ゲームセット後
————時間は飛ぶ。
轟音は祈りに変わり、世界は歓声で満ちていた。
四本のミサイルは、それぞれの空を貫いてゆき、塔は沈黙し、宇宙人は軌道の果てへと遠ざかった。各国の回線が連結し、国連総会の紋章が画面いっぱいに広がる。
国連事務総長が、静かな声で語り出す。
「本日、地球は“恐怖”ではなく“希望”を抱きながら今日を過ごしてます。理不尽なゲームは終わり、私たちは人としての営み――喪失に向き合い、互いを支え、未来をつくる営み――に戻ります。倒れたすべての人に黙祷を。そして、名もなき勇気に拍手を。復興は競争ではなく、協同です。国境線ではなく、握手の線を増やしましょう」
大陸が次々と切り替わる。
米国大統領は、西海岸に落ちる夕陽を背にして言った。
「市民の皆さん、今夜、この空は取り戻されました。しかし、拍手の合間に名前を呼んでください。戻らなかった仲間の名前を。私たちは失った彼らの空白を哀しみで埋めません。愛で埋めます。思い出すのは凄惨な悲しみではなく、楽しかったあの日々です。失った苦しみで埋め尽くされる明日ではなく、希望を胸にした明日のために生きます。明日からの予算も言葉も、倒れた人の“居場所”を埋めるために使います。約束します、我々は隣人です。友人です。家族です———共に生きていく仲間です。それがアメリカと言う国家です」
フランス大統領は、ルーブルのガラスに反射した空を指でなぞるように。
「この国は美術館とパン屋と、小さな広場でできています。戦いで壊れたのは建物だけではない。だからこそ私たちは、芸術とパンと広場を取り戻します。人間らしさで戦争を上書きする。それが共和国の答えです」
ドイツ首相は、工場の明かりの前で。
「我々の強さは、機械ではなく、人の手と手のつなぎ目です。技術者も看護師も、教師も運転手も、同じ方向に歩く日々を取り戻そう。弔いはゆっくり、復興は着実に———」
英国首相は、雨上がりの石畳にスタンドを立てて。
「この島は、嵐に晒されるたび歌を覚えてきた。今夜は歌っていい。だが、明日の朝は隣人のドアをノックしてほしい。“大丈夫か”と。それが王冠より重い、私たちの冠だ————」
映像は街へ降りる。
リヤドの大通り。砂漠の風が国旗をはためかせ、車列がクラクションを合奏する。白いトーブと黒いアバヤが入り混じって、人の波がゆっくりと空を見上げる。笑い声の合間に、小さな祈りの動作。肩と肩が触れ合い、握手が連鎖する。
デリーのインド門。花輪が積まれ、ドールの太鼓が跳ねる。学生が携帯のライトを掲げて光の川を作ると、露店のチャイがあっという間に売り切れた。路肩で誰かが言う。「明日、学校はあるの?」――「あるさ。だから今夜は踊るんだ」
東京・渋谷。交差点に人が溢れ、スクリーンに「共に生きよう」の文字が踊る。勤務明けのコンビニ店員がペットボトルの水を箱ごと差し出し、知らない誰かが「おつかれ」と受け取る。ハチ公前で、外国から日本の被害を調べに来た記者と高校生が“ピース”で写真に収まり、笑い声が電車のアナウンスに混じる。
――中央司令室の一角。
白い蛍光灯が唸る小部屋で、マルコはスーツ姿の職員に向かい合っている。レコーダーが赤い点を灯した。
「記録のために、最初にお名前と所属を」
「D中隊、第一班……マルコ・ベンデッティ。あの場でカードキーを挿したのは、俺です」
「ミサイルが上がる直前、ザルガとエステバンの間で“何が”ありましたか」
マルコは、喉仏を一度上下させる。
「……順番に話します。結論から言えば――彼は、勝ちました。ただ“無事”ではなかった」
「続けてください」
「はい。ただ、詳細は……改めて“報告書”で」
職員は頷き、録音を止めた。「その報告書には、君の名前が残るが、よろしいか?」
――場所が移る。
アトラス育成研究所から少し離れた丘。風がよく通る墓地に、サファルが立っていた。
石の列の前に、白い花束を一つずつ置いていく。ステルン、フリント、ブレイク、リワン、ラッシュ、フィリス――名前を小さく読み上げるたび、風が頬を撫でる。
「聞こえるか」
サファルは石にしゃがみ込み、空を見上げずに話した。
「好きな人が、できた。彼女は強い。俺より、たぶん。いや、力がって意味じゃないぜ。心の方な」
乾いた笑いを一つ。「それから……料理屋をやるよ。店名は“サフラン”。羊のスープと、甘いチャイと、あの日の話を一杯ずつ」
手のひらで石を叩く。「怒るなよ。生きる、ってそういうことだろ。お前らの分も食わせたい。お前らの分も笑わせたい。だから、店に来いよ。席はいつも空けておく」
彼は花束の最後に、自分の軍帽の徽章を置いた。
「またな。約束は、守る」
――時間が過去に戻る。
夜のアトラス。校舎の裏手、芝生の広場。鉄製のドラム缶で火が起き、焼けた肉の匂いが星空に混じる。皆が輪になって座っていた。エステバン、サファル、リワン、フリント、ブレイク、ラッシュ、ステルン、そしてフィリス。
「順番、どうする?」ブレイクが串を回しながら言う。
「年上から」ステルンが涼しく笑う。「……嘘。言いたい人からでいい」
「じゃ、俺」エステバンが手を挙げる。
「世界一つまらないヒーローになる。戦いが終わったら、ブラジルで朝焼けに合わせてパン配って、昼寝して、夕方はサッカー。ニュースにもならない、つまらない日常のヒーローだ」
「いいね」フィリスが小さく拍手。「私は……星を撮る人。レンズの向こうに“こっち側の宇宙”を集めたい。新聞じゃなくて、誰かの部屋の壁に貼られる写真を」
「私は、建築家かな」フリントが太い指で材木を叩く真似をする。「砂漠の町に、風の鳴らない家を建てる。暑くても、静かな家」
「コーチになりたい」リワンが笑う。「陸上クラブの。足の速さじゃなくて、心の速さを教えるコーチ」
「映画を撮る」ブレイクがカメラを構える仕草。「爆発シーンが記憶に残るかっこいいアクション映画な。フィリスに音楽をやってもらってさ」
「任せて」フィリスは親指を立てた。「兄に変な役は振らないでね」
「僕、ヒーロー!」ラッシュが胸を叩く。
「知ってる」皆が笑う。エステバンが肩を組んだ。「お前が一番、知ってる」
「私は――」ステルンがほんの少し、夜空を見上げた。「家具工房で働きたいかな。椅子を作るの。座った人が落ち着いて思い出に浸れる、静かな椅子を作りたい」
サファルは、火を見ながら言った。
「料理屋かな。“サフラン”。辛いのと甘いの、両方ある店。ここにいる皆がタダで食える店を作りたい」
「赤字だ」ブレイクが即答する。
「寄付制」サファルが肩をすくめる。「それに、お前は映画で稼ぐんだろ?俺の店を映画に出せよな」
笑い声が火の上に弾ける。
静かになったとき、フィリスが言った。
「約束しよう。運命の戦いが終わったら、またここでバーベキューをするって」
ステルンがうなずく。「うん、約束。約束を守れない人は、ブレイクの映画に出演してもらいます」
ラッシュが両手を高く上げる。「やくそく!」
フリントが無骨な手で火に薪をくべる。「じゃ、乾杯の代わりに、肉をひっくり返すか」
リワンが串を持ち上げる。「焦がすなよ、ブレイク」
「任せろ。焦がすのは演出だ」
「その演出は誰が喜ぶんだよ」皆が一斉に突っ込む。
エステバンは、炭の赤い火を見つめた。「よし。終わったら、戻ってくる。全員で」
輪の中心で、火が小さく鳴いた。
星は遠くで瞬いている。
そして、その日の約束は――時を越えて、いまも皆の胸で燃えている。
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『マルコ・レポート』と言う。ザルガとエステバンの間で何があったのかを、マルコ視点で報告する話があるんだけど、読みたい?書く?




