メリエ編 8
修道服3人組が応接室から出ていき、部屋に残ったメリエは同じく部屋に残っているマダンへ問う。
「良いんですかー?あんな期待させる様な対応して。フィレーゼだってそんなに余裕がある訳じゃないんですよ?一応ユーグさんの働きのお陰で働けば稼げる状態は守れていますし、インフラに関わる人を増やして自給力を高める方針も進めていますけど、稼げる様になったとはいえそれはこの街限定の紙のお金ですし、インフラに関わる人が増えたと言っても新人ばかりで十分な供給能力はまだありません。とても他所を助けれる状態じゃあないでしょ」
「確かに。普段ならあの手の連中は早々にお帰り頂く所なんだが、今回は他ならぬユーグからの申し出があってな。供給能力がある村や街が通貨不足で困っていたらこっちに話を通して欲しいと言っていた」
「つまり、ユーグさんは彼らと関わって何かするつもりだと?」
何かを知っている様な笑みを浮かべるマダン。
「そうらしい。奴にとってはこの街を救う事すら途中経過に過ぎないんだろうよ」
そんな言葉を聞いたメリエは少し考え、マダンに聞く。
「ねぇマスター。ユーグさんっていったいどんな人なんですか?」
「ん?知ってるだろ?この街の銀行を運営していて、紙幣流通の責任者で…」
「いや、そうじゃなくて、これまでの経歴とか、人柄だとか、目的だとかです。これまで彼と共に行動してきたんですけど、どうも底が知れないというか、掴みどころがないというか、何を考えているのかいまいちよく分かんないんですよね。お金が第一って感じでもないし、困っている皆を助けたいってタイプでもないし」
「柄でもないな。お前は仕事の付き合いには深入りしないタイプだと思ってたが」
「流石に気になりますよー。国の皆が苦しんでいる通貨不足をあっさり解決しておいて、それが通過点に過ぎないって、いったい何者なんですか?彼は」
メリエもユーグの活動を近くで見てきた。それなりに会話もしてきたし、どんな仕事内容なのかも、顧客にどんな対応をしているのかも知っている。けれどユーグの人となりは全然分からなかった。経歴も謎が多く、銀行を経営するまでなにをしてきたのかも不明。その実力は確かなのに、分からない事が多すぎるのだ。
仕事でこれからも関わっていくのだからちゃんと知っておきたい。メリエのそんな気持ちを察したのか、マダンは一呼吸置き語り始めた。
「あれは今から12年前……」
<12年前>
当時マダンはそこそこ大き目の宝石店を経営していた。指輪やネックレス等の装飾品の売り買いをする店だ。
その日、そこに一人の少年がやってきた。着古されたボロボロの服を着た15の少年。片手には身なりに似合わない豪華なネックレス、もう片方の手には一冊の本を持っていた。
少年は店に入るとマダンの元に歩み寄り、交渉の言葉を告げる。
「すみません。このネックレスを買い取ってくれませんか?」
一方、マダンは不快そうにため息を吐き、冷たい言葉を返す。
「帰んな。うちは盗品は扱ってねぇんだ」
見れば分かる、少年が持っているネックレスは本物だ。金のチェーンに大粒のルビー、上物だ。だが、だからこそ、こんなボロボロの少年が持っているのはおかしい。十中八九盗品を売りさばこうとしているのだろう。
買うだけの価値はあるが、盗品の取り扱いをしたとなれば店の名に傷が付く。ここはさっさと追い出して通報するが吉、そう考えシッシッと追い出そうとすると、少年は待ったと言わんばかりに声を上げる。
「これは盗品ではありません。俺は没落した資産家の子で、このネックレスは親の形見。両親が俺に残してくれた品です」
「そうは言ってもなぁ…」
戯言かと思った。しかし次に少年が放った言葉で事情が変わった。
「俺は文字が読めます!」
マダンは目を見開いて静かに驚いた。
文字の読み書きなんてものは大人になってから必要になって学ぶもので、子供の頃から読み書きが出来る人なんてそうは居ない。居たとしたら、それは良いところの生まれの子供。つまり、この少年の言っている事に現実味を帯びる事になる。
「ほう。じゃあ…」
マダンは店の棚を指差し質問する。
「あの棚の上には何て書いてある?」
「えっと、婚約の際にって書いてあります。婚約の際に送る品として適切な物がまとめられているんですね」
当たっている。
次は横に置いてある小看板を指差して聞く。
「じゃあ、これには何て書いてある?」
「宝石の鑑定を致します。鑑定書もお付けしますってありますね」
当たっている。
次は一枚の紙きれを取り出し、それを見せて問う。
「じゃあこれは?」
「…多分、これはこの国の文字じゃないですね。別の国で使われる文字か、文字っぽい模様のどちらかですね。これが別の国の文字だと言うのなら、この文字に関しては、すみません分かりません」
文字に似た模様を見せたが引っかからない。当てずっぽうでいい加減な回答もしない。知識に裏付けされた自信を持っているのがよく分かる。
マダンは納得の表情で頷く。
「ふむ、良いだろう。そのネックレス、買い取っても良い。だが、本当に盗品ではないか確認してからだ。こちらとしても盗品を取り扱う事は出来んのでな。しばらく待ってもらうぞ?」
それを聞いた少年は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
これが当時少年だったユーグと、その後しばらくして商業ギルドのマスターとなるマダンとの出会いだった。
少年の言う通り、別の街にかつてラーグ・リーデンという資産家が居たという事、その資産家が破産してしまった事、家主とその妻が病で亡くなり一人息子が行方不明になっている事。それらが後の調べで明らかになった。裏が取れた事で取引が成立し、ユーグは形見を売ってそれなりの資金を得る事となった。
資金を得たユーグは資産家としての活動を始め、融資によって街の産業に関わっていった。
しばらくは細々とした活動ばかりで特に目立った事はしていなかったが、事態が変わったのは政府がとある問題を起こしてからだ。
国家運営の資金不足を理由に政府が国民から預かった預金を勝手に使用するという事件が起き、その結果国家が運営する銀行の信用は地に落ちてしまった。
そして、これからどうするかと話題になっていた時に声を上げたのがユーグだった。ユーグはこれからは自分達の資金は自分達で管理しようと言い出し、街で銀行を作る事を提案、自らが銀行を運営する立場となったのだ。
銀行の経営者となったユーグは街中の資金を預かる事になったのだが、ユーグは預かる際に金銭的な対価を求めなかった。その代わりに利用者から情報を求めた。どんな資金状態か、普段どんな商品を求めているのか、そういった情報を集め、情報を商品とし、企業相手に商売を始めた。
彼の元には街中の情報が集まり、その情報を求めた企業が情報を買い、ユーグは瞬く間に街での権力を拡大。若くして街の有力者の座に上り詰めた。
マダンはユーグと出会ってからこれまでの事を語り終え、締めに一言メリエに告げる。
「奴はよく言っていたよ。世の中カネが全てとか言う奴も、カネよりも大事なものが有るとか言う奴も、どっちも嫌いだって。そしてこうも言っていた。この世の中に通貨の本質を知らしめてやるってな」
「へぇ、あの人も色々あったんですねぇ」
マダンは頷き言葉を返す。
「詳しい事までは言わんかったが、経歴を考えても過去に辛い事でもあったんだろう。そして、それが奴にとっての行動原理になっている。そんな所だろうな」
マダンが知っているのはここまでだった。過去の詳細までは分からなかったけれど、両親を失い、その身一つで成り上がって来た事からも壮絶な人生を送ってきた事が分かる。その経験が彼を強くし、彼の動く原動力となっているのだろう。




