表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/119

ないなら、ないなりに

廊下が息を止めた。

コンクリと鉄の匂いだけが肺に刺さる。三メートル先――ミサイルを発射するためのコントロール室。砕けた壁の前では、マルコが白目をむいたまま倒れている。


正面、ワード=ザルガが棘を半身ぶんだけ開いた。

押しと引きが、獣の胸の奥で交互に波打つ。


(まずいな。やり合う体力は、もう残ってねえ……)


エステバンは片手のアサルトを捨てない。銃身はザルガへ、狙いは“撃つ”ではなく“殴る”。

右肋が悲鳴を上げ、視界の縁が黒く滲む。


「来いよ、ストーカー」


ザルガの眼が細くなる。“ストーカー”の一語に、刹那だけ拍が狂った。棘の列が内へ畳まれ、空気が喉に吸い込まれるみたいに凹む。――引き。


――ドォーン!


衝撃波が合図だった。エステバンは地を噛み、踏み込む。


「おおおおおおおおお!」


顎に一打。

喉に二打。

肺に三打。――三連。

銃床で叩き潰す呼吸のリズム。粉塵が音の節でふるえ、ザルガの胸がわずかに沈む。手応えはある。エステバンは銃床を前に突き出し、さらに低い姿勢のまま距離を潰す。


だが、ザルガは止まった呼吸の回復を待たずに反撃に出る。


一手目。

横薙ぎのショック・スパインが床を削る。

エステバンはしゃがまない――しゃがめば次で詰む。左膝で床を押し、腰だけ半拍遅らせて、灼けた空気を耳元でやり過ごす。髪が燃えるみたいに熱い。


二手目。

「通すものか」

ワード=ザルガは一秒あるかないかの時間で呼吸を回復させ、声色に乱れはない。強者の落ち着きだった。


(――好きに言ってろ。通るのは“俺”じゃない)


エステバンはアサルトライフルを縦に立て、銃身を支点に壁の配管を叩く。

乾いた音、タン。赤い警告灯が配管沿いに連鎖し、天井のミストノズルが口を開いた。制御コンピュータ室前――多分、消火系がある。


それらしきものを左後方に見つけたエステバンは、とっさにバックステップで近づき、エステバンの動きを予想してなかったザルガは虚を突かれた。


エステバンが肘で非常レバーを倒す。


天井が一斉に白く吐いた。

窒素の霧。空気がひんやり軽くなり、酸素が薄まる。ザルガの“刺”の呼吸音が止んだ。


(今だ)


三手目。

エステバンは胸元のカードキーへ左手を伸ばす――その直前、ザルガが胸の奥で矢を作った。極細の一本。正面から来る。


避ければ届かない。なら――


(なにも気にするな。投げろ!)


右肩を捨て、柱に背を預ける。

矢が来る。受け入れる。

心臓に当たる角度へ、わざと体を捻る。


――“死兆星を越える者”(フラグブレイカー)、発動。

背が痺れ、世界が一瞬、無音になる。

それでも左手は離さない。上着の内ポケットからカードキーを抜くと――


「さっさと起きろ、寝坊助!」


エステバンはマルコへカードを投げた。小さな音が額で弾ける。


「うっ……うう……」


まどろみの中、マルコの視界が合焦する。黒い背、裂けた壁――状況が一気に血に流れ込む。


「うぁぁぁぁぁぁ!」


反射で引き金を絞り、天井と壁に無数の火花が散った。


「バカ! 俺も穴だらけになるだろ!」


怒鳴りつけると、マルコの目が正気へ戻る。

「お前の足元だ! カードキー、拾って――お前が挿せ!」


足元を見る。そこに“希望”が落ちていた。


「それを私が許すと思うか」


ザルガがマルコへ突進――が、ガクンと体が揺れて止まる。振り返った先、しっぽを左腕で巻き込むように抱え込むエステバン。


「行かせねぇよ」


「ぬぅぅぅ……!」


しっぽに力が宿り、床が悲鳴を上げる。


それと同時に衝棘脈(ショック・スパイン)を放とうとするが、空気は集まらない。窒素が呼吸を鈍らせ、衝撃波の“矢”が組めない。


マルコはエステバンを信じ、背中の確認すらせず三メートル先、制御室の扉へ全力疾走した。

身を投げ込むように飛び込み、そのままスロットへカードを差し込んだ。


《AUTENTICAÇÃO… 1%》の文字がコントロールパネルに表示される。


ザルガの棘が怒りではなく“静かさ”で立つ。

「儀式の前に、あの兵に礼を言っておけ。終幕だ」


「終幕は同意。――ただ、お前の終幕は、ここじゃない……だろ?」


エステバンは、さっき倒した作動盤の隣――非常吸気レバーを逆に引く。

窒素の霧が足元のグレーチングへ吸い込まれ、風向きが反転。ザルガの拍が半足だけズレる。空気の“線”が、僅かに外れた。


ビュッ――

放たれた衝撃波の矢が壁をえぐり、的を外す。


窒素が散り、空気が戻り始める。


《8%… 12%… 19%》


「無駄だ」


前腕の一撫でで、面の圧力が横と縦で重なる。

大気は渦へ――吸いと押しの二重螺旋。逃げ道が消える。


危険を察知したエステバンは、近くの配管にしがみつく。肺が焼ける。扉が悲鳴を上げ、廊下の鉄骨が軋む。


室内だと言うのに、暴風が暴れだす。


ザルガはその暴風の渦の中心で歩いていた。

一歩、また一歩。力に集中した歩みは、亀のように遅い。


《27%… 35%》


「……エステバン!」

「喋るな! 自分だけ見てろ!」


マルコはカードのヘッドを親指で、飛ばされないように押さえつけた。

エステバンの掌は血で滑り、感覚が遠ざかる。


(やべぇ……こんな出力まで持っていやがったか)


ザルガの棘が花のように開く。

さらに加速。外殻が押し、内殻が吸う。廊下が潰れ、鉄が曲がる。


《41%… 53%》


「試合はお前の勝ちでいい。……だが、勝負は私がもらう」

ザルガの装甲に細かな亀裂が走り、じわじわと広がる。棘の先が扉枠を叩き、鉄粉が花火のように散る。


(本格的なストーカーだな……)

息が奪われ、声が絞り出せない。


エステバンはザルガに向かって流れる暴風の気流のクセを読み、足元の瓦礫を蹴り上げ、渦のカーブに乗せてザルガの胸へ当てる。

鈍い音を奏で砕けるが、効果はさほどなかった。。


《61%… 70%》


「――それでは足りんな、エステバン」


胸郭の内で矢が三本、束になる。

束はばらけ、同時に三方向へ――真正面、左肩、腰。


(正面は呑む。肩は捻って、腰は……無理だ)


配管にしがみついたまま、真正面は“能力”で潰す。左肩は身を捻って紙一重、腰は被弾。続く矢を、膝から下の力を切って落下で躱すが、いくつか喰らう。肺が凍り、視界が黒い点で埋まる。


(立て。――まだ)


《79%… 84%… 87%》


ザルガの亀裂が濃くなった。

(この暴風、限界超えだ。あいつも長くはない。……だが、それは俺も同じだ。……賭けか)


《92%》


初めて、ザルガの顔が歪む。怒りではない、焦り。


「戦いを野蛮視する――それが地球人の悪癖だ。これほどまで命が濃い儀式(たたかい)もない」


「それを“文明”って言うんだよ」


反発の殻が縮む。

直線――胸郭の中心に一本、極端に細く、極端に速い“刃”。


廊下の空気が音を忘れた。


(配管にしがみ付いた状態で、これを外せる角度は――ない)


エステバンは笑う。

「角度がないなら、ないなりに」


エステバンは刃が放たれると同時に配管から手を放し、乱気流に身を委ねてダイブした。

渦が彼を中心へ運ぶ。


《98%… 99%》


「――お前から来るか、エステバン!」


ザルガが棘を束ねる。

致命傷は無効化される――だから、無数の小裂傷で刻み殺す矢の雨を形成するワード=ザルガ。


「終わらせてやる。……決着だ、ワード=ザルガ!」


エステバンに策はない。ただ、殴る距離まで生きて届く。それだけだった。

扉が軋み、蝶番が叫び、エステバンは浮いた。


放たれる無数の矢。

切り刻まれる走者の体。

赤い液が千切れ千切れの軌跡を描く。

消えていく二人の距離――


二つの影が重なった瞬間。


《100% / AUTENTICAÇÃO CONCLUÍDA》


制御室のコンソールに緑のランプが灯る。

ロックが跳ね、副コンソールが起動。スクリーンに新しい文字列が走る。


《起動権限の連携を要求ーClear》

《遠隔管制への中継開放ーClear》

《システム:TUCANO / Lançamento – Clear》


――人類の希望を乗せたミサイルが上がる。

“タッチダウン”のコールサインが、中央指令室へ届いた。

ランキング上位入りを目指してます。

続きが気になる方は、ブックマーク、評価をお願いします。


※PV増加の実験のため、投稿時間を変更することがあります。

続きが気になる方はブックマークを推奨しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ