『再会……悲願の花が咲くその日まで』 双星のヴァルキュリア 外伝 前編
プロローグ
なぜ人は、花に意味を持たせるのか……
いずれ散ってしまうというのに。
ガシャン!
「だめだ! これでは全てが破壊されてしまう」
ジャリ……
砕けたガラスの破片を踏みながら冷気が漂う棺へ近づく。
「ハァー…… 」
何かを言い聞かせるように手を胸に当てる。
「アウラ……辛いだろうが待っておくれ。
私は必ず成功させるからね」
その目線の先には、一人の女性が眠っているかのように
横たわっていた。
「目を覚ましておくれ、愛するアウラよ」
男は取り憑かれたようにガラスの試験管を
再び振るのだった。
本文
ドーン!
雷が落ち、屋敷の窓から強烈な光が入り込んでくる。
その一瞬の煌めきは、庭中に咲き乱れる赤い花を
映し出した。
弱々しいランプの火が薄暗い部屋を照らしていた。
壁に二人の影が伸びる。
「……すまない」
男はそう呟くと冷たくなった女性の手に
そっと手を重ねた。
ぐったりとその場に塞ぎ込んで動かなくなっていった。
「もうすぐ……そちらに行くよ」
カラン!
小瓶が男の手から離れ、転がり落ちた。
キィーン……
哀しみの共鳴、頭の羽根飾りが鳴り響く。
スッ……
光のルナ・ヴァルキュリアは
つま先からゆっくりと地上に降り立つ。
その姿は、羽根のように軽い。
なびく髪から垣間見えるその横顔は
美しくどこか寂しげな表情をしていた。
「お前か、我を呼んだのは」
男は何も答えない。
もう話すことさえも出来なかった。
黒い霧状の哀しみが男の内から生み出されている。
ルナは羽根を模したイヤリングから
羽根を一枚取り外す。
シュン!
羽根は剣となり弧を描いた。
その瞬間、哀しみは切り取られた。
ルナは静かに哀しみを浄化していく。
結晶は深い哀しみのため漆黒
内からは緑色の輝きが時折見える。
「哀しみの中から深い知識が溢れている。
何かに没頭していたのか」
ルナに男の記憶と想いが流れ込んでくる。
「男の名は……リザード」
カラーン!
ドアベルが鳴ると一人の老婆が入ってきた。
「今日はどうしました?」
少しずれ落ちたメガネを中指で戻す。この男の癖だ。
「昨日から咳が止まらないのよ。
咳止めの薬をくれないかしら?」
少しかすれ気味の声で老婆は訴えた。
「じゃあ、座って。うーん、風邪かな?
ちょっと呼吸音もゼェゼェ聞こえるから
薬を一週間分出しておくよ」
「いつもありがとうね、先生」
「体調にへ気をつけてね。
アウラ、薬を一週間分渡してあげて」
処方箋をとなりの女性に渡す。
「はい、毎日朝食後に飲んでね」
袋に詰めた薬を渡す。
「ありがとう、アウラ。また来るわね」
そう言うと老婆は出ていった。
「次の方どうぞ」
患者を次々と問診していくといつの間にか
太陽が傾いている。
「ふぅ……今日も一日終わったな」
夕日が窓から差し込む。
眩しそうに目を細めながらリザードは
机を整理していた。
「リザード、薬草がいくつか足りないかもしれない。
週末に取りに行きましょう」
妻のアウラが棚に陳列している薬草の量を
確認している。
「まとめて採りに出掛けようか」
「そうね、ピクニック気分で行きましょう」
アウラは嬉しそうに微笑む。
「明日から週末だ。みんなには悪いが休診にしよう」
そう言うとリザードは扉の札をひっくり返した。
「草原や森に行って薬草を集めるとしよう」
「良いわよ」
ガチャ……
診療所の明かりが消えた。
「うーん良い天気ね、たくさん採って帰りましょう」
「草原に行ってみよう。時間があれば森だね」
早朝、二人は草原へ向かう。
静まり返った草原は少し肌寒く、朝露が輝いていた。
「良いねぇ、新鮮なうちにかご一杯に持って帰ろう」
「あっ! シソの葉だ。消毒液に使えるな」
「ラベンダーか。不眠症に効果あり……と」
「リザード、これは何かしら?」
アウラが問いかける。
「ん? これは、ローズマリーだよ。
疲労回復や貧血に効くんだ」
少し得意気に、ずれたメガネを中指で直す。
「何自慢ぶってるのよ」
「そんなことはないさ。どんどん行こう」
持ってきたかごが半分くらいになると
日が高く昇っていた。
「お昼にしましょうよ。リザード」
「もうそんな時間か、早いね」
二人は木陰で昼食をとる。
「玉子サンドじゃないか! ありがとうアウラ」
「あなたの好きな食べ物くらいちゃんと知ってるわよ」
アウラはハーブティーをリザードへ渡した。
雲がゆっくりと風に流されていく。
「綺麗な景色ね」
「あぁ、疲れが吹っ飛んでしまうくらい心地良いね」
ハーブティーの香りが二人の疲れを癒していく。
「もう少し休んだら作業を再開しよう」
そう言うと、リザードはハーブティーを飲み干した。
「リザード、森に行ってみましょう」
二人は森へ向かう。
太陽の光を木々が遮り、少しひんやりしている。
時折風が草木を揺らす音、鳥のさえずりが静かな森を
賑わせた。
「気分が落ち着くわね」
「よし! 薬草を採っていこうか」
二人は早速薬草を探し始めた。
「ん? この香りはミントだな。風邪薬になる」
「リザード! こっちは、バジルとセージよ」
アウラは目を輝かせる。
「おっ! 悲願の花だ。
球根に毒があるけど、消毒液や鎮痛剤に使える。
墓地によく咲くから不吉と言われてるけどね」
スコップで掘り始めた。
「あら珍しい、あまり見たことのないバラね。
新種かな?」
黒いバラに触れる。
シャッ!
「痛っ!」
「アウラ、どうかした?」
リザードが土を払いながら駆け寄ってきた。
「葉を触っていたら切ってしまったの」
指先から血が垂れていた。
「ちょっと待って」
ポケットからハンカチを取り出し
指へ巻いて止血する。
「棘も先端が黒い、葉がすごく固くて鋭利だね。
初めて見るよ」
「アウラ、今日はもう帰ろう。
薬草も採れたし、傷を手当てしないとね」
かご一杯の薬草を抱えて二人は帰宅した。
パチン!
「はい、消毒完了」
傷口に包帯を巻き、ハサミで余分な場所を切る。
「薬草ごとに分けて乾燥させよう。
アウラは少し休んでいてよ」
帰宅するとリザードは早速仕分けにはいった。
「ありがとうリザード、お茶を入れるわね」
アウラはお湯を沸かしに中へ入っていった。
「これだけあれば当分は大丈夫だな」
仕分けが終わり、リザードも家の中へ戻っていった。
カラーン!
問診が始まる。
「アウラ、一週間分の薬を渡してあげて」
リザードが処方箋を渡す。
「……」
「アウラ? 聞こえてる?」
リザードが顔を覗き込む。
「え! ……ごめんなさい。処方箋ね、今用意するわ」
あわててガラス瓶を開ける。
「大丈夫? 何となく顔色が悪い気がするけど」
「大丈夫よ。はい、一週間分ね。お大事に」
「ありがとう、アウラ。
あんまり無理するんじゃないよ」
薬を受け取った老婆はそう言って出ていった。
「アウラ、もしかして貧血なんじゃないのかい?」
診察が全て終わるとリザードはアウラの顔色を伺った。
「そう言われると何か疲れてる気がするわ」
鏡で顔色を確認する。
「ローズマリーの薬を飲んでみたら? 貧血に効くよ」
「そうね、飲んでみるわ」
薬を口に入れると、ゴクリと水で一気に流し込んだ。
「でも、無理はしないでよ」
「ええ、すぐ良くなるわ」
そう言うと夕食の準備を始めた。
「今日はクリームシチューだね」
美味しそうな匂いに引き寄せられてリザードは
椅子に腰掛けた。
「今から入れるわ。さぁ、いただきましょう」
「フゥー……フゥー……うん!
やっぱりアウラのシチューが一番だよ」
「ウフフ……リザード、メガネが真っ白よ」
ハンカチでアウラがメガネを拭いてあげた。
「暖かいうちに食べないとね」
中指でずれ落ちたメガネをリザードは戻した。
あっという間にシチューは空っぽになってしまった。
「アウラ美味しかったよ」
「……食べるの早いわね。よく噛んでよ」
「シチューとカレーは飲み物だよ」
「……まったくそういう所、子供ね」
アウラは食器を片付け始めた。
ガシャン!
「あっ!」
「大丈夫かい? アウラ」
「ごめんなさい、ちょっとめまいがして」
お皿が割れ、包帯を巻いた指が少し赤くなっていた。
「後は私が片付けるよ。アウラは休んでいてよ」
リザードは皿の破片を集める。
「ありがとうリザード、少し休むわ」
「今日は疲れたからね。ゆっくりしてよ。
後は貧血の薬飲んでね」
スポンジを取り食器を洗い始めた。
アウラはぼんやりすることが多くなった。
「最近眠れてないか? 顔が少し青白い気がするよ」
リザードがアウラの顔を見つめる。
「少し身体が重いくらいよ。大丈夫よ」
アウラはにっこり笑顔で答えた。
「何かあったらすぐに言ってね。アウラ」
中指でずれたメガネを直しながらリザードは言った。
翌日……
「アウラ、解熱剤を一週間分お願いね」
処方箋を渡す。
「……ちょっと待ってね。えーと、解熱剤……解熱」
バタン!
「アウラ! どうした! すまないちょっと待ってね」
リザードは解熱剤を渡すとすぐにアウラを
ベッドへ寝かせた。
「ごめんなさいリザード。少しめまいがするの」
「今日は休んで。お昼からは休診にするから」
リザードは診察室へ戻っていった。
「アウラ? 寝てる?」
アウラは静かに寝息を立てていた。
「熱は無いか……一時的ならいいけれど」
おでこに手を当ててアウラの寝顔を見つめる。
午前は診療、午後はアウラの看病が続く。
「まだ顔が青いね、貧血だよ。薬を飲んで」
アウラの貧血は良くならない。
「他に原因があるのかもしれない。
アウラ症状を教えて」
「身体がだるいわ。今は動きたくない」
「後は……すごく眠い時があるわね。
最近、太陽の光が眩しく感じるかしら」
書き取りながら考える。
「だるさはおそらく貧血
眩しさと眠さは一体何だろうか」
リザードは頭を悩ませた。
今まで経験したことの無い症状だ。
「原因は……なんだ?」
町の図書館で医学書を読む。
「眠り病……原因は不明。
患者は次第に眠りが深くなり死に至る。
効果的な治療も確立していない。
報告が少なく完治なし……だと」
拳が震える。
「無いなら、私が見つける。見つけてみせる……
何があっても」
中指でずれたメガネを直す。
立ち上がったリザードは図書館を後にした。
医学書どおりだった。次第にアウラの眠りは長くなる。最初は一日、またある時は二日間
アウラは眠るようになった。
「アウラ帰ったよ。アウラ?」
「……」
返事がない。
「アウラ!」
駆け寄って鼓動を確かめる。
トクン……トクン……
力強く鼓動は脈打っている。
「あっ……リザードお帰りなさい。
少し眠っていたみたい」
目を開けたアウラは不思議そうにリザードを見つめる。
「夢を見たわ。二人で海を散歩してるの。
傘が風で飛んでいった所で目が覚めたわ」
「元気になったら行こうか。まずはゆっくり休んで。
乾燥させた薬草を粉にしてくるよ」
リザードは立上がり、診察室にこもった。
「眠り姫になっちゃうわね」
冗談交じりにアウラが笑う。
「じゃあ、姫を眠りから覚ます騎士にならないとね」
リザードは笑いながら、拳に力が入った。
「リザード……私眠くなってきたわ。
起こしてくれる?」
「あぁ……
アウラの好きなハーブティーの香りで起こそうかな」「騎士ね……リザード」
アウラは静かに目を閉じた。
深く……長い眠りに着いたのだ。
リザードはアウラが眠りに着くのを見届けると
黙って立ち上がった。
スッ……と中指でずれたメガネをかけ直した。
『再会……悲願の花がまた咲く日まで』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
ト……クン……
僅かな鼓動を微かに感じた。
「まだ……アウラは生きてる!」
「アウラ……君を絶対死なせはしない」
眠るアウラの頬に手で触れる。
まるで壊れ物を扱うかのようにとても優しく……そっと。




