
「冷めてしまったから入れ直したんだ。
ハーブティーだよ。君の好きな香り覚えているかい?」
「……」
「ゆっくり思い出せばいいよ。
これから時間は沢山あるんだから」
中指でずれたメガネをかけ直すと
リザードは一旦部屋を出ていった。
残されたアウラはただずっと遠くを見つめていた。
「アウラ、今日は外に出てみよう」
「……」
車椅子にアウラを乗せるとゆっくりと動きだした。
サーッ……
草木を揺らす風の音が心地よく感じる。
「アウラ、ここは一緒に薬草を採りに行った草原だよ」
「君が作った玉子サンドはすごく美味しかったなぁ」
「思わず口一杯に頬張ってしまったよ」
「……」
「……アウラ、風が冷たくなってきたから帰ろうか」
ギィ……
車椅子がゆっくりと動きだした。
アウラは必ず覚醒すると信じ
リザードは二人の想い出を語り続けた。
数日後、アウラに変化が現れた。
「アウラ? もうお昼だよ」
アウラの肩を揺らすが目覚めなかった。
「……まさか」
嫌な予感が頭をよぎる。急いで血を拡大鏡で観察した。
「いた……全て除去できなかったんだ。
アウラ待っていろ」
再び薬を体内に入れていった。
アウラの目がゆっくりと開いた。
ビクッ!
身体が動いた。
「苦しいか……アウラ。我慢してくれ」
両肩をリザードは少し押さえた。
アウラの唇が震えた。
「何だい? アウラ」
リザードは口元へ耳を近づけた。
「私は……もう……いいよ」
「あり……がとう」
言い終わるとゆっくり目を閉じ
アウラは再び深い眠りに入った。
目から一筋の涙が流れ落ちた。
その顔は安らぎに満ちていた。
「あ……あぁぁ……アウラ!」
「行くな! 行かないでくれ!」
リザードはアウラの胸に手を当てた。
命の鼓動が感じられない。
アウラの両肩を掴み、揺らし続けた。
「……」
アウラはもう何も答えてはくれなかった。
「君がいなくなったら……
私は一人でどう生きていけばいいんだ」
刻が止まり、世界から全ての色が失われたようだ。
石のように固まっていたリザードは
診察室へふらふらと向かった。
部屋はカーテンで閉ざされて薄暗い。
机はほこりが溜まり、研究資料が積まれ
床には割れたガラス片がそのまま散乱していた。
「ふっ……これではアウラに怒られてしまうな」
机に手を触れる。
脳裏に浮かんでくるのはアウラとの日常。
「アウラ、処方箋だよ」
「わかったわ。はい、一週間分ね」
明るい笑顔はもう目の前にはない。
リザードは机の小さな小瓶を握りしめた。
「もう……あの日は戻ってはこない」
アウラのもとに戻ると
リザードは液体を一気に飲み干した。
「う……ぐぐぐっ……ぐぼっ!」
悲願の花の球根から抽出した毒薬。
腹の中が何度も鈍器で殴られるような重い痛みが
幾度となく襲ってくる。
苦痛に歪みながら
アウラの冷たくなった手を握りしめた。
「アウラ……私もすぐ行くよ」
「ゴホッ!」
鮮血が床に飛び散った。
少しずつ目の前がぼやけてくる。
「愛しい……アウラ」
ずっとアウラの眠る顔を見つめた。
ルナはゆっくりと目を開いた。
「リザードよ。
我が今、哀しみを受け取った。結晶として」
「戦乙女……ヴァルキュリア? 何故私のもとに」
リザードは力なく呟いた。
「お前は愛する人のために、もがき苦しみ抜いたのだ」
ルナはリザードに視線を向けた。
「さぁ、一緒に……逝きましょう。我と永遠に」
ルナは手の内に輝く結晶を優しく見つめる。
「アウラ……私は君に何もしてあげられなかったね」
リザードはアウラの涙を指でスッと拭った。
「それは違う。アウラはお前にもう一度会い
想いを伝えたかったのだ」
サーッ……
悲願の花が風に揺れる。
きっと来年も赤く美しい花を咲かせるだろう。
そう……この花が持つ花言葉。
『再会……想うはあなた一人だけ』
これは……『哀』の物語だ。
『再会……悲願の花がまた咲く日まで』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
「悲願の花……」
「リザードよ
この花に込められた花言葉をお前は知っているか?」
ルナは屋敷の庭に咲き乱れる悲願の花を一輪手に取った。
「私は眠り病の研究に明け暮れていた。
あいにく人の想いや気持ちを感じとるのは苦手でね」
ずれたメガネを中指でかけ直す。
「人は自然や周りの物に、想いを重ね合わせる」
「この花言葉はまるでお前の人生のようだな。リザード」
「さぁ、刻が来た。エインへリヤーよ」
そう言い終わるとルナとリザードは音もなく
静かに姿を消した。
残されたのは一輪の悲願の花と白羽根のみ。




