『私は守れなかった……暗殺者の大切な人と帰る場所』 双星のヴァルキュリア 外伝 後編
プロローグ
夜空が赤く染まっていた。
ガラガラガラ!
熱い……
躍り狂う炎と火の粉が舞う。崩れ落ちる建物。
「お父さん! お母さん!」
「怖いよ!」
手を伸ばし必死に何かを掴もうとした。
「誰でもいい助けて!」
本文
「うぅぅ……ここは」
ニコルはベッドで寝ていた。
「子供の頃の……夢」
「そうだ! 私は逃げて途中で倒れて」
腕や身体には丁寧に包帯が巻かれ
傷の手当てが施されている。
「一体誰が? 痛っ!」
痛みで思わず顔が歪む。
「目が覚めたのね、まだ動いてはだめよ」
女性が駆け寄ってきた。
「ひどい怪我、道端で倒れていたの。覚えてる?」
「そうだったのか、すまない。
私は傭兵だ、抜けてきてこの有り様だ」
「そう……傷が癒えるまでここにいていいわ」
そう言いながら、包帯を取り替えていった。
「私はニーナよ。この孤児院で働いている」
「ニコルだ」
「でも、私がいたらみんなに迷惑がかかるかも
しれない。傷が治り次第出ていく」
「わかったわ。いつまで残るかはニコルに任せるわね」
「ありがとうニーナ」
「さぁ、横になって休んで」
包帯を取り替えるとニーナは出ていった。
「……良い天気だな」
窓から太陽の光が気持ちよく差し込んでいた。
「……」
ニコルはまた眠った。
数日後、左肩の傷は良くなっていき
少し歩けるようになった。
「んっ?」
ピョコン!
ベッドの端から突然長い耳が現れた。
「あなたは誰?」
少し薄汚れたウサギのぬいぐるみが
ニコルに話しかけてきた。
「私は……ニコルだ」
「あなたニコルって言うのね。私はポムよ」
ポムが少しずつ近寄ってきた。
「エリー! いなくなったと思ったら。
ニコルは怪我をしてるのよ」
ニーナが両手を腰に当てながら立っていた。
「ごめんなさい」
ポムを抱き締めた女の子が立ち上がった。
「いいよ、私も暇だったんだ。またポムと遊びにきて」
「うん! 私はエリーよ。またねニコル」
手を振ってエリーはポムと一緒に出ていった。
「エリーは人懐っこいのよ」
「私は大丈夫だ。傷も良くなってきた」
「ねぇニコル、ここで働く気は無いかしら?
少し人手が足りないの」
「……ここで?」
窓越しからエリーがポムをおんぶしているのが見えた。
「私に勤まるだろうか」
「ニコルがここへきたのも何かの縁よ」
「わかった、私で良ければ引き受けよう」
「ありがとうニコル! みんな喜ぶわ」
孤児院でニコルは少しの間、身を隠すことにした。
「ニコル、この部屋を使ってね」
「ありがとう。これから何をすればいいの?」
ニーナから一日の流れを教えてもらった。
カン! カン! カン!
「朝よ! みんな起きなさい!」
目覚ましはフライパンの音。
「眠いよ、もう朝なの?」
目を擦りながらベッドから起き出す。
「みんな、顔を洗ってご飯よ! 行儀よく座りなさい」
「はーい、いただきます!」
「お行儀よく食べなさい。
もうエリー、口元がスープでベチョベチョよ」
「ごめんなさーい。お口をきれいにして」
「エリーったら、もう甘えん坊ね」
嵐のように時間が過ぎる。
ニーナが子供たちと読み書きしている間
ニコルは洗濯物を干していく。
カン! カン! カン!
「みんなー! お昼よ」
「手を洗って座りなさい」
「こら! つまみ食いしないの!」
昼食が終わると夕方までは自由時間だ。
「ニコル疲れてない? はい、飲んでみて」
ニーナがお茶をニコルへ渡す。
「ありがとう。大丈夫、すごく楽しいわ」
「それにニーナが入れてくれた
お茶もすごく良い香りだ」
子供たちの姿を眺めながら香りを楽しむニコルだった。
「ねぇニコル、みんなと一緒に暮らさない?
帰るところはあるの?」
「私の村は何者かに襲われた。
お父さんやお母さんももういない。
その時に、傭兵団に拾われたんだ。
私に帰るところはない」
「ごめんなさい、嫌なことを聞いちゃったわね……」
ニーナは申し訳なさそうに下を向いた。
「気にしなくていい。
私がいたらみんなに迷惑がかかるんじゃないか?」
「そんなこと無いわ!
みんなニコルを迷惑だなんて思ってないわよ。
特にエリーはね」
傭兵団とは違う時間の流れと子供たちとの交流は
とても心地よかった。
「少し時間をくれないか? 考えてみる」
「いいわよ、いい返事を待ってるわ」
ニーナは笑顔で出ていった。
「私の……居場所か」
お茶の香りが部屋を満たしていた。
しばらくニコルはぼんやりと考え込んでいた。
バタン!
扉が開いた。
「ニコル! ポムが……ポムが大怪我したの」
目から涙が溢れ
可愛い顔がぐしゃぐしゃになって近づいてきた。
「エリーどうしたの? よしよし大丈夫だ」
エリーをそっと抱き寄せる。
「ポムを見せてごらん」
柵から飛び出ていた釘が引っ掛かったのだろう。
ポムの肩からお腹にかけて裂け、わたが出ていた。
「ニコル、ポムは助かるの?」
「あぁ、大丈夫だ。
少しだけポムを私に預けてくれない?」
「うん! 治してあげて」
肩をひくひくさせながらエリーはポムを
ニコルに渡した。
「大丈夫よ、だから涙と鼻を拭かないとね」
エリーの顔をきれいにしてあげた。
「今からポムを治療するから
エリーは外で遊んでおいで」
「うん、わかった」
エリーは心配そうに出ていった。
「さて、針と糸は……あった」
ポムを丁寧に縫い合わせていった。
少し縫い目が痛々しく見えるが
約一時間でポムの治療は終わった。
「エリー、ポムを見てごらん」
「ニコルありがとう! ポム大丈夫?
死んじゃうかと思った」
「大丈夫よエリー。ポムは元気になるよ」
エリーを膝に乗せながらポムを手渡した。
「ポムは大事な家族なの。
ニコルもどこにもいかないでね」
小さな眼差しでニコルを真剣に見つめる。
「もうエリーったら。じゃあ、約束の指切り」
「うん! 約束よ」
「私はこれから洗濯を干すから
エリーはもう少しポムと遊んでらっしゃい」
「はーい」
エリーとポムは部屋から出ていった。
「どこにもいかないで……か」
胸にそっと手を当てるニコルだった。
洗濯物を干し終わると、背後から視線を感じた。
「よぉ、ニコル。楽しそうにしてるじゃないか」
バッ!
聞き覚えのある声に反射的に身構えた。
男が腕を組みながらニコルを見つめていた。
「シロー団長! なぜここが」
「作戦修了後、部下を使ってお前を探させたからな。
子供の世話をしているのか?
何人も人を斬ってきたニコル……お前が」
「用件はなんだ? 連れ戻しに来たのか?」
「いや、次の依頼がきてな、腕利きが必要だ。
手伝う気はないかニコル? 報酬は出す」
「私はもう団を抜けた。手伝うことはできない」
「一度だけだ。これが成功すれば
もうお前とは二度と関わらん。
好きに生きろ。本来なら地の果てまで追いかけて
殺すのが掟なんだぞ」
「まぁ、断るのは自由だが……なぁ、ニコルよ」
シローはじっと孤児院を見続けた。
「……わかった、これが最後だ。
もし変なことを考えているなら、私は許さない」
「ニコル、良い判断だ」
一瞬シローの口角が上がった。
「依頼内容は隣国の要人暗殺だ。
俺達は少数精鋭でいく。作戦は三日後だ」
「装備はこちらで用意しておく。受け取れ」
ジャラ!
袋はずっしりと重かった。
「作戦が終わったら、また払う。待っているぞニコル」
用件を伝えるとシローは立ち去った。
「ニーナすまない。少し用事ができてしまったんだ。
二、三日休みをくれないだろうか?」
「あらニコル、珍しいわね。
ご両親のお墓参りにでもいくのかしら?」
「ありがとうニーナ。まあ、そんなところだ。
終わったらすぐに戻る」
「みんな、これで最後だから」
何回も言い聞かすように呟いた。
荷物を必要最小限に留め
ニコルは集合場所へ向かった。
「ニコル待っていたぞ。お前の装備だ」
ガチャ!
黒ずくめの衣装と剣が渡された。
「到着して早速だが、説明を始める」
シローは地図を広げる。
「目標は予定どおり、この石橋を渡り屋敷に帰る。
護衛は約十人程度、逃げられないように俺たちは
二手に別れて襲撃する。
十分倒せるだろうが、油断はするなよ」
「いくぞ!」
石橋に到着するとニコルは木陰に隠れた。
ドクン! ドクン!
静寂の中で自分の鼓動が伝わる。
パカッ! パカッ! パカッ!
小さな明かりと馬車の蹄の音が近づく。
「定刻どおりだ。来るぞ! 気を引き締めろよ」
剣を握る手に汗が滲む。
「よし! 今だ!」
シャキン!
無言で剣を抜き、いきなり斬りかかる。
「うわぁ!」
「何だ! どうした!」
「馬車を守れ!」
突然の襲撃に護衛たちはなす術がなかった。
ドサッ!
最後の一人が倒れた。
「よし、中から引きずり出せ」
ガチャ……
扉を開けると一人の男が丸くなり震えていた。
「大臣殿とお見受けする。出ていただこうか」
「お、お前たちこんなことしてただで済むと
思っているのか!」
ドスン!
シローは首もとを掴むと外へ引きずり出した。
「た、助けてくれ! 目的は何だ? 金か?」
「悪いが、金ならもうあるんだよ」
ためらいもなくシローは剣を振りかざした。
「ギャー!」
ポタッ! ポタッ!
静まり返ると切っ先から血の滴り落ちる音が聞こえた。
「任務完了だ」
大臣の絶命を確認するとシローはニコルへ
視線を向ける。
「ニコル、まだ剣の腕は鈍ってないな」
「どうだ?
また、一緒に気ままに傭兵として生きる気はないか?」
「私はもう戻らない。
お前には家族を殺されて、一人残された者たちの
気持ちなんてわからないだろ」
「そうか、残念だよ……ニコル」
シローがうなずいた瞬間……
ドスッ!
「グッ…… 何を」
背後から矢が貫き、その場にうずくまる。
「ニコル、もうちょっと頭の良い奴だと思っていたが
俺の思い違いだったようだ」
「お前、最初から私を」
「人をすぐに信じるな。そう教えたぞニコル」
「クッ!……思いどおりになんてさせない」
ザブーン!
力を振り絞り、ニコルは川へ飛び込んだ。
「シロー団長! ニコルが!」
部下たちが駆け寄ってきた。
「放っておけ、もうあの傷では助からん。
それより孤児院は予定通り潰したか?」
「傭兵団を抜けるとどうなるか、見せしめだ。
もし、生きて辿り着いたらどんな顔をするか」
「ニコル、情をかけてやったというのに。惜しい奴だ」
そう言い残すと団長は姿を消した。
「はぁ……はぁ……」
「明かり? みんなもう寝ているのに」
ズッ……ズッ……
足が鉛のように重い。
明かりは少しずつ大きくなっていく。
「この匂いは、松明じゃない。一体何が燃えてるの?」
風が運ぶ匂いに胸騒ぎと違和感を覚えた。
「何だこれは! まさか……あいつらが」
火の粉が舞い、孤児院の屋根が焼け落ちていた。
目の前の光景を見て全身が震え上がった。
赤い炎が動かない子供たちを照らし出した。
「みんな、何があったの?」
「ニーナはどこ?」
「……エリー?」
その小さな身体でポムを最後まで守るように
胸に抱き締めていた。
「何てことを……」
震える手で触れた頬っぺは、氷のように冷たかった。
「エリー……あなたが遠くへ行ってどうするの……」
ゆっくりとまだ動く腕で、エリーを引き寄せた。
顔に付いた泥を指で落としていった。
ポタッ……
涙がエリーの頬っぺに落ちていく。
「なぜ! なぜよ!
神は私からまだ大切なものを奪おうというの! 」
「許さない……何もかも」
ガクッ!
ニコルはその場にぐったりと倒れこんだ。
「もう誰も……私の前から……消えていかないでよ」「もうやめて……お願いだから」
出血と涙で、目の前の景色がぼやけてきた。
「ごめんね
……私はみんなのことを心から大好きになれた。
何もなかった私の人生を変えてくれた。
私が来なければ、まだみんな生きて幸せに
暮らせていたのに。……エリー」
じわり……ニコルの内から哀しみが生まれ始めた。
ミストは静かに目を開いた。
「ねぇ、あなたは女神? それとも死神なの?」
「あの子たちを助けてあげてよ」
ニコルはミストを見つめる。
「それはできない。
我は戦乙女……ヴァルキュリア。哀しみの選定者だ」
「願いや、命を救う女神ではない」
ミストは静かにニコルを見つめる。
「私は……ただみんなに生きて欲しかっただけ!
ずっと一緒に居たかったの」
「ニコルよ、お前の哀しみが我を呼んだ」
「お前には資格がある。
その強い想いは、世界が生まれ変わるための
力となるだろう」
「私にそんなことできるの?」
「これからエインへリヤーとして我とともに
逝きるのだ」
ミストは哀しみの結晶を前に差し出す。
「エリー……私の宝物」
ニコルは少しずつ、輝く粒子となって
結晶へ取り込まれて姿を消していった。
これは……「哀」の物語だ。
『私は守れなかった……暗殺者の大切な人と帰る場所』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
「エリー……」
ニコルはエリーの亡骸を心配そうに見つめる。
「気になるのか? あの子供が。安心するがいい」
ミストの視線の先には美しく、どこか寂しい雰囲気の
女性が静かにエリーを見つめていた。
「ニコルよ、守りたい者のために力を使うが良い。
我が剣となるのだ」
そう言うと、ミストは歩き始めた。
「エリー……私はみんなのために強くなるわ」




