メリエ編 6
紙幣の流通が始まって十日。
始まってしばらくは紙幣での取引に難色を示す者が多く、商業ギルドのお達しがあったにも関わらず紙幣での取引を拒否する店も少なくなかった。無理もない。これまで金属の通貨で取引が主流だったのをこれからは紙の通貨も使える様にしますと言われても、すぐにそれを通貨と認識するのは難しいだろう。開始当初は店で使えたり使えなかったりする通貨という扱いだった。
紙幣の流通が始まって一月が経ち。
流通している紙幣がちゃんと銀行で金貨や銀貨と交換できる事が次第に周知されていき、紙幣での取引にも慣れ、だんだんと紙幣のシェアが広がっていった。
そして紙幣の流通が始まって半年が過ぎた頃。
フィレーゼという一つの街限定ではあるものの、紙幣での取引は当たり前の光景となっていた。いままでとは違う紙の通貨とはいえ、通貨の不足が解消された事でフィレーゼの市場は活気を取り戻しつつある。少し前まで最低限の物しか買わなかった客もちょっとした贅沢を望める様になり、少し前まで閉まっていた店が再開したり、新しい店が開いていたり、完全復活とまではいかないが、まるで災害に遭った後で復興しようとしている様な空気感。これから良くなっていくんだという安心がこの市場から感じ取れる様になっていた。
通貨の供給が絞られ、多くの街が景気悪化で沈んでいく中、紙幣の流通による通貨不足の解消。さらに融資によって資金の流れをコントロールし、インフラに関わる人の増加と既存産業の取捨選択によって街の産業構造を修正。作った物を他所に売って他所から必要な物を買う構造から輸出を縮小し自給を強化、他所に売る構造はある程度残しつつも自分に必要な物は極力自給していく形へと変更していき、フィレーゼは国全体の問題となっている通貨不足の影響を最小限に抑える事に成功していた。
そんなフィレーゼの街の中。メリエは同僚と共に街にある小さな飲食店で昼食。眼前に料理を並べ、メリエ達は食べながらの雑談に花を咲かせていた。
「ねぇねえ聞いた?ゾーディアの事」
「聞いた聞いた。なんか街が破綻したとかだっけ?」
「そうそう、納税もままならなくってインフラもボロボロな状態なんだって。視察に行ってた人から聞いたんだけど、もうゴーストタウンみたいになってるらしいよ」
「まぁそうなるよねぇ。そうなっちゃうよねぇ。前に予算が減らされたのに、今回さらに削減だもん。そんなん街の運営が成り立たなくなる所も出てくるよー」
予算削減に苦しむ街への同情の言葉を吐くメリエ。
破綻する街が出てくるのも無理もない。街を運営に必要な予算を減らされるという事は、その分インフラの整備もままならなくなるという事。そしてインフラがまともに整備されないとなれば、そこでの産業がままならなくなるのは当然。
予算の削減が決定されて以降、多くの街が衰退を余儀なくされた。村から人が離れて廃村化が進んだり、街が廃れて都市機能を維持できなくなったり、以前から予算の削減が進められていた事もあって今回で多くの街が止めを刺された形だ。
メリエの同僚が安堵の表情で言葉を放つ。
「その点、うちらは良かったよねフィレーゼで」
「ほんとほんと。この街にユーグさんが居てくれてよかったよねー」
「うんうん。あの人が居なかったら、私達もいまごろ路頭に迷ってたかもだもんね」
メリエの同僚は口々にユーグへの感謝の意を示していく。
多くの街が予算の削減に苦しむ中、フィレーゼはその変化に素早く対応し、自給力の強化と既存産業の保護を両立させていた。それがユーグの策によるものなのは疑いようがない。この街に住む大半の人がユーグ・リーデンの策、紙幣流通の成果を実感しているのだ。
ユーグを評価する話題が続く中、同僚の一人がメリエに質問する。
「ねぇねぇメリエ。メリエはユーグさんの監査役だから、ユーグさんのやってる事も知ってるんだよね?」
メリエは頷く。
「うん。大まかにではあるけどね」
「じゃあ聞きたいんだけど、紙のお金の流通って他の街でも出来たりするのかな?上手くいくんだったら他でもやれば良いんじゃない?って思うんだけどさ」
守秘義務がある事は知っているからか、策の内容は聞かずに質問してくる同僚。
メリエは少し考えた後、答える。
「難しいんじゃないかなぁ。あれってとても管理が難しいものだから、無暗に範囲を広めても管理しきれなくなっちゃいそうだし、この街でやれてるのもユーグさんが事前に準備を進めていたからっぽいし、やれるんだったらとっくにやってるでしょ、あの人なら」
「やっぱそっかー、簡単にやれるんだったら皆やってるもんね」
とここで同僚の一人が会話の流れを断ち切る。
「そろそろ休憩時間終わる頃じゃない?」
「あーそうだねぇ。じゃあ全部食べ切って戻ろっか」
雑談を交えての昼食を終え、メリエと同僚達は商業ギルドへと帰っていった。




